相手のネガティブな面が、私の目には「最高」の長所にしか映らない理由
プレジデントオンライン / 2022年8月12日 10時15分
■混乱期を生きるための「衆知」という知恵
尊敬する経営者は誰かと聞かれると、私はいつも3人の名前をあげます。日清食品HDの安藤百福、リコー三愛グループの市村清、ヤマトHDの小倉昌男です。松下幸之助の名前がないのはなぜか。幸之助翁は「経営の神様」ですので、私にとっては別格なのです。
実際、私ほど幸之助翁に傾倒している経営者はいないでしょう。著書は繰り返し読んでいますし、松下幸之助歴史館や松下政経塾にも足を運びました。
幸之助翁の言葉は力で溢れています。「私調べ」ですが、マニアの方が選ぶ言葉ベスト3は「道」「素直な心」「青春」。政経塾出身の政治家は「道」「素直な心」、経営者は「青春」をあげる方が多い。私自身も、何か1つと言われたら「青春」を選びますね。
私が好きなのは「信念と希望にあふれ勇気にみちて日に新たな活動をつづけるかぎり 青春は永遠にその人のものである」というくだり。ユーグレナは創業して18年、上場して11年経ちました。それでも新たな挑戦を続けるかぎり、一生ベンチャーだと胸を張っていい。過去に執着することなく毎日新しくスタートしなさいと教えられているようで、気持ちが奮い立ちます。
■自然と宇宙というスケールでとらえる
私はこの言葉に勇気づけられていますが、幸之助翁の言葉全体を見まわすと、個人を励ましたり元気づけることに主眼を置いたものは多くありません。自立している人や責任ある立場の人に向けて、戒めの言葉を厳しく投げかけていることがほとんどです。
これは視座が異なるからでしょう。幸之助翁は、会社、社会、国家を幸せにするためにはどうすればよいかを常に考え続けてきました。物事を自然や宇宙というスケールでとらえていて、人間が1人の力で何かを成し遂げようとするのは傲慢だと考えています。
その姿勢を象徴しているのが「衆知」です。幸之助翁は個人をないがしろにしているわけではありません。ただ、一つ一つの力は小さいので、みんなで知恵を集めることを重視しました。幸之助翁はそれを「衆知」と表現して、事あるごとに口にしていました。今を生きる経営者は、衆知の重要性を強く感じているはずです。
私は人のネガティブな面が目に入りません。仮に本人が短所だと思っている点があっても、私の目には「最高! 素晴らしい!」と長所に映ります。人をそのようにとらえるのは、人格が優れているからでも達観しているからでもありません。一見ネガティブに見える点があっても、いずれそれが生きる場面がくるからです。
昨日も今日も同じ毎日が続く時代なら、短所は明日も短所のままであり、「ここは直したほうがいい」という指導も効果的だったでしょう。しかし、今はVUCA(将来の予測が困難な状況)の時代です。今日には短所と思ったものが明日には長所になることもありえます。時代の大混乱期に、人を教育する発想は古い。大切なのは、一人一人違うところをポジティブにとらえ、それを結集すること。まさに衆知が求められるのです。
幸之助翁が生きた昭和の工業化社会は、みんなが貧しく、人々の価値観が比較的揃っていました。明日は今日の延長であり、欠点を矯正する発想にも意味がありました。そのような時代においても衆知の大切さを説いた幸之助翁は、やはり抜きん出た経営者だったと思います。では、大勢の人たちの力を結集するために、言葉をどのように使えばいいのか。参考になるのは、有名な「熱海会談」です。
■熱海会談で実践した「辞は達するのみ」
1964年、松下電器の経営は危機に陥っていました。松下は全国にはりめぐらせた販売代理店網が強みでしたが、販売代理店に在庫が積み重なり、販売力が低下。販売の大改革を行うため、全国170社の販売代理店経営者を招いて開いたのが熱海会談でした。
論語に「辞は達するのみ」という言葉があります。言葉は口に出しただけではダメで、相手に腹落ちしてはじめて価値があるという意味です。熱海会談で実践していたのは、まさに「辞は達するのみ」でした。
会議の予定は2日間。幸之助翁は事前に会場に入ると、すぐさま会場のどこからでも自分の顔がよく見えるよう、演壇を高くして、椅子の配置も変更しました。自分の思いを伝えるために、細部に徹底的にこだわったわけです。
本番は紛糾しました。2日では話がまとまらず、予定を延長して会議は3日目に突入しました。それでもなかなか収拾がつかず、このままでは物別れに終わってしまう。そんな土壇場で、幸之助翁は頭を下げて、こう言いました。「原因は私どもにある」「創業の昔に戻って一緒に頑張りたい」。そして用意していた直筆の色紙「共存共栄」を配ったのです。
これぞ辞が達した瞬間。経営者たちは心を打たれ、「自分たちも悪かった」というムードになったといいます。幸之助翁は言葉を伝えるために、その場で自分の身を晒して話すこと、スケジュールを変えてでも相手が納得するまで言葉を尽くすこと、そして最後は理屈を超えて気持ちを受け止めることにこだわりました。
もし代理の人が会議の最初に「共存共栄」と揮毫した色紙を配っていたら、販売代理店の経営者たちは「共存共栄なんてきれいごと」と思ったでしょう。同じ言葉でも、それを深く届けるための努力を惜しまなかったからこそ、多くの人の心に染み入ったのです。
神様がここまでやるのですから、私がやらないわけにはいきません。ユーグレナのお客様の会に出席するときには、なるべく事前に会場入りして聞き手側の席に座り、場合によっては椅子を並べ直してもらいます。販売代理店などに伝えたい言葉は、手書きにして郵送します。思いが乗った言葉ですから、ぜひ辞が達するといいなと思います。どんな言葉なのかは、誌面経由でわかってしまうと思いが伝わらないので内緒ですが(笑)。
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ユーグレナ代表取締役社長
1980年生まれ。2002年、東京大学農学部卒業後、東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。05年ユーグレナを創業。同年12月に、世界でも初となる微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)の食用屋外大量培養に成功。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』など。
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(ユーグレナ代表取締役社長 出雲 充 構成=村上 敬 撮影=鈴木啓介)
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