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貧困と孤独と高年齢化…近年の凶悪事件で顕在化した「氷河期世代」という日本の地雷原

プレジデントオンライン / 2022年7月29日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yamasan

近年起こる凶悪事件の犯人に共通点はあるのか。世代論と郊外論に詳しいカルチャースタディーズ研究所代表の三浦展さんは「1975~1985年に生まれた男性で、いわゆる氷河期世代が目立つ。彼らには、生家は中流だったが、自身は非正規雇用で生活が不安定といった共通点がある」という――。

■氷河期世代の重大事件が続いている

近年、親は中流だが子どもは中流になれない、昔なら中流になれた人が中流から落ちるという背景から生まれたと思われる事件が目立つ。

7月の安倍元首相殺害事件もそうで、思想上の理由はなく、犯人の母親の信仰した宗教団体と安倍元首相との関わりが原因であった。だが、それも教義の問題というより、母の宗教行動により家庭経済が破綻したことが犯人の進路に大きな影響を与えたことが今回の犯行の重要な原因であるらしい。

彼の父は京都大学卒、母は大阪府立大学卒だそうで、学歴だけ見れば「中の上」とも言える家庭である。彼も奈良県の進学校に通っており、成績も良かったようであるから、名のある大学に進学して、親と同様の中流家庭を築ける可能性はかなり高かっただろう。その可能性が母の宗教行動によって完全に閉ざされた、つまり中流階級を維持することが不可能になったわけである。

この事件以前にあった過去数年の大事件を見ると以下のようなものがある(年齢は逮捕時)。

・2016年、神奈川県相模原市の障害者施設やまゆり園で元施設職員の26歳男性(1990年生まれ)が施設に侵入して入所者・職員計19人を殺害した。「障害者には生きる意味がない」と話している。父は教員。本人も途中までは教員志望だった。

・26歳男性(1990年生まれ)がツイッターで自殺希望者を集め、座間市にある自宅アパートで、若者など9名を殺害、バラバラにして部屋に放置。事件は2017年発覚。

・2019年5月、小田急沿線川崎市多摩区内に住む51歳のニート男性(1967年生まれ)が有名私立小学校の親子数名を殺傷。親が離婚し伯父宅で育っており、いとこが入学したのがその小学校だった。

・2019年6月、上記事件を知って、練馬区の元農林水産省事務次官が44歳(推定1975年生まれ)の ニートの息子が同じような事件を起こす前にという理由で息子を殺害。息子は両親に暴力をふるっていた。

・2019年7月、大手アニメーション会社・京都アニメーションが42歳の男性(1978年生まれ)により放火され多数の社員が死亡。男性は少年時代にさいたま市在住。男性は埼玉県庁非常勤職員、コンビニ店員などをしていた。

・2021年8月、小田急沿線川崎市多摩区内在住の36歳男性(推定1985年生まれ)が、小田急線車両内で無差別殺人を狙い、数名が重軽傷。「勝ち組の典型的な女性を殺そうと思った」と供述。青森県出身、中央大学中退、非正規雇用者。

このようにこれらの事件の犯人は、ほぼ中流家庭育ちであると思われるが、家庭に何らかの問題があったケースも少なくなく、自身は非正規雇用者の男性であることが共通している(元農水相事務次官の息子は被害者)。

世代的には安倍元首相事件の山上が1980年生まれ、京都アニメ事件犯人が78年生まれと同世代であり、2008年の秋葉原無差別殺傷事件犯人(82年生まれ。22年7月死刑執行)、神戸市須磨区での児童殺傷事件の犯人(82年生まれ)とも同世代である。少し広めにとれば元農水省の息子や小田急線車内殺人未遂事件の犯人もほぼ同世代であり、1975年から85年生まれである(※)。ほぼいわゆる就職氷河期世代、ロスジェネ世代に当たる。

※就職氷河期世代…1993年から2005年に就職した世代で、高卒の場合は1975〜1985年生まれ、大卒は1970〜1980年生まれを指す

■犯罪の地理的偏在…首都圏は小田急線沿線、関西圏は国道24号線沿線

地理的には、首都圏の事件は小田急沿線郊外で目立ち、関西圏では安倍元首相殺害事件、京都アニメ事件は国道24号線沿線である。安倍元首相殺害事件の山上容疑者は奈良市内で育ち、高校は近鉄橿原線の大和郡山市。大学はお金がなくて行けなかった。事件当時は近鉄奈良線の新大宮駅周辺に住み、事件が起きたのは奈良線と橿原線が交わる大和西大寺駅である。その2つの駅の間を24号線が走っている。

国道24号線沿線や近鉄沿線はこれまでにも大事件が多かった地域であり、2004年には京都市伏見区で小学生殺害事件(通称てるくはのる事件。犯人は無職、1978年生まれ)、奈良市で小学1年生女子連れ殺害遺棄事件(犯人は1968年生まれ)が起こっている。連れ去りは近鉄奈良線・富雄駅近く、遺棄場所は近鉄生駒線・平群駅近くの新興住宅地の造成地であった。このようにこれらの事件の現場は、いずれも近鉄沿線の大阪、京都への通勤圏の郊外地域である。

■困った時に相談できるコミュニティーがない

古い資料だが1992年版の「警察白書」では過去20年間犯罪が増加している地域は、人口増加率はそれほどでもないが核家族化により世帯数が急増した地域であり、また新たに急増した世帯が多く住むのは従来田畑であった周辺地域に新市街地であるが、新市街地は一箇所に集中せず、市内各地に点在しており、住民の地域社会への結びつきが希薄であることが、犯罪増加の背景ではないかと分析している

それらの地域は自動車社会であり、人々の活動範囲が飛躍的に拡大し、短時間で警察所管区域や県境を越えて移動することが容易であるため犯罪の捕捉が難しいとも言う。そうした現象の典型的な地域として挙げられているのが、関東では北関東、関西では24号線沿線などの京阪奈地域であった(拙著『ファスト風土化する日本』参照)。

郊外の住宅街と車道
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kokouu

そうした地域に生まれ育つと犯罪者になりやすいのではない。

だが、それらの新興住宅地では、困ったときに気軽に近所の人などに相談できるとか、住民同士が助け合うなどといったコミュニティー性が弱く、悩みがあっても家族、親族の中でしか解決できないという可能性はある。もちろんそれは新興住宅地に限らず現代の日本全体の問題であるが、言い換えると日本全体が伝統的な地域共同体から離れて新興住宅地になったのである。

■中流というメッキが剝がれた地域

これらの郊外に育った少年たちの中に、長じて氷河期世代と呼ばれる世代が多くいたかは本稿では詳しく検証する時間がない。だがおそらくは1980年代に人口が増えた地域であり、1980年前後の氷河期世代が多く生まれ育った可能性はある。

たとえば大和郡山市の人口は1965年には45462人だったが85年には89051人、95年には95761人、その後人口は増えず、むしろ漸減して、2021年には85308人と85年よりも減っている。

1980年代に一気に中流階級風の郊外住宅地になったが、バブルが弾け、失われた30年の間に中流というメッキが剝れた地域であるとは言えまいか。親が下流から中流に上昇できたのに、子どもは中流から下流に転落することが多い地域なのではないかという仮説を立てて今後詳しく検証をする意味はありそうだ。

■つながりが絶たれた若い世代を襲う深刻な「孤独」問題

これらの犯罪の共通性を考えたり、最近の子どもの自殺の増加などを見ると、この20年ほどの間に日本では「つながりを絶たれた」人たちが若い世代で増えたのだと思える。

昔なら家族、地域社会、学校、会社などにいや応もなくつなぎ留められていた人間が、そのどれともつながらないというケースが増えたのだ。特に結婚しない人、正社員でない人が増えたことは社会の孤独度を助長する

渋谷スクランブル交差点で信号を待つ男性の後ろ姿
写真=iStock.com/AH86
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AH86

三菱総合研究所の調査「生活者市場予測システム」2021年版で氷河期世代の男性の孤独度を見ると、35〜39歳の単独世帯では孤独を感じる人が35%だが、夫婦のみ世帯では9%しかなく、夫婦と子どもの世帯では16%と差が大きい。

配偶関係別では35〜39歳の未婚では孤独を感じる人が29%だが既婚では12%、離別では39%であり、既婚と未婚・離別の差が非常に大きい。40〜44歳でも未婚では29%だが既婚は13%、離別は37%である。

年収別では35〜39歳の200万円未満では孤独を感じる人が28%だが600〜800万円では16%である。

就業形態別では35〜39歳の正規雇用者では孤独を感じる人が19%、公務員では13%なのに、派遣社員では50%、パート・アルバイトでは28%、嘱託・契約では25%である。

また家族とのコミュニケーションへの満足度別では40〜44歳で「不満」な人は孤独を感じる人が53%もあり、「満足」な人の10%と大きな差がある。

■結婚は孤独の解消に有効だが…

このように、結婚して夫婦、家族がうまくいくことは孤独を減らし、そうでないと孤独が増える。そして結婚をするためには男性は平均以上の安定した年収が求められる。そのため正規雇用であることが求められる。だからそうではない男性には孤独感を増していくしかない。性格が良い、人間性が素晴らしいからといって、以上のような諸条件を満たさない限り、恋人にはなれても結婚は難しいのである。

私としては、男性だからという理由で安定した経済力を期待されるのはジェンダー論的には男性差別だと思う。だから安定した経済力ではない部分で男性が評価をされる価値観が社会に広がるべきだと思うが、現実にはなかなか時間がかかるであろう。

山上容疑者も、他のさまざまな事件の容疑者・犯人も、犯罪を実行する根本的背景には経済的困難がある。安倍元首相への直接的な恨みがあったわけでもない。安倍元首相が山上容疑者の母の信仰する宗教団体と深く関係していたことが引き金になったに過ぎない。別の政治家なり個人が深い関係にあれば、彼が狙われたということである。

また宗教を信じても、信じたおかげで裕福になれるなら、こんな犯罪は起きないだろう。他方、仮にアベノミクスがどんなに成功したとしても、財産を投げ打ち破産する家庭までを救うこともできなかっただろう。

■学費軽減などの経済支援策とコミュニティー再生が急務

行政としては、孤独の問題を一人暮らしの高齢者の問題としてだけ捉えるのではなく、中年になった氷河期世代、さらに将来の中年予備軍である若者世代にも目を向けて、孤独を軽減する横断的な政策を立案すべきだ。

妙案はないものの、最も重要なのは学費の軽減などの経済支援であろう。無償化は無理でも半額にするなどの施策は、防衛費増強の予算を教育に振り向ければある程度可能である。学ぶ意欲と能力のある若者がそれに見合う教育を安価で受けられることは、安定した収入を確実にするために必須である。

教室で勉強する学生たち
写真=iStock.com/D76MasahiroIKEDA
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/D76MasahiroIKEDA

家庭に何らかの事情があって、それが間接的に犯罪を助長するケースも少なくないとすれば、現在の青少年については地域社会の中で彼らに居場所を確保するという対策が必要になるだろう。

■打つ手はなくなりつつある

ただし40歳前後になってしまうと現実には孤立化が進むばかりで、地域の居場所に取り込み、悩みを相談できるようにするということはかなり難しい。

もちろん多様な居場所づくりの可能性はあるので希望は捨てないほうがよい。だが行政が直接居場所づくりを行う場合や行政の規定に従って行う場合は、活動が制約され、臨機応変な活動ができなくなる。子ども食堂の現状を見ても、NPOなどにせずに、あくまで任意団体として自由に活動した方が、地域やそれぞれの青少年に即した支援ができるという声も実際に子ども食堂を運営している人から聞いたことがある。さもありなんと思う。市民の力に頼ったほうがうまくいくらしいのである(拙著『永続孤独社会』参照)。

三浦展『永続孤独社会 分断か、つながりか?』(朝日新書)
三浦展『永続孤独社会 分断か、つながりか?』(朝日新書)

そうした対策をしないままだと、日本人の中の格差拡大、分断が進み、国力が低下することは間違いない。

下流化した国民は必ずしも反政府的・反社会的な動きはとらず、政治への諦めの中で無気力化すると思われるからである。ただし今回の安倍元首相殺害事件には一定の政治性があることから、今後それらの動きが増えないとは言い切れない。

安倍氏は下流の男性にも約4割の人から評価をされており、評価をしない人との差はほとんどない(拙著『大下流国家』参照)。そのことが反政府的・反社会的な動きを抑えていたと思われるが、過去3年だけでも上述のような事件が起きたことを考えると、国民的な人気がない政治家が首長になった場合や何らかの危機的な社会状況が訪れたときには、それらの動きが頻出する可能性はあるだろう。

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三浦 展(みうら・あつし)
社会デザイン研究者/カルチャースタディーズ研究所代表
1958年生まれ。82年、パルコ入社。86年からマーケティング誌『アクロス』編集長。三菱総合研究所を経て99年、カルチャースタディーズ研究所設立。消費社会研究家として消費・都市・社会を予測、大手企業や都市・住宅政策などへの助言を行う。

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(社会デザイン研究者/カルチャースタディーズ研究所代表 三浦 展)

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