「安倍氏亡きあとの親分は俺だ」内閣改造・党役員人事から読める岸田首相の真の狙い
プレジデントオンライン / 2022年8月13日 11時15分
■支持率アップより党内融和人事
安倍晋三元総理が銃弾に倒れ、早1カ月。安倍氏と旧統一教会との関係があぶりだされ、安倍派の多くの議員が旧統一教会から支援を受けていたことが連日明らかになっている。世論調査では、国民の8割以上が旧統一教会と政治家との関係を明らかにすることを求め、新型コロナの感染者が連日10万人を超える中で、岸田政権は、今月に入り支持率を一気に10ポイント下げ5割を切った。
当初は「そんな状況を打開するため」内閣改造を行うことになったと見られていた。秋と目されていた改造を早めたのは、支持率が急激に下がり、旧統一教会との関係があぶりだされる内閣において、そうした関係のある閣僚を一新するためだと。
しかし、内閣改造の結果を見ると果たして、「状況を打開するため」だったのかというとそうではないように思える。きわめて、「党内融和型」の党内向け人事であり、旧統一教会との関係が明らかになった新閣僚も散見されるためだ。
さらに、旧統一教会との関係が最も濃いと見られている岸信夫氏が引き続き、安保担当補佐官として官邸に入ることからも、岸田総理の腹づもりとしては、旧統一教会との「これまでの関係性」は致し方ないが、「これからの関係性」については、しっかりと対応する、入閣する人からもそれを了とする言質を取ることで、了承することにしたのだろう。そうしたプロセスからは世論対策という側面は感じられない。
共産党の小池晃氏は記者会見で「今回の内閣や党役員人事では、旧統一教会と関係のある議員もいる。つまりは、自民党には関係のない議員がいないということの表れではないか」と発言をしている。
しかし、私も議員時代、旧統一教会側から支援はもらっておらず、自民党内で支援を受けていない議員も数多くいるはずだ。実際、支援を受けてきたかどうかについては、その線引きが難しい。調べようにも、すべての祝電や代理出席の記録が残っているとも限らない。
旧統一教会との関係が深い議員は安倍派に多く存在するため、安倍派を閣内や党役員から一掃するという強硬手段に出れば、支持率はアップしたかもしれないが、安倍派から大きな反発を受けることは目に見えている。
しかも、野党にも旧統一教会とのつながりのある議員がいることで、旧統一教会問題は、追及されても、「今後の対応をしっかりしていく」として逃げ切れる、さらに、規制を強化する法案などを与野党でしっかり行っていける案件だと踏んだのだろう。
では、なぜこのタイミングで改造が行われたのか。それは、支持率アップというよりも、今後の安倍派の安定、ひいては、安倍派の新リーダーとなる人物を岸田総理自らが選んでいくという意思を表すための人事だったのではないかと考える。
宏池会(岸田派)の領袖であり総理総裁である人物が、別の派閥の安定と人材を考える……そこにはいかなる理由があるのか。
■安倍派新リーダーたちがすべてそろった閣内と党役員
内閣改造に関して、報道を見ると「安倍派に配慮」「挙党態勢を演出」「安定感重視」といった文言が並ぶ。どれも当たっているだろう。
安倍派は松野博一官房長官を筆頭に4人、プラス総裁選で安倍氏の声掛けで多くの安倍派が応援した高市早苗氏(無派閥)が経済安保相として入閣。岸信夫氏は安保担当補佐官として、森まさこ補佐官(安倍派)とともに官邸に残ることになった。
麻生派が4人、茂木派3人、岸田派3人(岸田首相を除く)、二階派2人、無派閥(野田聖子派)1人となり、補佐官の2人を加えれば安倍派を主流派として最重要視しているのがわかる。
「挙党態勢」という意味では、総裁選で戦った河野太郎氏をデジタル担当相、高市氏を入閣させ、「安定感」という意味では、官房長官、財務大臣、外務大臣という骨格を維持し、加藤勝信氏を3度目の厚生労働相、浜田靖一氏を2度目の防衛相に任命している。
そして、党の役職でも、麻生副総裁、茂木幹事長とともに、萩生田光一政調会長と森山裕選対委員長という布陣は、挙党態勢でこの3年間を乗り切ろうという岸田総理の意思が表れている。
前回の内閣では、小林経済安保相、牧島デジタル相と若手が2人抜擢されたが今回は、小倉将信少子化相の入閣だけで、女性も前回同様、2人。党役員に至っては、四役に女性は1人も入っておらず、後退している。
人事を一新して新しいイメージで、支持率アップを目指すというよりも、岸信夫氏の処遇はじめ総理の人事権を使って、安倍派をどう治めていくかという視点から考えられた人事とも言える。
そして、安倍氏亡きあと、安倍派のある議員は「岸信夫先生はその存在だけで、安倍派の象徴となる」と話した。それまで、安倍氏の弟という立ち位置で、安倍氏の裏に隠れていた存在はいまや、「安倍氏の血をひく政治家」として存在感を示している。
テレビ越しにも体調が悪そうな岸氏を無役にせず、安保補佐官とする岸田総理の意図はすなわち、安倍派の新リーダーはすべて自分の手中にあるということだ。岸信夫補佐官、松野官房長官、西村経済産業大臣、そして政調会長の萩生田氏である。
■安倍氏が岸田氏を総理にしたという事実
かつての安倍内閣でも、党内融和を考え総裁選で戦った候補者を閣内に取り込んできた。これは自民党の伝統とも言える。激しい権力闘争の後は、一致団結して、国政に当たるため「挙党態勢」を組む。それと同時に、次のリーダーを育成していくこともまた総理総裁には求められる。
安倍氏は、岸田氏を外務大臣、政調会長と内閣、党の重要ポストに位置づけ、「次(の総理)は岸田さん」と公言することも多かったことから、安倍氏の中で、岸田氏は安倍政権後の総裁候補の一人であり続けたのは間違いない。
前々回は、菅前総理を支持したものの、前回の総裁選で、高市氏を急遽応援しようとしたこともまた戦略のひとつだったとの分析もできる。
安倍氏は河野氏が総裁になるのだけは何としても阻止したかった。安倍氏は細田派がすべてまとまって岸田氏を支持すれば間違いなく、岸田氏は総裁になるとわかっていたが、安倍氏もまた細田派が岸田氏で一枚岩でないことを痛感していた。自民党の支持率が低くなっていた当時、細田派の若手が世論受けのいい河野陣営に流れることを安倍氏は知っていたからである。
派閥横断的支持を得て総裁になった安倍氏だからこそ、細田派をすべて一本化することの難しさもまた実感していたのに違いない。事実、安倍派とはいえ、その内実はいくつかのグループに分かれており、総論安倍支持、各論それぞれのグループ長支持というのが安倍派である。大所帯であるがゆえだが、岸田首相率いる宏池会では考えられないほど緩いつながりなのだ。
安倍氏の高市氏応援により、岸田氏は世論からの支持の高かった「河野、小泉、石破」連合に打ち勝つことができたとも言える。国会議員票では、岸田氏の票は多かったかもしれないが、党員の支持は明らかに知名度の高い河野氏の後塵を拝しており、コアの保守層を高市氏が固めることにより票が分散化されたからだ。
高市氏の存在によって、削られた陣営は河野氏側であったのはほぼ確実だった。河野氏支持だった選挙の弱い当選回数の低い若手は安倍氏に言われるまま、高市氏の支持へと回った。
巧みな戦略で安倍氏は岸田氏を総理に押し上げた、そのことは岸田総理も重々理解しているはずだ。だからこそ、自らもまた安倍氏と同様に、次期リーダーはこの手で作り上げたいと考えているはずである。
■安倍派新リーダーは岸田総理が育てていく
安倍氏が岸田内閣となって以降も、100人弱を抱える安倍派を抱える派閥の会長となったことで、内閣に物申すキングメーカーであったことは周知のことである。
「防衛費対GDP比2%」や「積極財政」「核シェアリング」など国を二分するテーマを次々とぶち上げ、党内議論を活性化させ、自分の力を誇示し続けた。岸田総理からすると目の上のたんこぶである一方、安倍氏と率直に意見交換すれば党内の保守をまとめることができるとの安心感もあっただろう。
だが、安倍氏がいなくなったことで、次の安倍派は誰がリーダーとなるのか混沌としている。
清和会も宏池会も平成研も人数が増えては分裂するという歴史を繰り返している。かつて安倍氏は、2017年に自らの後継者として、「下村、松野、稲田」の3人の名前を挙げていたが、岸田の後は安倍といった声が安倍派に多かったように、しばらくは安倍派においても安倍一強体制が続くとみられていた。
今回の人事は、忠実に安倍氏の意向を反映させ、いまだ、安倍派にも影響力を持つ森喜朗氏の意向にも沿う形となっている。安倍氏は、2021年ごろから、稲田氏のLGBT推進や選択制夫婦別姓の議論に対し、「彼女は変わってしまった」として距離を置くようになったという。一方で、西村康稔氏や萩生田氏を高く評価し、派内でも後継者の一人として目されていくようになる。そのため、岸田総理もそうした背景を理解した上で人事に挑んだ感がある。
引き続き、官房長官を担う松野氏はリーダー候補の一人であるのはもちろんのこと、経済産業大臣として西村康稔氏を入閣させ、原発再稼働やGX(グリーントランスフォーメーション)といった今後の岸田政権の目玉となる政策を担当させる。
政調会長となった萩生田氏に対しては、党内で意見が割れるだろう「積極財政」や「防衛費のあり方」についての調整力を期待していると見られる。
しかし、下村氏は旧統一教会の名称変更時の文科大臣でもあり、森喜朗氏の次のリーダー候補の名前にも挙がっておらず、外されたのだろう。
萩生田氏は、経済産業相の続投を望んだが、政調会長となった。記者会見で「自分は骨格ではなかったのか」とのせりふは、安倍派の次なるリーダーとしての自負の表れだろう。事実、改造前に人事の申し入れを行った閣僚は萩生田氏のみであり、われこそがという気概もその行動、言動から感じられた。
岸田総理は、萩生田氏を高く評価していると私自身も感じる。しかし、そこはあえて、亡き安倍氏の残された「遺言」を忠実に守ること、すなわち、「松野、西村、萩生田」の中で誰かを優遇するのではなく、平等に扱うことで、安倍派の安定化を図ること、さらには、岸田総理自身の立ち位置を明確にし、安倍氏の代わりになる親分は自分だということを誇示したかったのではないかと推察できる。
■岸信夫氏がどのくらい補佐官で居続けるかは注目点だ
人事は年に1回やってくる。
安倍一強体制は、選挙に勝ち続けることと、人事によって固められていった。かつて安倍氏が岸田氏を外相、政調会長として次なるリーダーとしてポストを与え続けたように、岸田総理もまた、次なるリーダーとなるにふさわしいと感じた人にはポストを与え続けるだろう。
それは安倍派だけでなく、茂木派、麻生派に対してもそうであろう。しかし、目下、混迷を極める安倍派に対し、今回の人事で、岸田総理が示したのは、安倍派の新リーダーは自らが育てていくという姿勢である。
ある安倍派所属議員はこう話した。
「誰かが会長になって、それを不満に思っても、派閥を出て自分の派閥を作ろうなんていう大物はいない。派閥を作るということはゼロからお金集めして、子分にお金もあげなきゃいけない。麻生さんじゃあるまいし、無理だ」
派閥政治は続くものの、小選挙区制度において、公認権と人事権は伝家の宝刀であり、今のところ、岸田総理は、それらをうまく使いこなしている。
安倍氏亡きあと、安倍派の新リーダーは、安倍派内の抗争を勝つ者ではなく、岸田総理自身の手によって育てられていくだろう。そして、岸信夫氏がその後ろ盾として常に岸田総理のそばにいれば、岸田総理としても安泰である。
ちなみに、首相補佐官は、岸信夫氏が加わったが、他の3人の政治任命者は続投となった。すなわち、そうそう変えなくてもよいポストであることがみそである。多くの大臣が1年ごとに交代する大臣とは異なり、衛藤晟一氏は7年も補佐官であった。今後、岸信夫氏がどのくらい補佐官であり続けるかも注目していこう。
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大正大学地域構想研究所准教授
NHK報道記者、外務省専門調査員、内閣府上席政策調査員などを経て、参議院議員。元厚生労働大臣政務官、元自民党副幹事長。現在、大正大学地域構想研究所准教授
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(大正大学地域構想研究所准教授 大沼 瑞穂)
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