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保護しても3割の命は助からない…アザラシ好きが高じて飼育員になった36歳女性が直面した救助の現実

プレジデントオンライン / 2022年8月28日 11時15分

岡崎雅子さん - 写真=筆者提供

日本唯一のアザラシ保護施設「オホーツクとっかりセンター」では、日々衰弱したアザラシが救助されている。元施設飼育員の岡崎雅子さんは「運よく保護に繋げられたとしても、そのうちの3割は死んでしまう。それでも、10年間にわたって活動に携わり続けた理由がある」という。アザラシの救助に奔走する飼育員の日々を『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』(実業之日本社)からお届けしよう――。

■保護にこぎつけても助からないアザラシが3割いる

ここ10年の保護アザラシの生存率は70%くらいだ。裏を返せば、30%のアザラシは助からない。そのほとんどが、保護された翌日もしくは2日後に死亡している。そのため、無事に2日目の朝を迎えられると、少しほっとする。

子どもの保護個体の死因でもっとも多いのは、消化管内異物である。解剖してみると、砂や砂利が胃や腸の中から大量に出てくるのだ。おなかが空きすぎて、目の前にあるものをなんでも食べてしまったのだろうか。

生き延びた子のなかにも、砂や小石を排泄する子はいる。運良く、胃や腸に詰まってしまうほどたくさん食べる前に発見されたのだろう。

次に多いのは、寄生虫感染だ。野生のアザラシは、何かしらの寄生虫を体の中にもっている。しかし、何かの拍子にそのバランスが崩れると、幼いアザラシは簡単に命を落としてしまう。解剖すると、胃の中が寄生虫でパンパンだったこともある。

無事に生き延びた子でも、おなかに寄生虫がいると、いくら食べても体重が増えない。そこで保護個体には糞便検査を行い、もし寄生虫が見つかれば駆虫するようにしている。

ここまで、代表的な死因を2つ挙げたが、これらは死因が判明したもののなかで代表的な例である。実際には解剖しても死因がわからないことの方が多い。順調に回復していると思われていた子が、保護から1カ月後に突然死したケースもある。

■電気マットの上でぬくぬく…徐々に回復していく

もちろん、元気に回復する子もいる。保護されたアザラシが無事に一夜を越えれば、翌朝、まずは、前日と同様に聴診および体温測定をして、アザラシの状態を確認する。その後、コンテナへ入れて体重を量り、そのまま個室の掃除を行う。

掃除の際、排泄物の色は正常か、異物や寄生虫が出ていないか、吐き戻しはないかなど、一つひとつ確認しながら行う。個室に戻したあと、汚れていれば体を洗う。タオルで水気をよく拭きとり、再び電気マットの上に戻して背中に乾いたタオルをかける。

その日の気温やアザラシの状態にもよるが、紋別は春を迎えてもまだ寒く、日中も電気マットを使用している。たいていの子は、暑ければ転がってマットから降り、自分で温度調節する。

電気マットが温かいことを覚えると、マットを敷いた途端に自らマットの上に乗るようにもなる。ある程度元気になり、体温維持の不安がなくなれば電気マットを敷くのをやめるが、そうすると今度は、自分で暖かい日向を見つけて、日向ぼっこをしながら昼寝をするようになる。

■飼育員が強制的にミルクを飲ませる理由

掃除が終わったら、次は給餌だ。餌は、ホワイトコートの換毛の程度を考慮して、保護個体の週齢に合わせたものを用意する。全身ホワイトコートで、引っ張ってもまだ毛が抜けないようであれば、海獣用のミルクから与える。アザラシの母乳中には、脂肪分が40~50%含まれている。牛乳に含まれる脂肪分が2~4%であることを考えると、かなり濃いミルクである。海獣用の粉ミルクにも同程度の脂肪が含まれており、これをぬるま湯で調乳する。

ミルクの給餌は強制給餌で行う。なぜ強制給餌なのかというと、想像してみてほしい。

ある日突然、知らない人にさらわれて、知らないところに連れてこられた。翌日、見たこともないものを顔の前に出されて「ほら、飲め」と。私だったら飲まない。保護アザラシたちはそんな状況である。慣れればアザラシも哺乳瓶からミルクを飲むというが、衰弱している赤ちゃんアザラシを前に、そんな悠長なことは言っていられない。手っ取り早く栄養状態を改善するためにも、強制給餌は必要である。

ホワイトコートの赤ちゃんにミルクを与えるチューブを飲み込ませている様子。
写真提供=オホーツクとっかりセンター
ホワイトコートの赤ちゃんにミルクを与えるチューブをのみ込ませている様子 - 写真提供=オホーツクとっかりセンター

ミルクの強制給餌は、基本的には飼育員2人がかりで行う。1人がアザラシの上にまたがって保定し、下顎を支えて上を向かせる。ミルクを胃に直接流し込むためのチューブをスルスルとのみ込ませ、給餌が終わるまでこの体勢をキープする。もう1人は、準備ができたらミルクの入ったポンプを押し、胃の中にミルクをゆっくり流し込む。

■給餌用チューブを食道に通すのは緊張の瞬間

ミルクを給餌する際、気をつけなければならないのは、誤嚥させないようにすることだ。ある程度元気な個体であれば、口の中にチューブを滑り込ませるだけで、チューブは抵抗なく食道に入る。万が一、チューブが気管に入ってしまうと、反射的にむせて吐き出そうとするので、すぐに気づくことができる。そうでない個体に強制給餌をする時は、チューブが気管に入ってしまわないよう、細心の注意を払わなければならない。

また、元気な個体に給餌する時も、チューブをのみ込ませすぎてしまわないよう注意が必要だ。チューブが胃の中でグルグル巻きになり、万が一、胃の中で結び目ができてしまうと、給餌後に胃からチューブを引き抜くことができなくなってしまう。これを防ぐため、チューブを口の中に入れる前にアザラシの体にチューブを当て、胃に到達するまでのだいたいの長さを確認して、チューブに目印を付ける。これは、アザラシの口から前肢の先までの長さをおおよその目安としている。

人間の赤ちゃんと同様、余分な空気をのみ込ませないことにも気を配らなければならない。チューブの中をミルクで満たしてから口の中に入れ、給餌後はチューブの中に少量のミルクが残っている状態でチューブを引き抜くようにしている。

アザラシは本当に頭が良く、何度か給餌を繰り返すうちに、「このチューブをのみ込めば、おなかがいっぱいになる」と覚える。顔の前にミルクの入ったチューブを差し出すだけで、自らのみ込むようになれば、誤嚥の心配もなく、飼育員1人でミルクの強制給餌をすることも可能である。

ミルクの強制給餌は、ポンプを押す係とアザラシを保定する係りの2人で行う
写真提供=オホーツクとっかりセンター
ミルクの強制給餌は、ポンプを押す係とアザラシを保定する係の2人で行う - 写真提供=オホーツクとっかりセンター

また、ミルクのチューブを自らのみ込む個体では、離乳時期を迎えると、顔の前に魚を差し出すだけでのみ込むことが多く、魚の強制給餌を必要とせずに、ミルクから魚へスムーズに移行できる。

■魚を飲み込めないほど衰弱しているアザラシもいる

ホワイトコートが抜け始めている個体、もしくはすでに換毛済みの個体には、冷凍魚を解凍したものを与えている。

ミルクの時と同様、アザラシの背中にまたがり、下顎を支えて上を向かせる。口をこじ開ける時は、アザラシの歯茎のあたりを指で押すと、開けることが多い。

魚の強制給餌ではしっかり補綴してアザラシに上を向かせることがコツ
写真提供=オホーツクとっかりセンター
魚の強制給餌ではしっかり保定してアザラシの首を上に向かせることがコツ - 写真提供=オホーツクとっかりセンター

魚をのみ込む力がないほど衰弱しているアザラシには、ホッケのミンチと経口補水液を混ぜたものをチューブで与えることもある。初めは、ミルク用のポンプとチューブでアザラシに与えようとしたが、ミルクよりも粘度が高く、ポンプを押すのが困難であった。経口補水液とミンチの割合を変え、何度も試した。水分量を増やせば、ポンプは押しやすくなったが、1本50㏄のポンプを使ったこの方法では、十分な量の魚を与えることができなかった。

そこで考えたのは、生クリーム絞り器を使った方法である。ホームセンターで生クリーム絞り器とその口径に合ったチューブを購入。医療用のチューブではないため、消化管粘膜を傷つけないよう、チューブの先端をライターの火で炙って丸くする。この生クリーム絞り器を使うことで、ポンプを使用していた時に比べて、はるかに効率が上がった。

専用の器具が手に入ればそれに越したことはないが、紋別という地域柄、インターネットで注文したものが翌日に手元に届くわけではない。今すぐなんとかしなければならない時には、すぐに手に入るものを工夫して使うのだ。

魚の強制給餌も何度も繰り返すとアザラシの方も覚えてくる。口をこじ開けなくても魚を顔の前に出すだけで口を開けるようになり、そのうち自ら魚に食いつくようになる。保定しなくても人の手から魚を食べるようになったら、あとはとにかく体重を増やすだけである。人の姿を見ると個室の手前に駆け寄ってきて、大きな声で鳴いて餌を催促するようになれば、一安心である。

なかには、個室の奥でじっとこちらの様子をうかがっており、魚を見せると初めて人に近づいてくるような、まったく人に懐かない子もいるが、いずれ野生に戻ることを考えると、それはそれで頼もしい。

■紋別の海水温では5月でも低体温になる危険性がある

さて、元気になったアザラシたちはよく眠り、よく食べ、どんどん大きくなる。ある程度大きくなったら、個室のプールに水を入れて水中飼育を開始する。

もちろん個体差はあるが、ゴマフアザラシでは体重11kgを水入れの目安としている。紋別の海水温は4月では5℃以下、5月でも10℃前後と、春になってもまだまだ冷たい。十分に回復していないアザラシを冷たい水の中に入れてしまうと、あっという間に体温を奪われ、低体温になってしまうことがあるので、水入れは慎重に行わなければならない。

その日の気温や個体の状態にもよるが、海水温が10℃以下の時は、お湯を加えた海水を使用することも検討する。

■海水におびえてブルブル震え出す子もいる

大きなケガの治療などがなければ、保護から2週間から1か月程度で水中飼育に切り替えられることが多い。水へ入れた時の反応は、アザラシによってさまざまである。久しぶりの海水に、楽しそうにはしゃぎ回る子は、水入れ大成功である。

反対に、ブルブル震えたり、海水に怯えてなんとかプールから上がろうと必死にもがき続けたりする子は、まだ水中飼育に耐えられるほど回復していない可能性が高い。

丘場に上がって頭を下げ震えているような子には、注意しなければならない。低体温の兆候だ。すぐにプールの水を抜き、ドライヤーや電気マットなどを使って体を温める必要がある。

■溺れ死んでしまった2頭の保護アザラシ

ところで、私はこの10年間で2頭、保護アザラシの溺死を経験している。

「アザラシも溺れるの!?」と驚くかもしれないが、アザラシは私たち人間と同じ哺乳類である。いくら水中生活に適した体をしていても、肺で呼吸している以上、溺れてしまうことがあるのだ。

1頭は、水を極端に怖がる子だった。プールに水を入れると、なんとか水から逃れようともがき続け、陸上に上がれる水位になるとすぐにプールから上がってしまう子だったが、それでも低体温になることもなく、餌の魚はプールの中で食べていた。

水中飼育を始めてから7日目、その子がプール底に沈んで死亡しているのを発見した。発見の10分前までは元気に泳いでいる姿を確認しており、突然のことだった。

■「アザラシなんだから水に入って当然」ではなかった

もう1頭は、水に入れると震えが見られ、とにかく泳ぐのが下手な子だった。潜るのが苦手で、ゴムボールのようにプカプカ浮いてしまうことが多かった。

通常は、日中の水中飼育を開始後、数日間かけて夜間も水中飼育へと切り替えていく。

水入れ中の保護アザラシ
写真=筆者提供
水入れ中の保護アザラシ - 写真=筆者提供

水中飼育に慣れるまでは、飼育員の目が届かない夜間は排水し、スノコを敷いた陸上飼育に戻す。翌朝再びプールに水を溜める。日中の様子を見て、これなら大丈夫だろうと判断すると、夜間も水中飼育となる。

通常、1~3日間ほどで夜間も水中飼育へと切り替えられるのだが、この子はその切り替えに8日間を要した。そのくらい泳ぎに不安があった。それでも、徐々に水にも慣れ、水中で餌を食べられるまでに回復していた矢先、水中飼育開始から25日目にプールに浮いたまま死亡しているのが発見された。この子も発見の20分前までは、元気に泳いでいる姿を確認していた。

どちらの子も水を嫌がり、「自分は水中では上手く生きられない」とサインを出していた。しかし、私もその時はまだ「アザラシなんだから水に入って当然」と単純に考えていた。2頭とも溺死するにいたった原因はわかっていないが、もう少し慎重に水入れを行っていたら、もしかしたらあの子たちにも生きる道があったのかもしれない。

1頭目の子は、保護時にはすでに右目を失明していた。2頭目の子は、上手く潜ることができなかった。どちらも野生下で、自力で餌を獲るのは困難だったかもしれない。運良く人に発見されて、取り留めた命だったと思うと、とても悔やまれる。

■それでも10年間飼育員を続けた理由

岡崎雅子『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』(実業之日本社)
岡崎雅子『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』(実業之日本社)

私は10年と3か月「オホーツクとっかりセンター」で保護活動を続け、今年6月に退職した。たくさんのアザラシの生と死に向き合わなければならない保護活動は、嬉しいことや楽しいことばかりではなかったが、それでも続けてくることができた理由がある。

それは、保護されたアザラシたちが元気になっていく姿を見守ることができる大きなやりがいと、アザラシを含めたくさんの仲間たちの支えがあったからだ。

本稿を通して、ご紹介できたのは救助活動のほんの一部にすぎないが、アザラシの可愛さはもちろんのこと、アザラシの生態や保護活動の裏側、またそこにあふれる私たち飼育員の限りなきアザラシ愛が少しでも届いてくれたら、これほど嬉しいことはない。

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岡崎 雅子(おかざき・まさこ)
元アザラシ飼育員
1986年、神奈川県生まれ。水瓶座のAB型。日本大学 生物資源科学部 獣医学科卒業。幼少期からのアザラシ好きが高じて、北海道紋別市にあるアザラシ専門の保護施設「オホーツクとっかりセンター」で念願の飼育員になる。10年間の飼育員生活のなかで出会ったアザラシは69頭以上、そのうち38頭の保護に携わる。アザラシが前肢で顔をぬぐう仕草が好き(ぎりぎり顔に届くくらいの短い前肢が愛おしい)。好きなアザラシの部位は顔(表情がとても豊か)と、脇の下(柔らかくて触り心地が最高。脇の下をフニフニしている時に、その手を前肢でギュッと握られるのが至福)。座右の銘は「好きこそものの上手なれ」。著書に『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』(実業之日本社)がある。

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(元アザラシ飼育員 岡崎 雅子)

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