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重症患者の7割にせん妄が出ている…新型コロナの「脳感染」が引き起こす肺炎より恐ろしい症状

プレジデントオンライン / 2022年7月23日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mohammed Haneefa Nizamudeen

新型コロナウイルスが脳に感染した場合、致命的な影響を与えることが最新の研究でわかってきた。複十字病院認知症疾患医療センター長の飯塚友道さんは「新型コロナウイルスは嗅覚神経や血管を通じて脳に感染することがある。急死したケースでは、肺炎ではなく脳感染によって中枢神経がダメージを受けていた可能性がある」という――。(第2回)

※本稿は、飯塚友道『認知症パンデミック』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■感染者に致命的な影響を与える“脳感染”

本稿では、新型コロナウイルスの感染が直接脳に与える影響について考えていきたいと思います。恐ろしいことに、このウイルスが思いのほか脳に感染して様々な症状を引き起こし、ときに致命的な影響を与えることがわかってきました。

新型コロナウイルス感染により神経症状が出現するという現象については、2019年に中国・武漢で最初に報告されました(*1)。2020年1月16日から同年2月19日までのデータでは、平均年齢53歳の214人の患者のうち78人の患者(36%)で神経症状がみられました。

重症の感染者ではより頻度が高く、46%です。ほとんどの神経症状は病気の初期に起こりました。神経症状は実に多様で、中枢神経系の症状(めまい、頭痛、意識障害、急性脳血管疾患、運動失調)、末梢(まっしょう)神経系の症状(味覚障害、嗅覚障害、視力障害および神経痛)、骨格筋損傷がみられました。重症の感染者の神経症状は急性脳血管疾患、意識障害、骨格筋損傷などでした。

この武漢の中枢神経障害のデータは、その後の各国からの報告よりは比較的低い頻度でした。当初は重症化する肺炎に注目が集まっていたのが一因かもしれませんが、それ以降は脳障害に関する報告が増加します。感染と神経症状との関連については、アンギオテンシン変換酵素2(ACE2)という細胞膜に存在するタンパク質が新型コロナウイルスの受容体として同定されました。

ウイルスの感染には細胞表面に存在する受容体との結合が必要です。ACE2は神経系および骨格筋などに存在しますので、この受容体の神経症状における役割は大きいと考えられます。その後も神経症状には注目が集まり、米国ワシントン州の病院からの2020年2月20日から同年5月4日の入院患者404人の神経学的症状の報告があります(*2)

(*1)Mao L, Jin H, Wang M, et al. Neurologic Manifestations of Hospitalized Patients With Coronavirus Disease 2019 in Wuhan, China. JAMA Neurol. 2020; 77(6): 683–690.
(*2)Agarwal P, Ray S, Madan A, Tyson B. Neurological manifestations in 404 COVID-19 patients in Washington State. J Neurol. 2021; 268(3): 770–772.

■中枢神経に関連する症状が多数報告されている

この病院は米国で新型コロナウイルス患者の死亡例を報告した最初の病院で、神経学的所見は295人でみられ73%にのぼりました。そのうち中枢神経症状は204人(52%)でみられ、多い順に精神症状、頭痛、めまいでした。

パルスオキシメーターを着ける患者
写真=iStock.com/gorodenkoff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

米国ミシガン州からの報告もあり、こちらは2020年3月1日から同年5月31日の間に集中治療室に入院した比較的重度の148人の患者を対象としています(*3)。せん妄は平均年齢58歳の73%の患者で認められ、その持続期間は4~17日で中央値は10日でした。

さらに、入院中にせん妄を発症していた患者の中で退院後の調査をしたところ、24%は自宅に退院した後にもせん妄が出現しました。また、23%は認知症を疑わせる持続した認知機能障害がみられ、12%は退院後2カ月以内にうつ状態と診断されています。せん妄は70歳以上の高齢者で出現しやすいことは知られていますが、平均年齢58歳の中高年でもせん妄を起こし、それが退院後も遷延するという現象が注目されました。

そして、スペインからの報告ですが、2020年3月に入院した新型コロナウイルス感染と診断されたすべての患者を体系的に見直しました(*4)。平均年齢66歳の841人の患者のうち、57%が何らかの神経症状を発症しました。

たとえば、筋肉痛、頭痛、めまいなどの非特異的症状のほとんどが、感染初期段階で存在していました。嗅覚障害と味覚障害は早期に発症しやすく(最初の臨床症状として60%)、軽症例で頻度が高い傾向がありました。意識障害やせん妄は、主として高齢患者や重度例で発症しました。

(*3)Ragheb J, et al. Delirium and neuropsychological outcomes in critically Ill patients with COVID-19: a cohort study. BMJ Open 2021; 11: e050045.
(*4)Romero-Sánchez CM, et al. Neurologic manifestations in hospitalized patients with COVID-19: The ALBACOVID registry. Neurology. 2020 Aug 25; 95(8): e1060–e1070.

■重症患者の約7割にせん妄が出ることが判明した

急性期にはコロナ感染症例の約20~70%が何らかの中枢神経障害を起こしており、脳血管障害、頭痛、意識障害、せん妄、めまいなどを引き起こしています。

特に集中治療室の重症患者の約70%にせん妄が出現することも判明しました。これに関しては感染予防のため、患者の日用品を院内に持ち込むことができなかったり、家族の面会が制限されたりしたことの影響もあったでしょう。

医療スタッフ側としては防護服の不足などの理由で、せん妄防止のためのプロトコルがあっても普段のようには実行できなかったという事情があり、それがせん妄が多く見られた要因とも考えられます。それから退院後も続く症状があり、そこではせん妄や認知機能障害があります。

米国のメイヨー・クリニックでは感染症で入院中の患者について、神経損傷の生物学的指標であるバイオマーカーを調べています(*5)。ここでは血液中の神経線維フィラメント軽鎖(NfL)というタンパク質を分析しました。このNfLは神経軸索にしかないタンパク質ですので、これが血中に漏れ出ていることは神経軸索が損傷していることを意味します。

142人の入院患者から採取した血清ではNfLは正常値よりも上昇していました。さらに、血清NfLの検出量は疾患の程度と関係していて、レムデシビルで治療された患者100人においては血清NfLが減少する傾向も見られました。このように重症度、治療の有無と神経損傷には関係があり、感染すると神経系に損傷を与えることの間接的な証拠になります。逆にNfLが低ければ、レムデシビルの治療が有効であることが実証できます。

(*5)Prudencio M, Petrucelli L. Serum neurofilament light protein correlates with unfavorable clinical outcomes in hospitalized patients with COVID-19. Sci Transl Med. 2021 Jul 14; 13(602): eabi7643.

■ウイルスはどのようにして脳に感染するのか

新型コロナウイルスの脳への感染ルートですが、まず鼻粘膜上皮にはこのウイルスの受容体であるACE2が存在し、そこにウイルスが到達するとACE2と結合して嗅覚神経細胞内に侵入し、嗅覚障害を起こすと想定されています。

実際、症状が出現した人の85%で嗅覚障害がみられています(*6)。その約半数では防御機構が感染を抑えて早期に嗅覚が回復しますが、残りの患者ではウイルスが嗅覚神経から脳内に侵入し、最終的には脳幹に達し、重度の呼吸不全を引き起こします。その場合の多くは呼吸困難の自覚がありません。

また、このウイルスは血管内皮細胞に存在するACE2受容体にも結合し、血管内皮で炎症を引き起こします。感染治療中に発症する脳卒中は、この血管内皮炎によって生じる血栓が原因であると考えられます。ACE2受容体の同定からさらに、ニューロピリン-1(NRP1)というタンパク質も新型コロナウイルスの受容体であることがわかりました(*7)

COVID-19の感染
写真=iStock.com/Design Cells
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Design Cells

NRP1は呼吸器系、鼻粘膜上皮、神経系に豊富に存在します。ウイルスの細胞内侵入を媒介するACE2の役割に加えて、NRP1はウイルスの感染性を高める作用をしていて、同じウイルスの受容体でも役割は異なるようです。

感染した脳のどこに新型コロナウイルスが多く存在するかを調べるために、脳でのこのウイルスのRNA量を測定した報告もあります(*8)

(*6)Chen M, et al. Elevated ACE-2 expression in the olfactory neuroepithelium: implications for anosmia and upper respiratory SARS-CoV-2 entry and replication. Eur Respir J. 2022; 56
(*7)Cantuti-Castelvetri L,et al. Neuropilin-1 facilitates SARS-CoV-2 cell entry and infectivity. Science. 2020 13; 370(6518): 856–860.
(*8)Yates, D. A CNS gateway for SARS-CoV-2. Nat Rev Neurosci 22, 74–75(2021).

■中枢神経への感染が強ければ、死亡リスクが高まる

新型コロナウイルス感染で亡くなった33人の脳でRT-PCR(DNAではなくRNAを検出するPCR検査)によりウイルスRNA量を評価したところ、11人から中枢神経、特に嗅覚神経と脳幹でウイルスRNAが多く検出されました。

ここで注目すべきは、中枢神経におけるウイルスRNAの量は亡くなるまでの罹病(りびょう)期間と逆相関していたことです。罹病時間の短さは高いRNA量と関連し、罹病期間の長さは低いRNA量と関連していました。つまり、中枢神経への感染が強いことは死亡リスクを高めることになります。新型コロナウイルス感染は肺炎で死亡するイメージがありましたが中枢神経、特に脳幹への感染は致命的と考えられます。

このように、新型コロナウイルスによる脳感染の実態が徐々にわかってきました。ここで新型コロナウイルス感染患者における呼吸症状と脳病変との関連についての総説を紹介します(*9)

2021年2月までの新型コロナウイルス感染患者の脳に関する27の報告によると、神経病理学的変化は134人の患者のうち78人の脳幹で観察されました。実に亡くなった方の半数以上で脳幹病変が存在したことになります。

新型コロナウイルスについては、脳幹の血管障害または低酸素病変をもつ患者と比較して、脳幹にグリア細胞浸潤(グリオーシス)とリンパ球浸潤を示した患者のほうがはるかに高く検出されました。これは重要な所見です。

新型コロナウイルス感染症の脳幹病変は重症肺炎に伴う低酸素による非特異的かつ間接的な所見との見解もありますが、脳幹病変を示した患者でウイルス検出が多かったことは、感染の脳幹への直接的な影響を示唆しています。

(*9)Tan BH, Suo JL, Li YC. Neurological involvement in the respiratory manifestations of COVID-19 patients. Aging(Albany NY). 2021 14; 13(3): 4713–4730.

■肺炎ではなく脳感染が急死の原因だった可能性がある

これらの報告から現在のところ、神経系への新型コロナウイルスの侵入経路として次の二つが考えられます。まず神経経路ですが、一般的にウイルスは末梢神経に沿って逆行性に神経組織に入ることができます。

新型コロナウイルスの場合、嗅覚神経からのルートで脳に侵入する可能性が最も有力ですが、他の脳神経である、視神経や三叉神経などを介して脳に侵入することも想定されます。脳幹の心呼吸中枢にウイルス感染が起こると肺炎の重症度にかかわらず、呼吸不全を引き起こす可能性があるとも指摘されています。

飯塚友道『認知症パンデミック』(ちくま新書)
飯塚友道『認知症パンデミック』(ちくま新書)

次に血液循環経路ですが、ウイルスは血行性で中枢神経系に入る可能性もあり、その場合はまず、脳室にある脈絡叢における血液脳脊髄液関門の上皮細胞に感染します。脈絡叢は脳脊髄液を産生する部位ですが、血管が豊富な部位でもあります。そこから神経細胞やグリア細胞に感染していくのです。新型コロナウイルスに脳が直接感染してダメージを与え、それには炎症だけでなく血管障害も関わっているようです。

脳への侵襲、特に脳幹にある呼吸や心拍・血圧を制御する生命中枢へのダメージは発生する割合としては少ないのですが、致命的で恐ろしいものです。病院に向かっている途中に急変し、到着時には心肺停止に陥るという報道もありました。

いくら肺炎が急速に進行したとしても、肺炎が原因で数十分単位で死に至ることは通常は考えられないことです。数分から数十分で死に至る可能性のある疾患のほとんどは、脳出血や心筋梗塞など脳あるいは心臓の急性病変に由来するものです。

したがって新型コロナウイルス感染での急死には、脳幹の生命中枢への直接的ダメージが関与していたと考えると納得がいくのです。

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飯塚 友道(いいづか・ともみち)
複十字病院 認知症疾患医療センター長
1988年群馬大学医学部卒業。認知症専門医・脳神経内科専門医・核医学専門医。長年にわたり認知症の画像診断の研究と地域での認知症対策に携わってきた。論文に「深層学習による認知症脳血流画像の分類(英文)」などがある。

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(複十字病院 認知症疾患医療センター長 飯塚 友道)

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