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「店で提供されているから安全だろう」は大間違い…中毒者が急増する“鶏レアチャーシュー”の根本原因

プレジデントオンライン / 2022年7月21日 18時15分

ほぼ生にしか見えない鶏レアチャーシューが提供されていた。 - 「KANEOKARAMEN」の公式Instagramより

今年6月、鶏肉の生食が原因とみられる食中毒が発生し、愛媛県内のラーメン店が営業停止処分を受けた。鶏肉を原因とする「カンピロバクター食中毒」はほかにも被害が報告されている。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「牛レバーや豚肉と異なり、鶏肉の生食は法律で禁止されていない。消費者は正しい知識を身につけ、危険なメニューを避けるしかない」という――。

■食中毒が多発した「レアチャーシューラーメン」

鶏のレアチャーシューを売り物にしていた愛媛県内のラーメン店「KANEOKARAMEN」が6月30日、カンピロバクター菌の食中毒を引き起こしたとして営業停止処分を受けました。発症者は19人。店のInstagramには、外側が白いだけで中はほぼ生の鶏肉のスライスを乗せたラーメンの写真が掲載されており、ほかにも、生にしか見えない鶏丼も提供されていました。

このラーメン店は、兵庫県西宮市にある株式会社OMOのフランチャイズ加盟店です。OMOがプロデュースしたラーメン店は全国にあり、それぞれ同様の鶏レアチャーシューや鶏丼を提供していたことがわかり、SNSで騒ぎになりました。企業は鶏レアチャーシューの提供を中止したことを公式サイトで報告しています。

鶏肉の生食が原因のカンピロバクター食中毒は頻繁(ひんぱん)に起きています。行政が注意を呼びかけていますが、被害は後を絶ちません。鶏肉だけでなく、レアハンバーグやレア豚カツなどほかの“生食料理”もSNSなどでよく話題となっています。はっきり言って、非常に危険です。

どうして店は、そんなヤバいメニューを提供してしまうのか? なぜ、国は禁止にしないのか? そして、消費者は店でどのような点に気をつけてメニューを選んだらよいのか? この3点について深掘りしていきます。

■コロナ禍では減少したが、今年に入ってから増加の兆しが

カンピロバクターは、鶏のほか牛、豚などの腸管内にいる細菌で、感染すると発熱や倦怠(けんたい)感、頭痛、腹痛、下痢等に見舞われます。食中毒は例年、300件前後発生しています。原因の約9割は鶏肉の刺身、表面を炙っただけのたたきなどです。

カンピロバクターの拡大画像
出典=食品安全委員会
カンピロバクターの拡大画像。 - 出典=食品安全委員会

死亡例は国内では確認されていないのですが、一部の人は数週間後、手足が動かなくなったり呼吸困難に陥ったりする「ギラン・バレー症候群」となり、後遺症に苦しむケースがあります。

カンピロバクターは、腸管出血性大腸菌O157やサルモネラ菌より知名度が低いのですが、食中毒発生数はそれらよりも多いのです。この2年間は、新型コロナウイルス感染症対策に伴う衛生管理や飲食店の時短営業等が功を奏したのか、食中毒全体の発生件数は減っています。

ですが、今年はその反動か増加の兆しがあります。問題のラーメン店がある愛媛県松山市では5〜6月にカンピロバクター食中毒が5件起き、県と市が合同で初の「カンピロバクター食中毒注意報」を出しました。

鶏肉を背景にした細菌培養プレート
写真=iStock.com/Manjurul
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Manjurul

■年間の患者数は2000人ということになっているが…

厚生労働省の食中毒統計によると、患者数は例年約2000人となっています。たいしたことがないなあ、と思った人もいるかもしれません。実はこの数字、実態を反映していません。厚労省の食中毒統計は、具合が悪くなり病院を受診し検便検査などを経て食品が原因として確定した人数です。ですが、実際には食中毒になっても病院にかからないことや、病院で検査をしない、というケースも多いのです。

国立医薬品食品衛生研究所の研究者らが行っている、積極的に電話をかけて住民調査をするなどして実態をつかもうとする「アクティブサーベイランス」を用いた研究によると、2019年の全国のカンピロバクター食中毒患者数の推計はなんと88万3954人とされています。この研究をもとにすれば、年間に成人の1%近くが感染しており後遺症が出ている可能性もあります。そう考えると、実は深刻な問題であることがおわかりでしょう。

■市販の鶏肉は7割近くが汚染されている

鶏自体は、カンピロバクターに感染していても症状が出ず、農場での感染防止は容易ではありません。それに、食鳥処理場での毛抜きや内臓の除去、洗浄等の段階で、ほかの肉に菌が広がる場合もあります。

市販の鶏肉の汚染率は調査によってまちまちで、20〜100%という結果。7割近くは汚染されている、という見方が有力です。そんな肉を十分に加熱殺菌せず食べれば、感染して当たり前です。

店によっては「新鮮だから安全」と言うところもありますが、これは明らかな間違い。カンピロバクターは数百個というわずかな菌数を口に入れると発症しますので、新鮮でも菌が付いていればダメです。

また、「新鮮な方が危ない」と主張する人も最近いるのですが、これもそう簡単な話ではありません。たしかに、カンピロバクターは酸素をあまり好まない菌で、肉に付いた菌が酸素に触れていると死滅してゆきます。

しかし、研究が進み、酸素が多い環境下ではバイオフィルム(細菌が糖類やたんぱく質などを菌の外に分泌し、集まって身を守るメカニズム)を作って生き延びることがわかってきました。鶏ムネ肉やモモ肉は形状が複雑でひだも多く、バイオフィルムなども生かして生き延びるカンピロバクターがいます。

それに、ほかの菌が肉に付いていると、日数がたつにつれて多くは増殖します。鶏肉の生食は、新鮮であっても日数がたっていても危ないとしか言いようがありません。

■鹿児島、宮崎には生食用基準がある

ではなぜ、国はこんなに危ない鶏肉の生食を禁止しないのか? 牛レバーや豚肉・内臓の生食は禁止しているのに? よくそう尋ねられます。正確に説明すると、国が食品衛生法に基づきこれらについて禁止しているのは、生食用として販売・提供すること。しかし、鶏肉の生食提供については、禁止していません。

理由は複数あります。まず、カンピロバクターの食中毒では直接の死亡例がありません。牛レバーや豚肉・内臓の食中毒の原因となる腸管出血性大腸菌やE型肝炎は死亡例がありますが、カンピロバクターはそこまでのリスクには至らない、とみなされています。また、南九州では鶏刺しや鶏たたきが食文化として親しまれています。国としては全国一律の規制には踏み出しにくいのです。

とはいえ、南九州の鶏肉生食とほかの地域での生食は、中身がまったく異なることは知っておくべきでしょう。鹿児島県と宮崎県は、鶏肉について生食提供用の目標基準を定めています。食鳥処理場での加工、飲食店での調理、保存、運搬など、細かいルールに従ってできた鶏肉が、生で提供されているのです。

加えて両県とも近年、指導や監視を強めているようです。鹿児島県は2018年に基準を改定し、それまでは認めていた筋胃(砂のう、砂ずりや砂肝と呼ばれる)とレバーの生食用提供を除外しました。また、「①一般的に食肉の生食は食中毒のリスクがあること、②子供、高齢者、食中毒に対する抵抗力の弱い人は食肉の生食を控えること」を表示するように求めています。実際に、店でこうした表示が行われているそうです。

鹿児島県内の食鳥処理企業や鶏肉店なども業界団体を設立して衛生講習などを重ねており、試験に合格した人や店を「鳥刺しマイスター」「鳥刺し優良店」として認証するなどしています。

鹿児島県の飲食店向けポスター
鹿児島県の飲食店向けポスター。生食のリスクについて消費者に説明するように求めている。(出典=鹿児島県ウェブサイト)

■全国で加熱用鶏肉が生で提供されている

では、ほかの地域の生食はどうなっているのでしょうか。以前は鹿児島や宮崎の食文化だったのが、今では全国の飲食店に広がったらしく、インターネットで検索すると提供店が大量に出てきます。

鹿児島や宮崎以外の地域には生食用基準はなく、生産されている鶏肉はすべて加熱用です。店によっては、両県の生食用鶏肉を取り寄せているのかもしれませんが、それで間に合う店の数ではなく、加熱用の鶏肉が生食として出されています。鹿児島でさえ生食対象から除外したレバーや砂ずりの刺身を提供する店もあります。

厚労省は、飲食店に対して「加熱用や用途不明の鶏肉は生食用に使用してはいけません」と呼びかけているのですが、効き目がありません。取材した自治体の職員からも「店に注意してもぜんぜん聞いてもらえない」という愚痴が聞こえてきます。

■消費者の需要があれば提供してしまう店舗はなくならない

店側に食品衛生の知識が不足していることに加え、食中毒患者が出ても数日の営業停止では処分が軽すぎるという見方もあります。

とはいえ、消費者からの需要もあり人気になるから店も出してしまう、という面もあります。自分は大丈夫とか、感染しても軽く済むなどとたかをくくっている人も少なくないのではないでしょうか。ですが、カンピロバクターの食中毒を甘く見てはいけません。

私が知る微生物学者の多くは「鶏肉・内臓の生食は危なすぎる。国が禁止すべきだ」と言います。食文化という見方にも否定的な人が少なくありません。ただし、国が禁止しても実効性があるとは言い切れません。

いま現在でも、禁止されている牛レバ刺しをこっそり提供している店が後を絶ちません。生レバーと卓上コンロを一緒に出して、消費者に「焼いてください」と言えばよいだけなのですから。牛レバーで一番怖いのは腸管出血性大腸菌。この菌でこれまでに死者が何人も出ています。そして、それでも食べたい人がいるのです。

■飲食店で目立つ“危ない”メニュー

消費者も意識を変える必要があります。ほかにも、消費者の健康を脅かす危ないメニューは数多くあります。以下、鶏刺しや鶏たたき以外の料理のどこが危ないのか説明しましょう。

〈焼き鳥〉

焼きが甘い焼き鳥で実際に、カンピロバクター食中毒が発生しています。串にしっかり刺してあると、表面は焼けても中は火が通りにくく殺菌には至らないことがあります。焼きが足りないと思ったら、店にきちんと焼くように頼みましょう。

〈鶏唐揚げ〉

中心部が生に近い店があり要注意です。菌は、肉を調味液に漬け込んだりしているうちに肉の内部に入り込む可能性が指摘されています。食品安全委員会の研究で、1個30gの肉を調味液に漬け込んだ後、170度の油で3分間揚げてから引き上げ、その後の中心部の温度変化を調べた実験があります。

揚げたてで切った中身はうっすらピンク色、しばらく置いてから切った切断面は白に。ですが、揚げている途中もその後も、加熱殺菌に必要な75度で1分間維持、という条件を満たせていませんでした。つまり、菌が生きているかもしれないのです。

【図表2】唐揚げの外観と断面
唐揚げの外観と断面。3分揚げたものは外観、断面共にしっかり加熱されているように見えるが、殺菌できる条件に至っていない。揚げ時間が5分、6分のものは殺菌条件を満たしている。(出典=食品安全委員会)

〈低温調理の鶏肉〉

最近は、低温調理でふっくらジューシーに仕上げたとアピールする店があります。家で作る人も増えました。しかし、加熱が不足していると殺菌できません。サラダチキンのレシピで、ジッパー付き袋に肉を入れて封をし、沸騰したお湯にドボンとつけて火を消して1時間放置、というようなものがあります。ですが、このレシピでは加熱が十分ではありません。

■食中毒が家族や友人にうつってしまうリスクも

〈牛レバ刺し〉

牛レバ刺しは前述のとおり、店での生食用提供は食品衛生法により禁止されています。生のレバーを出し「勝手にどうぞ」と消費者にまかせる店がありますが、生で食べてはダメです。食中毒が懸念される腸管出血性大腸菌は、感染しても症状が出ない「不顕性感染者」がいて、その人からほかの人に感染したとみられる事例も報告されています。「食べてどうなろうが自己責任」は通用しません。大事な家族や友人に自分がうつしてしまうリスクを考えてください。

腸管出血性大腸菌
腸管出血性大腸菌。食べた人が気づかないうちに他者にうつす可能性がある。(出典=食品安全委員会)

■“レア豚カツ”を売りにしている店もあるが…

〈牛の内臓〉

牛のレバ刺しは提供禁止、牛刺しや牛たたきなど牛肉の生食は、加工基準が厳重に決まっています。しかし、牛のハツや胃、ハラミなどのいわゆる内臓肉は、法的な規制がありません。そのため生で提供している店があります。しかし、牛の腸内には腸管出血性大腸菌がいる場合が多く、内臓肉も汚染されている可能性を否定できません。レバ刺しと同じで、家族や友人にも被害をもたらす可能性があります。

〈レア豚カツ〉

豚肉・内臓は、食品衛生法により生食での提供は禁止されています。そこで、「レア」を売りにする店があるようです。しかし、豚肉の場合は牛肉とは異なりレアは危険です。牛肉での問題が主に細菌の付着であるのに対し、豚肉は菌に加えE型肝炎ウイルスや寄生虫のリスクがあります。E型肝炎ウイルスや寄生虫は肉の中に入りこんでいるため、レアで加熱不足だと、そのままこれらを食べてしまう恐れがあります。

【図表3】豚カツの外観、断面
豚カツを180度で揚げた時の外観、断面の違い。揚げ時間1分30秒だと、揚げた直後はピンク色で余熱により白くなる。内部の菌やウイルスを不活化する加熱条件を満たすには、2分30秒以上揚げなければならない。(出典=食品安全委員会)

180度で1分30秒揚げた豚カツは、加熱直後は断面がピンク色で、時間がたつと白くなります(図表3)。こうした豚カツを出す店は少なくありませんが、中心部が75度以上1分間以上という加熱殺菌条件をまったく満たしていません。揚げ時間が2分30秒以上だと、余熱も含め殺菌条件を満たしています(図表4)。

【図表4】豚カツ調理中の内部の最低温度の変化
(出典=食品安全委員会)

■テレビ番組が人気商品として紹介し謝罪したメニューも

〈レアハンバーグ〉

こちらも最近増えてきました。ハンバーグは、挽き肉を練って作るので、肉の表面にいた菌が中心部に入り込んでいる恐れがあり、中心部までしっかり加熱する必要があります。

以前、成型肉(細かい肉片を結着して成形した肉、結着肉、サイコロステーキなどの名称で売られることもある)が原因で腸管出血性大腸菌食中毒が発生したことがあります。それと同じことがハンバーグでも起こり得ます。

〈野生ジビエの刺身、たたき〉

こちらは、もっとも怖い生食でしょう。野生のシカやイノシシは、何を食べてどう生きてどのような病気を持っていたかわかりません。もちろん、食肉処理するときに異常がないか調べますが、目視が中心で限界があります。細菌汚染のほか、E型肝炎、寄生虫などが懸念され、生で食べて感染した事例があります。先日、テレビ番組が人気店のメニューとして紹介し、謝罪に追い込まれました。

■「店で提供されているから安全だ」と思わないほうがいい

こうして羅列すると、家畜の種類により問題となる細菌の種類が異なり、ウイルスや寄生虫の心配もあって、判断が複雑にならざるを得ないことがおわかりでしょう。どうも、店の知識がこの複雑さに追いついていません。店で提供されているから安全だ、とは思わないほうがよいでしょう。

現在、肉の生食で大丈夫、と言えるのはまずは、生食用基準を満たした牛肉の刺身やユッケ、たたきなどです。基準をクリアするには、設備投資と講習会を受講した「生食用食肉取扱者」、それに品質のよい肉を速やかに加工提供するフローが必要で、かなりのコストがかかります。当然、高価な一皿になりますので、安すぎる店にはご注意を。

また、馬肉は、冷凍により生食できる、とされています。腸管出血性大腸菌などが心配ですが、生きている馬自体は腸管出血性大腸菌は持っていないようです。寄生虫サルコシスティス・フェアリーがいるのですが、肉の中心部がマイナス20度で48時間以上冷凍されれば、寄生虫は失活します。そのため現在は、馬刺しなど生食用馬肉は冷凍のうえで出荷されています。

ただし、こうした「食べられる肉の生食」であっても、高齢者や子供、妊婦、疾患を抱える人などは、自衛のために避けるのをお勧めします。少数の菌やウイルスなどが体内に入っただけで感染しやすく、重症化もしやすいためです。直前にしっかり火を通して食べる料理であれば、菌やウイルス、寄生虫などを一網打尽でやっつけたうえで食べられます。

消費者も自身の体調と相談しつつ、知識を得て食中毒リスクを回避する努力をしなければいけないというのが現状です。

(記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます)

<参考文献>
株式会社OMOウェブサイト
厚労省・食中毒
千代田区・肉の生食には注意しましょう

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松永 和紀(まつなが・わき)
科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書、科学ジャーナリスト賞受賞)など。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。

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(科学ジャーナリスト 松永 和紀)

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