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遅くて不便な社内システムを、経営陣が問題だと思っていない…日本が「ダメな国」になった根本原因

プレジデントオンライン / 2022年8月5日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

なぜ日本は給料の上がらない国になってしまったのか。経済評論家の加谷珪一さんは「日本は90年代以降、IT化にまったく対応できなかった。その結果、国内サービス産業の生産性が鈍化し、ゼロ成長を生み出してしまった」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、加谷珪一『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

■日本の生産性が鈍化した原因は「IT化の遅れ」

1990年以降、日本のモノ作りは、受験勉強型、予定調和型の価値観から抜け出せず、社会のIT化というパラダイムシフトに対応できませんでした。

その結果、国際競争力が低下し、十分な収益をあげることができなくなってしまいました。しかしながら、いくら製造業がダメになったとはいえ、日本には相応の消費市場がありますから、内需企業によって成長を持続することができたはずです。しかしながら輸出企業と同様、国内企業も成長が鈍化してしまい、それが1990年代以降のゼロ成長につながっています。

輸出産業だけでなく、国内サービス産業も生産性が鈍化した最大の原因はやはりIT化の遅れにありそうです。コンピュータに関する技術そのものは1970年代から発達を続けてきましたが、社会全体にITが普及し、ビジネスに質的な変化が生じ始めたのは90年代以降です。

このタイミングで各国の企業はIT投資を強化しましたが、日本はその流れに対応できず、社会全体のIT化が先進諸外国と比較して大幅に遅れました。OECDの調査によると、1980年代から90年代前半にかけて、日本におけるIT投資の金額(ソフトウェアとハードウェアの総額)は、米国やドイツ、フランスなど先進諸外国と同じペースで増加していました。

ところが1995年以降、その流れが大きく変化し、日本だけがIT投資を増やさず、以後、25年以上にわたって横ばいで推移するという異常事態が続いています。その間、米国はITへの投資額を3.3倍に、フランスは3.6倍に、当初、IT化には消極的だったドイツでも1.6倍に拡大させています。数字だけを見ると、日本はITについて、すべての関心を失ってしまったとしか思えない状況です。もっとも、日本はIT投資だけを意図的に減らしたというわけではないでしょう。

■「よい製品を作れば黙っていても売れる」という古い価値観

1990年代以前の日本経済は外需主導型であり、外国からの注文に対応していれば、自然と製品は売れていきました。生産が増えれば設備投資も拡大する必要に迫られますから、あまり難しいことを考えずに投資を増やすことができたのです。ところが1990年代以降、ビジネスの概念が根本的に変化したことで、企業はより戦略的にビジネスモデルを構築する必要に迫られました。

しかし日本企業は、よい製品を作っていれば黙っていても売れるという、1990年代以前の価値観から抜け出せず、IT投資についても必要に迫られなければ実施しないというスタンスだったと推察されます。結果として、多くの日本企業が前例踏襲型のIT投資に終始し、結果としてIT投資がまったく伸びないという異常事態が続いているのです。

【図表1】各国のIT投資の水準
出所=『縮小ニッポンの再興戦略』

日本企業が何も考えずに前例踏襲型でIT投資を決断していたことは、投資を行っているセクターの動きを見れば一目瞭然です。米国は1990年代以降、IT投資を積極的に行うセクターはめまぐるしく変化しています。当初は製造業によるIT投資が中心でしたが、その後、製造業の比率は低下し、サービス業の投資が増えていきました。加えてIT企業が自らITに投資するというケースが2000年以降、目に見えて増えています。

■1990年代から「IT投資の業種間のシェア」が変わっていない

IT企業というのは本来、他社に対してITサービスやIT関連製品を提供する企業です。こうした企業が、自らのIT投資を強化しているという動きについては、アウトソーシングやクラウド化の進展が関係していると思われます。

これまで一般事業会社は自社でシステムを保有し、その構築や管理をIT企業に委託していました。ところが、クラウドサービスが普及するにつれて、システムの自社保有をやめ、IT事業者が持つシステムをサービスとして利用する動きが加速してきました。

【図表2】日米におけるIT投資の内訳
出所=『縮小ニッポンの再興戦略』

一連の動きは、統計上はIT事業者の投資増加という形で表れます。サービス業によるIT投資の増加は、アマゾンやウォルマートといった小売店や外食産業が次々とIT化を進めた結果と見てよいでしょう。ところが日本における分野別のIT投資の動きを見ると、1990年代から現在に至るまで業種間のシェアにまったくと言ってよいほど変化がありません。

製造業もサービス業も同じような投資を続けているだけであり、IT企業の投資シェアが拡大していないことから、クラウド化も進んでいないことが分かります。何も考えずに前例踏襲型のIT投資を続けていることはほぼ確実であり、これでは時代の変化に対応できるわけがありません。

■20年以上前から日本のIT化は遅れていた

1990年代の段階ですでにIT化に対して相当、後ろ向きだったことは別の調査からも明らかとなっています。平成10年版通商白書によると、1997年時点におけるホワイトカラー100人あたりのパソコン保有台数は日本は24台しかなく、米国(104台)の5分の1、ドイツ(76台)の3分の1以下と、すでに致命的な差をつけられています。

平成10年、つまり1998年時点で通商白書が日本のIT化の遅れを問題視しているのです。

頭を抱えているビジネスマン
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

利用者層の偏りも当時から大きかったようです。近年、中高年社員と若年層社員との間におけるITスキルの違いがしばしば問題視されていますが、これは今に始まった話ではありません。平成11年版通信白書によると、1998年時点において、米国では中高年も含めてフラットにネット利用者が分散していましたが、日本では20代から30代前半に利用者が集中していました。

この世代だった人は、今、中高年になっているはずですが、当時、ネットに接続していなかった人は、その後も積極的にITを活用しておらず、現段階ではIT難民になっている可能性が高いでしょう。

■ムダが多い状態で強行されるIT導入

困ったことに、従来技術とは異なり、ITには組織文化と密接に関係するという特質があります。

IT化を進めると業務が効率化されるので、組織はフラットな方向に変わっていきます。逆に言うと、合理化やフラット化に抵抗感を持つ組織の場合、ITの導入そのものが忌避される傾向が強くなるのです。日本ではせっかくITを導入しても、業務プロセスの見直しが行われず、ムダが多い状態でIT化を強行するケースが後を絶ちません。

日本企業におけるERP(統合基幹業務システム)導入の失敗はその典型例でしょう。社会のIT化が進むにつれて、経営コンサルティングの成果が次々とITシステムに実装されるようになってきました。

ERPは、このような経営学的成果をパッケージ化した商品であり、各業務におけるベストプラクティス(もっとも効率的・効果的な業務の進め方)があらかじめ組み込まれています。導入企業は、ERPのシステムに自社の業務を合わせれば、即座に効率のよい組織が実現できます。

この手法が全世界的に普及したことによって、組織の合理化が進み、意思決定のスピードも格段に速くなったのです。ところが多くの日本企業は一連の戦略的システムの導入を拒み、受け入れた企業でも、従来の業務プロセスを変えずに済むようコストをかけてシステムを改変してしまいました(カスタマイズ)。せっかくITを導入しても、ムダな業務プロセスを温存してしまった結果、組織の生産性が向上しなかったのです。

■80年代まではパソコン導入に積極的だったが…

意思決定が遅い、誰が責任者かはっきりせず、いろいろな人が文句を付けるので業務が進まない、形だけの管理職が多く、マウンティングに終始して担当者の業務を邪魔する、といった問題は、最終的には組織文化やリーダーシップに関係してきます。

しかしながら、IT化を進めなかったことが、一連の問題を深刻化させたことは間違いありません。企業がこうした風潮でしたから、社会全体のIT化への対応も同じような結果になってしまいました。

日本は諸外国と比較して、インターネットの普及が遅かったわけではありません。米国でインターネットが商用化されるとすぐに日本でも同じサービスがスタートしており、当初は両国にそれほど大きな差は生じていませんでした。

ところが米国では1990年代前半から一気にネットが社会に普及したのに対して、日本では90年代後半にならないと本格的な利用は始まりませんでした。先ほど企業のパソコン保有台数のデータを紹介しましたが、日本社会は1980年代までは米国と同様、パソコン導入に積極的でしたが、その後は、むしろ普及が低調になっているのです。

そうなってしまった理由のひとつは諸外国との価格差です。

日本は今でもそうなのですが、国内メーカーは独自の技術仕様にこだわり、日本でしか通用しない独自製品を高い価格で売ろうとする傾向が顕著です。日本メーカーは特殊仕様のパソコンにこだわっていたため、同じスペックのパソコンを買うと、日本では米国の2倍以上の価格になるという時代が長く続きました。

1990年代前半に、米国メーカーが割安な機種を日本市場に投入したことで価格破壊が発生し(いわゆるコンパックショック)、日本でもようやくパソコン価格が下がりましたが、一方で日本メーカーは総崩れになってしまったのです。

■通信サービスも規制緩和が進まず、料金が高止まりしてしまった

ネット接続サービスにも同じことが言えます。

日本はネット接続サービスのスタート時期こそ、米国には遅れませんでしたが、通信サービスの規制緩和が進まず、料金が高止まりするという問題が発生していました。特に企業のIT化に大きな影響を及ぼす専用線の内外価格差は大きく、先ほどの平成11年版通信白書によると1.5Mbps(メガ・ビーピーエス)のデジタル専用線のサービス価格は米国の3倍でした。

通信ネットワークのイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

ITというのは、生活の隅々にまで影響を与える技術ですから、ITを社会全体の成長につなげていくには人材投資も並行して行う必要があります。しかし、日本企業はこの点においても著しく遅れています。企業における人的投資のGDP比を国際比較すると、日本は壊滅的な状況と言えます。

■日本の「人材投資額」は圧倒的に減少している

岸田政権が主催した新しい資本主義実現会議に提出された資料によると、日本企業における人材投資額はGDPのわずか0.1%となっており、米国の20分の1の水準でしかありません。しかも1990年代後半から日本企業は投資額を著しく減らしている状況です。

【図表3】企業の人材投資の国際比較
出所=『縮小ニッポンの再興戦略』

図表3はGDPに対する比率を示したものですが、日本は1990年代以降、GDPがほぼゼロ成長となっています。諸外国は同じ期間でGDPを1.5倍から2倍近くに増やしており、しかもGDPに対する人材投資の比率を変えていません。投資の絶対額という点では、日本の減少レベルは突出しています。

ITというのは従来型インフラとは異なり、新興国でも容易に社会に導入することができます。鉄道や道路、工場といった従来型インフラは、段階的に導入を進める必要があり、しかも、巨額の先行投資が求められました。

ところがITの場合、ITに対応できる人材さえ確保すれば、極めて安いコストで導入でき、従来型インフラと同等、あるいはそれ以上の効果を発揮します。経済学的に見ると、ITの普及によって多くの産業における限界コスト(一単位の生産量増加に必要なコスト)が低下しており、経済水準が低い国でも容易に成長が実現できる社会が到来しつつあるのです。

■このままでは賃金が上がらず、経済全体が伸びない状況に

1990年代以降、アジアを中心に新興国がめざましい経済成長を実現していますが、それは社会のIT化と決して無関係ではありません。

加谷珪一『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)
加谷珪一『縮小ニッポンの再興戦略』(マガジンハウス新書)

かつて内戦に明け暮れたカンボジアは、今でも独裁政権が続いていますが、経済は極めて順調に拡大しており、国内では最新のITサービスが次々と立ち上がっています。一歩、外に出ると、汚い道路にトゥクトゥクと呼ばれる三輪タクシーが溢(あふ)れかえっており、いわゆる発展途上国の光景そのものですが、そのトゥクトゥクはアプリを使っていつでも呼び出すことができるのです。

IT化社会においては、手順を踏んでインフラを整備してきた先進国は相対的に不利になります。ITへの投資に後ろ向きになっている日本はなおさらでしょう。日本では、社会のあちこちにITの普及を妨げる要因が存在しており、結果として国内サービス産業の生産性も向上しません。このままでは賃金が上がらず、経済全体も伸びないという状況が続くと考えられます。

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加谷 珪一(かや・けいいち)
経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。

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(経済評論家 加谷 珪一)

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