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「月7000円で使い放題」と「1万円で10回分」…お金の貯まらない人が選びがちなのはどっち?

プレジデントオンライン / 2022年7月20日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nuthawut Somsuk

お金の貯まる人と貯まらない人はどこに違いがあるのか。名古屋商科大学の太宰北斗准教授は「人の我慢強さや計画性を表す経済学の指標に『時間割引率』というものがある。時間割引率が高く、将来の価値を低くみる人は、貯蓄率が低い傾向がある」という――。

※本稿は、太宰北斗『行動経済学ってそういうことだったのか!』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

■「人類もサルもあまり違いがない」とわかった実験

人類は他の動物たちには到底できない文明社会を築き、立派に経済を回しています。

ただ、実は私たちが描き出す経済上の反応は、合理的にも非合理的にも、サルたちとそんなに違いがないようです。

「人類もサルもあまり違いがない」、なぜ、そんなことがわかるのでしょうか。理由は簡単。サルで試してみた人がいるからです。

キース・チェン氏がヴェンカット・ラクシュミナラヤナン氏、ローリー・サントス氏と取り組んだのは「サルたちに貨幣を与えたらどうなるか」という実験でした。

実験で用いられたのは、不換性の貨幣(トークン)で、現代の私たちが使うお金と同じ仕組みのものです。貨幣は貨幣でしかなく、それを食べたりすることはできないので、持っているだけではサルたちにとってなんの意味もないように思えます。

■サルも予算と価格を理解し、消費行動を変化させた

実験には、7匹のオマキザルが参加しました。普段生活している場所から1匹ずつ実験会場に移ると、サルたちには12枚の貨幣、つまり、おこづかいが与えられます。その予算の中から、サルたちは大好きなリンゴやゼリーなどの甘い物を、2つの自動販売機のどちらか一方から選ぶように購入できます。

「予算を頭に入れて、自分が最も満足いきそうな合理的な選択をする」、まさかサルにそんな難しいことはできないと思いますよね。

しかし、サルたちは貨幣経済の仕組みを理解して、驚くべき損得計算能力を見せたのです。経済学史上に記録されたサルたちの偉業の数々を、かいつまんでお伝えしておくと次の通りです。

・サルたちも予算と価格を理解して、満足いくように消費行動を変化させる(十分、合理的っぽい)
・合理的なサルたちでさえ、ヒトと似たように選択を誤ってしまうことがある(時折、非合理的っぽい)

■人間にあってサルにはないのは「我慢強さと計画性」

「サルがまるでヒトみたい」というエピソードを紹介しましたが、実は大きな壁がひとつあります。なんと彼ら、貯金はできないらしいのです(でも盗みは働きます)。

ここで、我々人類との力の差を示すのに使われる指標が「時間割引率」というものです。

考え方自体は難しいものではありません。要はあなたの我慢強さや計画性を言い表そうということです。簡単に言うと、この時間割引率が低いと我慢強く計画的な人だと言えます。

たとえば1年後に100万円をもらえるとして、その「現時点での価値はいくらくらいですか」ということです。ひとつ試してみましょう。

【質問】次の2つの選択肢のうち、あなたの好きなほうを選んでください。
A 今日、100万円をもらう
B 1年後、110万円をもらう

■「1年後の110万円」を選ぶ人、選ばない人

ここでAを選ぶ人は、時間割引率が年率10%超の人だと言えます。1年後の110万円が、今日の100万円より価値がないかのように割り引いて評価しているからです。

10%で割引くと、1年後の110万円は、110÷1.1=100万円となります。

1年待てば10万円もオマケがついてくるのですから、現在の預金金利などからすると、Bを選択したほうが得であるようにも思えます。それでもAを選ぶとすると、すぐにでもお金を使いたい、“少しせっかちな”時間割引率の高めの人だと言えるわけです。

時間割引率を考えるときのポイントは、割り引く対象が、別にお金でなくてもいい点です。

たとえば今日、ダイエットを頑張って10年後に少しだけ健康状態が良くなるとすると、みなさんはどこまで頑張れますか?

それでもコツコツ頑張れる人は時間割引率の低い人、つまり、将来の健康状態の価値が割り引かれずに現在も高い価値を持つ人と言えます。将来の健康を損なうことの価値を高く見積もっている分だけ、その人にとっては、運動というコストを今日支払ってでも、頑張るだけの価値があるわけです。

■貯蓄率の違いを生むたったひとつの要因

さて、サルの貯蓄の話が出たところでクイズです。

図表1は国の総貯蓄率を国際比較したものです。先ほどまでの話からすれば、貯蓄率が高い国ほど、時間割引率は低い国だと言えます。

【図表1】総貯蓄率の国際比較(1985-2010年)
日本とドイツは「貯蓄率が高いグループ」、イギリスとアメリカは「貯蓄率が低いグループ」。その違いは?(出所=『行動経済学ってそういうことだったのか!』)

この研究を行なったキース・チェン氏(サルの実験をした人)によると、AのグループとBのグループの総貯蓄率は、あるひとつの要因によって、4.7%ほどの違いが生まれていると推計されています。

もちろん、両グループで時間割引率が異なっていると考えられるわけですが、何がその違いを生んでいるのでしょう?

ヒントは、サルとヒトとの違いにあります。

答えは「言語」です。ではなぜ、日本とドイツが同じAグループなのかと思う人、2つの国の言語の共通点とはなんでしょう?

反対側のグループを見ていただくと、薄っすら透けて見えてきますかね。イギリス、アメリカと、英語圏はこちらのグループです。英語と日本語の違いと言えば、時制表現です。現在進行形だとか、過去完了形だとか。中でも、ここで問題になるのは「未来形」というものです。少し確認してみましょう。

■英語圏の人は未来と現在を強く切り分けている

【質問】次の4つの文章のうち、文法上の誤りを指摘できるのはどれでしょうか?
A 「今日は寒い」
B 「明日は寒い」
C 「It is cold today」
D 「It is cold tomorrow」

間違いは、Dで合っているはずです。あまり自信はないのですが、正しくは「It will be cold tomorrow」としないといけません。

チェン氏が指摘するのは、このとき、脳の中では未来のことを現在と強く切り分けるため、時間割引率が高くなるという可能性です。つまり、未来の自分は未来の自分、今の自分は今の自分というように、ついつい考えてしまうということです。

色を表す言葉の多い言語を話す国の人ほど実際に色を見分けられるように、時制表現が強い英語などの国では、将来のことはあくまでも将来のこととして認識できてしまう、というのです。

反対に、日本語などの時制表現が弱い国では、今日のことも明日のことも一緒くたに扱うため、将来の自分を今の自分に重ねやすく、結果、時間割引率が低くなる、と言います。

■時制表現が弱い言語の話者は健康管理も上手い

仮に、Aグループが「時間割引率が低く将来の価値を重く受け止める人たち」というのであれば、貯蓄率のほかにも、健康管理などの意識も高くなるはずです。分析の結果では、時制表現の弱い言語の話者ほど喫煙率が低く、肥満度も低いほか、運動習慣や握力、肺活量にまで差があることが示されました。

研究上で重要な点は類似の傾向が、同一国内の、所得水準も教育水準も家族構成も同じで、使用言語だけが違うような話者間でも認められている点です。

言語を軸に語ってきましたが、時間割引率の内容をご理解いただけたでしょうか。

時間割引率の低い人ほど、将来のための行動を積極的に取れる我慢強い人、ということです。ただ、将来への捉え方が本当に言語によって変わってしまうのなら、それも問題ですが、時間割引率自体はあくまで個人の好みということでもあるでしょう。

でも、時間割引率がみなさんの世界に与える影響は少し複雑で、もうしばらくおつき合いください。

■「月7000円で使いたい放題」or「10回利用で1万円」

「お金」の話、「健康管理」とくれば、フィットネスクラブです。みなさん、利用していますか。

仮に、「月7000円で使いたい放題」の料金プランと、「10回利用で1万円」の料金プラン、どちらを選ぶか聞かれたらどちらにしますか?

スニーカーやダンベルとスケジュール帳
写真=iStock.com/Gam1983
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gam1983

使いたい放題のプランを選んだ人は、もしかしたらうっかり損をしているかもしれません。

実は、7000円の料金プランを選んだ人は、入会している間に6万円も損していたという話があるのです(研究データのドル表記を1ドル100円換算で表記しています)。

ステファノ・デラヴィーニャ氏とウルリケ・マルメンディア氏が、アメリカのフィットネスクラブの入会者7752人を3年間にわたって調査した結果、なんと月の一括払いを選択した人は1カ月あたり平均4.3回の利用しかしていませんでした。つまり、1回利用するたびに1700円ほどを支払うことになるわけです。

最初から10回利用の回数券を買っておけば1回あたり1000円で済んだわけですが、どうしてこうなってしまうのでしょう?

■損しやすい人は「10年後なら我慢できる」と思い込む

少し繰り返しになりますが、次の質問を考えてみてください。

【質問1】次の2つの選択肢のうち、あなたの好きなほうを選んでください。
A 今日、100万円をもらう
B 1年後、110万円をもらう

【質問2】次の2つの選択肢のうち、あなたの好きなほうを選んでください。
C 10年後、100万円をもらう
D 11年後、110万円をもらう

もし、あなたがフィットネスクラブでお金を払いすぎる傾向にある人なら、質問1ではAを、質問2ではDを選んでいるはずです。つまり、非合理的な判断をして、損しやすい傾向の人である可能性があります。

AとDを選んでいた場合、問題になるのは、みなさんが今日ご褒美をもらえるとなればいてもたってもいられないのに(Aを選ぶ)、10年後の話になったら自分は我慢ができると思い込んでいることです(Dを選ぶ)。

いざ10年後になったとき、しっかりそこから1年間待てますか?

あまり自信はないですよね。10年後に突きつけられる問題は、結局、質問1と同じなわけですから。

■目の前のご褒美やコストを重視しすぎると判断が歪む

このように、目の前のご褒美やコストを重視しすぎてしまい、判断が歪むことを行動経済学では「現在バイアス」と言います。

太宰北斗『行動経済学ってそういうことだったのか!』(ワニブックス)
太宰北斗『行動経済学ってそういうことだったのか!』(ワニブックス)

先ほど割引率自体は個人の好みと言いましたが、どうやらその好みも一貫していないというのが原因です。つまるところ、将来のことについても“見たものがすべて”で判断していて、注意が向きにくい遠い未来のことほどうっかり見落としてしまう、という感じです。

さて、フィットネスクラブの話で確認しましょう。入会のときには回数券と比較して、月7000円の月額料金がお得だと思ったから、月契約にしたはずですよね。その時点では「月7回以上は利用する」と思っているわけです。

このとき、1カ月の間に7回運動しないといけないコストは、将来のことなので軽く見られています。でも、いざ次の日になって運動するかというと、そうはしません。100万円を待つのがつらかったように、“今日”ジムに行くのが面倒になってくるからです。

つまり、いつまでたってもイタチごっこを繰り返し、どんどん問題は先延ばしになってしまう、というのが現在バイアスの問題です。

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太宰 北斗(だざい・ほくと)
名古屋商科大学商学部 准教授
慶應義塾大学卒業後、消費財メーカー勤務を経て、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。一橋大学大学院商学研究科特任講師を経て現職。専門は行動ファイナンス、コーポレートガバナンス。第3回アサヒビール最優秀論文賞受賞。論文「競馬とプロスペクト理論:微小確率の過大評価の実証分析」により行動経済学会より表彰を受ける。競馬や宝くじ、スポーツなど身近なトピックを交えたり、行動経済学で使われる実験を利用した投資ゲームなどを行ない、多くの学生が関心を持って取り組めるように心がけた授業を行なう。著書に『行動経済学ってそういうことだったのか!』(ワニブックス)がある。

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(名古屋商科大学商学部 准教授 太宰 北斗)

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