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「中国には中国式の民主主義がある」米中会談で外交トップが放った言葉から見える民主主義の危機

プレジデントオンライン / 2022年7月31日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/narvikk

世界経済に大きな影響を及ぼす米中の新冷戦はなぜ起きたのか。ジャーナリストの池上彰さんは「経済が発展すれば民主化すると信じてアメリカは中国を支援してきましたが、そうはなりませんでした。一党独裁のまま経済大国になった中国にアメリカが対抗心をむきだしにしたのが米中新冷戦の発端です」という――。

※本稿は、池上彰『知ら恥ベストシリーズ1 知らないと恥をかく中国の大問題 習近平が目指す覇権大国の行方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■アメリカの対中戦略を転換させたペンス演説

私は立教大学でニュースを切り口に国際情勢を読み解く講義をしています。

「背景にあるものは何か」。自分の頭で読み解く力を鍛えることが、自らの人生を切り開くたくましさにつながると考えているからです。

世界は日々、動いています。小さなニュース、大きなニュースがある中で、やはり転機になるようなビッグニュースといえば、「米中新冷戦」でしょう。

マイク・ペンス演説はアメリカの対中戦略の転換を示すものです。ペンス演説とは、2018年10月4日、アメリカの当時の副大統領マイク・ペンスが、保守系シンクタンク、ハドソン研究所で行った演説のことです。経済大国となった中華人民共和国への容赦ない対抗心をむき出しにしたもので、衝撃的なものでした。

アメリカは中華人民共和国が経済発展すれば、民主主義になると信じていたのに、思いどおりにはならなかった。ペンスは、「アメリカが中国を助ける時代は終わった」と断じました。

東西冷戦は、イデオロギーの対立でした。アメリカは自由と民主主義を「正義」とし、中国へも民主主義を輸出しようとしたのです。しかし中国は、統制経済のまま急速な発展を遂げ、アメリカの覇権をも脅かす存在になりました。

■独裁国家は発展途上国が経済成長するのに効率的

独裁国家は意思決定の速さが強みです。発展途上国が経済成長をするうえでは、実に効率的なのです。モデルケースは過去にもあります。

インドネシアの「9月30日事件」(1965年)をご存じでしょうか。インドネシア共産党の武力革命を事前に潰そうとして、軍部により中国系住民50万人が虐殺された事件です。スカルノからスハルトへと最高権力者が交代すると、国民の民主的な自由を制限し、圧倒的な独裁の力で経済成長を遂げました。この事件がインドネシアにとっての一大転機となりました。

独裁といえば大韓民国の朴(パク)正煕(チョンヒ)元大統領もそうです。日本からの支援金を国民に還元せず、インフラに投資することで「漢江(ハンガン)の奇跡」といわれるほどの経済発展を成し遂げました。トップが有能な場合はうまくいくのです。開発独裁をやればどの国も成功するかというとそうではありません。世襲による独裁の国・北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国民は悲惨な状態ですし、ロバート・ムガベ大統領の独裁政権が長年続いたジンバブエも大失敗、ウゴ・チャベスから独裁政権を引き継いだニコラス・マドゥロ大統領率いるベネズエラも大失敗です。

■アメリカの息子ブッシュが招いたイラクの大混乱

日本が第2次世界大戦に敗れた後、日本を統治したのはアメリカのダグラス・マッカーサー連合国軍最高司令官です。アメリカは日本と戦争をしている最中に、いずれ日本を占領することになったときどう統治するべきかを研究していました。日本の天皇制をどうするか。

連合国の中には、「戦犯として処刑すべき」との声もある中、マッカーサーは天皇を処刑すると統治機構が崩壊し、国民の反乱が避けられないと判断しました。そこで天皇はそのままに、その上にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)を置いたのです。これにより、アメリカによる戦後の日本統治はうまくいきました。

この歴史に学ばなかったのが、アメリカのジョージ・W・ブッシュ(息子ブッシュ)です。彼は大学時代、中途半端に日本の歴史を学んでいました。どうやら惨憺たる成績だったようですが。2003年、イラクを攻撃するとき、彼は「日本やドイツを見ろ」と言いました。

「かつて日本もドイツもファシズム政権だったけれど、アメリカに負けたら民主化されたじゃないか。イラクを攻撃して、サダム・フセイン政権を倒せば民主化するんだ」という理屈でした。

■選挙で代表を選ぶ経験がなければ民主化は難しい

最初は大量破壊兵器を持っていると言って攻撃したのですが、攻撃してみたら大量破壊兵器がなかったので、「イラクを民主化するんだ」と言い出しました。確かに、第2次世界大戦後、日本もドイツも民主化したのはそのとおりです。しかし、ドイツには選挙で代表を選ぶという経験がありました。第2次世界大戦前のドイツのワイマール憲法は、当時は世界で最も民主的といわれていました。

それなのに選挙でアドルフ・ヒトラーを選んでしまうというパラドックスはありましたが、選挙でトップを選ぶ長い歴史がありました。

日本にも、「大正デモクラシー」がありました。さらにもっと遡れば、明治時代には自由民権運動がありました。そして、自分たちで憲法をつくらないといけないと、不十分ではありますが明治憲法ができました。

残念ながら、イラクは民主主義の経験がまったくありませんでした。いつの時代も、王様がいるか、あるいは独裁者がいるかのどちらかだったのです。自分たちで代表を選んで統治しようという発想がまったくないところで「さあ、民主化だ」と押し付けられてもできるわけがない。結果、大混乱となってしまいました。

■民主主義は万能ではない。欠陥だらけ

民主主義とは何か、という話になります。民主主義は万能ではありません。欠陥だらけです。

イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルの名言があります。「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外のすべての政治体制を除けばだが」。でもこれは逆説的に「民主主義こそが最良の政治」と言っているのです。

民主主義のもと、とんでもない人がリーダーになることだってある。間違った選択をしてしまうこともある。いまのように一党独裁の中国が発展し、アラブの春で独裁政権を倒した国々が混乱しているのを見ると、「民主主義は素晴らしい」とは残念ながら言えないでしょう。

でも、チャーチルが言うように、「民主主義が大事」と言っていかなければならないだろうし、そのためのモデルケースをつくっていく必要があると思います。

■アラブ世界が民主化に失敗したワケ

アラブの春で、エジプトのムハンマド・ホスニ・ムバラクによる長期独裁政権が倒れたとき、当時、アメリカの国務長官だったヒラリー・クリントンがエジプトを訪れました。

カイロに集まった学生たちと対話集会を開き、「あなたたちの民主化運動によって独裁政権が倒れた。さあこれからはあなたたちが国をつくっていかないと、また独裁政権に戻ってしまうわよ」と発破をかけると、学生たちはみんなキョトンとしていたといいます。

つまり、「独裁政権は倒した。今度は誰かが来て、新しい政治をやってくれるんじゃないか」。エジプトの学生たちはみんな待ちの姿勢だったというのです。ヒラリーは「誰も理解してくれなかった。エジプトの将来に大きな危機感を抱いた」と、2014年に出版した自身の本『困難な選択』の中に書いています。彼女の悪い予感は当たってしまいました。エジプトは軍事政権に戻ったのです。

エジプトはそもそも民主主義の経験、実績、体験がありませんでした。中東のアラブ世界においては、選挙で代表を選び、うまくいかなかったら次の選挙でひっくり返すという仕組みを理解していない人がほとんどです。そんな中で、アメリカ的な民主主義を導入すると混乱するばかりです。さらに言えば、ヨーロッパの国々だっていまでこそ民主主義ですが、昔はそうではなかったのです。さまざまな問題の中から市民革命が起き、何百年もかけて民主主義を築いてきました。民主化というのは、短期間で一気にやろうと思っても無理なのだという、ある種“冷淡”な見方も、どこかで求められているのではないかと思います。

■選挙で投票しないと罰金を科される国もある

結局は、民主主義は上から押し付けられてもダメなのです。一人ひとりが「本当に民主主義が大事なのだ」と理解して、はじめて民主化が成功するのでしょう。民主主義を実現するには、まずは選挙に行くことが大事です。何とか行かせようと、投票所へ行くことを有権者に義務付け、行かないと罰金を科す国があります。義務投票制を採用しているのは、オーストラリアやブラジルなどです。

ブラジルは非常に投票率が高いのです。ところが、ブラジルへ取材に行って「選挙で誰に投票したのですか?」と聞くと、かなりの人が覚えていませんでした。

つまり罰則をつくると仕方がないから行くだけで、何も考えないで投票する人が多い。単に投票率を上げればいいというものでもないのです。

日本の場合は18歳になると選挙管理委員会から投票所入場券が送られてきます。当たり前のことのようですが、アメリカは違います。アメリカの場合は、有権者登録をしなければ選挙に行って投票できません。

自ら積極的に政治に関わろうという人によって成り立つという考え方、これが大事です。義務化することによって投票率を上げても何の意味もない。むしろ積極的に参加しようというかたちにする、上から与えられるのではなく、自ら勝ち取ろうとする、それが民主主義なのだと思います。

星条旗と1票を投じる人の手元
写真=iStock.com/twinsterphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/twinsterphoto

■中国には中国式の民主主義がある?

2021年3月18日からアメリカと中国の外交トップ会談が開かれました。その場で両国は互いに相手を厳しく批判しました。その際、中国から「中国には中国式の民主主義がある」との言葉が飛び出しました。中国の民主主義とは、何でしょうか。アメリカのそれとどう違うのでしょうか。

もう少し具体的に説明しますと、会談でアメリカのブリンケン国務長官(外相)は、中国で問題になっている新疆ウイグル自治区でのウイグル人の迫害、香港の民主化運動の弾圧、台湾周辺の軍事行動などについて批判しました。

これに対して、中国共産党中央政治局委員の楊潔篪(ようけつち)は「中国には中国式の民主主義がある」と反論したわけです。

ここで大事なのは、中国側が中国共産党の政治局委員だったことです。もちろん、中国にも政府の外相はいます。にもかかわらず楊潔篪が出てきたのです。これは、共産党の政治局委員のほうが、外相よりもはるかに強い立場にあることを表しています。中国では、共産党があらゆることを決めています。これを前提に考えるとわかりやすくなります。

■アメリカと中国の決定的な違いは“オープン”かどうか

つまり「中国式の民主主義」とは、中国共産党がすべてを決める体制のことなのです。この会談で中国は、「民主主義についてアメリカから説教されたくない」と反発したわけですが、その背景にはアメリカが抱えている問題があるでしょう。

アメリカは黒人差別の問題を抱えています。中国からすれば、そんなアメリカが「他人の国の中の問題に注文をつけるな」というでしょう。

池上彰『知ら恥ベストシリーズ1 知らないと恥をかく中国の大問題 習近平が目指す覇権大国の行方』(KADOKAWA)
池上彰『知ら恥ベストシリーズ1 知らないと恥をかく中国の大問題 習近平が目指す覇権大国の行方』(KADOKAWA)

新疆ウイグル自治区の問題は、確かに中国の国内の問題だともいえます。問題は中国共産党が「共産党の言うことを聞かない」人を強制収容所に入れたり、ウイグル人に「子どもを産ませないようにしている」と言われたりしていることです。

これらが本当なら重大な人権問題といえます。中国国内の問題であっても、口を出すのは当然です。中国は「そんなことはない」と反論していますが、確認できません。海外のメディアは自由に取材できないので実態がわからないのです。私たちは、すべてを見なければ、信頼できません。

ここにアメリカと中国の大きな違いがあります。アメリカにも人権問題がありますが、外国のメディアにも自由に取材させています。隠そうとはしていません。しかし、中国が隠そうとしているのは明らかです。

中国式の民主主義はどう違う?
出典=『知ら恥ベストシリーズ1 知らないと恥をかく中国の大問題 習近平が目指す覇権大国の行方』

■「中国式の民主主義」には香港や台湾も含まれる

中国共産党がいう「中国式の民主主義」は、前述のように中国共産党の指示や命令に従うことを意味しているわけですが、そこには香港や台湾も含まれます。

香港は中国国内の一地方なので、共産党に従うことは当然です。また、中国にすれば台湾も中国の一部です。アメリカは中国の動きを牽制するため、台湾に武器を輸出していますから、中国が台湾を武力で統一することが困難になりつつあります。それもあって“口を出すな”と言っているのです。

私たちにとって民主主義とは、「問題をオープンに議論できる政治の仕組み」のことを意味します。これは中国と大きく異なります。

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池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。

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(ジャーナリスト 池上 彰)

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