くるまっていた毛布からゴキブリが…認知症の80代女性が倒れていた「ゴミ屋敷」の惨状
プレジデントオンライン / 2022年7月22日 11時15分
※本稿は、飯塚友道『認知症パンデミック』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■コロナ禍によって深刻化した“80–50問題”
近年、社会問題としてメディアで取り上げられるようになったのが「80–50問題」です。これは80代の親が自宅にひきこもる50代の子どもの生活を支えていたのが、病気など何らかの理由により経済的・精神的に行き詰まり、生活が継続できなくなる状態のことを指します。
80代にもなれば加齢のため、支援する側からされる側に回ることが多くなります。行政の支援が行き届かないまま親が要介護状態、あるいは亡くなってしまうことで50代の子どもの生活が急に成り立たなくなり、最悪の場合、子どもの孤立死や親が子どもを道連れにする無理心中が発生します。
さらには親が亡くなって途方に暮れ、遺体をそのまま放置して死体遺棄で逮捕されるケースもあります。内閣府が2019年に発表した調査結果によれば、40~64歳のいわゆる「ひきこもり中高年者」の推計は61万人以上にのぼります。今はまだ問題が顕在化していなくても、親に万一のことがあれば多くの80–50世帯が危機的状況に陥ってしまうでしょう。
その80–50問題をより深刻にしているのがコロナ禍の影響です。
■親と同居する非就業者は10年間で20万人以上増加している
認知症の発症率は80歳代の前半であれば男性17%、女性24%で80代後半になると男性35%、女性44%まで増え、これがコロナ禍によりさらに増えると見込まれています。一方、40代・50代の未婚者で親と同居する非就業者は2005年時点で52万人でしたが2015年には77万人以上に増加しています。つまり80世代の認知症発症により、日常生活の維持が難しくなるほどの影響を受ける50世代が増えてきたわけです。
そこにコロナ禍の悪影響がさらに加わることになります。80代の認知症がさらに増え、50代もコロナ禍の不況で非就職者がさらに増えていくわけです。80–50の家庭にとってはますます厳しい状況であると言えるでしょう。
Eさんは80代の女性で、50代の統合失調症の息子と同居しています。夫が15年前に亡くなってからは自分の畑で農作業をし、農協に野菜を売りに運んでいました。ときどきは息子も手伝っていたようです。ところが腰痛で農作業ができなくなり、整形外科にバスで通院していましたが、コロナ禍で通院が怖くなりやめてしまいました。腰痛も改善しないので、自宅にいてボーッとテレビを見たり、寝たりしている時間が長くなっていきました。
これまで続けてきた農作業もできなくなったため、先祖代々で大事に引き継いできた畑も荒れてしまいました。息子はコンビニなどに出かけることはありましたが、それ以外ほとんど外出しなかったようです。
■認知症が進み、息子からも暴力を受けていた80代の女性
母親は近所に住む女性からの「最近見かけない。畑も雑草が生えている」との連絡で訪問した地域包括支援センターの職員に連れられ、当センターを受診しました。
当センターの診察室に入ってきたときにはボーッとしたうつろな表情で、髪が乱れて衣服は汚れ、少しの尿臭もありました。明らかな記憶障害があり、長谷川式スケールは13点で中等度の認知症相当の認知機能低下でした。頭部CTでは海馬の萎縮と大脳の広汎な萎縮が見られ、アルツハイマー病と考えられました。
生活障害もすでに中等度で、この1カ月は入浴もしていなかったようです。洗濯もほとんどせず、家の中はごみが散乱している状況で、金銭管理は息子がやっていたようでした。
また、体には暴力を受けた痕が残っていましたが、本人は暴力行為については何も覚えていませんでした。しかし息子の怒鳴り声と母親の悲鳴が聞こえたという近隣の方からの情報もありましたので、地域包括支援センターから息子が通っていた精神科医にお願いして入院させていただき、母親はショートステイを利用して自宅から避難させました。
息子の主治医によると、同じことを何度も繰り返し聞くのでイライラしていたとのことでした。認知症の親の症状が子どもの精神的な安定を乱した結果の虐待は、十分あり得ることです。
このケースではかろうじて息子が精神科医につながっていたので、比較的対応がスムーズだったのですが、通院も拒否している場合、このような事態への介入はさらに困難になります。このように50代ぐらいの精神疾患がある患者で、親の収入をあてにして同居しているケースは虐待の温床であるため、医療・福祉・介護・行政の連携による生活全般にわたっての見守りや支援が必要となってくるでしょう。
■ゴミ屋敷から意識不明の状態で発見され…
Fさんは80代の女性で、20年ほど前に夫を亡くしてからは神経難病の娘とふたり暮らしをしていたようです。ある日、救急車で高齢の女性が意識障害で運ばれてきました。
この女性がFさんでしたが、近所の女性が「この2カ月ほど、Fさんの姿を見かけなくなった」と地域包括支援センターに連絡し、職員が訪問したところ、ゴミ屋敷の中に意識不明のFさんが倒れていたので救急車を呼んだのです。Fさんは悪臭を放つ汚れた毛布にくるまれていました。
私が大声でFさんの名前を呼び、顔を軽く叩いたところ、かろうじて目をあけました。くるんでいた毛布を開くと2匹のゴキブリが飛び出してきましたが、そんなことを気にしている暇もなく、Fさんを見ると肌はカサカサで明らかに脱水症でした。
少量の酸素を吸入してもらいながら点滴を開始すると30分後には話せるようになりましたが、内容は聞き取れずほとんど意味不明でした。頭部CTでは海馬や大脳の広汎な萎縮がみられ、最近できたと思われる小さな脳梗塞もありました。その1時間後にもう1台の救急車が到着し、聞くと同じ家に住む年齢不詳の女性を搬送したとのことでした。
その女性は目は開いていましたが話すことはできず、手足は屈曲拘縮していて、明らかに長期間寝たきりの状態だったことがうかがえました。後に警察が近隣の住民に聞き込みをしましたが、その女性のことは誰も知りませんでした。
住民票からその女性が50代であることがわかり、遺伝子検査などから脊髄小脳変性症という難病であることも判明しました。その女性は長年、いわゆる「開かずの間」にいたことになります。
■一つの家族に複数の問題が絡んでいるケースが増えている
Fさんに関しては元々軽度の認知症があったところに脳梗塞が加わり、生活が難しくなったと考えられました。ふたりとも脱水症と低栄養があり、入院治療で改善したところで特別養護老人ホームと神経難病療養施設に別々に入所することになりました。
80–50問題の対象となる家族は経済的困窮、社会的孤立(家族以外の親戚などとの交流がない)、整頓・衛生などの住環境問題、そして精神疾患や障害を抱えており、このように一つの家族に複数の問題が絡んでいるケースは年々増えています。高齢化率が上がり、親と同居する非就業者が増えているからです。
特にコロナ禍で地域での見守りが難しくなり、支援も届きにくく遅れがちになっている状況では、問題を抱えた家族の生活状況はさらに悪化していきます。オンラインを活用して多職種間で頻繁に互いの顔が見える関係を築き、役割分担をすることができれば、スムーズな支援へつながるのではないかと思われます。
ポストコロナではこれまで以上に、幅広く多様な連携をもつネットワークの構築が必要となるはずです。80–50問題の「発見、介入、見守り」は単一の機関では難しく、わずかな可能性でもとらえてアプローチするには多くの機関の専門性が必要となってきます。そこで、多職種で形成されたチームによる支援の必要性が生じるのです。
定期的な医療機関や事業所間での情報交換は、認知症対策としての地域連携には欠かせません。そこではいわゆる困難事例について話し合われることがほとんどで、それにはいくつかのパターンがあります。
■医療機関と連携するのが難しい事例も
まずこれは患者本人の条件ですが、病前性格の良し悪しは大きな要因で、たとえばもともと怒りっぽい方は認知症になると、さらに怒りっぽくなることが多いです。逆に穏やかな性格の方は病気の種類にもよりますが、ニコニコしながら穏やかに呆けていく印象が強いです。
もともと社交的な方は認知症になってからもデイサービスにつながりやすいですが、人付き合いが苦手な方は交流の場に行くのを拒否することが多いので、デイサービスなどに連れて行くのが難しいです。そういう方でもいったん連れて行ってしまえば、うまく適応できることのほうが多いのですが、連れ出すことは容易ではありません。
もう一つは家族の条件で、ケアスタッフなどが関わるのを拒否することに関する二つのタイプがあります。まず責任感から自分だけで抱え込み、疲弊していくタイプです。そういう人はいろいろと相談はされるのですが、デイサービスへの参加やケアスタッフの関わりを受け入れられないのです。世話を焼くのが好きな女性に多いタイプで、患者と介護者が共依存になっているとも言えます。
このケースでは相談の時間ばかりが長引き、堂々巡りになりますので、相談を担当する側も少なからず疲弊します。
■「3密」になるような交流が連帯感をつくっていた
もう一つは第三者の関わりの必要性を説明しても理解できず、他人に関わってほしくないと頑なに拒否するタイプです。これはプライドが高く頑固な男性に多くみられます。前者、後者ともに結果的にDVにつながるリスクが高いため注意が必要です。
このような困難事例はケアに関わる誰もが悩むケースなので、事業所間の情報の共有がどうしても必要になりますが、コロナ禍当初は事業所間をつなぐオンライン環境が各事業所で一律に普及しませんでしたので、少人数で集まって広い会議室で会議を開きました。それから数カ月後、オンラインシステムが各事業所で整いましたので、WEB会議が開催できるようになり、情報交換はだいぶスムーズになりました。
ただ、こういった会議が成立するには、長年一緒に活動してきた仲間意識が前提となります。コロナ禍以前は会議、研修会、認知症カフェ、市民公開講座など頻繁にイベントが開催され、だいたい月に1回は顔を合わせていました。
ときには懇親会など食事をともにしながらざっくばらんに本音で熱い思いを語る機会もあり、それがチームワークのベースとなりました。こういった状況は思い返せば「3密」ということになるのですが、それが連帯感をつくっていたことは間違いありません。
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複十字病院 認知症疾患医療センター長
1988年群馬大学医学部卒業。認知症専門医・脳神経内科専門医・核医学専門医。長年にわたり認知症の画像診断の研究と地域での認知症対策に携わってきた。論文に「深層学習による認知症脳血流画像の分類(英文)」などがある。
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(複十字病院 認知症疾患医療センター長 飯塚 友道)
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