このままでは第三次世界大戦になる…佐藤優が注目する「クリミア大橋」と「リトアニア」という2大リスク
プレジデントオンライン / 2022年7月22日 10時15分
2022年7月20日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシア・モスクワの廃炉になった発電所を改築したGES-2で、戦略イニシアチブ機関(ASI)が開催したフォーラムの会議に出席した - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト
■ロシア本土とクリミア半島をつなぐ全長19キロ
日本のメディアはあまり話題にしていないのですが、ロシアとウクライナの戦争が「第3次世界大戦」となる瀬戸際に差し掛かっています。とりわけ私が注目しているのは「クリミア大橋爆破計画」と「リトアニアの国境封鎖」の帰趨です。
クリミア大橋は、2014年にクリミア半島を併合したあと、ロシアが造りました。ロシアのクラスノダール地方にあるタマン半島とクリミア半島東端のケルチという町の間に架かっています。全長およそ19キロメートルに及ぶ、鉄道と道路の併用橋です。2015年5月に工事が始まり、道路は18年5月に、鉄道は19年12月に完成しました。これによって、ロシア本土とクリミア半島が陸路でつながりました。工費は37億ドルといわれます。
開通の式典には、プーチン大統領も出席。大型トラックのハンドルを自ら握って車列を先導し、ロシア側からクリミア半島へ渡るパフォーマンスを演じました。
■クリミア大橋を破壊して補給路を断つ作戦
ウクライナへの侵攻が始まったあと、この橋がロシア軍の物資の輸送に使われているので破壊すべきだという意見が、ウクライナ側から出ています。クリミア大橋を破壊すれば、ロシアの黒海艦隊が母港としているセヴァストポリへの陸からの補給路を断つことができるからです。
5月9日の朝日新聞デジタルは、次のように報じました。
〈「必ず破壊される。問題は、それがいつになるかということだ」。ウクライナのニュースサイト「チャンネル24」(8日付)によると、ウクライナのアンドルーシウ内相顧問はこう言ってクリミア橋を将来的に攻撃する可能性に触れた。現状では遠距離から攻撃できる有効な武器がないとして、攻撃するには橋の沿岸に近づく必要があるとの課題も指摘した。〉
〈ウクライナのダニロフ国家安全保障国防会議書記も4月下旬、橋の破壊について「機会があれば、間違いなくやるだろう」とラジオ番組で述べている。〉
〈ロシアはウクライナ側の発言に強く反発している。ロシアの有力紙「ベドモスチ」によると、大統領府のペスコフ報道官はダニロフ氏の発言について、「テロ行為の可能性を発表したことにほかならない」と批判。政府の安全保障会議で副議長を務めるメドベージェフ前首相も、ダニロフ氏について「彼自身が報復の標的になることを理解してくれるよう願っている」とSNSに書き込み、ウクライナ側を強く牽制した。〉
■クリミア大橋の爆破で「ロシアにパニックが起きる」
アメリカが武器の追加支援を発表した翌日の6月16日には、ウクライナ国防軍のマルシェンコ少将の発言が報じられました。
「米国をはじめとする北大西洋条約機構(NATO)諸国の武器を受け取ったら、少なくともクリミア大橋の攻撃を試みる」
「クリミア大橋は目標の一つか?」と尋ねられたマルシェンコ少将は、
「100%そうだ。このことはロシア軍人、ウクライナ軍人、ロシア市民、ウクライナ市民にとって秘密ではない。これがロシアを敗北させるための第一の目標だ。われわれは虫垂を切らなくてはならない。虫垂を切れば、これでロシアにパニックが起きる」
と答えたといいます。

ロシアは、敏感に反応しました。政府系テレビ第一チャンネルの政治討論番組「グレート・ゲーム(ボリシャヤ・イグラー)」が早速この日の夜、マルシェンコ少将の発言を取り上げたのです。出演者は、ロシア高等経済大学のドミトリー・スースロフ教授、モスクワ国際関係大学のアンドリャニク・ミグラニャン教授、作家のニコライ・スタリコフ氏などでした。
■アメリカが必死になってウクライナを抑えている理由
スースロフ教授が問います。
「スタリコフさんにお伺いしたい。米国は、この種の発言やウクライナの行動が紛争を激化させる直接的要因になるとは考えないのか。紛争はウクライナだけでなく、その外側にも及ぶ。猿に手榴弾を持たせるようになれば(今がまさにそのような状況であるが)、責任は猿に手榴弾を渡した者が負わなくてはならない」
スタリコフ氏は、こう答えました。
「理屈では、猿に手榴弾を与えた者が責任を負わなくてはならない。しかし、歴史において責任を負うのは猿自身である。手榴弾は投げた者がその責任を負うというのが、米国の考えだ。ウクライナ軍の将官の一人がクリミア大橋を攻撃すると言っても、米国は何の損もしない」
いまのところクリミア大橋への攻撃が実行されないのは、アメリカが必死になってウクライナを抑えているからです。アメリカは、ロシアがこの戦争に勝つことがあってはならないと考えると同時に、ロシアが攻勢を強めるウクライナ情勢においてウクライナが圧勝することはないとわかっています。だから戦火をウクライナ国内に押しとどめたいと考えているのです。
■リトアニアも一触即発
バルト三国のリトアニアが第3次世界大戦の引き金になるかもしれないことは、4月27日のこの連載で指摘しました。ロシアの飛び地の領土カリーニングラードとの国境を、リトアニアが封鎖する動きがあったからです。ロシアからの警告が効いたようで封鎖は見送られていたのですが、6月18日から、EUが制裁の対象としている貨物を積んだ列車の通過を禁止し始めました。
カリーニングラードはバルト艦隊の母港であり、迎撃ミサイルシステムも備わっています。ロシアにとって戦略的な要衝ですから、交通路を確保するため「平和維持」の名目でNATO加盟国のリトアニアに軍隊を送る可能性があります。旧日本軍が、南満州鉄道を守るという名目で派兵したようなものです。
ではアメリカは、NATO第5条を適用して共同防衛に踏み切るのか。これは、ロシアと本気で事を構える覚悟があるか否かを問われる事態ですが、アメリカは介入したがらないでしょう。
■アメリカ、イギリス、ドイツは交戦国と認定されかねない
最終的には、リトアニアが妥協せざるを得ないと考えます。しかし、小国の瀬戸際外交によってロシアを挑発してみせ、NATOに対しても存在をアピールできたことは、リトアニアにとっての成果になります。ソ連が崩壊する前から、リトアニアの歴史的なアイデンティティーは「反ロシア」で、教育や文化全体の中で染み込んでいます。それは裏返して言えば、ロシアの怖さをよく知っているということです。
リトアニアの歴史を振り返ると、13世紀にはリトアニア大公国が成立し、14世紀にポーランドとの連合王国となり、全盛期はバルト海から黒海に及ぶほど勢力を拡大します。しかし18世紀末にはロシア、プロイセン、オーストリアによって三度にわたり領土分割が行われ、ロシア革命が起こる1918年まで約120年に及びロシア帝国の支配が続きました。1940年のソ連侵攻により再び独立を失い、その後ナチスドイツが占領、そして再びソ連に併合されます。そのため、反ロシア感情が極めて強い国の一つです。
仮にクリミア大橋が破壊されれば、ロシアはそのための武器を供給したNATOへの攻撃に踏み切りかねません。カリーニングラードに対するリトアニアの封鎖も同じで、ロシアは力で阻止するかもしれません。どちらの場合も、第3次世界大戦の危機が到来します。
伝統的な国際法からすると、兵器を供与している国は、それだけで交戦国と認定される可能性があります。アメリカ、イギリス、ドイツなどは、すでに交戦国と認定されてもいいほどの踏み込み方をしています。ウクライナの戦いは応援するが、NATO諸国や米ロ戦争に拡大しないようにする綱渡りゲームが行われているのです。
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作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。
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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優 構成=石井謙一郎)
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