「段ボールの味がする」と酷評されたドミノ・ピザが、米国で「グーグル超え」の急成長を遂げられたワケ
プレジデントオンライン / 2022年8月3日 12時15分
2010年11月4日、ドイツ・ベルリンにあるアメリカのピザチェーンのドミノ・ピザのドイツ1号店で、顧客にピザを手渡すスタッフ。ドミノ・ピザは、11月6日にオープンする1号店で、ドイツ市場への参入を目標としている。 - 写真=dpa/時事通信フォト
■日本人はDXの意味を誤解している
日本国内で「DX」(デジタル・トランスフォーメーション)というキーワードをよく見るようになった。多くの企業がDXに関心を持ち、取り入れようと奮闘している。
しかし、多くの企業がイメージしているDXと、私がイメージしているDXには大きな乖離(かいり)があると感じる時がある。
企業が導入しようとしているDXと呼ばれるもので、例えば「AI」「OCR」「RPA」がある。現場では紙や手動で行っていた業務をIT化し、これまで1日かかっていた作業が10分で終わるようになった。
DXのおかげで効率が上ったという導入事例も多々あるが、これらは単なる業務効率化の一種であり本当のDXではない。
本当のDXとは、それを成し遂げることで企業が大きく成長し、または新たな価値を生み出して株価が大きく上昇。その結果、企業価値が高まることだと思っている。企業価値が何も変わらないものをDXと呼ぶのは違和感しかなく、それはDXではなく単なる効率化だ。
これらを達成し、大きく企業が成長した事例がアメリカにあるので見ていきたい。それは、日本でも人気の宅配ピザチェーン「ドミノ・ピザ」だ。
■GAFAM超えの成長率
「成功しているデジタル企業」と聞いて、真っ先に思い浮かべるのはGAFAM〔Google、Apple、Facebook(Meta)、Amazon、Microsoft〕ではないだろうか。
ニュースで見ない日はないくらい、GAFAMは今や世界の社会インフラを構築していると言える企業集団。私たちの生活はGAFAMに依存しており、その影響力は懸念の対象になるほどだ。
しかし、本稿で取り上げるドミノ・ピザは、この10年でGAFAMを超える成長を果たしていることはあまり知られていないのではないだろうか。
このデータは、ドミノ・ピザやグーグルなどの株価推移を示したものだ。2010年1月時点を基準に相対値で示した。これを見ると、ドミノ・ピザ(青線)が大きく成長していることが分かる。
日本においてドミノ・ピザの株価が議題に上ることはそこまで多くはないが、実はデジタルで大きな成長を遂げ、市場に評価されていた「隠れDX企業」と言えるだろう。
ではドミノ・ピザはどのようにしてこれを成し遂げたのだろうか。
■「ドミノ・ピザのピザ生地は段ボールの味がする」
ドミノ・ピザは1960年創業。アメリカのミシガン州イプシランティの学生街にオープンした小さな店が始まりだ。今では世界中に1万8000店舗以上を展開する巨大宅配ピザサービスチェーンとなり、「焼きたてのピザを注文後30分以内に配達する」という徹底したサービスルールで市場シェアを拡大してきた。
しかしかつて、深刻な危機に直面した。
ドミノ・ピザは2007年ごろから成長が鈍化した。もともとサービスへの評価は業界内でトップクラスであったが、顧客から「ドミノ・ピザのピザ生地は段ボールの味がする」「ピザソースがケチャップの味がする」と酷評され、顧客離れが数字となって表れた。
さらに追い打ちをかけるようにSNSでバイトテロが発生。その投稿が大炎上し、店の評判は一気に下がった。同社の調査資料によると、2009年4月、従業員2名が食材にくしゃみをしたり、おならを吹きかけたり、鼻の穴に入れた食材をピザ生地に混ぜたりした動画をYouTube上に投稿した。
動画はソーシャルメディアなどを通して一気に拡散し、動画が削除されるまでの数日の間で200万回以上再生され、Google検索の「Domino's」では1ページ目に表示される事態になった。
当時のCEO、パトリック・ドイル氏がYouTube上に謝罪動画ビデオを投稿するなどして対応したが、初動の遅れなども影響し、不買運動に似た現象が起きた。その結果、同社のブランドイメージは大きく後退し、株価はわずか1年半で最高値の$33.26から$3.78にまで急落した。
まさにデジタルが引き起こした一瞬の出来事だった。
■顧客との接点を活用したドミノ・ピザ
一連の炎上により、ドミノ・ピザはソーシャルメディアの影響力の高さを痛感した。当時創業4年のYouTubeが、老舗のドミノ・ピザを揺るがしたのだ。
この教訓から、ドミノ・ピザは複数のメディアチャンネルの活用をスタート。Youtubeに投稿された動画「Domino's Pizza Turnaround」では辛辣(しんらつ)な批判コメントが赤裸々に読み上げられた。そして、ドミノ・ピザ社長のパトリック・ドイル氏が「変わるためには(お客様の不満を)認めることが必要なのです」と力説する。批判的な声を隠さず、SNSを使って客の声に耳を傾ける姿勢は好意的に受け入れられたが、信頼を100%回復させるまでには至らなかった。
挽回策は続く。2009年後半から「Oh Yes We Did」というキャンペーンを打ち出し、SNSなどで顧客の意見を取り入れ、創業50年守られ続けてきたレシピを作り変えた。例えば、「ケチャップのようだ」と酷評されていたソースを改良。ガーリック、バジルやオレガノ、唐辛子などの分量も見直した。SNSでその過程を公開し、「ドミノ=マズい」のイメージの刷新を図った。
2010年には「“Show Us Your Pizza”contest」という参加型ソーシャルビデオ戦略を実行した。専用のウェブサイトを立ち上げ、ドミノ・ピザを注文した顧客がドミノ・ピザに対する意見や感想を語ってもらうキャンペーンだ。こうした顧客との接点を持ち続け、不満も批評と絶えず向き合う姿勢は評価を得た。その結果、売り上げは徐々に回復した。
■デジタルでの失敗をデジタルで返す
ドミノ・ピザのDX戦略の最大の特長は、客が携帯電話やパソコンなどのデジタルデバイスで、簡単に素早く注文できる環境を整備することにある。
従来は、電話注文が圧倒的多数だったが、「1回あたりの注文金額は限られているため、注文頻度を増やすことが大幅な売り上げアップにつながる」という考えに基づいて、ドミノ・ピザはネットでスマートに注文の仕組みをいち早く整える。いわゆる顧客接点のデジタル化だ。
2007年、ドミノ・ピザはオンラインとモバイル注文を導入した。2008年には「Domino's Tracker」を発表した。これは客がピザの注文から焼き上がり、配達準備に至るまでの進捗をオンラインで追跡できる業界初のシステムだった。注文の遅れでストレスを抱える客も多く、このシステムが注文体験の向上に大いに貢献することになった。
■業務効率化にとどまらない変革
2010年には最高デジタル責任者を置き、ドミノ・ピザは「テック企業」へのシフトを加速させていった。2013年には、客がお気に入りの注文情報を5クリック(約30秒)で保存できる「ピザプロファイル」を導入。翌年、アプリに音声注文システムを取り入れ、Siriの開発者と協力して「DOM」というピザ注文ロボットを開発した。
このような経過を経て2015年から始まったのが「AnyWare」プログラムだ。客があらゆるチャネル(Twitterや携帯電話のテキストメッセージ、Facebook Messenger、Slackなど)で、素早くピザの注文ができるデジタルプラットフォームを開発した。
顧客はあらかじめアカウントを作成し、注文するピザの種類・支払い方法・届け先を設定しておくと、簡単な操作ですぐにピザの注文が完了できる。例えばメッセージアプリでピザの絵文字を送信して注文することも可能だ(10秒で注文完了)。
特にアプリを開いて10秒待つだけでお気に入り登録したピザの注文が完了するアプリ「Zero Click」はアメリカで高い注目を集めた。
このような革新的アイデアを現実にするため、ドミノ・ピザは「失敗を恥と思わず、学習体験とみなす」という技術会社の考え方を社内に浸透させ、マーケティンググループとITグループが協力し合う体制を整えた。
■株価は2010年から40倍を超える成長
ただデジタルプラットフォームを開発するだけでなく、「ドミノ・ピザは電話して注文するよりも、オンラインで注文する方が楽しい」というイメージ作りも怠らなかった。
Anywareローンチキャンペーンには、業界初のピザ注文ロボットDOMを全国広告として使用。DOMを使った注文に苦労した際には、DOMからの「ごめんなさい」というメッセージつきのカードを送付し、客を驚かせた。
このように、ドミノ・ピザはまるでスタートアップのような戦略を打った結果、売上は2009年のどん底から、2021年までで3倍程度増加。株価は2010年の年初来から現時点で約40倍になった。これは大手IT企業であるGAFAMの株価成長率を大きく上回る結果だ。
海の向こうでドミノ・ピザはDX化に成功し、株価を大きく押し上げた。こうして俯瞰すると、身近な所にチャンスがあることが分かる。
■日本企業が誤解している「本当のDX」
このように、ドミノ・ピザが大きく成長できたのは「本当のDX」を推進してきたからだと言える。
DXを推進していくためにはモダンな開発手法を実行できる体制をつくる必要がある。日本国内では「DX注目企業」とされる多くの企業でも、「DXで業績も株価も圧倒的に上昇している企業」はなかなか存在しない。
では日本企業のDXにはどこか問題があるのだろうか。
日本企業のDXは本当のDXとは言えない、私がそう考える理由はシンプルだ。多くが「業務効率化」だけで終わってしまうからだ。
企業価値を高め、株価を上げ、ユーザーの満足度を重要視し、サービスの継続的な改善をスピーディーに行う、新しいデジタルビジネスを創出することが本当のDXだ。
日本とアメリカではDXに対する考え方が根本的に異なっている。
IPA(独立行政法人・情報処理推進機構)の調査結果によると、「企業変革を推進するためのリーダーにあるべきマインドおよびスキル」について、アメリカでは31.7%の企業が「テクノロジーリテラシー」を重視すると答えた。日本ではわずか9.7%にとどまっている。
その一方で、アメリカ企業では重視されていない「リーダーシップ」「実行力」「コミュニケーション能力」が、日本企業では重視されている。
■日本復活には業務効率化にとどまらない変革が必要だ
最近は日本でもDXが重視されるようになってきた。しかし、DX推進のためにはマインドセットを変えていかなければならない。日本企業で長期的にDXを推進していくためには、IT部門と事業部門がうまく連携を図り、新しい価値を提供する手法を開発する必要が出てくる。
企業内において「開発・デザイナの内製化」「デザイン思考」「DevOps体制」「アジャイル開発」「リーンキャンバス」「SaaS事業を評価するためのユニットエコノミクス」を実行できる体制を作り、シリコンバレーの方式でディスラプトな製品を作ることができれば本当のDXを達成できると確信している。
業界のルールを変えるほどの発明によって、既存の企業価値が一変し、大きく株価を上げ、自社の価値を大きく高めることができるのだ。アメリカではタクシー業界の「Uber」、テレビの概念を変えた「Netflix」が成功事例と言われている。
一方、日本国内ではどうだろうか。企業が破壊的なソリューションを作れたのはほんの一握りに過ぎないのが現状だ。
「自分の事業のことは自分が一番良く知っている」という、この言葉を常に意識して仕事をしている。まずは自分がよく知っている領域をモダンな開発手法によって改善し、それを新規事業にするだけで良いと思う。例えば職人の暗黙知を数値化し、IT化することができれば仕事の仕方そのものが変わる。
日本のDXが、単なる人材不足を補うための効率化にとどまることなく、暗黙知の解消を世の中に広げ、新しい価値を生み出す本当のDXを実現することを願うばかりだ。
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エンジニア、Arent CEO
MUFGのファンドマネージャーとしてビッグデータ解析による株式・債券投資に従事。その後2012年グリー株式会社に転職、2015年に独立し、Arent前身のCFlatに参画。2015年より現職。ソフトウェア開発を通じて建設業界のDX化を進めている。
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(エンジニア、Arent CEO 鴨林 広軌)
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