1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

この物価高騰はまだ序の口である…世界中の政治家が「インフレ退治」に失敗する根本原因

プレジデントオンライン / 2022年8月9日 18時15分

2022年7月25日、BBCのテレビ討論会「Tory leadership debate live」に参加する前のリズ・トラス外相とリシ・スナク前財務相。保守党の指導者候補が真っ向勝負の討論を繰り広げた - 写真=PA Images/時事通信フォト

■英国与党の党首選が示す物価対策の難しさ

世界的にインフレの加速が問題となっている。そのうち、日本を含めた多くの国々で物価高対策(減税や価格統制)を行うケースが相次いでいる。

しかし今回の世界的なインフレ加速はエネルギーの供給減が主因であるため、減税や価格統制はその場しのぎの対策に過ぎない。9月に新首相が誕生する英国でも、減税の在り方が議論になっている。

英国では、ボリス・ジョンソン首相が7月初めに辞意を表明したことに伴い、9月5日に与党・保守党の党首選が行われる予定だ。

一般党員によるオンラインないしは郵送による投票が行われ、そこで選出される新党首が新首相に就任することになる。すでに最終候補者は、リシ・スナク前財務相とリズ・トラス外相の二人に絞られている。

スナク前財務相は、その名前がヒンディー語であることが示すように、インドにルーツを持っている。仮に党首選で勝利すれば、初めてのインド系の首相ということになる。

一方で、イングランド生まれのトラス外相は、ジョンソン首相の右腕として政権を支えてきた。日英包括的経済連携協定(EPA)を取りまとめた際に貿易相を務めており、またEU強硬派としても知られている。

■首相候補者たちが減税競争を始めた

現状では、首相に就任した場合、直ちに300億ポンド(約4兆5000億円)規模の大型減税に着手すると公約に掲げたトラス外相に党員の支持が集まっている。

トラス外相は4月に実施されたばかりの国民保険料率の引き上げや今後実施予定の法人税の引き上げを撤回し、エネルギー料金に上乗せされるグリーン賦課金を一時停止するとしている。

対するスナク前財務相は、トラス外相が主張するような大型減税は財政の悪化につながるため、金利が上昇し、景気がかえって停滞すると主張してきた。

スナク前財務相の慎重な財政政策スタンスは、与党・保守党の本流の経済観でもある。実際、一般党員とは異なり、保守党に所属する国会議員の支持はスナク前財務相のほうに集まっている。

■インフレ対策より目先の減税を求める民意

インフレの加速は世界的な現象だが、英国でもそれは顕著である。最新6月の消費者物価は前年比9.4%と40年ぶりの高水準となった。

インフレは主にエネルギーや食品の価格高騰を受けたものであるが、インフレ期待を鎮めるために英国の中央銀行であるイングランド銀行(BOE)は8月の定例委員会でも0.5%の大幅利上げを実施した。

トラス外相が推し進めようとしている大規模減税は、インフレによって強まった家計の負担を軽減するため、有権者に歓迎されるのは当然である。その反面で、こうした大規模減税は需要を刺激することから、BOEによる利上げの効果を弱めるばかりか、かえって高インフレの定着につながるリスクを持っている。

利上げによる景気の腰折れを防ぐ観点に立てば、ある程度の減税や公共投資の強化は致し方がない。300億ポンドというGDPの1%強に相当する減税は規模が大きく、当然だが、その分だけ歳入は減少することになる。財政悪化懸念から金利が上昇し景気が停滞するというスナク前財務相の主張のほうが的を射ている。

とはいえ、やはり民意は減税のほうを支持する。

はためくユニオンジャックの向こうにビッグベンとウエストミンスター
写真=iStock.com/melis82
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/melis82

一般の保守党員の支持を確保するため、スナク前財務相は徐々に減税の方針を打ち出すようになった。手始めに7月末、エネルギー関連に限定した付加価値税(VAT)の引き下げを公約に掲げ、8月1日には2029年までに所得税の基礎税率を現行の20%から16%に下げるという公約を加えた。

この所得減税が実現すれば、過去30年で最大規模の減税となる。スナク前財務相はインフレに配慮するため、まずはエネルギー関連に限定したVATの引き下げを行い、法人税改革を経たのちに、2024年から段階的な所得税率の引き下げに着手するとしている。スナク前財務相の主張はトラス外相に比べるとやはり慎重だ。

■「理にかなった政策」が選ばれるわけではない

英国のみならず、現在の世界的なインフレの加速は供給の減少を主な原因としている。そのため供給の増加につながるような経済政策が求められるところだが、一般的に供給は増加するまでに時間を要する。天然ガスが足りないからといってガス火力に代わる原子力や再エネの発電所を造ろうとしても、すぐには建たないし稼働しない。

そうなると、物価を安定化させるためには、供給を刺激すると同時に需要を抑制せざるを得なくなる。少なくとも、需要刺激策をとることだけはご法度だ。

こう整理していくと、スナク前財務相の主張する、エネルギーに的を絞った減税と、供給増につながる法人税改革を行ったうえで所得税を減税するという経済政策方針は理にかなっている。だが物価高に苛まれている有権者は、負担の軽減が見込まれる大規模減税を主張するトラス外相のほうに耳を傾けがちだ。

トラス外相の主張が経済的に正しいかはさておき、早々に大規模減税に言及した選挙戦術は巧みだったし、それ以上に、健全財政を重視するスナク前財務相にとって今回の党首選はそもそも不利な戦いといえる。

なおトラス外相が保守党の新党首となり、英国の新首相に就任する運びとなった場合、欧州連合(EU)との関係悪化も懸念される。トラス外相はジョンソン首相の片腕として、EUとの間で合意に達したはずの英領北アイルランド=アイルランド間の通商ルールの一部に関して、一方的な撤回を声高に主張してきた経緯がある。

EUから離脱したとはいえ、英国の貿易の半分は引き続きEUとの間で行われており、英国はEUに対して大幅な輸入超過である。そのためEUとの通商関係が悪化すれば、貿易と物流が停滞し、国内のインフレに拍車がかかるリスクがある。トラス外相が新首相に就任した場合、これまでの強硬路線をどの程度修正できるかが注目点となる。

■減税・バラマキだけではインフレは収まらない

英保守党の党首選は、民主主義の在り方と望ましい経済対策が往々にして相反することを体現した現象といえそうだ。

政治は時として、民意に背いても大局的な観点から決断を下す必要があるが、ジョンソン首相の醜聞が相次いだこともあり、英国の政治では短期的な人気取りが先行している。これは日本にも耳が痛い話だろう。

その日本でも、水準はさておき、インフレは着実に加速している。日本は慢性的な需要不足であるし、肥大な公的債務を抱えている以上、利上げを行うことは容易ではない。だが、インフレの主因がエネルギー価格や食品価格の高騰である点は、日本と英国やEUと同じである。

スマホのメモを確認しながら、スーパーで野菜を選ぶ男性
写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yagi-Studio

経済政策の在り方は、家計向けの減税よりも、エネルギーの供給の増加につながるような政策が望ましい。エネルギーの安定供給は重要な課題であり、それが物価の安定、ひいては経済の安定にも貢献する。もちろんバラマキでもない。

日本は先般の参議院選を終えたことにより当面は国政選挙がない状況が続く。だが単に有権者におもねるような減税・バラマキを行うだけでは、インフレは一向に収まらない。電力に代表されるエネルギーが不足しないよう、その安定供給に向けた経済政策を立案・実行してくことが重要である。

----------

土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

----------

(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください