中国に借金漬けにされ、ロシアに助けを求める…国家破綻したスリランカで起きている"負の連鎖"
プレジデントオンライン / 2022年7月28日 15時15分
2019年11月29日、インドのモディ首相と会談した際の、スリランカのゴタバヤ・ラージャパクサ前大統領(写真=Government of India/GODL-India/Wikimedia Commons)
■中国の手に落ちたスリランカの悲劇
インド半島の先端に浮かぶ島国・スリランカが、経済危機に瀕(ひん)している。
ラニル・ウィクラマシンハ首相は7月5日、議会での演説を通じて「国家の破産」を宣言した。美しい景観から「インド洋の真珠」とも呼ばれ、地政学上の要衝でもある人口2200万の国家は、中国の「債務の罠」に陥り破滅へと向かっている。
スリランカは長引く外貨準備不足で物資の輸入に支障をきたしており、国民生活は大混乱に陥っている。子に食糧を与えようと出がらししか口にしていない親たちや、急ごしらえの売春宿で体を売って食べ物を買う女性たち、そしてガソリンを買うために10日も列に並ぶドライバーなど、悲惨な現状が多く報じられるようになった。
その元凶は、一族支配による悪政と中国への経済依存だ。7月14日に辞任したゴタバヤ・ラージャパクサ前大統領は兄弟で大統領と首相を務め、要職を一族の関係者で固めていた。民主主義国家を標榜する同国にありながら、独裁・腐敗政治の蔓延(まんえん)を招くこととなる。加えて見逃せないのが、中国による籠絡だ。
■「債務の罠」で重要港湾は植民地に
2000年代にインフラ整備を積極的推進したスリランカは、中国などへの対外債務を膨らませた。巨額の返済に行き詰まり、港湾国家構想の中核であった南部ハンバントタ港の運営権を、中国国営企業に99年間供与する事態まで発展している。
この一件は、中国が仕掛ける「債務の罠」の典型的な事例だとして国際的な注目を集めた。中国が途上国に対して多用する手口に、高額なインフラ整備費を厳しい返済条件で貸し付けるものがある。相手国が返済条件に応じられなくなるのを待って、新設したインフラ施設の運営権の譲渡を受ける手法だ。
こうして中国の手に落ちたスリランカのハンバントタ港をめぐっては、事実上の中国の植民地ではないかとする国際的な批判が相次いでいる。
中国は「真珠の首飾り」と呼ばれる海上輸送ルートの確立を試みているとされる。インド西部のパキスタンからスリランカのハンバントタ港を経て、台湾海峡へと至るルートだ。中国の打算的な戦略は、スリランカへの「債務の罠」の成功で見事に実を結んだともいえよう。
■一族支配の悪政が限界を迎えた
港湾構想の中核のひとつを失ったスリランカは、経済・政治面で崖っぷちを歩み続けてきた。そこへ新型コロナにより観光産業が打撃を受け、危機はますます高まってきた。
政策も悪手が続く。2021年4月には突如として化学肥料と農薬の全面輸入禁止を打ち出し、有機農業化への急激な舵を切った。ところが有機肥料の供給が追いつかず、セイロン茶葉など農作物の品質と収量が低下。早くも10月には禁輸撤回に追い込まれている。
迷走する政治と経済に、国民の生活は疲弊している。経済危機を受け、スリランカの主要産業のひとつであるアパレル産業で働く女性たちは、食糧を買う資金を得るために売春宿で働くことを余儀なくされている。
英テレグラフ紙は、NIKEやGAPなど大手多国籍企業向けの製品工場で働く女性たちが、物価高のため副業として体を売っていると報じている。
■生きるために身体を売る女性たち
同紙によると女性たちには、1000スリランカ・ルピー(約380円)ほどの日当が支給される。だが、40%にも達するインフレを前に、こうした賃金は無価値になりつつあるという。
衣料品業界で働く女性の多くは同業界の経験しかもたず、体を売る以外に追加収入を得る術がない。記事が掲載されたのは5月だが、現在ではさらに状況が悪化している。英BBCはスリランカ政府発表のデータをもとに、6月のインフレ率が54.6%に達したと報じている。
薬と食糧を買うため、体を売る女性が目立つようになった。インドの大手コングロマリットが運営するニュースメディア「ファースト・ポスト」は、首都スリジャヤワルダナプラコッテに隣接する旧首都のコロンボで、にわかづくりの売春宿が増加していると報じている。売春宿には研究者からマフィアまで多様な客が集い、彼らを相手にすることで1日で半月分の収入を得ることができるという。
■ガソリン不足で働けず、輸送混乱で物価上昇
食糧以外では、ほぼ輸入に依存している燃料の不足も深刻だ。
ガソリンと軽油を求め、給油所には連日長蛇の列ができている。英BBCは、コロンボでミニバス運転手として働く43歳男性の事例として、給油待ちの列に10日間並んだ事例を取り上げている。車中泊をしながら10日目に給油所にたどり着いたが、それでもタンク満タンの給油はかなわなかったという。
英スカイ・ニュースは、トゥクトゥク(三輪タクシー)で稼ぐある運転手の話を伝えている。燃料不足を受け、この男性は2週間に一度しか操業できない状態だという。妻は妊娠中だが、「彼女のおなかにいる子供にごはんをあげることができていない」とこの男性は唇を噛む。
食糧難に喘(あえ)ぐのは、一部の国民だけではないようだ。シンガポールの国際ニュースメディアであるチャンネル・ニュース・アジアは、世界食糧計画(WFP)による評価として、スリランカの6世帯に5世帯が食べ物を抜くか減らしていると報じている。ある一家は小さな魚を6人の子供に分け与え、大人は残った汁だけで空腹を紛らわせている模様だ。燃料不足で商品の輸送が停滞しており、食品などの価格上昇に歯止めがかからない。
■中国紙は「借金漬け外交」の批判を意に介さず
こうした生活危機は、長年の悪政と中国による「債務の罠」に端を発するものだ。
米外交コラムニストのイシャーン・タルール氏は、米ワシントン・ポスト紙への寄稿を通じ、「しかしスリランカは、中国批評家たちが中国の『債務の罠』外交と呼ぶものに足を踏み入れてしまったのだ」と指摘している。
2020年の債務返済の際、国際通貨基金(IMF)との対話を通じ、緊縮財政と債務整理を推進するという道が残されていた。しかしスリランカは、既存債務の返済に充てるべく、中国がちらつかせた30億ドルの追加融資枠にいとも簡単に飛びついてしまったのだとタルール氏は論じている。
一方で中国側は、このような国際的批判を意に介さない。中国共産党傘下のグローバル・タイムズ紙(環球時報)は7月18日、スリランカ大使が中国による支援が「大いに役立っている」と発言したと報じ、支援は人道的な援助であると強調した。
記事はスリランカ側が政権交代後も「中国との卓越した関係の維持」を望んでいると述べている。また、スリランカ大使による見解として、「否定派たちが債務を中国プロジェクトのせいにするのは、中国バッシングの口実にすぎない」との意見を取り上げた。
■経済危機で高まるロシア依存
中国とのパイプが深まる一方で、ロシア依存も大きな懸案となりつつある。英BBCは、スリランカのゴタバヤ・ラージャパクサ前大統領が辞任の1週間前、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対して燃料輸入に関して支援を要請したと報じている。
報道と前大統領自身のツイートによると、スリランカ側は輸入代金の支払いに関して信用面での支援をプーチン氏に求めた模様だ。スリランカは燃料不足解消のため過去数カ月間でロシアからの燃料輸入を行っているが、今後さらに輸入量を拡大することが予想される。
同記事によるとスリランカ側は、かつて観光客のおよそ20%を占めていたロシア人観光客の再来にも期待感を示しているという。ウクライナ侵攻を発端に国際社会がロシアと距離を置くなか、正反対の動きとなった。
スリランカ側はそもそも、ロシアへの経済制裁に反対の立場を示している。小麦や燃料などのロシアからの輸出が滞ることで、途上国の経済が困窮しているとの主張だ。
インドのPTI通信が報じたところによると、ラニル・ウィクラマシンハ首相は西側諸国に対し、「ウクライナ侵攻に関するロシアへの制裁は、モスクワを屈服させることにはならず、代わりに食糧不足と物価高騰で途上国をひどく傷つけることになるだろう」と発言した。
■悪政が、悪政を招く悪循環
経済危機に陥ったスリランカを、計算高い中国とロシアが虎視眈々(たんたん)とねらっている。
中国に関しては「債務の罠」による借金漬け外交を太平洋諸国やアフリカ諸国に対しても展開しており、もはや返済猶予の代償としてのインフラの乗っ取りは常套手段だ。経済破綻のスリランカも、むしろ筋書きどおりといったところだろう。
政権交代にかかわらず関係の深化を表明しているが、経済援助を完全な人道支援と受け取ることは難しいだろう。現在のスリランカとしては藁(わら)にもすがる思いで飛びつきたいところだろうが、すでに実質的な植民地となった南部ハンバントタ港の悲劇が、国内他所で繰り返されないとも限らない。
ロシアに関してはプーチン政権側から積極的なアプローチがあるわけではないが、ロシア産燃料と観光客の受け入れを積極的に推進するスリランカは、国際社会から孤立するロシア経済にとって渡りに船だ。制裁の影響を緩和すべく、スリランカ経済とのパイプを強める展開が予想される。
急速なインフラ開発による発展を夢みたスリランカだが、中国が仕掛ける債務の罠にとらわれる結果となった。実質的な独裁政治と中国への傾倒が国民生活の破綻をまねき、結果としてさらに中露への依存が深まろうとしている。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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