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「君のはそんなに長くない」だけじゃない…男子トイレの注意書きでケタ違いにスケールが大きい中国式とは?

プレジデントオンライン / 2022年7月22日 11時15分

筆者撮影

「もう一歩前へ」。飲食店、駅、公共施設などの男性用小便器の上に掲げられた、うっかりこぼなさいでほしいという“警告文”。コラムニストでトイレの注意書き愛好家の石原壮一郎さんは「その表現は日本文化のエッセンスが結実しています」という――。

 

〈急ぐとも心静かに手を添えて外に漏らすな松茸の露〉

おそらくこれは、日本でいちばん有名な狂歌でしょう。女性には馴染みが薄いかもしれませんが、男性は見た覚えがあるはずです。とくに居酒屋のトイレで。

私たち男性は、飲食店や駅、公共施設などのトイレで小便器の前に立つと、7割ぐらいの確率で何らかのメッセージを受け取ります。表現はさまざまですが、どのメッセージも伝えようとしている内容はひとつ。それは「こぼすな!」という警告です。

あちこちのトイレで、これだけ念入りに警告しているということは、世の中にはけっこう高い割合で「こぼす人」がいるのでしょう。誰しも十分に気をつけてはいるでしょうが、何かの具合というかナニの気まぐれで狙いとは違う方向に飛んでいるケースもあります。

■公共施設のトイレがきれいになったのは

小便器の上に注意書きを書いた貼り紙やプレートが登場し始めたのは、いつごろからでしょうか。少なくとも私が居酒屋に出入りし始めた40年ほど前には、すでにあった気がします。公共施設のトイレが急速にきれいになったのは、この20~30年。あちこちでよく目にするようになったのも、同じ頃かもしれません。

注意書きを貼るほうとしては、うっかり「こぼす人」の自覚を促すことができるように、それでいて偉そうな響きにならないように、警告の表現に工夫を重ねてきました。その成果として、注意書きには日本文化のエッセンスが結実しています。いくつかの種類に分けて、鑑賞のポイントを考えてみましょう。

■「風流系」はゆるみがちな心に喝を入れてくれる

冒頭でご紹介した狂歌に代表されるのが「風流系」の警告。類似バージョンや「松茸の露」以外のバージョンも多数あります。

〈急ぐとも外に漏らすな玉の露吉野の花も散らば見苦し〉
〈急ぐとも西や東に垂れかけなみな見(南)る人が汚(北)なかりける〉
〈朝顔の花に絶やすな竿の露〉

いずれの狂歌や川柳も、ゆるみがちな心に喝を入れてくれます。どれも、だれがいつ詠んだのかは不明。今後の調査や研究が待たれるところです。

こうした「風流系」がよく目撃されるのは、個人経営の居酒屋やスナック。貼る側としては、適度なしゃれっ気で店や店主の個性を表現した気になることができるし、酔っ払いオヤジも「風流な警告文の意味を理解してこぼさないように気をつける粋なオレ」に満足感を覚えることができます。

すぐに意味がわかりづらいのが難ですが、押しつけがましさを感じさせることはありません。日本語の特徴である「婉曲表現」の成せる業です。しかも「そうか、松茸の露か」と呟きながら用を足せば、出てくる場所や出てくる液体に特別な価値があるように錯覚できるでしょう。日本で古来はぐくまれてきた「見立ての文化」のおかげです。

やはりお酒の店に多いイメージがあるのが〈もう一歩前へ 君のはそんなに長くない〉と身もふたもない指摘で、ニヤリとさせて注意を促すパターン。実際に誰かが見ているわけではないので、もし図星だったとしても怒る人はいません。

一歩前へお願いします
筆者撮影

■「感謝系」は下手に出ながら利用者を追い詰める

「いつもきれいに使っていただき、ありがとうございます」

いざ出そうとチャックに手をかけた瞬間、いきなりお礼の言葉を目にして恐縮することも少なくありません。都営地下鉄のトイレでは、マスコットキャラクターの「とあらん」が、お辞儀しながらこう言ってくれる姿をよく見かけます。

感謝系の警告文に見られる婉曲表現
筆者撮影
「感謝系」のメッセージ
筆者撮影

「いや、このトイレを使うのは初めてだから、お礼を言われる筋合いはない」

もちろん、そんな突っ込みは無粋。この「ありがとうございます」は、きれいに使ったという結果に対して発せられているわけではありません。「先にお礼を言ってやったんだから、ちゃんときれいに使えよ」という一種の脅しです。

失礼しました。脅しなんて言っちゃいけませんね。「こうしてほしい」(この場合は一歩前に出てこぼさないようにしてほしい)と要求する代わりに、お礼を言うという穏当な方法で「そうだな、気をつけないとな」という自覚を促してくれているんですから。

多くの人は自分はちゃんとできると思っているので、一律に要求されると「わかってるよ!」と反発を抱きかねません。ただ、気を使ってくれているのはわかるんですが、お礼の向こうに隠れている本当のメッセージを読み取ってほしいとプレッシャーをかけて、利用者を追い詰めているようにも見えてしまいます。

詳細なお願いが書かれたものも
筆者撮影

ここでも、日本文化の得意技である「あうんの呼吸」と「謙譲の文化」をベースにした意思の伝達が行われていると言えるでしょう。「罪悪感」に訴えて「きちんとした行動」を要求しているところも、常に世間の目を気にしがちな日本人の習性を前提にしています。

余談ですが、ずいぶん前に都内某繁華街の人気居酒屋で次の注意書きを見たときには、思わず吹き出しました。

〈いつもいつもきれいにご使用頂いて ありがとうございます これからもよろ……アッアッ アーァ、言ってる側から ――失敗は清掃のもと――〉

何重にも先回りしつつダジャレを織り込んでおちゃめさを表現し、しかも失敗に対する強い憎しみをにじませています。

■納得させてくれる「因果関係系」と、シンプルな「ストレート系」など

〈遠ざかるほど 尿はねします。もっと前へ〉

因果関係を提示することで、こぼすことへの恨みをにじませた貼り紙もありました。どこかの居酒屋で採取したと記憶しています。

因果関係を提示する注意書き
筆者撮影

注意書きの変形バージョンが、小便器自体に貼られているマトのシール。そこを狙わせることで、こぼしたり飛び跳ねたりすることを防ぐ効果があるようです。山奥の道の駅で遭遇したのが、小便器にマトのシールを貼り、さらに〈黒いマトを狙ってください〉と呼びかけて仕組みを図解している注意書き。これも「因果関係系」の一種と言えるでしょう。

道の駅で遭遇した注意書き
筆者撮影

忍者の町の公共施設にあったのが、感謝系と因果関係系の「忍法・合わせ技」バージョン。〈『いつもきれいに清潔に』 ご協力いただき、ありがとうございます〉と、まずは感謝のメッセージでこちらに自覚を促した上で、

御茶ノ水駅の注意書き
筆者撮影

〈こぼさないコツは気持ち一歩前です〉

と、失敗しないための具体的な方法を提示してくれています。

近所のファミレスにあったのが、ストレートに〈一歩前へお願いします〉とだけ書かれたテープが貼ってある注意書き。とあるローカル線の駅には、もっとシンプルに「一歩前へ」とだけ書かれているものもありました。

足跡のイラストともに〈もう一歩前へお進みください。〉と書いてある御茶ノ水駅の注意書きは、因果関係系とストレート系のハイブリッドと言えるでしょう。

■さすが中国三千年の歴史! 注意書きもスケールがでかい!

外のトイレに入って、こうした注意書きを見るたびに、いつもきれいに掃除してくださっている方への感謝の念を抱かずにはいられません。絶対にこぼさないようにしようと気持ちを引き締め、しっかり一歩前に出るのは言わずもがな。

さまざまな注意書きを見てきましたが、ケタ違いにスケールが大きかったのが、先日、池袋の中華系フードコートで遭遇したもの。本場の味をお手軽に楽しめるのが売りの施設で、スタッフは全員中国人です。そこのトイレの貼り紙には、こう書かれていました。

〈向前一小歩、文明一大歩。一歩前に進み、文明が大きくなる。〉

池袋の中華系フードコートで遭遇した注意書き
筆者撮影

自分の小さな一歩が、文明の大きな一歩につながるというニュアンスでしょうか。さすが中国、スケールが違います。ただ、感心してSNSにアップしたところ、中国語に詳しい知り合いが「中国語の『文明』には『マナー』という意味もある」と教えてくれました。

なるほど、だとすると「ここで一歩前に出ると、あなたのマナー力は大きく向上する」ぐらいの感じでしょうか。お店の人の翻訳が大ざっぱだったのかもしれません。それはそれで中国っぽいスケールの大きさが伺えます。

少なくとも「一歩前」を促す注意書きは、日本だけのものではないとわかりました。こぼすひとがいるのは、きっと万国共通です。ただ、欧米の場合は、いまいちピンと来なさそうだから「君のはそんなに長くない」系はないかもしれません(偏見)。

今後も小便器の前に立ったときには、自分が一歩前に進めば「文明が大きくなる」ぐらいの気概を持ちつつ、力を込めて放出したいものです。いや、力を込めすぎるとはねますね。力を抜いて、雄大な気持ちで放出しましょう。

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石原 壮一郎(いしはら・そういちろう)
大人系&検定系コラムニスト
1963年三重県生まれ。1993年に『大人養成講座』でデビューして以来、大人の素晴らしさと奥深さを世に訴え続けている。『大人力検定』『父親力検定』『大人の言葉の選び方』など著書多数。最新刊は、会社の理不尽と戦うための知恵と勇気を授ける『9割の会社はバカ』(飛鳥新社、共著)。郷土の名物を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」を務める。

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(大人系&検定系コラムニスト 石原 壮一郎)

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