「脳トレはほぼ無意味だった」認知症になっても進行がゆっくりな人が毎日していたこと【2022上半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2022年8月7日 18時15分
※本稿は、和田秀樹『40歳から一気に老化する人、しない人』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■70代こそ肉を食べよう
20代、30代の人がスキーで転倒して足を骨折し、病院のベッドで1カ月寝たきりの生活をしたとしても、退院すればまもなく普通に歩くことができるようになります。
しかし70代ではそうはいきません。寝たきりの生活が続くと筋力が低下し、骨折が治ったあとも、「立つ」「歩く」といった日常生活に必要な動作に支障をきたすようになり、介護が必要になるリスクが高くなってしまいます。
こうした「ロコモ(ロコモティブシンドローム=運動器症候群)」が目立ってくるのも、70代からの特徴です。
70代こそ意識して体を動かす必要があるのですが、前頭葉が萎縮(いしゅく)し、動脈硬化もかなり進行していますから、なかなか動こうとしない人が増えてきます。これは男性に顕著な傾向です。男性ホルモンが減り、行動意欲が失われているからです。
したがって、歳をとればとるほど、毎日の食事を通じて男性ホルモンの材料になる肉やコレステロールを摂取する必要があります。コレステロールは主要な男性ホルモンである「テストステロン」の材料であり、コレステロールが気になるからとこれを減らすのは、ホルモン医学の立場で言えば、まったくの逆効果でしかありません。
■女性ホルモン補充で骨粗鬆症予防を
女性の場合、男性ホルモンが増加するので、むしろ元気になる人が多いのですが、その一方で女性ホルモンが減るため、それにともなう問題がないわけではありません。女性ホルモンが減ることの弊害としては、肌つやが悪くなることのほか、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の原因にもなることがわかっています。
骨粗鬆症を防ぐには適度な運動をし、戸外を散歩するなどして日光によく当たること、あるいはビタミンDが多く含まれている食品をとるなど、ごく常識的なことをする心がけが必要です。
日に当たらない生活があまり長く続くとうつになりやすいのは、広く知られているとおりです。日光浴は、うつ病や不眠症を予防し、骨粗鬆症の予防にもなる70代女性にとっての格好の健康法なのです。
また性ホルモンは性別を問わず、ホルモン補充療法で補うことが可能です。
副作用のリスクを心配する方も少なくないでしょうが、更年期に特有の不定愁訴に対しては、苦痛を手っ取り早く取り除き、副作用も比較的少ない療法です。QOL(生活の質)を重視するのであれば、ホルモン補充は効果的な療法だと私は思います。
■認知症リスクが大きくなってくる70代
70代になると、いよいよ認知症が他人事ではなくなってきます。
認知症の有病率は、70代前半までは世代人口の5%。70代後半に入ると8~10%弱の人が認知症になります。
日本では認知症患者の6割以上がアルツハイマー病を原因疾患とする「アルツハイマー型認知症」だとされています。アルツハイマー病は、神経細胞の中にアミロイドβと呼ばれるたんぱく質が蓄積されることによって引き起こされると考えられています。
脳にアミロイドβがたまりやすいかどうかは、遺伝的要因に左右される面がかなり大きく、親がアルツハイマー型認知症の有病者であった場合は、子どももなりやすいといわれています。
■「頭」を使って認知症リスクを低減する
実は、2021年に、ついにこのアミロイドβを脳内から除去する作用のある薬がアメリカで認可されました。たしかに朗報ですが、年間650万円もかかることもあり、日本で認可されるのか、あるいはどういう患者さんに保険が利くようになるのかはまだ不透明です。将来には期待できますが、いますぐとはいかないのが実情です。
それでも、昔からいわれる「頭を使っている人はボケにくい」というのは一面の真理です。
脳の萎縮が同じくらい進んでいる2人の認知症患者を比較すると、何もしていない片方の人はかなりボケてしまっているのに、日頃から頭を使う環境にいたもう片方の人はそうでもなく、知能テストをするも明らかに後者のほうが点数が高かった、というケースがままあります。
頭をしっかり使って、認知症のリスクを低減させていきましょう。
■「脳トレ」より「人との会話」
近年、「脳トレ(脳力トレーニング)」と呼ばれるトレーニングメソッドが、脳に刺激を与え、ボケ防止に役立つということでブームになっています。
ただ「脳トレ」は残念ながら、認知症予防という観点からはほとんど無意味だということが、最近行われた海外の研究で明らかになっています。
『ネイチャー』や『JAMA』(アメリカの医学会雑誌)のような超一流の医学誌に、この効果にまつわる大規模調査の結果が発表されています。
そのうちの1つ、アラバマ大学のカーリーン・ボール氏による2832人の高齢者に対する研究では、たとえば言語を記憶する、問題解決能力を上げる、問題処理の能力を上げるというようなトレーニングをさせた場合、練習した課題のテストの点だけは上がるのですが、ほかの認知機能がさっぱり上がらないことがわかっています。
つまり、与えられた課題のトレーニングにはなっても、脳全体のトレーニングにはまったくなっていないことが確認されたというのです。
では、いったいどうやって「頭を使う」といいのか。私の経験上、もっとも効果が高いと感じられるのは、人との会話です。
他人とのおしゃべりでは、自分の話したいことに対して相手から反応が返ってきますし、強制的に頭を働かせなくてはいけない局面が増えます。もちろん、仕事や家事も複数の知的作業をともなうので、「頭を使う」ことにつながります。「生涯現役」というスタンスも、有力な脳のトレーニング法といえるでしょう。
■認知症の進行は生活環境で大きく変わる
介護保険がまだ導入されておらず、今日の主要な抗認知症薬であるアリセプトも未認可だった1990年代に、私は勤務先である浴風会病院とは別に、茨城県鹿嶋市の病院で月2回、認知症の診察を担当していたことがあります。
鹿嶋市に足を運ぶようになってしばらくして気づいたのが、浴風会病院にやってくる東京都杉並区の認知症患者たちに比べて鹿嶋市の認知症患者の進行がかなり遅く、症状が目立たない、ということでした。
それがなぜなのか、最初はとても不思議でした。しかし、杉並区と鹿嶋市の高齢者が置かれている生活環境を見比べているうちに、おおよその見当がついてきました。
当時はまだ介護保険が始まる前でしたから、杉並区の高齢者たちは、認知症になるとその多くが家に閉じ込められたのに対し、鹿嶋市では、比較的気ままに近所を歩き回らせていることが多かったのです。
それでも、出歩いた認知症高齢者が家に帰れなくなっていると、すぐに近所の誰かが見つけて連れて帰ってくれるので、あまり困った事態になることはありません。
■オール・オア・ナッシングで考えない
農業や漁業の従事者に関していえば、認知症が発症しても、それまでと変わりなく仕事を続けている人も少なくありませんでした。
認知症が発見されると、一般的には周囲が先回りして外出や仕事などいろいろなことをやめさせてしまうことが多いのですが、“オール・オア・ナッシング”で考える必要はありません。
「この仕事、この家事は、もうできなくなったからやめる」
「この家事は、できるからしばらくは続けよう」
そういう判断があっていいはずなのです。
■70代からは「比べない」
70代ともなると、世代全体の10%が認知症になります。残りの9割は依然として頭がはっきりしており、健康な人とそうでない人の差が、それまでになくはっきりと分かれてきます。
外見の面でも、同級会などで集まれば、みな同い年のはずなのに一見して「え?」と驚くくらいの個人差が容姿の老け具合に出てきます。社会的にも、現役バリバリで社長を務めている人がいるかと思えば、定年退職した人の多くは「無職」という肩書をつけられてしまう現実があります。
だからこそ、なにかと「あいつに比べて自分は……」という引け目を感じやすくなり、人によってはそれが重荷になってくることもあります。
■老いを受け入れるとは個人差を受け入れること
同世代の人よりもちょっとだけ早く老いを受け入れざるをえなくなった70代の人にとっては、「老いを受け入れる」ことは「個人差を受け入れる」とほぼイコールの行為でもあります。
この世に同じ人は一人も存在せず、誰もがみんなとちょっとずつ変わっているのですから、自分を他人と比べているかぎりは苦しさから抜け出せません。他人にはできて、自分にはできないことについて思いを巡らせて悶々(もんもん)とするよりは、「いまの自分に何ができるのか」ということを前向きに考えたほうが、ずっと健康的に生きられます。
人と比較するより、自分の生き方を模索するほうが賢明だと、私としては信じています。
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精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院・浴風会病院の精神科医師を経て、現在、国際医療福祉大学赤坂心理学科教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
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(精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授 和田 秀樹)
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