部下を責めるだけの上司は「大人になった幼児」である…早大名誉教授が考える「パワハラ上司」の本質問題
プレジデントオンライン / 2022年8月11日 9時15分
※本稿は、加藤諦三『パワハラ依存症』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
■相手に恥をかかせることが喜びに
パワー・ハラスメントする人は「大声で罵っている」という。彼らは優位な立場から大声で罵ることで、自分の心の傷を癒している。観客は多いほど気持ちが落ち着く。
みんなの前で大声で相手を侮辱することで、相手が恥をかく。それでパワー・ハラスメントする人の心が癒される。相手が不愉快な思いをすることで、癒される。相手が恥をかくことで、パワー・ハラスメントする人の長年にわたって積み重ねられ、隠された怒りが表現される。その時は心が癒される。
だからみんなの前で、大声で相手を侮辱するのである。「みんなの前で大声で」ということが重要なところである。パワー・ハラスメントする人は、そのくらい心は病んでいる。この点を見落とすと、パワー・ハラスメント問題は解決しない。
言っていることが問題ではない。「なぜそれを言うか?」である。
心理的健康な上司は、叱る時には2人の場所で叱る。褒める時にはみんなのいる前で、褒める。パワー・ハラスメントする人に、「叱る時には2人の場所で、褒める時にはみんなのいる前で、褒めましょう」などと言うのは、太陽に「西から昇りましょう」と言うようなものである。
■幼児期に根源的な不安を抱えたまま大人になった
パワー・ハラスメントする人は、部下を大声で侮辱することで、自分の根源的な不安をしずめようとしている。自分が自分に絶望している。その絶望感から、サディスティックになっている。
今の時代、パワー・ハラスメントの増加と、幼児虐待の増加とは相関している。
パワー・ハラスメントする人は、幼児期に根源的な不安を抱いたまま社会的、肉体的に成長する。中には、ビジネスパーソンとしては成功している人もいるのだろう。しかし心理的には実存的欲求不満をもち、人生が行き詰まっている。
お腹がすいた、喉が渇いたという肉体的欲求不満はわかる。
しかし心理的な欲求不満はわからない。ことに感情的不健康は周囲の人にはわからない。それが根源的不安である。その行き詰まりがパワー・ハラスメントとして表現される。
■「正しい批判」をするだけでは撲滅できない
日本ではパワー・ハラスメントが発覚した場合、パワー・ハラスメントをした上司が異動になったり、解雇されたりすることはあるが、トップが責任を負うことはめったにないという批判をよく聞く。このような批判がよく新聞でいわれるし、ネットに載っている。
パワー・ハラスメントをしていた社員が書類送検されたある会社では、2014〜17年の3年間で、長時間労働などを原因とする自殺者2人、5人が労災認定されているのに「責任者の顔」は一切見えないとネットに批判されていた。正しい批判である。
「そういった状況を生まない企業経営をトップはしているのか?」と、パワー・ハラスメントの問題を企業経営の問題にすり替えられる。
これはネットに書いてあった意見である。その通りであろう。言っていることは正しいが、このような正しいことをいくら叫んでもパワー・ハラスメントはなくならない。こうした批判は正しいけれど、パワー・ハラスメントをなくすためには意味がない。
■長年の悔しい思いが、無防備な部下に向かう
パワー・ハラスメントする人は、今までの長年にわたる悔しい気持ちを、ある人に向かって放出している。
積年の恨み辛みを、ある弱い立場の人に向かって放出する。それがその場に不釣り合いなほどの激しい怒りである。「あいつを許せない」という激しい怒りである。実は怒りの本当の原因は「あいつ」ではない。
なぜ「あいつが許せない」のか?
それは昔「ある人」が強かったから。だから自分の怒りの感情をその人の前で表現できなかった。そこで今になって憎みやすい部下の些細なことを取り上げて「お前を許せない」と攻撃性の置き換えをする。
部下をだしにして、昔の溜まった感情を出している。意識から隠されていた昔の怒りや恨みが今の出来事をきっかけに出る。憎むことが危険な人への憎しみは、危険でない人に置き換えられる。攻撃は、比較的無防備な部下へと置き換えられる。
部下を責める根底には、昔の世界に対する不満がある。昔の不平と不満のはけ口を、今自分より弱い者に吐き出している。
■一旦部下を責め始めると、それが合理化される
攻撃性を向けるべき人に向けている人は、パワー・ハラスメントなどしない。つまり、小さい頃から情緒的に安定している人は、パワー・ハラスメントなどしない。自分のパーソナリティに矛盾を含んでいない人は、パワー・ハラスメントをしない。
「全員が観覧するノートに何度も個人名を出され、能力が低いと罵られた」
一旦部下を責め始めると、部下を攻撃することが正当なことのように感じてくる。1度パワー・ハラスメントすると、同じようないじめをすることが、パワー・ハラスメントする人の心の中で合理化されてくる。
初めて個人名を出して侮辱するより、2回目に侮辱する方が心理的には楽になっている。ジョージ・ウェインバーグ(精神分析医、1929〜2017)がいうように、1度行動すると、その理由を心は受け入れる。この心理は、会社でパワー・ハラスメントされる人についても同じである。
「外で子羊、家で狼」も同じように、攻撃性の置き換えであろう。外では周囲の人に迎合する。その溜まった怒りを、家の人に吐き出す。そして家で狼になる人は、家の者を「けしからん」と思っている。そこが恐ろしいところである。こういう人は、家の人と一緒になって外敵と戦わない。
■攻撃できる部下や家族がいないと、その矛先は自分に向かう
あるパワー・ハラスメントされている人は、多大な業務量を強いられ、月80時間を超える残業が継続していたという。
パワー・ハラスメントする上司は、心理的には不安で欲求充足ができていない。自分の中の支配性を表現できない。そこでその表現できない支配性が、自分より弱い立場の部下に向いてしまう。攻撃性の置き換えである。
会社で部下に攻撃性の置き換えができない人は、家で狼になる。妻や子どもに暴力を振るう。それもできない人は攻撃性が自分に向いてしまう。どこにも攻撃性の置き換えをできない人は、最後に自分に向いてしまう。そこで悲劇が起きる。うつ病になったり、燃え尽きたり、最悪は自殺したりする。
パワー・ハラスメントする上司はとにかく情緒的に不安定である。その犠牲になるのがパワー・ハラスメントされる人である。
ハリー・スタック・サリバン(精神科医、1892〜1949)によると、母親が幼児の身体的欲求を満足させる根本であるばかりでなく、母親は「またいっそう包括的な安全性という意味でその関係に依存している」という。
母親は子どもの情動的な安全の源である。この情動的な安全の源が今の日本では、破壊されつつある。その徹底的で極端な例が、幼児虐待である。
■「大人になった幼児」が増加している
大人になって表現されてくる深刻な問題は、幼児期の母親との肌の触れ合いのコミュニケーションの欠如の問題である。深刻な感情的不健康の遠因である。
イライラしてお風呂に入る、汚れを落とすためにお風呂に入る、そんなお風呂の入り方をして育った人、話し合いながらお風呂に入った人、その違いである。肌の触れ合いというのが、子どもの肉体的な欲求を満足させるだけでなく、心の欲求も満たす。
ところがこれがないと、身体的欲求も、情動的な欲求も満たされない。生きていくために極めて重要な感情的健康が失われる。それで、不安な人は、常にパーソナリティの中に葛藤を含んでいるままで、社会的、肉体的に大人になっていく。
幼児期の母親との肌の触れ合いからくる情動的な欲求の満足が、今の時代に欠けてきた。情動的な安全の源に問題が出てくると、肉体的には同じでも、「大人になった幼児」になる。その「大人になった幼児」が増加している。
それがパワー・ハラスメント問題である。
■母親に抱き返される経験が、内なる力に繋がる
幼い頃、母親に抱きついて、母親から抱き返された時の確実な感覚。その心理的確実性の上に成り立つものが自己の内なる力であろう。
その抱き返されるという体験がない人が、いかに社会的な力をもっても、それは自己の内なる力とはならない。心理的、感情的な安心感はない。
エーリッヒ・フロムのいう「保護と確実性」を感じ取れた時が、自己の内なる力を育む出発点である。自己の内なる力をもった人は、他者と自分との強迫的な比較も、傷つきやすさも、虐待を受け入れることも、強迫的に名声追求をすることもない。それらの特徴は自己蔑視であるが、同時に自我喪失である。
失われた自我を取り戻すのは、対象への憎しみを自我のシステムに統合化できた時である。
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早稲田大学名誉教授
ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員。『人生を後悔することになる人・ならない人』など著書多数。
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(早稲田大学名誉教授 加藤 諦三)
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