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お粗末な作戦で多数の兵士を無駄死にさせているが…プーチン大統領がいまだに暗殺されない本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年8月17日 12時15分

ロシアのプーチン大統領(2022年8月3日、クレムリン・モスクワ) - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

ロシアのウクライナ侵攻を止める方法はあるのか。テレビ東京の豊島晋作記者は「いっそプーチン大統領が暗殺されれば戦争が終わるのではないかと考えるかもしれないが、可能性は限りなく低い。ロシア軍には、内部からクーデターが起きにくい独特の構造がある」という――。

※本稿は、豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■「暗殺されれば平和が戻る」と考えるかもしれないが…

ウクライナへの軍事侵攻を決断したのは、言うまでもなくプーチン大統領だ。今後さらに続けるか撤退するかについても、間違いなく最大の決定権を持っている。

ではもし、プーチンが大統領の座を退くことがあれば、戦闘は一気に終結するのではないか。いっそ暗殺されれば、世界に平和が戻るのではないか。平和を願う誰もが一度はそう考えたかもしれない。まして、身内をロシア軍に多数殺害されて怒りに震えるウクライナの人々なら、それを望むのは理解できる。

その可能性はどこまであるのか、本稿で探ってみたい。もちろん道義的、法的に正しいのか、デリケートな問題でもあるが、国際的にどう議論されているか、また国家間のルールである国際法の観点から思考実験することには相応の価値がある。

■ロシア軍によるクーデターはあるのか

ロシア国内でのプーチン政権の転覆、つまりクーデターの可能性はあるのだろうか。

クーデターを起こすには、物理的に政権を掌握しなければならないため、武力を使って実力行使に出る能力が欠かせない。だとすれば軍部、あるいは治安機関、情報機関の高位の人物が関与することが前提条件となる。

歴史を振り返れば、ロシアは帝政ロシアの時代から、ロシア革命、ソ連の崩壊、現代ロシアへと、体制変革を何度も経験してきた。またソ連崩壊後からプーチンが第2代大統領に就任するまでの約9年間の激動期にも、いずれも失敗したもののクーデターは何度も起きている。

1991年には、国防相やKGB議長を含む保守派がクーデターを行うが失敗。初代大統領ボリス・エリツィンが権力を掌握する流れを決定づけた。また93年には、元軍人のアレクサンドル・ルツコイ副大統領がクーデターを画策したが失敗、エリツィン大統領が勝利した。

さらにクーデターと呼ぶほどではないが、98年には退役軍人のレフ・ロフリン将軍が政党を組織して政権掌握を目指したが、別荘にてなぜか妻に銃で殺された。陰謀論など多くの憶測を呼ぶ事態となったが、体制に影響はなかった。

■軍やKGB幹部と協力し、失脚に追い込む

成功例を挙げるなら、むしろ体制そのものが強固だったソ連時代のほうが多い。まず独裁者スターリンが死去した直後の1953年、ソ連は集団指導体制に移行するが、中でも事実上の最高権力者となったのがラヴレンチー・ベリア内務相だった。ところがわずか3カ月後、共産党書紀だったニキータ・フルシチョフらによって唐突に権力の座から引きずり下ろされ、その半年後には銃殺された。

このクーデターが成功したのは、フルシチョフらに独ソ戦の英雄でもあるジューコフ将軍など軍の協力があったためとされている。ベリアは内務省のトップだったため、フルシチョフは諜報(ちょうほう)機関の協力を得にくかったようだ。

その11年後の1964年には、フルシチョフも後任のブレジネフにより失脚させられた。このときは軍と諜報機関であるKGBのトップ、ウラジーミル・セミチャストヌイ議長の協力が大きかったと言われている。フルシチョフはセミチャストヌイをKGB議長に任命した張本人だが、裏切られる格好になったわけだ。

軍内部の監視構造では、現在のプーチン体制はどうか。政権が発足してから20年以上が経過し、政治体制が比較的安定していることを考えると、参考になるのは90年代ロシアの不安定期より、ソ連時代の安定期かもしれない。

夜道を歩く人の影
写真=iStock.com/AlexLinch
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AlexLinch

■士気が下がっている軍部に“期待”する声もあるが…

ただし、スターリン以降のソ連時代は集団指導体制だったが、今日のロシアはプーチンに権力が一極集中し、独裁体制である。対抗できる権力者、強い野党指導者なども存在しない。したがって軍も治安機関もすぐに担ぎ上げる人物がいない。その意味では、クーデターの可能性はそもそも低いと言える状態だ。

一部には、軍部からの行動に“期待”する声もある。一連の侵攻計画があまりに杜撰(ずさん)で、ロシア兵に想定外の犠牲が出たことは周知のとおりだ。最前線で戦う身としては、士気も下がり、軍上層部や政権に対する不満も強いと考えられる。いっそ最高司令官さえ消えてくれれば、という発想になったとしても不思議ではない。

しかし、彼らがクーデターを起こす可能性は、今のところ極めて低い。クーデターの可能性が取り沙汰されるたび、セルゲイ・ショイグ国防相などの名前は挙がってくるが、プーチンとショイグはもともと休日をともに過ごすほど親しい関係にある。戦況の悪化を受けて関係が悪化している可能性はあるとはいえ、ショイグがクーデターを起こす可能性は極めて低いのではないか。

また制服組トップのゲラシモフ参謀総長とプーチン、ショイグとの関係についても、プーチンを失脚させる意図を持つほどの大きな対立が生まれているかは不明だ。もっとも、不和が外部に伝わるようではクーデターなど絶対に成功しないだろう。

■なぜロシアではクーデターが起きにくいのか

なお、歴史を振り返っても、古くは帝政ロシア時代の1825年に青年将校らが決起した「デカブリストの乱」が失敗して以降、ロシアでは軍によるクーデターはほとんど成功していない。そもそも、内部からクーデターが起きにくいというロシア軍独特の構造がある。FSB(ロシア連邦保安庁)による監視が極めて強いからだ。

FSBは、ソ連時代の1954年に設立された有名なスパイ組織KGBを前身とするロシアの情報機関だが、軍の監視は、KGB時代からの伝統的な任務だ。軍の中に不穏な動きがないか、裏切り者がいないかを、常に軍内部にスパイを潜ませて調べている。

KGBやFSBといえば、若き日のプーチンが所属していたことでも知られる。FSBについては、トップも務めていた。対外的な諜報活動や防諜活動(カウンターインテリジェンス)を担うイメージが強いが、実は身内である軍も監視対象にしているわけだ。

しかもプーチンは大統領に就任すると、情報機関の相互監視を一段と強化させていると見られる。もしクーデターのような不穏な動きを見せれば、たちまち極刑に処せられることは言うまでもない。体制変革に向けて主導的な役割を果たせるような将軍や大佐などの幹部人材はそもそも生まれにくい環境なのである。

もし軍部が何らかの動きを見せることがあるとすれば、それは本当に国家が危機に瀕(ひん)するか、もしくは自分たちの組織の存亡が危うくなったときだろう。

■在任が長いほど「代わりの人物」が生まれにくい

ならば、その軍を監視しているFSBが反乱を起こす可能性はないのか。

それも限りなく低いと見られている。軍や官僚など政府内の不穏分子を排除する仕事を担っている以上、自身の組織内部に対しても監視の目を向けているのは当然だ。そもそも職員が互いに監視し合うことを前提とした組織であり、相互不信の精神がなければ務まらない。2~3人が集まって話すだけでも疑念をかけられ、報告の対象になるとの見方もある。これは、KGBから受け継いだ文化の一つでもある。

実際、先に述べたとおり1991年のクーデター未遂事件はKGB議長が首謀者の1人だったが、行動をともにする部下が少なかったのが失敗の一因とも言われている。そもそも上司と部下、トップと組織の信頼関係が存在しなかった証左だろう。

今日のFSB長官はアレクサンドル・ボルトニコフ。2008年からずっとこの地位にあり、権力基盤は十分安定している。ただ、プーチンの側近中の側近であり、関係も深いので、クーデターを起こすことは考えにくいとされる。

またこれだけキャリアが長いため、今のFSBの中堅・若手職員はボスといえばボルトニコフしか知らない。また国家のトップといえばプーチンしか知らない。仮に不平・不満があっても、代替できそうなボスや指導者、あるいは政策を思いつけないのである。その意味でも、クーデターを引き起こせる環境にはないのかもしれない。

美しいモスクワの街並み
写真=iStock.com/Mordolff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mordolff

■150人を一斉に“粛清”したプーチンの思惑

ただし、開戦から2カ月弱ほどたった4月ごろから、プーチンとFSBの間に大きな緊張が生まれている。明るみに出たのは、FSB情報要員150人が解雇・追放されたためだ。旧ソ連諸国をロシアの勢力圏に留(とど)める任務を持つ「第5局」の職員が中心と見られるが、一部は逮捕されたとの情報もある。また第5局局長のセルゲイ・ベセダ准将、副官のアナトリー・ボリョクらも逮捕され、刑務所に投獄されたとの情報が出ている。これは、ほとんど粛清に近い。

この事態から想像すると、FSBとプーチンの間で、あるいはFSB内部で何らかの権力闘争に近い事態が進行していた可能性もある。プーチン側が何らかの動きを察知して、先手を打ったのかもしれない。

実際に何が起きているかは不明だが、いずれにせよ政権を揺るがすような大事には至らなかった。実はもう一つ、不穏な動きを事前に察知する仕組みがあるからだ。

ロシアには、FSB以外にも複数の治安機関・情報機関が存在する。これらも互いに牽制(けんせい)し合っているのである。例えば以下の組織だ。

■監視役を互いに競争させ、台頭を許さない

FSO(ロシア連邦警護庁)
先にも紹介したが、プーチン大統領の警護などを担う組織。大統領の核兵器発射ボタンへのアクセスを常に確保しておく任務も担う。

SVR(ロシア対外情報庁)
セルゲイ・ナルイシュキン長官がトップ。開戦直前に開かれた会議で、プーチン大統領に叱責される映像が話題となったが、大統領との関係は非常に深い。

FSVNG(ロシア連邦国家親衛軍庁)
2016年にプーチンが新設。「ロスグヴァルディア」とも呼ばれる治安維持組織。事実上、プーチンの親衛隊のような組織と見なされている。ウクライナではキーウ攻略戦などに参戦したとも報道されており、12人の要員がウクライナへの派遣を拒否して解雇されたと見られる。

GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)
ショイグ国防相がトップを務める軍の情報機関。

ざっと挙げただけでも、これだけの組織が存在し、相互に監視している状態だ。特に抜きん出て強大な権限や能力を持つ情報機関は存在しない。組織間の相互不信もあるので、仮にある機関が突出しそうなら、他の機関によって妨害されるだろう。この体制によって利するのはプーチンただ一人だ。組織間で互いに競争させ、抑止させることで、自らの身を守る体制を築いてきたとも言われる。

■プーチンを唯一蹴落とすことができる存在とは

ではプーチン政権は盤石かといえば、決してそうでもない。

豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)
豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』(KADOKAWA)

今のところほぼ唯一、プーチンを蹴落(けお)とすことができる集団があるとすれば、それはウクライナ軍だろう。彼らがどれだけ粘り強く抵抗し、どれだけロシア軍を損耗させるか。国際社会の制裁を長引かせ、どれだけロシアを軍事的にも経済的にも疲弊させることができるか。この一点にかかっているのではないだろうか。

ウクライナ軍の奮闘と西側による経済制裁が相まって、いよいよロシア国内にプロパガンダでは覆い隠せないほどの厭戦(えんせん)ムードが漂い、市民が経済的に困窮すれば、さしものプーチンの地位も危うくなる可能性は出てくる。治安機関も「状況は変わった」と判断するかもしれない。もっとも、それには膨大な時間と犠牲が必要になるだろう。

■「ロシア革命」の再来はあるのか

プーチンはしばしば「現代ロシアの皇帝」とも呼ばれる。ロシアの歴史を振り返れば、真の意味での最後の皇帝はロシア帝国のニコライ二世だった。

今から105年前の1917年、彼はロシア革命によってその座を追われ、やがて一家もろとも銃殺された。革命の原動力になったのは、折からの第1次世界大戦による国内の疲弊、そして無数の労働者による決起だった。なんとなく、昨今のロシアと似ている気がしないでもない。

ウクライナでのロシア軍の苦戦、ロシア経済の悪化など、今起こっていることはすべてプーチンの権力基盤の弱体化につながるものであり、決して強化するものではない。時間はかかるだろうが、やがて私たちは「歴史は繰り返す」の故事を目の当たりにすることになるのだろうか。

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豊島 晋作(とよしま・しんさく)
テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター
1981年福岡県生まれ。2005年3月東京大学大学院法学政治学研究科修了。同年4月テレビ東京入社。政治担当記者として首相官邸や与野党を取材した後、11年春から経済ニュース番組WBSのディレクター。同年10月からWBSのマーケットキャスター。16年から19年までロンドン支局長兼モスクワ支局長として欧州、アフリカ、中東などを取材。現在、Newsモーニングサテライトのキャスター。ウクライナ戦争などを多様な切り口で解説した「豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス」の動画はYouTubeだけで総再生回数4000万を超え、大きな反響を呼んでいる。

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(テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター 豊島 晋作)

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