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富士山が噴火すれば、大量の火山灰で首都圏は地獄に変わる…政府の専門家会議が天を仰いだ「残酷な事実」

プレジデントオンライン / 2022年7月21日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/motive56

富士山は1707年に大規模噴火を起こしている。もし同レベルの噴火が起きると、首都圏にどんな影響があるのか。火山学者の萬年一剛さんの著書『富士山はいつ噴火するのか? 火山のしくみとその不思議』(ちくまプリマ―新書)より、一部を抜粋して紹介する――。

■2020年3月発表の政府報告書に書かれていること

日本政府は2018年、「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」という専門家の会合を設けて宝永噴火(1707年に起きた富士山の噴火)並みの降灰がおきたら東京をふくむ大都市にどういう影響が発生するのかを検討させた。

2020年3月に発表された報告書の内容は多岐にわたるが、大きな問題が交通分野にあることが指摘されている。そのうち、電車は降灰にものすごく弱くて、うっすら積もるくらいで運行停止になるらしい。それは鉄道がレールの上を走れなくなるからではない。

鉄道は安全運行に関する情報、たとえば次の踏切に異常が無いかとか、前に電車が止まっている、みたいな情報を電気信号としてレールに流しているが、そうした電気信号は車輪を経由して運転士の元に届いている。ところが降灰があると車輪とレールのあいだに火山灰が挟まり電気信号が流れなくなるのだ。今の鉄道は、レールを流れる電気信号に頼った運行をしているので、そういう事態になると危なくて運行ができなくなる。

乗用車も強いとはいえない。四輪駆動とか4WDなどと呼ばれる4つの車輪すべてが駆動するタイプは問題ないが、多数派である二輪駆動の乗用車は乾燥している場合は厚さ10cm、雨が降ると3cmの厚さで走行が不能になる。宝永噴火と同じ降灰分布だとすると、東京は雨が降ると走行不能、降らなくても横浜あたりでは10cmを超えているので東名高速道路や一般道を使って神奈川や静岡方面と行き来することはできなくなる。

これは乗用車が道路の上を走れるかという点だけに着目したものだが、実際にはもっと薄い降灰でも問題になるだろう。

■火山灰の量が少なくても車移動は危険になる

火山灰はマグマが急に冷えて固まったものだから、草木を燃やしたときに出てくる灰と異なり、主成分は硬い岩石である。だから、フロントガラスに火山灰がくっついたといってワイパーをずっとかけていたら、火山灰がフロントガラスを削ることになる。

フロントガラスはすりガラス状になって、前が見えなくなるだろう。それに火山灰が路面を覆うと、道路上の白線が見えなくなる。センターラインが見えなくなったらどこを走って良いのかよくわからなくなってとても危険だろう。

こういった問題が複合すると事態は深刻だ。スリップした車や、フロントガラスがすりガラス状になって前が見えなくなった車、センターラインがわからなくなって衝突事故を起こした車、などなど、いろいろな理由で走行できない車が道路上に増えるかもしれない。

すると、事故渋滞が同時多発的に生じるのと同じこととなる。だから「厚さ3cmまでは移動可能」などと楽観的に考えるのは危険だ。車での移動に不確定な要素が多いことを計算に入れておくべきだろう。

■飛行機はエンジン停止し、空港は長期間にわたって閉鎖される

飛行機は滑走路の火山灰を除去しなければ離着陸ができないが、空港に火山灰が積もっていなくても上空を流れる火山灰を警戒して、航空会社は運航を止める可能性が高い。

現在多くの旅客機はジェットエンジンの力で飛んでいる。ジェットエンジンは大量の空気をエンジンの中で圧縮し、燃料を燃焼させるが、空気に火山灰が含まれているとエンジンの中で溶けたガラスになり、エンジン内部にぺたぺた張り付いてしまう。これが過ぎると、エンジンが詰まってしまって停止して、墜落の危険がある。

噴火した火山
写真=iStock.com/IPGGutenbergUKLtd
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/IPGGutenbergUKLtd

火山噴火に遭遇して飛行中の飛行機のエンジンが止まる事故は過去に何例かあって、航空業界では極めて厳しい運航基準を設けている。2010年にアイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山(この火山の正確な発音はアイスランド人以外には無理なので、国際学会でもみんな苦笑いをしながら発音をするので面白い)が噴火したが、この時はヨーロッパ上空の広い範囲に火山灰が到達したため、1週間にわたってヨーロッパの空港が閉鎖された。

宝永噴火は2週間以上も噴煙の高さが11kmを超える噴火が断続的に続いたが、これはエイヤフィヤトラヨークトル火山の噴火よりも長く噴煙高度も高い。したがって、宝永噴火並みの噴火が現代の富士山で発生したら、かなり大きい問題となるだろう。

ちなみに、現在、日本で貿易額最大の「港」は成田国際空港で、貿易総額の6分の1くらいのシェアを占めている。富士山が火山灰を放出したら、おそらく成田空港は閉鎖になるだろう。加えて、風向きがどうなるかは噴火の時にならないとわからないので、関西国際空港だったら大丈夫とはいえない。

■物流が停止し食糧不足に陥ることが想定される

現代は江戸時代よりいろいろな意味で進んでいるので、噴火が起きて鉄道や道路、飛行機が多少止まっても江戸時代よりも上手く対応できると思っている人がいるかもしれない。しかし、私は非常に悲観的だ。端的に言ってさまざまな交通手段に支えられた物流システムが機能しているから、東京は生きていけるのである。例えば食について考えてみよう。

東京の人たちが消費している食糧はほとんどが東京の外からもたらされるのはわかるだろう。だから、物流が止まると一挙に食糧不足に陥る。いやいや、そんなことを言っても東京にはコンビニやスーパーがたくさんあるからなんとかなるでしょう、と思っている人がいたらそれは甘い。

一昔前であれば、町の食料品店は裏の倉庫にある程度の在庫を抱えていたが、今のコンビニやスーパーは頻繁な配送で店頭の商品を切らさないようにしている。在庫を抱えると、それが売れないときに損をするし、在庫を置いておくスペースの確保だって都会では金がかかる。だから、平常時は在庫を持たない方が正解なのだ。

ところが、これは噴火時には大きな弱点となる。在庫を持たないということは、配送が止まったらすぐに店頭からものがなくなることを意味する。最近は、台風が来たり大雪が降ったりするとコンビニやスーパーから一気に商品がなくなる事態がよく起きる。コロナウイルスが流行しはじめたとき、パスタやコメ、トイレットペーパーが一時的に品不足になったことを思い出す人もいるだろう。

そういうのは常軌を逸した買いだめをする人がいるせい、というより、「念のため、ちょっとだけ多めに買っておくか」と考える普通の人がたくさんでたために、普段と少し違う売れ方をしたためだという。それくらい弱い物流システムに、降灰のような極めて異常な事態が襲いかかったら、経験したことのないような品不足となる可能性が高い。

■もっとも深刻なのは水問題

私が一番深刻だと考えているのは水問題である。神奈川県の場合、横浜や川崎など県東部の大都市は、相模川(さがみがわ)や酒匂川(さかわがわ)の水を水道水として使っている。ところが、この2つの河川はいずれも富士山に源を発しているだけでなく、宝永噴火では流域のかなりの部分が降灰の影響を受けた。このため、江戸時代の文書を見ても上流から火山灰が流れてきて川底にたまり、人足を集めてそれを除去したという記録がある。

相模川や酒匂川から水道用の水を取る施設を取水堰(しゅすいせき)というが、そこに土砂がたまったら取水ができなくなる。今でも、ごくまれに大雨で流木が大量に流れてきて、取水が止まることがあるが、噴火後の土砂は流木より深刻だろう。東京だったら大丈夫というわけではないだろう。

確かに、東京の水源は利根川(とねがわ)や荒川など、北関東から流れてくる川が大半だが、山梨を水源とする多摩川(たまがわ)水系の川からも取水している。それに次の噴火が宝永噴火と同じように真東に火山灰をまき散らすとは限らない。取水が止まるような事態は、噴火開始後すぐに起きるわけではないかもしれない。

しかし、火山灰にはフッ素などの水に溶けやすい体に有害な物質も含まれている。一方、普通の浄水施設(図表1)は覆いのないプールのような場所なので、火山灰がどんどん落ちてくる。そうすると火山灰に付着した有害物質が水道水に溶け込んでしまう。こうなると、水道として供給をしても飲用には適さなくなってしまう。こうした変化は降灰後速やかに発生する可能性が高い。

【図表1】大都市の水源から水道まで。川を流れる火山灰や浄水場の池に落ちる火山灰の影響が懸念される。
大都市の水源から水道まで。川を流れる火山灰や浄水場の池に落ちる火山灰の影響が懸念される。(イラスト=たむらかずみ)

■火山灰の影響で多数の死者がでる可能性も

意外なことに、信頼できる文献で宝永噴火の降灰が直接の原因で人が死んだという記述は今のところ見つかっていない。見つかっていないだけで、何人かは死んだのかもしれないが、少なくとも何千人とか何万人もの死者が出た可能性は低いだろう。しかし、現代日本で宝永噴火並みの降灰が起きたら相当な死者が出るかもしれない。

降灰があって、電車や車が動けなくなっても歩くことはできる。火山灰は風下方向にはかなり遠くまで降り積もるが、風と直交方向では急速に厚さを減じるため、適切な方向に歩けば、いずれは被害の少ない地域に行き着くことができる。だから、体力があれば命だけはなんとかなるだろう。

ところが、今の世の中には高齢者や病気を患っている人、障害を持っている人など、多数の人が道路や水道などの社会基盤に支えられて生きている。こういう人々が2週間近く、食糧が得られない、水道が不通、車での移動もできないという状況に置かれると、相当危険である。

例えば、人工透析患者は、週3回程度の透析治療を受けるが、1回の透析で大体200リットルくらいの水を必要とする。必要なのは水だけではない。透析施設までは何らかの交通手段を必要とする患者は多いだろうし、透析施設では水のほか電気が必要だ。それに治療をする医師や看護師、透析機器をメンテナンスする技術者、清掃をしてくれる人などが出勤できている必要がある。

人工透析を受ける患者
写真=iStock.com/Picsfive
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Picsfive

この一例だけでも社会基盤あっての病気治療や介護だということは納得がいくと思う。被災者の数が少なかったり、被災地の面積が限られていれば、こういう問題はなんとかなるだろうが、宝永噴火の降灰分布を見たら被災人口や被災地の面積の大きさに圧倒されそうになる。

■「災害であれば避難すればいい」という発想は間違い

大規模かつ広範囲に火山灰が降ってくるのは、確かに災害だ。それも大災害だ。だったら避難しよう、というのが普通の考え方だが、これがとっても難しい。まだ公式な試算が出ていないが、宝永噴火並みの降灰が起きたら、数百万人単位の人が影響を受けることは確実だ。このようなたくさんの人をみんな避難させるわけにはいかないだろう。

数百万人の人をどうやって輸送するのか、そしてどこに輸送すれば良いのだろうか。もちろん、何百万人いようと、生命の危険が切迫していたら避難せざるを得ない。しかし、江戸時代でも死者が非常に少なかったことからもわかるとおり、降灰そのもので死に至る可能性は少ないのだ。

それでは、病気の人や介護の必要がある人は避難させるべきか。これも難しい問題だ。もちろん降灰が深刻で社会基盤が止まったら、避難するしかないが、世の中には移動させることが難しい人がたくさんいる。全身状況が悪くて、移動で命を縮める可能性のある人や、住み慣れた家から離れることでストレスを感じ、それが病気に繫がる人もいる。こういう人たちは、避難をさせるのも危険があるし、避難をさせないのも危険がある。どちらの方がより安全かという判断はとても難しい。

■『シン・ゴジラ』のような会議から学んだこと

実は、私は先ほど紹介した「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」で降灰シミュレーションの監修をするお役目で参加させてもらったのだが、第1回会合では、どこから検討をしはじめたらよいのか、どの委員も困った顔をしていて、正直なところ本当にこの会議、大丈夫なのかなと思った。

萬年一剛『富士山はいつ噴火するのか? 火山のしくみとその不思議』(ちくまプリマー新書)
萬年一剛『富士山はいつ噴火するのか? 火山のしくみとその不思議』(ちくまプリマー新書)

この会議の少し前に『シン・ゴジラ』という映画が公開されて、政府に呼ばれた専門家が全然役に立たないシーンがあったが、それを彷彿(ほうふつ)とさせた。あのシーンほどひどくはなかったのはもちろんだが、現在の日本にいる専門家でこの問題解決の役に立つ人はあまりいないのだと思った。多分世界中からかき集めても、そんなに状況は変わらなかったと思う。

何しろ世界中見渡しても、宝永噴火並みの大規模降灰に見舞われた近代都市はないのだ。

当時の内閣府の担当者がとても優秀だったので、なんとかまとまりがついたが、報告書には問題の解決法が書いているわけでは全くない。これだけいろいろな問題があることを示したのがワーキンググループ報告書の意義だろう。

■大規模降灰の問題は専門家だけでは解決できない

ここまで読んで、賢い読者の皆さまにはお察しいただけたと思うが、大規模降灰の問題は火山学者が、今までの知見をもとにアドバイスをして、行政や住民がそれを守れば解決、というような単純な問題ではない。火山学者がやれるのはせいぜい、過去の噴火を調査した結果や、シミュレーションに基づく研究から、来るべき噴火のイメージをお示しする程度である。

交通や水道などの社会基盤への影響や、それが物流に及ぼす影響、東京やその他の工場やオフィスの事業継続性も、専門の研究者がいるわけではなく、それぞれの担当者が自分で考えていくほかはない。

もちろん、ひとりで解決できる問題ではないが、自分事として受け止めて考え抜いた末に、同じような人と情報交換をして、社会全体として解決に向けて頑張ろうという性質の話だと思う。幸いにして、大規模降灰の問題に携わる人々があちこちで少しずつ現れているのは心強いことだ。大きくて複雑な問題なので、今後何年もかかって、少しずつ取り組んでいくしかないが、富士山に限らず日本のどこかで、大規模な噴火は将来必ず発生する。

本稿の読者は、これから世の中に出ていく人も多いと思うが、火山のこういう側面にも興味を持って、それぞれの持ち場で備えを進めていってほしいものだと思う。

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萬年 一剛(まんねん・かずたか)
神奈川県温泉地学研究所 主任研究員
1971年生まれ。横浜市出身。神奈川県立横浜緑ケ丘高校卒業までは天文少年だったが、数学の才能無く天文学は断念。地質学を専攻した筑波大学で伊豆大島や浅間山の野外実習を経験し火山の魅力にはまり、火山研究の道に。九州大学博士(理学)。98年より神奈川県温泉地学研究所所属。南フロリダ大学客員研究員(2010-11)、日本火山学会理事(2014-20)。著書に『富士山はいつ噴火するのか? 火山のしくみとその不思議』(ちくまプリマー新書)がある。

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(神奈川県温泉地学研究所 主任研究員 萬年 一剛)

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