小林製薬社長「世界中の小さな市場を見つけまくる」
プレジデントオンライン / 2022年7月28日 11時15分
■自分のセンスを判断基準にしない
当社は元々、名古屋で創業し、医薬品や化粧品の卸をやっておりました。60年ほど前から商品開発も始めましたが、お取引のある製薬会社さんの競合商品を作るわけにはいきません。そこで「ブルーレット」や「アンメルツ」のような、それまで市場にはなかった商品で勝負することになったのです。私たちはこのやり方を「小さな池の大きな魚」と呼んでいます。
大きな池(市場)には魚(需要)がたくさんいるけれど、釣り人(競合)も多いため釣果(シェア)を得るのは難しい。ならば小さくともまだ競合がいない池を見つけ、そこでNo.1の釣り人になろうというニッチ戦略です。一番乗りですからブランド力は強く、競合品が出てきたとしてもシェアは下がりにくい。ニッチな商品ですから価格競争になりにくく、安定した利益が上がります。その利益を製品改良や製品ラインアップ拡充にあて、さらにシェアを高める好循環ができており、上場来24期連続増益を継続中です。
この戦略の肝はいかにして“池”を見つけるかです。当社はこれまでお客様も気づいていない潜在的なニーズを探し当て、商品を積み重ねてくることができました。
■たった1人の「あったらいいな」
どうしたらヒット商品につながるアイデアが出てくるのかとよく聞かれるのですが、私たちはお客様の「あったらいいな」を見つけるべく、社員総出でアイデア出しを行っています。全社員が毎月1件以上、新商品につながるアイデアを提出します。
私たちは日頃から「N=1」(母数1)を大切にしています。たった1人の「あったらいいな」がヒントとなって大きなヒット商品に結びつく可能性があります。もちろん商品開発に向けてはそのアイデアが技術的に実現可能かどうか、潜在需要がどれほどあるかといった市場調査を入念にしますが、最初の段階はとにかく“量”です。それこそが効率を生むのです。
全社員が毎月1件以上提出しますと、年間4万件近くの新商品アイデアが集まることになります。そのひとつひとつに開発担当者はフィードバックをし、データベースにも登録されます。そうすることで今は実現できなくとも次に生かせるかもしれませんし、集合値を分析することで生活者トレンドの把握にも活用できます。当社のデータサーバーには日本中の困りごとや「あったらいいな」が蓄積されているわけです。
これまでに幾つもヒット商品を考え出した“ヒットメーカー”もいますが、その人の発想方法をマニュアル化するよう指示したことはありません。それは一見効率化しそうですが、逆効果になると思うからです。目のつけどころや感じ方は人それぞれなのがいいのであって、上から「こうやりなさい」と押し付けると自由な発想ができなくなってしまいます。
開発事業部が経営陣へのプレゼンに用いるのは資料2枚。1枚目はパッケージデザイン案で、2枚目は15秒のCM絵コンテです。これまでにない商品ですから、パッと見て「何を実現する商品か」「どんな機能があるか」「どうやって使うか」が理解できないとお客様には伝わりません。
また毎月の提出とは別に「全社員アイデア大会」というのもありまして、創立記念日の8月22日にすべての社員が通常業務を止め、新製品の企画を部署単位で議論します。それらを開発担当事業部が選考し、アイデア提案者と共にブラッシュアップして経営陣にプレゼンします。
この全社員アイデア大会から生まれたヒット商品が、漢方薬の「テイラック」です。天気が崩れたり台風が接近してくると頭が痛くなる社員が「どうやら気圧が影響しているらしい」と気づいたのがきっかけでした。SNSを見ると同じタイミングで頭痛がひどくなる人が相当数いて「これを治す薬があれば」と提案したということです。
■商品開発の手法をシステムに
もちろん、それを解決する手段がなければ商品化できないのですが、開発担当部署は日頃から医学的・科学的知識は相当に蓄えています。そこで「こんな“あったらいいな”はどうでしょう」と提案を受けたとき、その知識の蓄積から「もしかしたらあれが使えるかも」とピンとくるわけです。あとはいかにスピーディに開発するかです。私もアイデアを出していますが、小さな改善案でも採用されると嬉しいんです。提案制度は社員のモチベーション向上にも繋がっていると思います。
審査する側として私が気をつけているのは、採用可否の判断になるべく自分のセンスが入らないようにすることです。ニッチ戦略を始めた現会長は勘の優れた人で、自身が先頭に立って商品開発をしていました。けれど個人の才能は継承できませんし、私にはあのセンスはありません。企業としてこれからも成長していくには、商品開発の手法をシステムに落とし込んでいかないといけない。私はそのシステムづくりに努力をしてきました。
プレゼンで私が判断する基準は、技術面で効果が出せるか/ユニークでほかにない商品か/自分たちのマーケティング技術で伝えられるかの3点で、大きなふるいにかけるだけです。私が「そんなん伝わらへん!」と却下しても、それはアイデアがダメと言っているわけではないので、翌月に同じアイデアが違うパッケージ案/CM案で出てきて復活することもあります。
睡眠中の口呼吸を予防する「ナイトミン鼻呼吸テープ」は、私が3回却下したにもかかわらず4回目で商品化され、大ヒット商品になりました。私が却下し続けたことで半年は商品化が遅れてしまいました。提案した社員は「ほれ見ろ社長、見る目ないわぁ」と言ってるんじゃないですか(笑)。いや言ってもらっていいんです。社長が却下しても優れたアイデアが商品化できる仕組みが機能したなら、それは私の努力が結実したということですから。
これから私たちが目指すのは、小林製薬ならではの商品開発を海外でも実現することです。私たちはニッチゆえ海外進出が遅れていました。熱が出たときに氷嚢やおしぼりで額を冷やす習慣は日本ならではのもので、海外では「熱さまシート」は伝わらない/売れないと思っていたからです。ところが米国で偏頭痛用として展開したところ、思わぬヒットになりました。海外にもその土地ならではの「あったらいいな」がたくさんあるはずですし、ある国で開発した商品が別の国のニーズを掘り起こすかもしれません。
アイデアは無限大です。世界中に「小さな池」をたくさん見つけて、これからも成長していきたいです。
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小林製薬社長
1998年小林製薬入社。国内事業の統括責任者を経て、2013年より現職。
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(小林製薬社長 小林 章浩 構成=渡辺一朗)
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