日本人には想像できない"常識"がある…一晩で中国市場を失った「ドルガバ炎上事件」の教訓
プレジデントオンライン / 2022年8月5日 9時15分
※本稿は久保山浩気・川崎訓『ブランドカルチャライズ』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■まず押さえておきたいのは「伝統・文化・宗教」
海外の消費者を理解するには、まずは「伝統・文化・宗教」「ライフコース」「世代論」の3つを押さえる必要があります。
1つ目の「伝統・文化・宗教」は、その土地に長く根づくものです。
そのうちの宗教は、日本では普段あまり意識することはありませんが、海外では生活と密接に関わっていることも少なくありません。人々の生活習慣や考え方の基礎になるものとして、ほかの2つにも影響をおよぼしているので、「伝統・文化・宗教」の点はまず大枠をつかみたいところです。
世界的に文化の多様性を重視し、尊重する動きが高まる中、各国の伝統や文化の理解はマーケティングを成功させるだけでなく、致命的な失敗を避ける上でも必須になります。
■中国文化の無理解が招いたドルガバの炎上
文化への無理解が生んだ例として、2018年に中国で炎上したのは「ドルガバ」として知られる、イタリアのファッションブランド、ドルチェ&ガッバーナです。
なぜこれほど世界的なブランドが、炎上してしまったのか。
それは上海のファッションショーに先立ち、インスタグラムで公開されたプロモーション動画が原因でした。
その動画は、中国人のモデルが中国の食文化である箸を使い、イタリアの伝統的な料理をどのように食べるかを指南するような内容でした。
しかし、映像で示される箸の使い方は決して上品とは言えず、ナレーションもそのモデルの姿を馬鹿にしているようにも感じられるものでした。これが中国の文化を「侮辱している」と現地で捉えられたのです。
動画が発表されてから中国内外で徐々に批判が高まっていましたが、さらに言い訳が成り立たないような事態が起こってしまいました。ドルガバのデザイナーがSNSで、中国を馬鹿にしたような発言をしていたことが発覚したのです。
それにより、予定されていたファッションショーは中止となり、中国の有名人やモデルがドルガバの不買を宣言。一般消費者も巻き込んだ大騒動に発展し、ドルガバは謝罪コメントを出すに至ったのです。
それでも問題はおさまらず、数日の間にオンラインショッピングの大手プラットフォーム各社がサイトからドルガバを削除し、有名な百貨店でも取り扱いが中止となりました。
ドルガバ側の真意はわかりません。ただ、当時はすでに高級品市場で中国人の購買力は注目されており、ドルガバも中国への投資を行っていました。そのため、中国を侮辱するためにわざわざ動画を作ったとは考えにくいでしょう。
なぜそのような描写を入れたのかはわかりませんが、根本的には文化への無理解があったと考えるのが妥当ではないでしょうか。
そしてこの事例は、決して他人事ではありません。
日本人にとってはごく普通のことでも、海外ではNGという事柄は当たり前のように存在します。ただ伝統や文化を尊重する気持ちを持つだけでなく、意識的に理解を深めていくことが必要なのです。
■話題を呼んだ高級化粧品ブランド「SK-II」の動画
一方、その国の文化を深く理解することで話題を生み、消費者に感動を与えるプロモーションを行っているブランドもあります。化粧品SK-IIの中国の事例を見てみます。
SK-IIは、P&Gが展開する高級化粧品ブランドで、本部を日本におき、アジアを中心にグローバルで販売されています。
SK-IIでは、2015年から女性の自分らしい生き方をサポートすることをメッセージに掲げた「Change Destinyキャンペーン」をグローバルで展開しています。日本では東京オリンピックに合わせて公開された、競泳・池江璃花子選手を描いた「センターレーン」(監督:是枝裕和)が話題になりました。
中国でも2016年の春節に合わせて公開された「Marriage Market Takeover」が大きな話題となり、世界的な広告賞であるカンヌライオンズも受賞しています。
■中国の「結婚できない売れ残り女」事情
本動画が扱うのは「剩女(シェンニュウ)」、つまり日本語にすると「売れ残り女」の物語です。非常に過激な言葉ですが、一定の年齢(動画内で語られるのは25歳!)を越えても結婚していない女性を指します。
中国では女性は早く結婚して子どもを産むべき、という考えが根強く存在します。
一方、小さい頃から海外の文化に親しみ、よりオープンな考えを持つ若い女性は、自分のキャリアやライフスタイルに重点を置く傾向が強く、親世代との大きな隔たりが生まれています。
ここまでだと、日本にもある世代間のギャップに見えるかもしれません。ですが、中国では結婚しない子どもたちに焦った親同士がお見合いをセッティングしたり、婚活をすすめる婚活マーケットが盛んで、週末の公園で「青空婚活市場」が開かれていたりもします(図版1)。
日本と中国ではその深刻さが異なるのです。
■「あの動画はまさに私のこと!」
動画の中では、そのような状況の中、わかり合えない親と娘を取り上げて、最後は娘が自信に満ち溢れたポートレート写真とともに自分の思いを告げる様子が描かれます。
女性たちが自分らしい生き方を選ぶ姿勢と、自信に満ちた姿は、多くの女性の共感を獲得しました。私も、一般の消費者へのインタビューで「あの動画はまさに私のこと! すぐに自分の親にも見せた。私は今後もSK-IIを使い続けると思う」と泣きながら語る女性にお会いしたことがあります。
この動画が素晴らしいと思うのは、結婚や家族に関する伝統的な価値観と、そこで思い悩む人に目をつけた現地への理解度はさることながら、子どもと親がわかり合うシーンを示しているところです。
中国は家族を重んじる文化が非常に強く、若い世代でも「親がわかってくれなくても自分を貫く」というよりは、「自分を貫きたいけど、親にもわかってほしい」という気持ちが強くあります。だからこそ、若い世代の女性たちの悩みは深いものがあるのです。
このプロモーションは、文化や伝統を深く理解し、それにまつわる人々の気持ちにスポットを当てることで、キャンペーンのテーマである「Change Destiny」を上手く中国市場の文脈に当てはめた好例と言えるでしょう。
■中国と日本ではカレーライスの作り方も違う
ここまで、価値観に寄った抽象的な事例が多くなってしまいましたが、日々の生活習慣にも違いはたくさんあります。
例えば食文化は、各国の違いが色濃く表れる領域です。国ごとに食べるものが違えば、味覚も異なります。皆さんの普段の生活でも、多様な食文化に触れる機会は多いと思います。
中国で暮らす中で目についた例を紹介します。図版2はハウス食品のバーモントカレー(中国では百梦多咖喱)のパッケージの裏面です。
よく見ると、日本だと煮込み鍋を使って調理していますが、中国だとフライパンのようなもので調理する図になっていることが見て取れます。中国の家庭では、実際多くの料理を中華鍋で行うのですが、そういった習慣に合わせていると思われます。
■日本式のカレーライスを定着させたハウス食品
細かな違いですが、普段の習慣に沿った調理方法の図(中華鍋)と、何か特別な調理を感じさせる図(煮込み鍋)では、購入するハードルが変わってくるでしょう。
これはパッケージのひと工夫だけに留まらず、調理の仕方の違いがわかれば、商品自体もその国の調理の仕方を意識したものに改良していくことができます。
日本式のカレーライスが存在しなかった中国において、カレーライスを定着させること自体が並々ならぬチャレンジだと言えます。その取り組みの中で日中における食文化の違いに注目し、中国の食文化に合わせた改良を加えることで、ハウス食品は業績を伸ばすことに成功しています。
食品に限らず、同じ商品でも国が違えば、使用方法や使用場面は異なります。それに伴い、求められる機能も異なり、消費者の評価基準も異なってきます。
このような違いを押さえることで、消費者に合った商品開発やプロモーションができるようになります。
■海外でのマーケティングに宗教は不可欠な要素
多くの日本人にとって、宗教は関心を持ちにくいテーマの1つです。
特定の宗教を信仰していない日本人が宗教を意識するのは、冠婚葬祭や初詣、お墓参りなどでしょうか。しかし日常に戻れば、特に意識することもありません。
一方海外では、人のバックグラウンドを示す重要な要素として宗教が存在します。
日本のように、多くの人が宗教に関心を持たない国と、国民の多くが特定の宗教を信仰している国では、生活者と宗教の距離がまるで異なります。その違いは、マーケティングにも大きな影響をおよぼします。
日本の国内市場でも、ハラール食対応(イスラム教の教えに沿って加工・調理された食品を提供すること)など、少しずつ宗教を視野に入れた動きが目立ってきました。
しかし、マーケティングを進める際に宗教が積極的に考慮されるテーマになることは少ないでしょう。
ただ、海外ではそうはいきません。多くの国で、宗教はその国の人々の生活に密着し、教育、食事、働き方など、さまざまな部分で大きな影響をおよぼしています。
■どこにいてもイスラム教徒がお祈りできる時計
例えばイスラム教徒の人たちは、毎日決まった時間にお祈りをします。現地法人があれば、お祈り用のスペースの確保を意識する必要も出てきますし、その時間に合わせた休憩時間の確保も考慮しないといけません。
宗教は生活に密接に結びついているため、当然、消費にも影響をおよぼします。先ほど挙げたハラール食対応もそうですし、宗教的な習慣によって日本人が思いもよらない市場が形成される傾向にあります。
G-SHOCKで有名なカシオでは、イスラム教のお祈り習慣に合わせて、どこにいてもお祈りするタイミングと方角がわかる時計を開発、販売しています。これは、宗教的習慣によって生まれるニーズを上手く捉えた事例と言えるでしょう。
■インドネシアでは「洗いやすい生理用ナプキン」が売れる
宗教的習慣が消費行動に影響する例として、インドネシアでは使い捨て生理用ナプキンは捨てる前に「洗う」習慣があります。それは再利用のためではなく、宗教的な理由から、体液をそのまま土に還すことは良くないことだと信じられているからです。
そうなると、商品にも「洗いやすさ」が求められます。日本人の感覚では「まさか」と思うものが、実際の商品選択の基準になることがあるのです。
そのほか、国や商品によっては、教会などの宗教組織が重要な顧客や卸先になることも十分にあり得ます。つまり、宗教という切り口が販路拡大に直結する要素にもなりうるのです。
宗教は私たち日本人にとっては不慣れな部分が多く、どう対峙(たいじ)したらいいのか戸惑うと思います。ただ、国によっては商品開発から広告の表現まで、宗教は避けて通れません。
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ブランドコンサルタント/balconia balconia Shanghai ltd. 総経理
IMJ(現アクセンチュア)の事業部長として、日本のデジタルマーケティングに従事。その後、米系ブランディングファームのアカウンティングディレクターとして、米国のブランディング・マーケティングを経験。2015年より上海在住。balconiaには2017年の創業メンバーとして参画し、東京法人の戦略チーム、クリエイティブチームの管掌、および香港・上海法人の代表を務める。
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(ブランドコンサルタント/balconia balconia Shanghai ltd. 総経理 久保山 浩気)
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