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アメリカは「1分け2敗」、日本は「4勝0敗」…元自衛隊陸将が解説する大東亜戦争の"意外な勝敗"

プレジデントオンライン / 2022年8月4日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Arseniy45

中国が台湾に侵攻した場合、アメリカはどう動くのか。元自衛隊陸将の小川清史さんは「アメリカは大東亜戦争で勝利したが、目的達成で考えると1分け2敗だった。このように、アメリカには勝ちを求めすぎて本来の目的を見失う悪い癖がある」という。防衛問題研究家の桜林美佐さんや元海将・空将との共著『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析』(ワニブックス)より、一部を紹介する――。

■アメリカが「曖昧」だったら侵攻は起きなかったかもしれない

【桜林美佐】ウクライナ情勢が台湾に及ぼす影響についておうかがいしたいと思います。

今回のウクライナ侵攻を受けて、アメリカの高官が立て続けに台湾を訪問したり、4月初旬にはナンシー・ペロシ下院議長も訪台を発表(コロナ陽性で一度中止し、8月に実施)したりするなど、アメリカ国内でも台湾問題への懸念が強まっているよう見受けられます。

これまで「戦略的曖昧さ」(政府が外交政策の側面について、意図的に曖昧にすること。諸外国と自国の政策目標が相反する場合や、抑止政策におけるリスク回避に有効)を保ってきたものが、かなり旗幟(きし)鮮明になってきたということでしょうか。

【伊藤俊幸(元海将)】消極的と積極的、どっちの「曖昧」を選ぶのが効果的か、という話ですね。今回の戦争にしても、おそらくはバイデン大統領が「ウクライナには軍事介入しない」と明確にしてしまったがゆえに起きたロシアの侵略でしょう。「アメリカが軍事介入するかしないかは、私(大統領)の指示ひとつで決まるぞ。やるかやらないかわからないけど、よく考えて行動しろよ」などと「曖昧」にしてロシアを脅しておけば、また違う結果になったのかもしれません。

トランプ前大統領であれば、きっとそのような対応をしたのではないかと言われています。

おそらく今のアメリカは、「我々はパートナーとしての台湾を見捨てませんよ」という態度を示しているのでしょう。ウクライナはある意味、一度見捨てられたようなイメージがついてしまっています。台湾に対しては、その部分の信頼を取り戻すべく動いているのではないでしょうか。

今回のウクライナ問題で、NATOの「同盟国」と「パートナー国」では、その扱いが全く違うことが明らかになりました(ウクライナはNATOのパートナー国)。それを踏まえると、台湾もアメリカの「パートナー国」でしかありません。だから、アメリカは、「パートナー国のサポートも決して怠らない」というメッセージも兼ねて、現在の台湾との関係を示していると考えられます。

■バイデン大統領は台湾防衛の意思を示すべきか

【桜林】この台湾に対する動きは、アメリカ国内でもけっこう反響が大きかったのでしょうか?

【小野田治(元空将)】台湾に関しては、ウクライナ侵攻以前から同様の動きはあったように思います。特にここ5年から10年ぐらい。

【伊藤(海)】中国とのトラブルがあってからですね。

中国と台湾の緊張の高まりと紛争イメージ
写真=iStock.com/Tanaonte
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tanaonte

【小野田(空)】アメリカでは現在、リベラルな識者の中にさえ「もはや戦略的曖昧性が大した意味をなさなくなっている。はっきりと台湾防衛の意思を示さなければ中国を抑止できない」といった声が大きくなっているのは事実です。しかし、私個人としては、その意見には疑問を覚えます。

たとえば、中国はAUKUS(米英豪安全保障協力)やQUAD(日米豪印戦略対話)を指して、「中国を包囲し、封じ込めるための仕組みだ」というようなことを言っているし、実際そう考えていると思います。こうした安全保障の枠組みがどんどんできていくことが、中国にとってはちょうどロシアにとっての「NATOの東方拡大」のように映るわけです。

それに加えて、「台湾は自国の一部だ」と主張する中国に対し、アメリカが戦略的曖昧性から一歩踏み出して「何かあったら台湾を守る」などと明言してしまうのが、本当に抑止として賢いアイデアなのか、ということです。

私としては「戦略的曖昧さを捨てるべきだ」という意見には賛同しかねます。ただし、「AUKUSやQUADが危険だからやめろ」と言っているのではありません。もちろん、各国の安全保障もいろいろな形で確立させていく必要のあることです。抑止を高めるために重要なのは、そこでどのような協議がなされ、各国の協定がどのように進もうとしているのかを、中国に対してきちんと開示していくという取り組みだろうと思います。

【桜林】一方で、インドなどは、良くも悪くも「曖昧さ」を貫いている感じがあります。

【伊藤(海)】しょうがないでしょう、あれは(笑)。

【桜林】インドが中立的な立場を貫く(※)のは、織り込み済みなところもありましたけどね。

※ インドは、日・米・豪とともにQUADの連携国であり、アメリカは今回の対ロ戦略においてもインドを重要視している。しかし、インドはウクライナ侵攻問題を受けて、ロシア側にもNATO側にも中立的立場を貫いている。こうしたインドの立場については、インドが軍事力をロシアに大きく依存しているという指摘や、中国の脅威に対抗する上でロシアを必要としているとの見方もある。

■台湾軍はアメリカ軍と一緒に戦うつもりはない

【伊藤(海)】台湾の話に戻りますが、実は台湾軍は、有事の際には自力で戦うつもりでいます。だから、アメリカにはむしろ曖昧でいてもらった方がやりやすいわけです。アメリカに「一緒に戦う」と歩み寄られても、台湾軍自体にはその気がない。そこが一般的なイメージとはちょっと違っていて、巷(ちまた)の台湾有事の議論ともズレがある。

【桜林】「アメリカはいつも判断を間違える」などとよく言われますが、その点はいかがでしょうか。

【伊藤(海)】しょっちゅう(笑)。

【小川清史(元陸将)】結局、エンドステートがずれてしまうんでしょう。“勝ち”にあまりにこだわりすぎてしまうあまりに。

【伊藤(海)】そう。政治的な目的が達せられないと意味がないのに。

■アメリカ人は「自分たちに戦略がない」と自覚している

【桜林】その時の正義感や気持ちに突き動かされてしまうようなところがあるんですね。

【小野田(空)】ちょっと嫌味な言い方になってしまいますが、アメリカ人ほど、「ストラテジー(戦略)」という言葉をよく使う人たちはいません。それはアメリカが「自分たちに戦略がない」ということをよく自覚しているからだと思います。

今回のウクライナ侵攻との関連でも「バイデン政権の戦略は間違いだ」、「バイデン政権には台湾防衛の戦略がない」といったことを、様々な識者が発言していました。しかし、むやみやたらに「戦略」と言いながら、本当にその意味をわかって使っているのかな、という感じがしますよね。

【小川(陸)】陸軍に関して言うと、南北戦争(1861~1865年)時代までの米陸軍は、ジョミニ(アントワーヌ゠アンリ・ジョミニ:スイス出身の軍人、軍事学者。フランス第一帝政、のちにロシア帝国に仕えナポレオン戦争に参加。1838年の著書『戦争概論』で知られる)の本をみんなこぞってポケットに入れて、ジョミニを参考にして戦っていました。ベトナム戦争が終わった頃からは、クラウゼヴィッツを学ぼうとする米陸軍の姿勢が鮮明となりその教えの影響が大きくなっていきました。

■国家が何を得るためか、から組み上げるのが「作戦術」

ジョミニの本はどちらかと言えば「How to Win」、すごくざっくり表現すると戦争のノウハウ本に近いものです。

それに対してクラウゼヴィッツは、「そもそも戦争とは何か」という本質的な考察から始まっていますから、勝てば良いというよりも、戦争とは何かをしっかりと理解することが先決です。その上で、現代風に言い換えれば、戦争をするとすれば国家として何を得るために行うのかとの政戦略を確立して、軍事戦略、作戦術、戦術を体系的に組み上げて戦うべきであるとの主張(クラウゼヴィッツは「作戦術」という用語を使用していないものの、現在の米を中心とする研究者の間では『戦争論』で述べている「戦略」のほとんどは現在の「作戦術」の概念に相当すると評価)だと思います。

しかし、ある英語の本(『CLAUSEWITZ IN ENGLISH』1994 by Oxford University Press, Inc)には、「クラウゼヴィッツが英語に翻訳されたのが南北戦争後の1870年代以降であり、(『戦争論』の研究で知られるアメリカの歴史学者ピーター・パレットにより)米国で広く行き渡り始めたのが1965年だった」という記述がありました。その結果、アメリカには伝統的にも消耗戦に向かってしまう、勝ちに行ってしまう、という“癖”のようなものがどこか残っているような気がします。

■戦争目的の達成度でアメリカと日本を比較すると…

【桜林】戦争の目的を達成するよりも、制圧した場所に旗を立てることを重視してしまうイメージでしょうか。

【小川(陸)】大東亜戦争(1941~1945年)を例にあげると、アメリカの主な戦争目的は「中国の市場を獲得したい」「フィリピンの植民地を保持したい」それから、「ヨーロッパ正面をドイツの好きにさせない」という3つほどでしょう。

それを評価すると、フランスがドイツに完敗したヨーロッパ正面については、せいぜい引き分け程度。残り2つの目的は達成できていません。つまり、アメリカの目標達成は1分け2敗です。戦争に勝ちにいった結果でそうなってしまった。

一方で日本が目的としたのは、「ロシアの南下を止めたい」、これは江戸時代から変わりません。次に「植民地を解放したい」と「自由貿易体制の確立(ポツダム宣言にも記述あり)」、これは資源がない日本にとっての活路です。そして「民族間の差別撤廃(ヴェルサイユ条約に記述を主張するも却下)」の大きく4つだったのでしょう。

実はこれらの目標は大東亜戦争以降にほぼ達成しているんです、結果的に。つまり、日本の目的達成としては4勝0敗です。

この大東亜戦争における日米比較が「勝ちを求めると本来の目的がどこかに行ってしまう」の事例ではないでしょうか。

■「戦争や作戦の目的」を分析する視点を持つことが大切

これはユングの言う「集合的無意識論」(個人の無意識のさらに奥深くには、同じ種族や民族、人類などのより大きな集団レベルに共通して伝わってきた無意識があるという考え方)にも近いと思いますが、偶然や幸運に恵まれたことは大いにあるでしょうが日本はそういった目的を常に考えて実際の外交政策で結果を残して来たことになるのでしょう。

小川清史・伊藤俊幸・小野田治・桜林美佐『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析』(ワニブックス)
小川清史・伊藤俊幸・小野田治・桜林美佐『陸・海・空 軍人によるウクライナ侵攻分析』(ワニブックス)

戦争に負けて、失ったものも当然多くありましたが、戦争時に考えていた目標(「大東亜を英米から解放、人種差別を撤廃」などを盛り込んだ「大東亜共同宣言」を大東亜の諸国家会議[1943年11月]で共同発表。一方、英米は2国のみで大西洋憲章を発表)は、実は戦後に偶然のように達成されているのです。

【伊藤(海)】経済的には実際に「大東亜共栄圏」を作っちゃったしね。ハワイは日本だから(笑)。

【桜林】そういうコンセンサスが、きちんと形になっていたかどうかは別にして、目的を実現してきたのは事実ですね。

【伊藤(海)】明言できたかどうかは別にして、それに似たような目的はあったんだと思う。

【桜林】「その戦争や作戦がいったい何を目的としたものであるのか」という分析の視点を持つことがやはり大切だということですよね。

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桜林 美佐(さくらばやし・みさ)
防衛問題研究家
1970年生まれ。東京都出身。防衛・安全保障問題を研究・執筆。防衛省「防衛生産・技術基盤研究会」、内閣府「災害時多目的船に関する検討会」委員、防衛省「防衛問題を語る懇談会」メンバー等歴任。安全保障懇話会理事。国家基本問題研究所客員研究員。防衛整備基盤協会評議員。著書に、『日本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東日本大震災』(産経新聞出版)、『自衛隊と防衛産業』(並木書房)など多数。

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小川 清史(おがわ・きよし)
元自衛隊陸将
1960年生まれ。徳島県出身。主要職歴(自衛隊):第8普通科連隊長兼米子駐屯地司令、自衛隊東京地方協力本部長、陸上幕僚監部装備部長、第6師団長、陸上自衛隊幹部学校長、西部方面総監(最終補職)。退職時の階級は「陸将」。現在、日本安全保障戦略研究所上席研究員。

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小野田 治(おのだ・おさむ)
元自衛隊空将
1954年生まれ。神奈川県横浜市出身。主要職歴(自衛隊):航空幕僚監部防衛課長、第3補給処長、第7航空団司令兼百里基地司令、航空幕僚監部人事教育部長、西部航空方面隊司令官、航空教育集団司令官(最終補職)。退職時の階級は「空将」。ハーバード大学シニア・フェロー。東芝インフラシステムズ顧問。日本安全保障戦略研究所上席研究員。平和・安全保障研究所理事。コールサイン「Axe」。

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伊藤 俊幸(いとう・としゆき)
元自衛隊海将
1958年生まれ。愛知県名古屋市出身。主要職歴(自衛隊):潜水艦はやしお艦長、在米国防衛駐在官、海幕情報課長、情報本部情報官、海幕指揮通信情報部長、第二術科学校長、統合幕僚学校長を経て、海上自衛隊呉地方総監(最終補職)。退職時の階級は「海将」。金沢工業大学大学院(虎ノ門キャンパス)教授(専門:リスクマネジメント、リーダーシップ・フォロワーシップ)。日本戦略研究フォーラム政策提言委員、日本安全保障・危機管理学会理事、全国防衛協会連合会常任理事。

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(防衛問題研究家 桜林 美佐、元自衛隊陸将 小川 清史、元自衛隊空将 小野田 治、元自衛隊海将 伊藤 俊幸)

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