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「新厚底のターゲット客はこれまでの19倍」2年3カ月の沈黙破ったナイキの貪欲な商魂に勝算はあるのか

プレジデントオンライン / 2022年7月17日 11時15分

新発売された厚底「アルファフライ2」は白を基調とした「プロトタイプカラー」 - 写真提供=ナイキ

ナイキの「厚底シューズ」は5年前の2017年夏にが初お披露目されて以来、多くの大会でその威力を発揮し、旋風を巻き起こしている。ライバル社との開発競争のなか、6月には2年3カ月ぶりに新モデルを発売。スポーツライターの酒井政人さんは「前モデルは、主にアスリート向けでしたが、新作はマラソンを3~4時間台で走る約19万人いる市民ランナーもターゲット客に含まれている」という――。

■「オレゴン世界陸上」はナイキvsアシックスの戦いの場

7月15~24日に開催される「オレゴン世界陸上」を前に、ライバル2社が早くもバチバチと火花を散らした。

アシックスは、「とにかく勝てるシューズを作ってくれ」との社長の陣頭指揮の下、精鋭社員を結集させた開発チームによるマラソン向け厚底シューズ「METASPEED+」シリーズの最新作を、6月14日に発売した。

そのわずか2日後の16日、それに対抗するように、ナイキも「エア ズーム アルファフライ ネクスト% 2」(以下、アルファフライ2)を披露した。

世界大会で使用できるシューズは30日前に一般発売したモデルでなければならない。そのため、約1カ月前の発売となった部分もあるが、両社のバチバチはこれだけではない。

アシックスは国際陸上競技連盟(IAAF)と2029年までオフィシャルパートナー契約を結んでおり、オレゴン世界陸上もサポートする。「2025年にはわれわれは1位になる」と社長自らが宣言しているだけに、この大会は大きなポイントとなる。

一方、ナイキの本社は世界陸上開催地であるオレゴンにある。地元アメリカ、しかもお膝元の街で行われる大会でさらにその存在感を際立たせたいはずだ。両社ともこの大会で新モデルをPRしたいのはもちろんだが、世界を市場とする両社の覇権争いの場ともなっているのだ。

世界記録保持者キプチョゲも太鼓判(写真提供=ナイキ)
世界記録保持者キプチョゲも太鼓判(写真提供=ナイキ)

以前の記事で紹介したアシックスの「METASPEED+」シリーズの最新作に続き、今回はファンが待ちに待ったと言われる「アルファフライ2」についてリポートしよう。

ナイキといえば、エリウド・キプチョゲ(ケニア)である。男子マラソンの世界記録保持者で東京五輪でも金メダルを獲得。37歳にして、いまだ進化を続け世界トップを突っ走る。今年3月に行われた東京マラソンでもダントツの1位。本人にとってはサードベストとなる2時間2分40秒でフィニッシュし、大会記録&日本国内最高記録を大きく塗り替えた。その際に、この新発売のシューズのプロトタイプを履いていた。

2024年パリ五輪で前人未到の3連覇を目指す“生きる伝説”が最終テストを行うかたちになったが、無事、キプチョゲのGOサインが出たことで、特に修正することなく発売される流れになった。キプチョゲ太鼓判の新厚底というわけである。

■ナイキ厚底シューズの爆発力と沈黙の2年3カ月

振り返れば、厚底旋風が起きたのは5年前の2017年夏のことだった。一般発売されるや、マラソンシーンを“ナイキ一色”に染めた。プロ・アマ問わず世界のランナーに「シューズ革命」をもたらした。

例えば、

・2017年以降、男子マラソンの日本記録は4度塗り替えられたが、そのすべてがナイキ厚底シューズを履く選手だった。
・同年以降、箱根駅伝も同シューズが往路・復路全10区間の区間記録を更新。1kmあたり2~3秒もタイムが短縮している。

もちろん、その間、他社もただ指をくわえて見ていたわけではない。

アディダスは5本指カーボンプレートが搭載された「アディゼロ アディオス プロ」を、アシックスは走り方(ストライド型、ピッチ型)に着目した「METASPEED」シリーズを発売。その結果、2022年の箱根駅伝はアディダスを履いていた選手が前年4人から28人、アシックスが同0人から24人に急増した。

一方、ナイキは2021年の箱根駅伝で210人中201人(95.7%)という驚異的なシューズシェア率を残したが、それが154人(73.3%)に下落。厚底シューズを投入以来、初めてパイを奪われたかたちになった。

厚底市場は沸騰し、シューズのレベルはかつてないほどに高まる中、ナイキは“沈黙”を貫いてきたが、ここへきて2年3カ月ぶりに新モデルを出した。

■キプチョゲ太鼓判、アルファフライ2とはどんな靴か

「アルファフライ2」について、プロダクトラインマネジャーを務めるエリオット・ヒースはこう話す。

「(2020年発表の)アルファフライを新しいレベルに引き上げました。最高のアスリートだけでなく、すべてのアスリートがマラソンでパーソナルベストを目指す、あるいはベストフォーマスを発揮できるようにフォーカスしています」

ターゲットは、プロやアスリートだけではない。市民ランナーなど一般人も含まれる。厚底市場の裾野をもっと広げ、普及させたい考えなのだろう。

価格は3万1900円(税込)で、前モデルよりも1100円安い
写真提供=ナイキ
価格は3万1900円(税込)で、前モデルよりも1100円安い - 写真提供=ナイキ

主なバージョンアップは以下の3つだ。簡単に説明しよう。

まずはアッパー部分。通気性を高める部分と固める部分で編み方・折り方を調整した。ミッドソール(厚底)部分は踵の部分を幅広くしたことで安定性を高め、エネルギーリターンがさらによくなった。さらに、オフセット(踵と前足部の厚みの差)部分は、前回は4mmだったのが今回は8mmに。前足部を薄くしたことで、体重移動がスムーズになった。

■ナイキ新厚底のターゲットは「19万人の市民ランナー」

「アルファフライ2」の開発にはキプチョゲ、大迫傑というトップ層だけでなく、マラソンを3~4時間で走るランナーの意見も聞き入れたという。前モデル「アルファフライ」は爆発力があった一方で履く人やコースを選ぶシューズだったが、「アルファフライ2」はさらにエネルギーリターンが高まり、安定性が大幅にアップ。一部のトップ選手だけでなく、市民ランナーを含めた幅広い層から支持を得ることができるだろう。

「アルファフライ」を着用し、マラソンで2時間4分56秒の日本記録を打ち立てた鈴木健吾(富士通)は「アルファフライ2」を履いた感想を次のように述べている。

「前のモデルと比べて一番気に入っているポイントは、前に進む推進力が上がり、しっかりとしたサポートを受けることができるところです。これにより、スムーズな体重移動がしやすくなりました。さらに、ソールの安定感も確実に上がっており、走りやすくなっています。そのほかにも、アッパーのフィット感が上がり包み込まれる印象を受けました」

国内での販売は「プロトタイプ」カラーが、NIKE APPのメンバー限定で6月22日に発売され、即日完売。
写真提供=ナイキ
国内での販売は「プロトタイプ」カラーがNIKEアプリのメンバー限定で6月22日に発売され即日完売 - 写真提供=ナイキ

ナイキ着用者でもアルファフライとヴェイパーフライ派に分かれていたが、今後は「アルファフライ2」が主流になっていきそうだ。この2年間は他社の新モデルに押され気味だったナイキだが、「アルファフライ2」の評判次第では、他社から履き替える選手も出てくるかもしれない。

2023年正月の箱根駅伝でナイキが再びシェアを伸ばせば、市民ランナーへのアピールになる。かつての厚底レーシングシューズは国内で数万人ほどしかいないシリアスランナー向けだったが、もし、マラソンを3~4時間台で走る市民ランナーの中上級レベルまで「アルファフライ2」が浸透したら、一気にユーザー数が増加する可能性もある。

コロナ禍前のデータである「全日本マラソンランキング2019」によると、男性のサブ3(3時間切り)達成者は3.1%(9274人)しかいないが、5時間切りとなると65.6%(19万4431人)もいる。ナイキにとってはターゲットの客が19倍に激増する計算だ。

近年のナイキはトップ選手に向けて「速さ」を追及してきたイメージが強かったが、世界陸連の新ルールで靴底は40mm以下に制限された。靴底を厚くすることでスピード化を図るフェーズから、次のフェーズに入ったようだ。

リアルイベントが戻りつつあるタイミングでの新モデル登場。市民ランナーの「速く走りたい!」という気持ちを大きく刺激することになりそうだ。その意味でも、今回のオレゴンでの世界陸上でのナイキvsアシックスのバトルからは目が離せそうにない。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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