比例票では野党第1党となったが…維新が「政権交代の選択肢」として浮上しきれない根本原因
プレジデントオンライン / 2022年8月2日 12時15分
■一発の銃弾が参院選以上に政治に影響力を持とうとしている
安倍晋三元首相が選挙演説中に銃撃され亡くなる(7月8日)という衝撃的な事実を前にして、参院選(同10日投開票)の結果について語る気持ちがなかなか起こらない。あってはならない事件であることは言うまでもないが、この凶行の結果、参院選の結果以上に「安倍氏の突然の不在」が今後の政治に大きな影響を及ぼしかねないことがやりきれない。
民意の反映である参院選の結果以上に、有力政治家の命を奪った一発の銃弾の方が政治の動きに影響力を持とうとしている。容疑者の犯行の動機のいかんにかかわらず、この1点だけを見ても、事件は間違いなく民主主義を毀損(きそん)しているのだ。
そうは言っても、現実に参院選は終わった。ともかく、今回の参院選が、特に野党陣営に与える影響について、思うところを記したい。
■今回の参院選は立憲対維新の準決勝だった
衆院選と参院選の選挙制度は、似ているようで違う。衆院の選挙区はすべて定数1の小選挙区だが、参院には複数区が存在する。衆院の比例代表は全国11ブロックに分かれているが、参院は全国1区だ。そのため、参院選では衆院選に比べ、中小政党が当選しやすい。れいわ新選組やNHK党、参政党といった新興の小政党が注目されるのが必ず参院選であることも、こういう選挙制度の違いが背景にある。
参院選は、単なる与野党対決だけでなく「野党間競争」の側面を持ちやすい。特に、衆院で野党の中核となる政党がしっかりと確立していない「野党多弱」の状態にある時は、野党の中核ポジションをどの野党が取るか、という競争が発生することになる。
今回の参院選は、野党第1党の立憲民主党と、第2党の日本維新の会が「次期衆院選で自民党と政権を争う相手にふさわしいのはどちらか」を争う準決勝のような位置付けがあった。立憲は昨秋の衆院選で公示前議席を下回り、維新は大きく伸ばしている。攻め上がる側の維新には、明確に「いずれ立憲に取って代わる」という意識があった。
■なぜ「維新の勝利」をあおる空気が強くならなかったのか
選挙結果はご承知の通りである。立憲は17議席と改選議席を6議席減らし、維新は12議席を得て改選6議席を倍増させた。比例の得票では維新が立憲を上回った。前回衆院選からのトレンドは続いているようにも見える。
ところが、政界全体にも、当の維新の側にも、そんな高揚感はみられない。「勝利」を強調できる局面なのに、松井一郎代表(大阪市長)は10日夜、開票結果を見届けることなく辞意を表明した。
筆者は、維新が比例で立憲を上回れば、衆院選以降「維新上げ、立憲下げ」をあおり続けてきたメディアが「維新圧勝!」を騒ぎ立て、次の衆院選に向けた有権者心理に影響する可能性を想像していたが、こうした勝利をあおる空気も、さほど強いものにはならなかった。維新上げの傾向が強い朝日新聞さえ、投開票日翌日の11日朝刊では「議席増でも『力不足』」と指摘した。
■「比例で野党第1党」も選挙区で伸び悩み
維新に勝利感が生まれなかったのは、選挙区での伸びを欠いたためだろう。選挙区で議席を得たのは大阪2、兵庫1、神奈川1の四つだけ。2019年の前回参院選では議席を得た東京でも、今回は議席を得られなかった。
致命的だったのは、維新が最重点選挙区と位置付けていた京都で、立憲との「直接対決」に敗れたことだ。
維新はこの選挙で、立憲の福山哲郎前幹事長の追い落としに全力を挙げた。維新は先の衆院選で、立憲の辻元清美前副代表に選挙区で勝ち、落選に追い込んだ「成功体験」がある。辻元氏と同様に立憲を代表する存在の福山氏を参院選で落選させることで「維新が立憲に取って代わる感」を演出する狙いがあった。
維新はそれまで立憲と共闘していた国民民主党の推薦を取り付け、立憲からの支持の引き剝がしに成功するとともに、選挙戦では松井氏や吉村洋文副代表(大阪府知事)が連日のように京都入りした。まさに総力戦だった。それでも勝てなかった(ちなみに辻元氏は、この参院選で比例で当選し国政復帰を果たした)。
選挙区における勝敗は、比例票の勝敗より、はるかに強い印象を与える。「近畿以外で勝てなかった」「京都で立憲とのガチンコ勝負に負けた」。こうした事実が「比例で野党第1党」のプラスイメージを打ち消した。
■維新は「インディーズ政党」の域を出ていない
今回の参院選での維新の戦いに感じた印象はこうだ。維新は政党として十分な基礎体力を持たない「インディーズ政党」のまま、自分の存在を無理やり実態より大きく見せて、有権者に「政権を担える政党」への幻想を抱かせようとしたが、選挙区での伸び悩みでその幻想はいったんしぼんだのだと。
野党第1党とは「政権交代の選択肢」となるべき存在であり、その他の中小政党とは決定的に役割が違う。そして、まともな野党第1党となるための最低条件は、地域に根を張った「地力」を蓄えることだ。党の地方組織や党員、自治体議員の数を質量ともにそろえ、彼らに支えられながら、地元に根差した選挙区の国会議員を増やすことである。
野党が自民党の一強状態を崩せないのは、こうした地力をつけた政党が一つもないからだ。立憲が先の衆院選で接戦の小選挙区を勝ちきれなかったのは、こうした地力のなさによるものだし、維新は大阪でこそ確固たる地力があるとはいえ、その他の地域では、メディアに乗ることで存在が認知されているに過ぎない。やや極端な言い方をすれば、れいわなどと同じ「インディーズ政党」の域を出ていないのだ。
そんな維新が1度の衆院選で議席を大きく増やしたからといって、いきなり「インディーズ政党」の状態を脱し、政権を目指せる政党に飛躍できるはずがない。自民党から選挙で政権を奪った唯一の存在である民主党も、1996年の旧民主党結党から政権交代までに5回の衆院選を戦っている。
■既成政党に飽き足らない層の「ふわっとした」票を集めただけ
維新が本当に「政権交代の選択肢」となることを望むなら、参院選では比例で勝つ以上に、選挙区で勝ち、地元の国会議員を多く誕生させ、来年の統一地方選に向けた拠点とすることが必要だった。
しかし、参院選における維新の比例票の集め方は結局、インディーズ政党的な手法から脱却していなかった。「身を切る改革」といったキャッチフレーズと、行政の長を兼ねている松井氏や吉村氏の「顔」を空中戦で売り込んで、既成政党に飽き足らない層のふわっとした票をかき集める、というやり方だ。率直に言ってれいわや、今回注目された参政党などの集票活動と、あまり違いを感じることはできなかった。
だから維新は選挙区で結果が出なかったのだと思う。大阪、兵庫以外で勝ったのが元知事を擁立した神奈川だけ、というのは、維新が政権を目指せる政党どころか、その前段である「全国政党」への道がなお遠いことを、全国に示すことになった。
維新が「次の野党第1党に?」とメディアにもてはやされたのは、昨秋の衆院選の「議席4倍増」のせいだろう。しかし、繰り返し指摘しているが、維新はその前の2017年衆院選で、突如現れた希望の党に支持層を食われて議席を激減させている。昨年の衆院選は、希望の党の消滅によって、失った議席を回復したに過ぎない。
メディアはそれを分かっていながら「大躍進」「立憲に代わって野党第1党を目指す」と、実態を大きく膨らませて維新への期待感をあおった。その効果もあって、維新は確かに比例で伸びたが、選挙区では結果を出せなかった。
■地力のない維新の続伸はかなり厳しい
参院選が終わっても、メディアの援護射撃もあって、短期的には維新の勢いが演出されるかもしれない。しかし、中長期的に見て、維新が今後伸びていくのは、正直かなり厳しいのではないかとみている。
国会が始まれば、リアルパワーは結局のところ議席だ。衆院でも参院でも、維新の議席数は野党第1党の立憲の約半分。与野党の幹事長会談や国対委員長会談でも、野党を代表するのは第1党の立憲である。少なくとも次の衆院選までに、維新が主導権を握って野党の中核となる構図を作ることは、極めて難しいだろう。
維新は存在感を示すため「第三極」として自民党と立憲を等距離に叩き続けることになる。これも度々指摘しているように、維新と立憲では目指す社会像が真逆であり、決して共闘はできないからだ。
しかし、次に控えるのは小選挙区主体の衆院選だ。参院選と異なり、政界は好むと好まざるとにかかわらず、与野党の二大政治勢力に収斂されていく。維新の党内で「野党として自民党に対峙(たいじ)する」か「立憲を叩くために自民党に近づくことも厭わない」かの路線対立が生じる可能性も否定できない(何しろ維新は岸田内閣の不信任決議案に反対するという、野党にあるまじき行動に出た経緯がある)。
実際に政界では、保守系の第三極政党が路線をめぐって対立し、時に党分裂に至ったケースが、過去にいくつもあった。
■国民民主との連携強化はもろ刃の剣
こうした状況を乗り越えるには、維新は時間をかけてでも、前述したような党の地力をつけるべく地道な努力を続けるしかない。だが、実のところこちらも厳しい。
維新の党員数は約2万人と言われるが、地力のなさを指摘される立憲の党員数約10万人(協力党員を含む)の、さらに約5分の1しかない。連合のような全国規模の支持組織もない。維新がこの状態から立憲をしのぐ「地力」をつけるのは、並大抵のことではない。
維新が手っ取り早く全国的な支持組織を得たいなら、国民民主党との連携を強化し、連合内の民間労組を味方につけるくらいしか思いつかない。だが、これをやれば連合は確実に組織の分裂を生むだけに、簡単に乗れるとは思えない。現に参院選の京都選挙区は、この方法を試みて失敗したとも言えるのだ。
こう考えると、筆者はメディアが騒ぐほど、今後の維新に明るい材料を見ることはできないのだが、果たしてどうだろうか。8月下旬に行われるという、松井氏の後任を選ぶ代表選で、どんな議論が交わされるのか。同月に出されるという立憲の参院選総括と併せて見守りたい。
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ジャーナリスト
福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長などを経て、現在はフリーで活動している。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)。
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(ジャーナリスト 尾中 香尚里)
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