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もう自社ブランドを売りまくる時代ではない…アマゾンが安くて良質な「PB商品」をやめる本当の狙い

プレジデントオンライン / 2022年7月25日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hapabapa

■「安くて良質」のPB商品をなぜ削減するのか

米アマゾンが売り上げ不振などを理由に、プライベートブランド(PB)商品の削減を進める模様だ。7月15日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「規制面の圧力を和らげるため、PB事業から完全に撤退する可能性についても協議している」と報じた。同紙によると、アマゾンは2020年時点で45の自社ブランドを展開し、24万3000点の商品を扱っている。この報道が事実であれば、アマゾンのビジネスモデルは大きな転換点を迎える。

足許、米国のIT先端企業の成長期待は低下している。一部ではレイオフも実施されている。アマゾンは“アマゾン・キラー”と呼ばれる競合企業の登場に直面している。競争は激化し、ネット通販などでアマゾンが競争優位性を維持することは難しい。脱グローバル化によって世界全体でコストプッシュ圧力が高まっていることも大きい。

アマゾンのPB事業は「Amazonベーシック」に代表されるように、安価で質の良い商品を数多く展開してきた。しかし、ネット通販を基礎に急成長を遂げたビジネスモデルは行き詰まりつつある。アマゾンは物流施設の運営を支えた労働力の削減など、大胆なコストカットを実行しなければならない。それは、米国経済の減速に無視できない負のインパクトを与える。その一方で、アマゾンは相対的に成長期待が高いクラウドコンピューティング事業の強化を加速し始めた。

世界の企業のサプライチェーン管理などのためにクラウドコンピューティングの利用需要は増える。ECからクラウドへ、アマゾンのビジネスモデルは大きく変わり始めた。より多くの需要を創出するために、アマゾンは宇宙開発も強化する。地球規模から宇宙規模へ、同社の“物流革命”は新たな局面に移行している。

■物流革命で世界のサプライチェーンを変えたが…

アマゾンの業績懸念が高まっている。その一つの要因が、脱グローバル化だ。1994年7月に創業したアマゾンは、世界経済のグローバル化を追い風に急成長した。グローバル化によって国境のハードルは低下した。世界の経済運営の効率性は高まった。GDP(国内総生産)成長率の上昇と、低物価環境の同時進行が実現した。

その中で創業者のジェフ・ベゾスが着目したのが物流だ。ベゾスは、ネットワークテクノロジーを駆使することによって、経済活動に占める動線(人々の移動)の役割を引き下げることができると見抜いた。

オンライン書店を足掛かりにアマゾンは世界の物流を効率化した。その象徴的な取り組みがPB事業だ。アマゾンは、日用雑貨などのデザイン、設計、開発に取り組んだ。生産は、中国など最も低コストで生産できる企業に委託した。それを、世界各国の需要に合わせて迅速に最終消費地に届ける体制を整備した。

その上でアマゾンは大型の物流施設と最終顧客所在地の“ラスト・ワン・マイル”をつないだ。世界の消費者は、より迅速に、より安く、必要な商品を手に入れられるようになった。PB事業では生鮮食品も取り扱う。アマゾンの物流革命が世界のサプライチェーンにもたらしたインパクトは大きい。

■業績拡大を妨げる「世界情勢の急変と競争激化」

しかし、2018年ごろからアマゾンは脱グローバル化に直面した。米中対立によって、世界のサプライチェーンが寸断され始めた。コロナ禍の発生が供給網の寸断を悪化させた。感染の恐怖から人手不足は深刻だ。中国のゼロコロナ政策も世界の供給を制約する。ウクライナ危機が事態を深刻化させた。世界全体で天然ガスなどの資源価格が高騰している。その状況は続くだろう。電気料金や燃料費の上昇によってアマゾンの収益性は低下する。

競争激化によってPB商品の売り上げは伸び悩んだ。アマゾンは各国の規制強化にも対応しなければならない。近年実施した物流施設の投資負担も重い。そうした要因に影響され、業績拡大ペースは急速に鈍化している。当面、アマゾンは雇用削減などコストカットを徹底しなければならないだろう。

■主力の小売にメスを入れたアマゾンの対応力

PB商品削減は、アマゾンのビジネスモデルが転換点を迎えたことを示唆する。PB商品の提供には、自社を中心とする効率的なサプライチェーンの管理体制が必要だ。何を顧客が欲しているか。どこで生産するのが最も効率的か。在庫はどれだけ必要か。どの配送経路が最も低コストか。そうした複数の要素を加味してシミュレーションを行う。その上で、商品の企画から生産、物流まで最も効率的な事業運営体制を構築する。

そのために必要なことは、供給網の安定だ。しかし、ウクライナ危機などによって供給制約は深刻化している。アマゾンはPB事業継続のコストとベネフィットを比較し、現在の売り上げ状況では収益性向上は難しいと迅速に判断したとみられる。

言い換えれば、世界は安定した供給網を必要としている。その需要を取り込むために、アマゾンはPB商品削減など、費用削減を急ぐ。捻出した資金が再配分される分野の一つが、クラウドコンピューティング事業だ。アマゾンは、自社のクラウドを世界の企業のサプライチェーンマネジメントのプラットフォームにしようとしているだろう。その一つの兆候が、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の実証実験だ。

■新たなサービスの舞台は宇宙へ

AWSは地球と宇宙を相互につなぐクラウド端末の実験に成功した。その目的はデータ発生場所の近くで計算を行う“エッジ処理能力”の向上だ。IT先端技術の実用化は、ブロックチェーンなどの新しいネットワークテクノロジーの利用可能性を高める。発生した場所でデータはシステムに入力され、ネットワーク全体での共有がより行いやすくなる。

それが、世界の企業の供給網管理に与えるインパクトは大きい。ネットワーク上に点在する企業がデータをシステムに入力し、瞬時に同期化される。そうすると、どこで、どのようなボトルネックが発生しているか、サプライチェーンの可視性が向上する(見える化)。企業は、どこに、どれだけの経営資源を再配分すべきか、より的確に理解できる。アマゾンは世界のサプライチェーン再構築ニーズを取り込むべくクラウドコンピューティング事業の強化を急いでいる。

倉庫内をパソコン上のスプレッドシートで管理する男性
写真=iStock.com/gorodenkoff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

■物流革命は新たな局面を迎えている

アマゾンの物流革命は新たな局面に移行した。アマゾンはネットワークテクノロジーと人海戦術の組み合わせによってラスト・ワン・マイルを埋めた。しかし、今後は省人化が急加速する。米国ではアマゾンやウォルマートがドローンを用いた宅配サービスの確立を一段と急ぎ始めた。

感染再拡大、ウクライナ危機をきっかけにして世界全体でインフレ圧力が急激に高まっている。米国では労働市場が極めてタイトだ。賃金などのコストを削減して事業運営の効率性を高めるために、ドローンやロボットの活用は増加する。突き詰めて言えば、世界経済のデジタル化は止まらない。

加速するデジタル化の主導権を手に入れるために、新しい通信技術などの創出は欠かせない。そのために宇宙開発が強化される。地球から宇宙へ、アマゾンの物流革命の範囲は急拡大する。地上と宇宙での端末通信速度を引き上げるために、アマゾンは通信衛星の打ち上げ数を増やすだろう。資金捻出のためにも人員削減などのコストカットは急務だ。

■「新しい需要を生み出さなければ生き残れない」

アマゾンはその先の展開も思い描いているだろう。例えば、低コストでの宇宙旅行を実現する。宇宙ロケットを用いて新しい物流網を整備する。そのためには、さらなる通信速度の向上が必要だ。ヒトやモノの高速移動を可能にする宇宙飛行技術の実現など、多くのイノベーションが欠かせない。

世界全体でインフレ圧力は非常に強い。当面の間、アマゾンの業績は不安定に推移するだろう。事業運営の厳しさが増す中にあっても、アマゾンは成長期待の高いクラウド分野や、最先端分野である宇宙開発を急ぐ。それによって同社はサプライチェーン再構築などの需要を取り込もうとしている。

その根底には、常に新しい需要を生み出さなければ長期存続は難しいという価値観がある。1990年代以降、わが国企業はグローバル化の対応よりも、既存事業の温存を優先した。その結果として経済全体が長期の停滞に陥った。事業環境の厳しさが増す中でコストカットを徹底し、他方で新しい取り組みを加速するアマゾンに本邦企業が学ぶことは多い。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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