局長会ににらまれたら生きていけない…日本郵便がわざわざ「局長の所有する土地」に郵便局を建てるワケ
プレジデントオンライン / 2022年8月3日 9時15分
■「ウソをつく感覚がいつの間にかマヒしていた」
「ウソの報告書を作ることに最初は抵抗したし、罪悪感もありました。でも、みんな同じようにやっているんですよ。局長会に怒られないことが最優先。社内ルールをかいくぐるのに必死で、ウソをついている感覚がマヒしていました」
そう打ち明けるのは、日本郵便の支社で局舎担当の仕事に携わる社員の一人だ。ウソの報告内容が取締役会にも上がることは、「言われてみれば、確かにそうですね」という程度の意識だった――。
古くなった郵便局を移転させる際、その移転先の土地を先回りして買ったり借りたりする郵便局長たちが大勢いる。彼らは郵便局舎を建て、勤め先である日本郵便から長期安定の家賃収入を得る。筆者の調査では、2020年までの3年間に新築された戸建て局舎(建築面積200平米以下)の約半数は、局長の名義となっていた。
企業が役職員から拠点となる不動産を借りれば、企業側は少しでも安い賃料で、大家となる役職員は高い賃料で貸し借りしたい「利益相反」関係となるため、上場企業では極力避けるべき取引とされる。国の資金が乏しかった明治初期に地方の名士らの協力で郵便局網を築いた歴史があるとしても、現代社会で新たに造る局舎は話が別だ。
■「やむを得ない場合」であるはずの例外が横行
日本郵便の社内ルールでも、局舎の不動産は日本郵便が第三者から調達するのが大原則となっている。例外的に身内からの借り入れを認めるのは「真にやむを得ない場合」で、該当するかどうかは取締役会で一件ずつ決議し、他にいい物件がないことを「公募」で確認もする。
そんなルールがあるにもかかわらず、なぜ「例外」が数多く生じるのか。
取締役会で認める局長の局舎取得は、地主が局長にしか土地を譲らない意向であることが、「真にやむを得ない」事情として報告されていることが多い。その前提となるのが、支社の社員が地主と会い、意向を聞き取って作る「対応記録表」なのだが、そこでウソが横行しているのだ。
■「日本郵便に譲ってもいい」が「世話になっている局長に売りたい」に
典型例は、地主から「日本郵便に譲ってもいい」「べつに局長にしか売りたくないわけじゃない」と言われていたのに、対応記録表には「土地は局長に貸したい」「理由はいつもお世話になっているから」などと地主が述べたと記すパターンだ。その内容を基に取締役会向けの報告書が作成され、局舎取得の決議が引き出されてきた。
日本郵便も対応記録表に虚偽があったことだけは認め、虚偽の内容を記したと認めた支社社員を処分する方向だ(参照:取締役会にウソ報告か 日本郵便社員が局長の不動産取得で不正:朝日新聞デジタル)。
だが、これは「不正な局舎取得」の一端に過ぎない。取締役会に対する同様のウソが、実際には組織的になされていた疑いがある。
郵便局の移転先を探すのは本来、支社社員たちの仕事だ。だが、局長が局舎を欲しがっている場合には、好立地の地主への接触や交渉はあえて局長にやらせている。理由は、支社の社員がウソをつかなくて済むようにするためだ。
地主の立場なら、「日本郵便」と「郵便局長」と二つの交渉相手が競合するなら、賃料や売買価格が少しでも高いほうに譲りたいと考えるのが自然だ。仮に同額となるとしても、大企業が取引先のほうが食いっぱぐれがない。
■根回しが失敗した場合は郵便局の新設自体が白紙になることも
ところが、地主の元へ局長が先に接近し、その立場や地縁を生かし、土地を日本郵便ではなく、局長自身に譲るよう働きかける。合意を取り付けた暁には、訪ねてくる支社社員に「土地は局長にしか譲らない」「局長には世話になっているから」と話すよう求める。こうした根回しや口裏合わせができた場合にだけ、支社社員が訪ねるステップへ移る。地主への根回しができず、郵便局の新設を先送りしたり諦めたりする例もあるほどだ。
つまり、支社社員がウソをつかざるを得なかったのは、局長による根回しや口裏合わせが失敗していたケースに限られる。実際には、地主が日本郵便に譲ってもいい、あるいは本心では日本郵便に譲りたいと考えていたにもかかわらず、その事実を局長と共にねじ曲げて取締役会へ報告していたケースのほうが多いとみられる。
■日本郵便は「直接取引の妨害には当たらない」と苦しい言い訳
日本郵便の発想としては、地主が「局長に譲る」と口にする場面さえつくれば、「ウソにはならない」と考えているようだ。だが、取締役会に対する報告が、地主に小芝居を打たせる「やらせ」で成立していること自体、組織を挙げてウソをついているも同然ではないか。
局長が先回りして地主に働きかけ、日本郵便との直接取引を妨害している行為をどう考えるのか。日本郵便広報室にそう尋ねると、局長が「自分に譲ってくれ」と言っていても「日本郵便に譲るな」と明言していなければ、日本郵便との取引を妨害したとは言えない、などと回答してきた。理屈をひねりすぎて、常識では理解しがたい領域へと突き進んでいる。
■局長の組んだローンで利息収入を得る局長会
日本郵便がそこまでして局長の行動に目をつぶるのは、それが全国郵便局長会(全特)の意向によるものだからだろう。
全国の局長約1万9000人が所属する全特が「三本柱」に掲げる重要施策には、局長の後任は自ら選ぶ「選考任用」、同じ局で働き続ける「不転勤」と併せ、局長は自ら局舎を持つべきだとする「自営局舎」がある。局長に局舎を持たせるのは、転勤阻止などに役立つためだと教えられている。
だが、本当の理由は別にありそうだ。
実は、局長による局舎の取得で、いちばん得するのは局長会という組織である。民営化で賃料が下がったため、ローンを組んで局舎を取得しても、今は局長自身はほとんどもうからない。一方、局長に多額の建設資金などを融資する一般財団法人の郵便局長協会は、食いっぱぐれのない利息収入を着実に得られる。協会は住所も役員も各地の地方郵便局長会とほぼ同じだ。これが自営局舎を必死で守り抜く本当の理由ではないか。
■「何とか局長の求めたところに郵便局を建てられるよう工夫しよう」
2020年1月、都内のホテルで開かれた組織の会合で、山本利郎・全特会長(当時)はこう言い切っていた。
「局長が『ここがいい』と思ったところは、できるだけ実現するよう知恵を出そうという話。公募とはそういうこと。(略)局長が求めたところに何とか建てられるように、一緒に工夫しようというスキームを作り上げた」
山本氏は、局舎取得の社内ルールは既得権益と見られないようにするためにできたものだと説明し、こう続けた。
「各支社の店舗担当は(局長の)意見を最大限に尊重するスキームになっているはず。そういう流れを理解して土地探しをしてほしい」
山本氏自身も休日に支社の担当部長を連れ、土地を探していたといい、地元で解消できない問題があれば、各地方会と支社の間に設けた「タスクフォース会議」を活用するよう求めた。郵政事業に無知な社外取締役が局舎の問題に関心を持ちやすいとして、そうした人を納得させる必要があることも強調した。
さらにもう一つ、興味深い話があった。局舎の建設地を地主から借りる際、日本郵便がじかに借りる賃料のほうが、局長個人が借りる賃料より高くなるケースがあると明かされていた。
これは、日本郵便が相場や交渉に応じて柔軟に賃料を決めるのに対し、局長が借りる場合は固定資産税額を基に機械的に算出されるためだ。ここ数年は地価の上昇傾向も背景に、局長の借入額が相場より低くなりやすかったとみられる。
■疑念だらけの日本郵便にユニバーサルサービスを担う資質はあるのか
ということは、局長らは地主に損をさせかねないとわかりながら、相場より低い賃料を地主にのませてでも、土地を自分に譲るよう働きかけていたことになる。
郵便局の利用者のためではなく、地主のためでもない。会社のためではなく、局長個人のためでさえないかもしれない。局長会という組織のために企業ルールを逸脱する慣習が、民営化して15年が過ぎた今も平然と見過ごされている。なんともさもしい姿ではないか。
日本郵便は政府が株式の3分の1超を持ち続ける日本郵政の主要会社だが、郵便を中心とするユニバーサルサービスを担う資質があるのか。疑念は膨らんでいく。
※郵便局長会に関する情報は、筆者(fujitat2017@gmail.com)へお寄せください。
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朝日新聞記者
早稲田大学大学院修了後、2000年に朝日新聞社入社。盛岡支局を経て、2002~2012年に「週刊朝日」記者。経済部に移り、2018年から特別報道部、2019年から経済部に所属。著書に『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)など。
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(朝日新聞記者 藤田 知也)
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