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安倍元首相はたった1人で倒れ込んだ…「空白の7秒」が海外メディアから大失態と報じられているワケ

プレジデントオンライン / 2022年7月16日 8時15分

参院選の遊説中に銃撃を受けて亡くなった自民党の安倍晋三元首相の通夜が2022年7月11日夜、東京・芝公園の増上寺でしめやかに営まれた。喪主は妻の昭恵さん。岸田文雄首相や自民党の麻生太郎副総裁らが参列し、歴代最長の政権を築き上げた安倍氏との別れを惜しんだ。 - 写真=AFP/時事通信フォト

■なぜ日本の警察は安倍元首相を守れなかったのか

安倍晋三元首相が奈良市での遊説中、銃撃を受けて死亡した。日本は犯罪率の低い安全な国として知られているが、そんな日本で発生したショッキングな襲撃事件として、海外にも驚きが広がっている。

岸田文雄首相は14日の記者会見で、「率直に言って警備体制に問題があったと考えている」と話し、政府として警備体制の不備を認めた。

交差点を背に演説する安倍元首相の後ろはがら空きとなっており、容易に接近することができた。また安倍元首相を囲む警護員らは前方を注視しており、離れた場所に警官が配置されているとはいえ、後ろからの狙撃はほぼ想定していなかったかのようだ。

こうした点に海外報道では、「(アメリカの基準からすると)ほとんど真剣だとは思えないほど緩い」との指摘も出ている。安倍元首相の警護は明らかな失敗だったと報じるメディアもある。

■米メディアが報じた「警備上の複数のミス」

銃社会のアメリカで、メディアは警備体制をどのように報じたのだろうか。米保守派メディアのワシントン・エグザミナー誌は、警備体制には複数の失敗が重なったと指摘する。記事の著者は、同紙で国家安全保障を専門としている記者だ。

記事は初めに妥当だった点として、警視庁警備部が警護を担当していた点を挙げている。現場には奈良県警の警察官のほか、警視庁のSPも配置されていた。首都圏警察の専門部隊が警護に当たるのは、ロンドン警視庁の警護課が王族や首相、元首相などを警護しているのと同じ構図だという。

しかし、結果として凶弾は放たれてしまった。同誌が指摘する最大の敗因は、警護員と安倍元首相のあいだに距離がありすぎ、即座に取り囲んで壁を構築できなかった点にあるという。

襲撃の瞬間を捉えた映像を確認すると、1発目の発砲音が響き、ほどなくして白煙が流れ込んでいる。警護員らは音のした後ろ方向を振り返り、数秒間ただ立ち尽くしている。致命傷を与えた2発目の発砲と前後して、ようやく各員が動き出す。

近くにいた1人の警護員はブリーフケースで射線を遮ろうと試み、別の数人は容疑者を取り押さえている。このときすでに安倍元首相は演説台から降り、胸部から腹部を押さえるようにしながらうずくまっている。

ワシントン・エグザミナー誌は、警護員が最初に安倍氏の安全を確保するまで銃声から7秒を要したと指摘する。後述するが、アメリカのシークレット・サービスの場合、状況によっては4秒以内の到着でも失態扱いになるという。

■トランプ氏の演説中に起きた制圧事例

同記事は2016年の米大統領選において、演説中の侵入者に極めて適切に対処できたとされる事例を挙げている。当時の候補者だったドナルド・トランプ氏の演説中、反対派とみられる人物が演説会場のバリケードを乗り越え、トランプ氏の立つステージに駆け上がろうとした。

このとき警護中のボディーガード集団は、侵入者の取り押さえをあえて一部のエージェントだけで行った。一方、候補者らの近くで待機していた別のボディーガード陣が素早く候補者を取り囲み、人間の壁を構築した。

同じ問題は、同年に民主党の予備選挙に立候補したバーニー・サンダース氏にも降りかかった。このときも同様、あらかじめ決められた手順どおりにボディーガードたちが反応し、人間の壁を築き上げることで攻撃者からサンダース氏を引き離している。

黒いスーツに身を包んだシークレットサービスのエージェントたち
写真=iStock.com/DKart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DKart

この戦術では、ボディーガードたちが身を挺して要人を護ると同時に、攻撃者の視線を遮る効果が生まれる。要人の正確な位置を把握できないようにすることで、発砲自体を躊躇させる作用をもたらす。

また、仮に暴徒たちが揺動部隊であった場合にも、この手法は高い効果を発揮する。侵入者を追い回した結果、警護対象者の周囲が手薄となるようでは元も子もない。人間の壁をつくる方式では、むしろ要人の周囲にボディーガードが集結する利点がある。

反面、奈良の事例では多くの警護員が被疑者の取り押さえに奔走し、安倍元首相を護ろうと立ちはだかった警護員は1名であった。仮定の話ではあるが、1発目の直後に人間の壁が構築されていれば、最悪の事態は免れた可能性もあるだろう。

■シークレット・サービスなら4秒の空白で失態

ワシントン・エグザミナー誌はさらに、到着時間が長すぎると指摘している。同誌が検証したところ、1発目の銃声から最初の警護員が元首相の元へと到着するまでに、7秒を要していた。

参考までに、1992年のラスベガスで起きたロナルド・レーガン元大統領への不審者近接事件では、わずか4秒で到着したシークレット・サービスでさえ、警護の失敗であるとの厳しい批判を受けた。

この事件はレーガン氏の演説中、部外者の男が舞台袖からに乱入し、氏とわずか10センチほどの距離にまで接近を許したというものだ。それ以来シークレット・サービスは、警備要員の一部を常に要人の至近に配置するよう警護計画を改めている。

奈良の銃撃事件の警護体制は、こうした点からもアメリカの感覚からすると大いに問題ありとみなされるようだ。ただし記事は、防弾ブリーフケースを掲げて安倍元首相の前に唯一立ちはだかり、射線を遮った警護員については、「ずば抜けた勇気を示した」として称えている。

ちなみに、同誌によるとアメリカのボディーガードたちは、あの手この手の変装で要人の至近距離をキープしているという。2001年、ブッシュ元大統領がワールドシリーズの始球式に登板するとなれば、ボディーガードはアンパイアに扮して最も近いグラウンド上からブッシュ氏を警護した。

2017年のイギリスでヒラリー・クリントン氏に名誉学位が授与された式典では、ボディーガードが教員に扮して壇上に立ち、式の雰囲気を尊重しながら厳しい目を光らせたという。

平成25年12月3日、安倍総理(当時)は総理大臣官邸で、アメリカ合衆国のジョセフ・バイデン副大統領(当時)による表敬を受け、続いて共同記者発表を行いました。
平成25年12月3日、安倍総理(当時)は総理大臣官邸で、アメリカ合衆国のジョセフ・バイデン副大統領(当時)による表敬を受け、続いて共同記者発表を行いました。(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

■「ほとんど真剣だとは思えないほど、緩い警備だった」

警護体制に関して日本は、欧米の基準よりもかなりおおらかだとみられているようだ。日本に住んで27年という英タイムズ紙の日本特派員は、安倍元首相の自宅マンション周辺では「警備体制が驚くほど緩かった」と指摘している。

安倍元首相は通算8年8カ月の首相任期中、昭恵夫人とともに、東京都渋谷区のマンションに住んでいた。そこからわずか1ブロックほどの距離に住んでいたという同紙記者は、「私たち(記者と家族)が住んでいることからも明らかだが、そこは豪勢で高級な住宅地というわけではなく、国家指導者の存在は私たちの暮らしに夢のような不思議な感触をもたらしていた」と振り返る。

警備体制について記事は、近隣には私服警官を含む警察官たちが警護にあたっていたと説明している。しかし、「それでも欧米の指導者と比較すると、警備は驚くほど、ほとんど真剣だとは思えないほど、緩かった」としている。近所の人々は親しみを込めて、その気になれば台所の窓から狙えるかもね、などと冗談を交わしていたようだ。いまとなってはそんなユーモアもはばかられる。

警備を最小限にしていた理由のひとつには、物々しさを抑え、地域との垣根を低くする配慮があったのかもしれない。地元の神社で祭りがあれば、当時の首相の母自らが飲み物とお菓子を子供たちに振る舞い、首相自身も気軽に写真撮影に応じていたという。

■安全な国でなぜ…銃撃事件への海外メディアの驚き

世界でも安全な部類に入る日本という国で、元首相が凶弾に倒れたという事件は、世界に驚きを波及させている。容疑者が用いた銃と弾は自作のものだったが、それでも厳しい銃規制の敷かれた日本での銃撃事件は、海外を驚かせた。

米ワシントン・ポスト紙は、日本は「銃の保持に関して世界でも有数の厳しい法が制定されている国」であり、なおかつ「政治的暗殺事件がここ数十年ではまれな国」だとしている。

同紙によると昨年発生した銃撃事件は、誤射と自殺を除いて日本全国で10件となっている。うち8件は暴力団絡みの事件となっており、一般市民が銃を手にし悪用するケースは非常にまれであることがわかる。

銃の入手プロセスも厳しく、狩猟目的でライセンスを取得する場合、多段構えの手続きをクリアする必要がある。筆記試験をパスしたあと、警察が申請者自身と家族の犯罪歴などを身辺調査し、また、適切な保管ロッカーが設置されているかなど自宅の検査がある。実技の講習も必須だ。

こうした厳しい規制を、今回の容疑者は銃の自作という手段で回避した。厳しい銃規制をかいくぐって発生した事件として、海外でも注目を集めているようだ。カタールのアルジャジーラの取材に対し、米テンプル大学日本校のブノワ・ハーディー=チャートランド非常勤教授(東アジア地政学)は、安全な日本で起きた稀有な事件だと説明している。

「間違いなく、東京でよくある光景というわけではありません。このような銃暴力は発生してこなかったのです。(日本の)殺人率は世界でも最も低い部類です」

2013年2月、ワシントンD.C.を訪問中の安倍晋三首相(当時)、CSISにて。
2013年2月、ワシントンD.C.を訪問中の安倍晋三首相(当時)、CSISにて。(写真=Ajswab/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

■銃撃は想定外では済まされない

公衆の面前で行わなければならない選挙演説は、要人警護のなかでも難しい部類に入るだろう。聴衆と距離を取りすぎたり、あまりに過剰に警護員を配置したりするような態勢は取りづらい。人々の共感を得て親しみを高めてもらうはずの街頭演説が、権力を誇示しているかのように捉えられれば逆効果だ。

日本では銃の所持が厳しく規制されている。自作の銃による発砲という特殊なシナリオは、警備上の課題として十分に考慮されてこなかったことだろう。何の恨み節も発声しない突然の射撃は、演習になかったとの指摘も出ている。予備動作のない凶行は、確かに対処を取りづらいところではある。

事件を振り返れば、その最大の問題は、1発目の発砲後に生じた数秒間の空白だろう。結果論ではあるが、警護員が至近に待機し、即座に安倍元首相を囲める態勢ができていれば、ターゲットを目視で狙えなくなった容疑者は2発目の発射を逡巡した可能性がある。

今回のケースが例外的な事件であることを願いたいが、技術の発達で銃の自作が不可能ではなくなった現在、これまでの予測を越えた事態も起こり得る。今後、日本の警察当局は、要人の警備計画の前提を再考する必要があるだろう。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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