「Twitterを6兆円で買収→突然の撤回」この3カ月で空前のドタバタを繰り広げたイーロン・マスクの本当の狙い
プレジデントオンライン / 2022年7月26日 11時15分
イーロン・マスクのTwitterアカウントと、イーロン・マスクの写真が、携帯電話の画面に表示されている。ツイッターは2022年7月22日、期待はずれの決算を発表、イーロン・マスクの買収提案に関連する不確実性を含む「逆風」が原因だとしている。 - 写真=AFP/時事通信フォト
■フォロワー数8000万人という世界有数のツイ廃
イーロン・マスクは2009年からツイッターのユーザーであり、2022年4月時点でのフォロワー数は8000万人を超えていた。
その彼が、今年4月13日にツイッター社の全株を取得し非公開化を目指すと提案した。この動きに対しツイッター社は反発し、「ポイズンピル」で対抗しようと考えた。ポイズンピルとは、既存の株主にあらかじめ新株予約権を発行しておくことで買収を食い止める買収防衛策だ。
イーロンはツイッター社の取締役議長にこう伝えた。
「世界中に言論の自由を実現するプラットフォームになる可能性を信じ、ツイッターに投資した。言論の自由は民主主義が機能するための社会的必要事項だ。しかし、現在の形では、社会的要請に応えることも繁栄もできない。ツイッターには並外れた可能性がある。自分はそれを解き放つことができる」
4月25日に事態は急展開し、ツイッター社は態度を変えて約440億ドル(約6兆円)でのイーロン・マスクによる買収に合意した。
ところがイーロンはツイッター利用者に占める偽アカウントの割合を問題視し、5月13日に買収手続きを一時停止すると言い出した。そして、7月8日にツイッターの買収を撤回すると発表した。
この3カ月の騒ぎは一体何だったんだろうか。
■テスラ株の下落が買収撤回の原因なのか
イーロンはツイッターの買収資金約440億ドルの内、約210億ドルを自己資金で、それ以外は金融機関から賄う計画だった。純資産が約2600億ドルで世界一の富豪の財布から約210億ドルが出ていく計算となる。
ところが、ツイッター買収騒動に巻き込まれるかのようにテスラ株が下落し、イーロンの財布事情が苦しくなる。4月上旬に1145ドルだったテスラ株は、6月末には673ドルと40%以上のダウンになってしまった。
![テスラの米カリフォルニア・フリーモント工場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/8/1200wm/img_78a3d5f0ad5769190789449cbd3f7f99387822.jpg)
イーロンは金融機関からの資金調達は投資と融資の2本立てで準備していたが、融資の担保にはテスラ株があてられていたため、テスラ株の下落は金融機関からの予定融資額にも影響を及ぼしていた。このため買収撤回の背景にはテスラ株の下落が一因という見方がある。
しかし、イーロンがその程度のことでツイッター買収を諦めるだろうか?
■イーロンが「偽アカウント問題」に固執している理由
イーロンは今回の撤回理由について、偽アカウント問題を挙げている。だが、これは急に浮上した問題ではない。イーロンは以前から偽アカウントを問題視しており、ツイッター創業者でCEOだったジャック・ドーシーとの2020年の対談でも、「本物のユーザーと偽のユーザーを区別すべきだ」と強調していた。
イーロンがここまで偽アカウントにこだわる背景には“空売り問題”がある。
「空売り」とは、その会社の株価が下がると予想して行う株取引の手法だ。具体的には、株価が比較的高い段階で株を売っておき、その後、株価が安くなったときに買い戻して、差益を得る。
2010年の株式上場以来、テスラ株は空売りの格好のターゲットにされてきた。赤字で財務内容は悪いにもかかわらず、テスラは人気があり株価は上昇を続けていたからだ。テスラは実力以上に評価されていると見なす専門家も少なくなかった。つまり、いつ下落してもおかしくない銘柄で、空売りにはもってこいの銘柄というわけだった。
例えば、2018年8月時点におけるテスラ株の空売り残高は約125億ドル(約1兆3000億円)に上り、米国内の空売り残高のトップだった。マイクロソフトやフェイスブックに対する空売り残高が50億ドル弱なのに対し、これは2倍以上の金額になる。
空売りが成立するには株価の下落が必要で、そのためにはテスラの悪いニュースが欠かせない。だから偽アカウントを使って悪いうわさを発信する連中が出てきたのだ。
イーロンにとって空売り攻勢は、自分の経営力への侮蔑と批判に他ならず、しかも偽アカウントで足を引っ張られる行為は許しがたいものだった。
■イーロンが和解金1300億円を払っても得する「プランB」
買収撤回を発表したイーロンに対し、ツイッター社は既に合意していた買収の履行を求めて7月12日に訴えを起こした。裁判の行方に世界の注目が集まるが、ここではその先を大胆に予想してみたい。
イーロン・マスクはプランBに打って出るだろう。そのシナリオはこうだ。
イーロンは和解金10億ドル(約1300億円)を支払う。その上で、安くなったツイッター株を再び買収に打って出る。ちなみに買収話が出る前のツイッター社の株価は約37ドルだったが、イーロンがツイッター社取締役に指名されると50ドルを超えた。しかし、その後は40ドル以下に落ちている。
当初約440億ドルだった買収価格が、今回の騒動で300億ドル程度になるなら、和解金の10億ドルなど安いものだ。
しかし、謎はまだ残る。なぜそこまでしてイーロンはツイッターが欲しいのだろうか?
■イーロンの真の狙いはどこにあるのか
「ツイッターはWeChatやTikTokのようになるべきだ」とイーロンは以前に語っていた。
![画面上のSNSアプリのアイコン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/4/1200wm/img_e4ef5c67fb7e09cacedd908c15321811329671.jpg)
メッセージに加えて、ゲームや決済、配車サービスもWeChatは提供しているし、TikTokについては「ユーザーを楽しませるアルゴリズムが素晴らしい」と褒めていた。
ツイッターの将来像として、広告収入を50%未満にして、魅力のあるサブスクや有料サービス、決済などを充実させていく考えをイーロンは持っている。そして、アクティブユーザー数を現在の約2億3000万人から10億人へ増やすという。もちろん、懸念しているボットや偽アカウントへの対策も必要だ。
ここからは大胆な仮定だが、もしイーロンがプランBを実行し、より安くツイッターを買収したら、世界中から猛烈なバッシングをイーロンは受けるだろう。イーロンの長年のファンたちも離れていくだろう。
しかし、イーロン・マスクは光速経営が持ち味だ。批判を受けている間に猛スピードでこれら新サービス導入と偽アカウント対策を完了して、ユーザー数を10億人にしてしまったらどうだろう。
世間は忘れやすい。過去のツイッター買収劇などあっさり忘れて、新たなツイッターを楽しんでいるかもしれない。そして、その時になって、イーロン・マスクの真の狙いがわかることとなる。
■なぜテスラやスペースXではなく、ツイッターに6兆円使うのか
そもそも、イーロン・マスクはなぜツイッター社を買収したかったのか? その真の目的を私たちはまだ理解できていない。
偽アカウント問題を解決し、サービスにサブスクや有料コンテンツを盛り込んで魅力的な内容にするために、約6兆円もの巨費を投じてツイッター社を買収するといわれても納得できる人はほとんどいない。
なによりイーロンには他にやらなければならないことがたくさんある。例えば、テスラの人気EVモデル3は原材料価格の高騰で値上げが続いているし、火星ロケットのスターシップはブースターが爆発事故を起こしたばかりだ。ツイッターを買収するヒマがあるなら、テスラとスペースXにもっと時間を割くべきという意見はもっともだ。
つまり、イーロンは私たちが理解できていないツイッターの可能性を見抜いていたのではないだろうか。
■重要なのは裁判の行方ではなく、判決後になにをするか
それは、テスラのマスタープランを2006年に発表したときと似ている。改めてテスラのマスタープランを説明しておこう。
第2ステップ⇒そのお金を使って手頃な価格の車を作る
第3ステップ⇒そのお金を使って、さらに手頃な価格の車を作る
第4ステップ⇒上記を行いながら、ゼロエミッション発電オプションも提供する
この時、テスラはEVを1台も出荷しておらず、マスタープランの意味と価値に世間は全く気づかなかった。
![竹内一正『イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを超えたのか』(PHPビジネス新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/3/1200wm/img_8369c092eb3c9bc71c64544a73853fdd275478.jpg)
マスタープランに基づいてイーロンたちが実現したことは、第1ステップが約10万ドルのロードスターで、第2ステップは約7万ドルのモデルS、第3ステップは3万5000ドルのモデル3、そして第4ステップは太陽光発電パネルと蓄電システムだった。EVを作るだけでなく発電から蓄電まで手がけたテスラは「持続可能なエネルギー企業」となり、2020年に時価総額でトヨタを抜いて自動車メーカーの世界一となった。そして、この時やっとマスタープランの意味を世間は理解した。
この事実と照らし合わせてみると、今回のツイッター買収劇におけるイーロンの真の狙いを私たちにはまだ理解できていないと認めるべきだろう。そして、「イーロン・マスクはまだツイッターを諦めていない」と筆者は考える。だからこそ、注目すべきはイーロン・マスク対ツイッター社の裁判の行方ではなく、判決後にイーロン・マスクがなにをするかなのだ。
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経営コンサルタント
1957年生まれ。徳島大学大学院工学研究科修了。米国ノースウェスタン大学客員研究員。松下電器産業(現パナソニック)に入社。PC用磁気記録メディアの新製品開発、PC海外ビジネス開拓に従事。その後アップルコンピュータ社にてマーケティングに携わる。日本ゲートウェイを経て、メディアリングの代表取締役などを歴任。シリコンバレー事情に精通。現在、コンサルタント事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを超えたのか』(PHPビジネス新書)、『TECHNOKING イーロン・マスク 奇跡を呼び込む光速経営』(朝日新聞出版)、『アップル さらなる成長と死角』(ダイヤモンド社)などがある。
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(経営コンサルタント 竹内 一正)
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