特殊部隊しか持っていない銃で副社長が一家心中…ロシアで「民間人のあからさまな不審死」が相次ぐワケ
プレジデントオンライン / 2022年7月25日 9時15分
■ロシアの新興富裕層も公然とプーチン批判を始めた
【池上】6月28日、ロシアのオリガルヒの一人であるオレグ・デリパスカ氏が、ウクライナへの軍事侵攻を批判しました。「AFP=時事」は、次のように報じています。
〈ロシアが軍事攻撃によりウクライナを破壊するのは「途方もない間違い」だと指摘した。実業界の大物からの自国非難はまれ。デリパスカ氏は、ロシアのアルミ製造会社ルサールの創業者で、西側諸国による対ロシア制裁の対象となっている。首都モスクワで行われた記者会見で、デリパスカ氏は「ウクライナを破壊することはロシアの利益となるのか。もちろん違う」と言明。〉
新興財閥オリガルヒは、プーチン大統領を支える立場だと解釈されてきました。しかしデリパスカ氏のように、政権を公然と批判する人もいます。実際にはどんな存在で、大統領との関係はどうなっているのでしょうか。
オリガルヒというのは、「少人数での支配」や「寡頭制」を意味するギリシャ語です。ソ連が崩壊した際の経済自由化に乗じて勃興した、新興財閥のことです。
■エリツィン大統領の時代に「独占資本家」となった
ソ連時代は、すべての産業が国営企業でした。国営ということは、全国民が株主になる権利があるということになります。そこで、1991年のソ連崩壊後、ボリス・エリツィン大統領によって多くの企業が民営化されることになったとき、バウチャーを発行してすべての国民に無料で配ったのです。バウチャーを持ってくれば、好きな会社の株券と引換えてくれるという仕組みです。
ところが社会主義しか知らない国民には、資本主義の仕組みやバウチャーの意味がわかりません。そこへ目端の利いた共産党の幹部がやって来て、「そのバウチャーを買ってあげますよ」と持ちかけます。役に立たない紙切れを買ってくれるならありがたいというわけで、多くの人が話に乗りました。そうやってたくさんのバウチャーを買い占め、株式に引き換えて大株主になっていった人が、オリガルヒの始まりです。
エネルギーや資源などの重要な産業分野で、独占資本家が次々に生まれました。テレビ局や新聞社を買収するなど大きな影響力をもつようになり、政権を批判する報道も増えます。
■政権批判でシベリアの刑務所へ送られたケースも
【池上】プーチンが大統領に就任すると、政権に反対的なオリガルヒへの弾圧が始まりました。脱税などの罪で次々に捕まえていったんです。身の危険を感じて、海外に逃亡するオリガルヒも出てきました。エリツィン時代はわが世の春だったのに、プーチン大統領の言うことを聞かなかったためにシベリアの刑務所へ送られたオリガルヒもいます。
プーチン大統領の支持基盤には、元KGBや軍出身者から構成される勢力があります。彼らは「シロビキ」と呼ばれます。プーチン大統領は、言うことを聞かないオリガルヒを弾圧して、国営企業のトップにこういった仲間を据えたりもしました。結果として、プーチンの言うことを聞く体制派のオリガルヒが生き残ったわけです。
【増田】オリガルヒは、現在200人くらいいるそうですね。プーチン大統領に影響力をもつこの人たちが反対すれば、侵攻が早く終わるのではないかという期待もありました。
【池上】ウクライナへの侵攻に対して、西側諸国はロシアに経済制裁を科しました。その中にオリガルヒに対する制裁も含まれているので、彼らは莫大な損失を被っています。そのため、デリパスカ氏のようにプーチン大統領を批判したり、距離を置くオリガルヒが出てきたのは事実です。
■批判派のオリガルヒでは「自宅で一家心中」が続発
【池上】ニューヨークに拠点を移しているオリガルヒのアレックス・コナニキン氏は今年3月、「ロシアおよび国際法にのっとり、プーチンを戦争犯罪者として捕らえた人に100万ドルを支払う」とフェイスブックに投稿しました。
有名な起業家のオレグ・ティンコフ氏も、4月に「正気ではないこの戦争には1人の受益者もいない! 罪のない人々や兵士が死んでいる」「親愛なる『西側のみなさん』、プーチン氏に面目を保つための明確な出口を与え、この大虐殺を止めてください。もっと理性的、人道的になってください」とインスタグラムに書き込んでいます。
一方で相次いでいるのが、オリガルヒの不審死です。
▼2022年に死亡が報じられたオリガルヒの代表例
・1月29日、投資会社ガスプロム・インベスト幹部のレオニド・シュルマン氏(浴室で遺体で発見)
・2月25日、国営ガス会社ガスプロム幹部のアレクサンドル・チュリャコフ氏(自宅ガレージで遺体で発見)
・3月23日、医薬品会社メドストムの元幹部ワシーリー・メルニコフ氏(自宅で妻・子ども2人と遺体で発見)
・4月18日、大手銀行ガスプロムバンク元副社長ウラジスラフ・アバエフ氏(銃を握った状態で妻・娘も遺体で発見。無理心中か)
・4月19日、天然ガス大手ノバテク元副会長セルゲイ・プロトセーニャ氏(スペインのリゾート地で首つり。妻・娘も遺体で発見。無理心中か)
・5月1日、レストランチェーン「カラバエフ兄弟の料理店」共同創業者、ウラジーミル・リャキシェフ氏(自宅で銃で撃たれ死亡。拳銃自殺か。妻が発見)
・5月8日、石油会社ルクオイルの元トップ・マネジャー、アレクサンドル・スボチン氏(霊媒師宅の地下室で遺体で発見。急性心不全)
各種報道をもとに編集部作成
■「わざと証拠を残して殺す」はソ連時代からの伝統的な手口
【増田】この人たちは、どうして亡くなったんでしょうか。無理心中や一家心中をする日本と違って、ロシア人には自殺に家族を道連れにする発想はありませんよね。みな殺されたのでしょうか。
【池上】一家心中というのはロシアでは珍しい。そう考えると、怪しいですよね。まともな捜査など行なわれないでしょうから、よくわからないというのが実際のところです。
ガスプロムバンク元副社長のアバエフ氏が握っていた銃は、ロシアの特殊部隊しか使っていないタイプだそうです。かりに殺害だとすれば、銃を残していく必要はないわけですから、明らかな見せしめでしょう。
不審な死に方をするオリガルヒが相次げば、ほかの人たちへの警告になります。ロシアではソ連時代から、事故や自殺に見せかけるのではなく、明らかに殺されたとわかる方法を使ったり、わざと証拠を残したりする暗殺が伝統なんです。
スターリンと対立してメキシコへ亡命したトロツキーは、スターリンが送り込んだ刺客にピッケルで後頭部を打ち砕かれて殺されました。現場で逮捕された犯人ラモン・メルカデルは、身元が判明しても単独犯だと主張しましたが、メキシコで20年服役したのち、ソ連に戻り、ソ連の最高勲章であるレーニン勲章を授与されています。
■殺害を命令するのは必ずしも最高権力者ではない
【池上】ブレジネフ書記長時代の1981年に発生した、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件もそうです。バチカンのサン・ピエトロ広場で教皇を銃撃したのは報酬目当てのトルコ人でしたが、事件はKGBが計画し、ブルガリアの情報機関に実行を指示していました。
犯行の理由は、東西冷戦の中でローマ教皇が目障りだったこと。殺害できなくてもいいから、脅しをかけたかったのでしょう。社会主義国では、ローマ教皇がどういう存在か、よくわからなかったようです。スターリンが権力を握ったとき、部下が「ローマ教皇は大変な力をもっています」と言ったら、「どれだけの軍隊をもってるんだ?」と訊いたというエピソードがあります。精神的な影響力というものがスターリンは理解できず、力とは軍事力だと考えていたようです。
ですが、殺害を命令するのは必ずしも最高権力者というわけではありません。ソ連崩壊後の1990年代は嘱託殺人も横行し、台頭したオリガルヒたちもたくさん殺されました。反プーチンのジャーナリストや実業家が殺される事件がよくありますが、プーチン政権が命じて実行したというよりは、マフィア間の利権抗争に巻き込まれたとか、ビジネスの利権を巡って殺害されたのではないかというケースもあるんです。
■ウクライナのオリガルヒは、ロシア以上に大きな存在
【増田】ウクライナでは、オリガルヒ自身が政権を握ってきましたね。
【池上】ユリア・ティモシェンコ元首相は、親欧米派のオリガルヒでした。ヴィクトル・ヤヌコヴィチ元大統領は、親ロ派のオリガルヒ。ペトロ・ポロシェンコ前大統領も、「チョコレート王」と呼ばれたオリガルヒです。
現在、ウクライナ最大の資産家と言われるイーホル・コロモイスキー氏は、ゼレンスキー大統領と近い関係だったと言われています。マリウポリのアゾフスタリ製鉄所の所有者リナト・アフメトフ氏は、ロシア政府に対して200億ドル(約2兆6000億円)の損害賠償を求める訴訟を起こしています。
ウクライナのオリガルヒはロシア以上に大きな存在で、政治腐敗や経済停滞の原因になっているとも指摘されています。ゼレンスキー大統領はオリガルヒによる腐敗・汚職を阻止することを掲げて当選し、昨年9月にはオリガルヒと認定された個人に対し、政党への献金や大企業の民営化への参加を禁止する法案をウクライナ議会で可決しましたが、その前日、側近のセルヒー・シェフィール大統領首席補佐官が銃撃されています(AFP・21年9月24日)。一筋縄ではいきません。
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ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。
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ジャーナリスト
神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。日本テレビ「世界一受けたい授業」に歴史や地理の先生として出演のほか、現在コメンテーターとしてテレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」などで活躍。日本と世界のさまざまな問題の現場を幅広く取材・執筆している。著書に『新しい「教育格差」』(講談社現代新書)、『教育立国フィンランド流 教師の育て方』(岩波書店)、『揺れる移民大国フランス』(ポプラ新書)など。
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(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ 構成=石井謙一郎)
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