恥ずかしがりの日本人こそ向いている…街頭演説する政治家が気付いた「メタバース選挙」の活用可能性
プレジデントオンライン / 2022年8月16日 11時15分
■「無重力状態でふわふわっとした感覚」
「実は先日、ちょっと宇宙に行ってきたんです」
そう軽やかに語るのは、自民党の衆議院議員、川崎ひでと氏(三重2区)だ。
「いやあ、やっぱり宇宙空間というのは素晴らしいですね。船外活動もやりましたけど、足元には漆黒の宇宙空間が広がっていて、もちろん無重力状態ですからふわふわっとした感覚。遥(はる)かかなたには美しい地球の姿も見えて、ほんとに貴重な体験でした」
昨年末、「ZOZO」の創業者で実業家の前澤友作氏が50億円かけて日本の民間人としてはじめて宇宙ステーションに滞在する宇宙旅行を実現したことが大きな話題となったが、もちろん、川崎氏の場合はリアルではない。
■史上初の「メタバース街頭演説会」を開催
メタバース。
インターネット上に自分の分身となる「アバター」を作成し、現実社会と同じような体験ができる仮想空間のことで、現在の「Web2.0」に次ぐ次世代型インターネットの世界「Web3.0」を代表するサービスとして、このところ急速に注目を集めている。さる7月27、28日、都内で「METAVERSE EXPO JAPAN 2022」なるイベントが開催され、川崎氏はこれに参加し、アバターを通して貴重な宇宙体験をしたのだという。
実はこれに先駆け、自民党は先の参議院選挙にあわせ、日本の政党としては史上初のメタバース上での街頭演説会を開催し、話題となっていた。河野太郎・自民党広報本部長(取材時、内閣改造でデジタル担当相に)らがVR(仮想現実)ゴーグルを装着し、身振り手振りを交えて熱弁をふるっている様子を報じるニュースをご覧になった人もいるかもしれない。
この「メタバース街頭演説会」を仕掛けたのが、川崎氏ら党の若手有志だった。実際にどれほどの反響があり、どんな手応えを感じたのか。今後の可能性と、まだまだ横たわっているさまざまな課題について川崎氏に聞いた。
■ネット会場に街宣車やステージを並べ、アバターを作り…
史上初の「メタバース街頭演説会」は、参院選公示前の6月5日、河野議員や前デジタル担当相の牧島かれん議員、党青年局長の小倉將信議員(取材時、内閣改造で少子化担当相に)、党青年部長の今枝宗一郎議員、そして川崎氏が登壇者として、都内のスタジオから発信された。
「まずネット上に架空の会場を設定し、そこに自民党の街宣車やのぼり旗、ステージを設(しつら)え、アバターのスタッフも配置しました。そのネット上に議員たちそれぞれのアバターを登壇させるのですが、ご本人たちはスタジオでVRゴーグルを装着し、モーションセンサー付きのコントローラーを手にその場で聴衆に身振り手振りで語りかけるのです」(川崎氏)
「私も、司会進行役としてアバターを登壇させました。そしてもちろん、聴衆もそれぞれのアバターです。みなさん、スマホやパソコンなどから参加しているわけですが、ご自宅だったり外出先だったり、どこにいても、日本どころか世界のどこからでも参加できる。それぞれVRゴーグルを通して、同じ会場でその場にいる体験ができるわけです」
メタバースプラットフォームを展開する「クラスター」社のシステムを利用したこの日の聴衆は、延べ1000人ほど。システム上は同時接続が10万人まで可能だというが、今回は上限を500人に設定していた。
![メタバース上につくられた街頭演説会場](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/7/1200wm/img_b70091adc472c59d06625cbc17d8615d431287.jpg)
■演説中にさまざまなリアクションが飛んでくる
「河野議員ら登壇者の面々もはじめはちょっとぎこちない感じでしたが、慣れてくるとアクションもどんどん取り入れて、楽しみながら演説している感じでしたね。何より、これまでのリアルの演説会だとだいたい聴衆の方々は静かに聴いているので、喋っているほうはなかなか反応というか手応えがつかみにくい。
それがこのメタバース上では、聴衆の方々も自分のアバターでさまざまなリアクションができるため、登壇者もじかに反応を感じられ、余計に演説に熱が入っていくのです。
私自身も、宇宙旅行のときもそうでしたが、自分のなかではほんとにリアルにその場にいる感じで、まさに目の前や隣などに実際にその人がいる感覚を味わえる。極端な言い方をすれば、隣のアバターの体温すら感じられるようなリアルさなんですよ」
■リアルと違って周囲を気にする必要もない
聴衆アバターは、演説の一言一言にハートマークを送ったり、腕を動かして大きな拍手をしたり、あるいは登壇者のアバターとグータッチ、ハイタッチなどの触れ合い方もできるし、チャットのようにリアルタイムでコメントも送れる。リアルの演説会場だとどうしても周囲を気にしてそうしたリアクションを取れなかったりするが、アバターであるために人目を気にせず自由に反応できる雰囲気になるのかもしれない。
「今回のアバターはアニメのような設定で、もちろん、聴衆の方々もみなさんそれぞれ自由に自分のアバターをつくれるわけですが、プラットフォームのシステムによっては、最初にアバターをつくる際、自分の顔を正面からスキャンするだけで、瞬時にAIが実際の自分と同じ顔かたちのアバターを3Dでつくっちゃう。これだとさらにリアル感が増しますね」
■河野氏も「比例区に適しているかも」と手応え
「また、アバターにはそれぞれ名前もつけられて、人によっては本名だったり、ハンドルネームだったりですが、登壇者のほうからその名前で聴衆アバターに個別に呼びかけることもできる。その返事をコメントに書き込んで、その場で双方向の対話もできる。
登壇者もどんどんノリノリになってきて、河野議員など、演説途中で『じゃあ、この中で北海道から参加してる人はジャンプしてみて!』と呼びかけると何人かのアバターがほんとにジャンプしたり、逆にアバターからのコメントで『三重県も呼びかけて~』とリクエストも出たり、リアル演説会では感じられなかったような会場での一体感も得られました」
![VRゴーグルを装着し、コントローラーでアバターを操作する川崎氏](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/e/1200wm/img_2e34eabe454fc859efb007fc2d44f447496345.jpg)
当の河野氏も、終了後に「全国どこからでも同時に参加できるメタバースは、とりわけ参議院比例区の選挙活動にはいちばん適しているかも」と語るなど、かなりの手応えを感じたようだ。
■旧フェイスブック、マイクロソフトも参入する成長市場
政治をより身近に感じられ、政策討論や投票行動にもつなげられるメタバースだが、実際にはすでにビジネス領域でも世界的に続々と大手企業の参入が始まっている。最も親和性が高いのはゲームなどエンターテインメント業界だが、ビジネス全域ではその市場規模は2028年に8289億ドル(110兆円)にまで膨らむという予測もある(調査会社「Emergen Research」による試算)。
その代表例が社名を「Meta(メタ)」に変更した旧フェイスブックで、マイクロソフトもオンライン会議アプリの「Teams」を拡張し、メタバース上で会議や交流ができるシステムをすでに開発している。
こうした流れに乗り遅れまいと、川崎氏らはさらなる政治の場での取り組みを考えているという。
「メタバース上での街頭演説会や政策討論会などもこれからもっと回数を増やしていきたいと思っていますが、これにWeb3.0のさまざまなツールを組み合わせられないかと検討しています。例えば、NFTなどを活用すれば、もっと楽しみながら政治に関わっていただけるんじゃないでしょうか」
非代替性トークンと呼ばれるNFTは、これまでコピーや複製が容易ゆえに価値がないとされてきたデジタルデータを、完全に複製できない、つまり代替性のない唯一無二の価値を持たせられる技術。すでにアートやゲームの世界でも、デジタル作品が一品ものの価値を認められ、ダ・ヴィンチやゴッホの絵画のように数十億円から100億円以上の価値を見いだされるようにもなった。
■「岸田首相トークン」も登場?
このNFTを政治の場でどう活用するのか。
「例えば、私の政策講演会ならば『川崎トークン』とか、あるいは『河野太郎トークン』、『岸田首相トークン』などを発行する。それぞれの講演会の最後にスクリーン上にQRコードを表示することで、最後まで聴いてくれた人だけがスマホなどでコードを読み取ってそれを個人のウォレットと呼ばれる電子財布に保存できる。
参加したことの証明になると同時に、自分だけの記念コインのようなものにもなる。これはブロックチェーン技術によって改竄もできないし他人に売却や譲渡もできない、それこそ自分だけの唯一のもの。これを何枚かためた人には、何か特典のようなもの、そうですね、講演者と直接対話ができるとか、何かプレミアムを設定しておくことで参加の意欲を高めることもできるのではないでしょうか」
![メタバースの普及には民間技術だけでなく、早急な法的整備も必要だという](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/2/1200wm/img_4207358f972891cde2bf8b3cbcbfa792476910.jpg)
■法的には“グレーゾーン”がまだまだ多い
とはいえ、現状では技術先行で法規制が追いついていないメタバースの世界。今後の課題はどのあたりにありそうか。
「まず感じたのは、プラットフォーマーと呼ばれる企業が日々どんどん増えているということ。今回利用させてもらったクラスター社もそうですし、すでに世界で登録者が7億人もいるというソフトバンクのプラットフォームなど、世界では次々に登場している。それらがいまはまだ乱立している状態で、横の連携は何もない。
そうすると、かつてのグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンらGAFAのように、巨大なプラットフォーマーが覇権争いを展開し、寡占による弊害も出かねない。その点では、はやく横の連携をつくる仕組みを考えるべきでしょう」
さらに、先述したNFTにも課題がある。
「メタバース上でトークンなどデジタル資産が取り引きされるようになると、これが賭博行為にならないかという問題も出てきます。例えば、メタバースでのゲームで勝者にトークンなどが配分されると、まさに賭博とみなされるかもしれない。現状ではグレーのままですが、グレーだと新規参入に躊躇する流れができかねないですから、これもいち早く法的にクリアにしておく必要があると思います」
■民間だけでなく国主導の整備も必要
「ほかにも、いわゆる暗号資産に対する税制などルールづくりも不可欠でしょうし、通信環境についても、より多くの人にメタバースに参加してもらうためにWi-Fiの帯域を広げることも考えるべき。これには民間の技術開発だけではなく、総務省などの対応も必要。まさに官民一体で進めるべき分野ですね」
こうした課題を研究し、政府の成長戦略の柱に据えられることを期待し、今年初め、自民党デジタル社会推進本部のなかに「NFT政策検討プロジェクトチーム」が設置された。川崎氏は仕掛け人のひとりであり、チームの中心メンバーとして、すでに「ホワイトペーパー」(事業計画書)もまとめ、岸田首相にも提出している。政官民挙げての取り組みがどう進むのか、目が離せない。
![首相官邸で岸田文雄首相にホワイトペーパーを提出する「NFT政策検討プロジェクトチーム」メンバー。左から2番目が川崎氏](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/6/1200wm/img_f64229f2932d22f5218443af07821663491941.jpg)
(プレジデントオンライン編集部 聞き手・構成=プレジデントオンライン編集部)
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