友達をカルト宗教から救いだそうとして…心優しい早大生が「坂本一家殺人事件の実行犯」に堕ちたワケ
プレジデントオンライン / 2022年7月27日 11時15分
※本稿は、江川紹子『「カルト」はすぐ隣に オウムに引き寄せられた若者たち』(岩波ジュニア新書)の一部を再編集したものです。
■『日本書紀』にもカルト集団が描かれていた
カルトは、どの時代や社会にも現れます。
日本最古の正史『日本書紀』にもカルトらしき集団についての記述があります(現代語訳は筆者による)。
民が惑わされているのを見かねて、聖徳太子の側近秦河勝(はたのかわかつ)が大生部多を成敗した、とも書かれています。この虫は、橘や山椒の木につき、体長12センチ強ということなので、アゲハチョウの幼虫と考えられています。
現代でも、オウムのほかに、先祖の因縁や霊の祟(たた)りを騙って、印鑑や壺を始め色々な商品を高く売りつける霊感商法や、教祖が女性信者に性的奉仕をさせたり、あるいは病気の人に適切な治療を受けさせず死なせてしまったりする宗教団体がたびたび問題になってきました。
■カルト性の高い宗教以外の集団もある
海外でも、カルトをめぐる多くの事件が報告されています。
1978年には、アメリカの新興宗教「人民寺院」が、南米のガイアナで集団自殺をし、子どもを含む900人を超える人が死亡しました。
1993年には、児童虐待と銃器不法所持の罪に問われたアメリカの新興宗教「ブランチ・ダビディアン」がテキサス州ウェイコの教団本部で捜査当局と銃撃戦となり、双方に死者が出るなどした挙げ句に籠城(ろうじょう)。その後FBI(連邦捜査局)が突入しましたが、この時に教祖のほか、やはり子どもを含む信者81人が死亡しました。
カルトは、宗教には限りません。過激派など政治的な集団やマルチ商法といった経済的な集団の中にも、カルト性の高いところがあります。
たとえば、1970年代の日本には、連合赤軍という左翼過激派の集団がありました。革命で世界を変革するという理想に燃えた若者たちが、山中で武装訓練をするうちに、リーダーが批判したメンバーを皆でなぶり殺しにするという、壮絶なリンチ殺人を繰り返しました。そこから逃れたメンバーが、宿泊施設を占拠し、人質をとって立て籠もり、銃を発砲して警察官ら3人を射殺する「浅間山荘事件」を起こしました。
これなども、閉鎖的な集団の中で、メンバーが歪んだ価値観に心を支配され、反社会的で命や人権をないがしろにする行動を繰り返したカルト的犯罪と言えます。
■イスラム国とオウム真理教の共通点
最近では、シリアやイラクで一時期かなり大きな勢力を誇った、自称「イスラム国(IS)」があります。イスラム復古主義を標榜しながら「国家」樹立を宣言し、支配地域での徴税や一部の行政を行うなど、宗教的かつ政治的な組織です。インターネットを利用した巧みなプロパガンダを展開。中東だけでなく、ヨーロッパで生まれ育ったイスラム教徒の若者をも引き寄せました。
移民の二世や三世が、生まれ育った社会の中で“よそ者”として扱われて疎外感を抱いたり、シリアやイラクで空爆などで子どもが殺害されている映像を見て、イスラム同胞を救うための「聖戦」に参加しなければ、という使命感をかき立てられたりして、自ら飛び込んでいった姿には、オウム真理教に身を投じた人たちと重なるものがあります。
■12年間で10億円以上も搾取されたX JAPANのヴォーカル
自己啓発セミナーや疑似科学、スピリチュアル系団体など、ほかにもカルト性の高い集団は存在します。
2010年1月、人気のロックバンドX JAPANのヴォーカルだったTOSHI(同年にToshi(トシ)と改名)が記者会見を開き、自己啓発セミナー主催団体との決別やそこに彼を引き入れた妻との離婚を公表しました。彼は、団体の広告塔として利用され、酷使されたうえ、稼いだ金の多くは搾取されていました。その金額は、12年間で10億円以上に上りました。妻とも長く同居はしておらず、実質的な夫婦ではありませんでした。
会見で彼は「だまされていたことからやっと目が覚めた」と述べ、団体の被害者に対しては「しかるべき誠実な対応をしたい」と語りました。実際、彼はその後、被害者に対して謝罪をし、和解しました。
カルト問題に詳しく、この自己啓発セミナー主催団体の被害救済にも尽力してきた紀藤正樹弁護士は、「カルトに入ってしまうのは、『タイミングと運』が大きいんです。オウムの信者も、たまたま悩んだり迷ったりしている時に出会ったのがオウムだったのが不運だったわけで、それが既成宗教のボランティア団体などだったら、何の問題もなかった。不運という点では、Toshiも同じです」と言います。
■「自分は大丈夫」が一番危ない
彼は、仕事や家族のことで悩みを抱えていた最中に、妻からの誘いでセミナーに参加し、そこでマインド・コントロールされ、セミナーを主催する男性のところにしか救いはないような気持ちになってしまったのでした。
「いわば、交通事故に遭ったようなもの。誰しもが、カルトに取り込まれてしまう可能性があります。自分は大丈夫、と思っていると、それが一番危ない」と紀藤弁護士。
人間は、生まれてから死ぬまで、ずっと順風満帆というわけにはいきません。人間関係に悩んだり、努力が報われなかったり、選択に迷ったりします。病気をする、事故に遭う、父母や友人が亡くなる、恋人と別れる、友達と深刻な喧嘩をする、受験に失敗する、職を失う……こうした予定外の出来事に見舞われることもあります。
そんな時、人はカルトに巻き込まれやすい、と言います。救いの手がさしのべられ、素晴らしい解決法を示されたように思うと、ついつい信じたくなるからです。
「特に、病気の人が病気治癒を信じて、適切な治療を忌避(きひ)する団体に行った時の悲劇は喩えようもありません。治療して回復できる時期を逃してしまうわけですから。子どもに適切な医療を受けさせずに死なせてしまった親は、カルトから目が覚めてから、本当に自責と後悔の念に苛まれています」
■悩みを無理やり作り出してでも引き込んでいく
紀藤弁護士によると、特に悩みや迷いの中にいない人に対しても、カルトは悩みを作り出して、引き込んでいくこともあります。
たとえば、進路を決めた人に、「本当に、本当にそれでいいの?」と疑問を投げかけ、「もっと自分に合ったところはないか」と考えさせます。「今が、あなたの人生の分岐点ですよ」と言って、さらに深く悩ませたりもします。そうやって、人を悩みの中に誘い、その答えとして、カルトの価値観を教えていきます。
「だから、人から言われたことを、まじめに受け止めて考える人は、入りやすいんです」と紀藤弁護士。
「しかも、カルトはカルトの顔をして近づいてきたりはしません。たとえば、ボランティア団体を装って、「人の役に立ちたい」と思っている人に接近したりします。なので騙されたことにも気がつかないことが多いのです」
■「お金、ウソ、秘密」3つの注意すべきサイン
そんなカルトから、身を守るにはどうしたらいいでしょうか。
紀藤弁護士は「それでも、よく注意していれば、カルトのサインが見えてくることがあります」と言います。いったい、どんなことに注意すればいいのでしょう。
「第一に、お金の話が出たら要注意です」と紀藤弁護士。途中で会費やセミナー代などを求められたら、これは警戒した方がいい、と言います。その代金が法外なものでなくても、疑ってみましょう。
「第二に、話が最初と違っていたり、何らかの嘘が含まれている場合も注意すべきです」
たとえば、宗教ではないセミナーのはずだったのに、教えている人は、実は宗教団体の教祖や幹部であることが分かった場合。カルトは、宗教であることを隠そうとして、別の形をとって、人を勧誘しようとすることがあります。オウムも、ヨガ教室や様々なサークルを隠れ蓑にして勧誘活動をしていました。
「第三に、『これは誰にも言っちゃいけない』などと秘密を守らせようとしている場合も気をつけてください」
若者に対しては、親や先生など、大人に言わないよう口止めする場合もあります。本当にいい教えなら、秘密にしたりせず、どんどん公表し、大人たちにも堂々と伝えればいいのです。それを秘密にしようとするのは、まだマインド・コントロールが十分完成していない段階で、大人に反対され、考え直して脱会してしまうことを恐れているのです。こういう場合は、むしろ大人に相談してみることにしましょう。
■友達がカルトに取り込まれてしまったらどうすべきか
紀藤弁護士は、そのほか情報をしっかり集めることが大事だと言います。
「自称『イスラム国(IS)』はインターネットを利用したプロパガンダや友人知人を使った伝道活動で、ヨーロッパからも少なからぬ若者を集めましたが、そのうち、現地で行われているのはISが宣伝しているのとは違う、いったん行ったら戻ってこられない、女性は性奴隷にされる、という実態が情報として伝わるようになると、先細りになりました」
オウムについても、マスコミなどが頻繁に伝えている間は、アレフなどの後継団体に取り込まれる人は少なかったのに、情報が少なくなると信者が少し増えてきた、と紀藤弁護士は心配しています。それでも、今はインターネットで多くの情報が流れ、カルト団体からの脱会者が体験談をブログに掲載していたりします。そういう情報を活用することも大切です。
ただ、その一方で、ネットで事実を無視した陰謀論や差別的な政治思想を拡散する、新しいタイプのカルト的なグループもあるので、注意も必要です。
では、友達がカルトらしき団体に取り込まれてしまった、という場合はどうでしょう。
その時は、まず自分が近づかないこと。友達に誘われても、断りましょう。友達が心配だからといって、一緒についていったりするのは危険です。坂本一家殺人事件の実行犯である端本悟も友達を救い出そうとして早稲田大学在学中にオウムに近づき、「ミイラ取りがミイラになる」結果となってしまいました。
言ってあげるとすれば、カルトから離れて戻ってくれば、また友達になれる、ということです。大事な友達がもしカルトに入ってしまったら、どんなに口止めされても、まずは親や先生など、大人に相談しましょう。
■ダライ・ラマが語った「カルトの見分け方」
私は以前、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ法王に、まっとうな宗教といかがわしいカルトの見分け方を聞いたことがあります。オウムは、チベット仏教の知識を取り入れ、麻原がダライ・ラマ法王などと一緒に撮った写真を宣伝に使うなどしていたからです。ダライ・ラマ法王はこう言いました。
「studyとlearnの違いです」
studyには「研究する」という意味もあります。研究するには、疑問を持ち、課題を見つけ、多角的に検証することが必要です。一方のlearnは、単語や表現を教わり、繰り返し練習して記憶する語学学習のように、知識を習い覚えて身につけることを言います。
「studyを許さず、learnばかりをさせるところは、気をつけなさい」
一人ひとりの心に湧いた疑問や異なる価値観を大切にしなければ、studyはできません。それをさせない人や組織からは距離を置いた方がよい、というのが、法王からの忠告です。
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ジャーナリスト
1958年生まれ。神奈川新聞記者を経て1987年よりフリーランス。2020年4月から神奈川大学国際日本学部特任教授。関心分野は司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など様々。著書に『「オウム真理教」追跡2200日』(文藝春秋)、『名張毒ブドウ酒殺人事件』(岩波現代文庫)、『人を助ける仕事』(小学館文庫)、『勇気ってなんだろう』(岩波ジュニア新書)、『「カルト」はすぐ隣に』(岩波ジュニア新書)など多数。1995年にオウム真理教報道で菊池寛賞を受賞。
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(ジャーナリスト 江川 紹子)
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