ホンダ「シビック」が脱炭素時代に新型ガソリンエンジンを開発したワケ
プレジデントオンライン / 2022年9月2日 12時15分
■ハイブリッド化で燃費を1.5倍に伸長
ホンダの世界的な主力モデルである「シビック」に新たなハイブリッドモデル「シビックe:HEV」が登場した。今回は公道試乗の様子をお伝えしたい。
搭載エンジンは新開発の直列4気筒2.0L直噴方式で、104kW(141PS)/182N・m(18.6kgf・m)。「e:HEV」を名乗るハイブリッドシステムの電動駆動モーターは135kW(184PS)/315N・m(32.1kgf・m)。燃費数値はWLTC値総合で24.2km/L(市街地モード21.7km/L、郊外モード27.6km/L、高速道路モード23.4km/L)を達成する。地味にうれしいレギュラーガソリン仕様だ。
現行シビックでは1.5Lターボエンジンモデル(ハイオク仕様)が先行発売されており、こちらはWLTC値総合で16.3km/Lだからハイブリッド化によって約1.5倍、燃費数値を伸ばした。
今回の試乗は長野県・八ヶ岳方面の公道で行った。発売前のプロトタイプにクローズドコースで試乗していた印象から、ペースを上げると元気よく走るハイブリッドモデルであることはわかっていたが、公道ではどうか。
■一般道で周囲の交通環境に合わせた走りができる「ECON」モード
静と動。シビックe:HEVのキャラクターをワンフレーズで表すとこうなる。急勾配が連続する路面で実感したのは、大排気量エンジンのような豊かな駆動トルクを生み出す電動車ならではの静かで頼もしい走りだ。クローズドコースの全開走行で見せたエンジン主体の活発なキャラクターとは真逆の世界である。
出力特性が任意で選べる「ドライブモード」は、燃費数値に特化した「ECON」、総合バランスを追求した「ノーマル」、走行性能に特化した「スポーツ」の3モードを基本に、ステアリングの操舵力や加速フィールなど好みに特性にアレンジできる「インディビデュアル」の合計4モードを用意した。
このうち、一般道路における筆者のおすすめは「ECON」モード。ハイブリッド≒燃費数値の向上だからといった安易な発想ではなく、周囲の交通環境に合わせた走りがしっかりと行えたからこそ一押しとした。それはナゼかと具体的に深掘りする前に、e:HEVのおさらいをしたい。
■シリーズ方式でありながらエンジン「直結モード」も
e:HEVはいわゆるシリーズハイブリッド方式のシステムだ。このシリーズ方式ではタイヤに伝える駆動力を電動駆動モーターが生み出すことから、走行フィールはほぼEVだ。厳密にはバッテリー搭載量の違いから重心位置はEVとは異なるし、発電用としてエンジンが稼働するシーンがあるので車内にはエンジン音や振動が入り込む状況もあるが、電動駆動モーターならではの滑らかでトルク特性に優れた走りが終始、堪能できる。
日産では「e-POWER」が同じくシリーズハイブリッド方式として普及している。たとえばe-POWERを搭載するコンパクトカー「ノート」、「ノート・オーラ」は2022年上半期の国内登録車市場において最多販売電動車(2車で5万6942台)となった。
e:HEVもe-POWERと同じく、エンジンによって発電し、発電した電力で電動駆動モーターにより走るのだが、それとは別のモードとして、エンジンの力を直接タイヤに伝える「直結モード」が設けられた。ここがe-POWERとの大きな相違点だ。
■エンジンとモーターの二面性が気持ちいい走行を生み出す
エンジン(内燃機関)が得意とする高速走行での低負荷時、たとえば高速道路の平坦路を一定の車速で走り続ける場合に、あえてエンジンで走らせる(=エンジンの力で直にタイヤを回す)。こうしてエンジンと電動駆動モーターの効率の良いところを使い分けながら、優れた走行性能と燃費性能の両立を狙うのだ。
前述したECONモード推しの理由は、アクセル操作に対するe:HEVの反応が慣れ親しんだエンジン(内燃機関)車のように感じられたからだ。公道ではアクセルペダルを大きく踏み込むシーンは少なく、ふんわりと力を込めては抜いて、またふんわり……。おおかたこの操作の連続になる。
ECONモードでは、そのふんわり操作に対する車の反応がとても洗練されている。「アクセルペダルに対する反応が鈍いのでは……」との評価になりそうだがそこはe:HEV。ペダルの踏み込み量に応じて元気な走行フィールが顔を出し始める。最初はふんわり反応して(≒あたかもエンジン車)、その後は電動駆動モーターの豊かなトルクでグイグイひっぱり上げる(≒まさしく電動車)。この二面性がたまらなくいいのだ。
■メルセデスが70年前に実用化した技術に環境性能をプラス
ちなみにe:HEVの前身はミディアムセダン「アコード」(2013年)に搭載された「i-MMD」。走行用/発電用の2つのモーターを重ね合わせ、そこにエンジン直結クラッチを設けた仕組みはi-MMDで培われた技術だ。そして2019年に登場したコンパクトカー「フィットe:HEV」の登場以降、i-MMD搭載車は順次e:HEVへと名称が改められた。
今回、シビックe:HEVが搭載するシステムはアコード(e:HEV)のシステムをベースに、車両キャラクターや搭載エンジンの違いから最適化が施された。技術的な注目点は搭載エンジンを新規開発したことだ。アコードが搭載するe:HEVはシビックと同じ排気量(2.0L)だがシリンダー内にガソリンと空気の混合気を噴く一般的なポート噴射式を採用する。対してシビックe:HEVではシリンダー内に高圧(35Mpa)でガソリンのみを噴く直噴式に変更したのだ。
直噴化の理由は、優れた燃費数値とクリーンな排出ガスの両立にある。もっとも直噴エンジンは1954年にメルセデス・ベンツが300SLで世界で初めて実用化するなど70年近い歴史があり、今では一般的な燃焼方式だが、未だに燃費性能と環境性能の高度な両立は難しい。そこに楽しい走りといった要件が加わればなおさらだ。
![内燃機関エンジン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/3/1200wm/img_432c1e1222f03be430931ab183918dd2375235.jpg)
■新開発のエンジンが電動化車両の効率をアップ
シビックe:HEVの2.0L直噴では、ガソリンを高圧で微粒化し必要量を4回に分けて噴くことで、エンジンの効率を示す指標のひとつ「熱効率」を最大41%を達成しながら(≒燃費性能の向上)、クリーンな排出ガスを実現した(≒環境性能の向上)。
新開発エンジンを巡っては、温室効果ガス削減を目的に電動化車両の販売を促進するなか、「時代に逆行するのではないか」との評価もあがったが、最新の直噴化技術や高度なエンジンコントロールユニットを採用することで、電動化車両のひとつであるHVの基本性能をグッと高めることができる。つまり新開発エンジンは電動化車両の高効率化にも直結する。
さらに開発陣によれば、2025年ともいわれるユーロ7(EUの新たな排ガス規制)相当の厳しい基準にも対応可能で、シビックへの搭載予定はないがe:HEVのない2.0L直噴エンジンだけでも優れた走行性能との両立が可能になるという。
エンジンとして優れた基本性能と汎用性を持たせることで内燃機関の存在意義はしっかり残るし、そこに優れたハイブリッドシステムを組み合わせれば温室効果ガスの削減効果はグッと高まる。ここに内燃機関を新規開発したホンダの真意がうかがえる。
■走行時のCO2だけでなく生産から廃棄までの排出量で考える
確かに、車両の電動化は世界的な潮流だ。「自動車業界は100年に一度の大変革期を迎えた」と声高に発信している国や自動車メーカーは少なくない。しかし筆者は“100年に一度!”と連呼するだけでは、表面上の変革にしかつながらないと考える。
十年一昔だから、その10倍の100年は1世紀でキリがいい。そこに自動車市場における新たな主導権争いを重ね合わせれば、「脱ガソリンでEV化こそ正」とするドンデン返し的な流れは不可欠な要素だ。とすれば100年に一度の掛け声はもっともらしく聞こえてくる。
現在、のろしが上がる車両の電動化は、温室効果ガスの削減が目指すべき着地点。削減すべきガスのひとつCO2はすぐさま排出をゼロにできないが、走行時の排出量削減(≒燃費数値の向上)に加えて、生産から廃棄までの排出量も削減すれば着地点へと早期に近づく。一足飛びにはいかないものの、段階を追っていけば理想に近づける。それは内燃機関もしかりだから、知恵を絞った新開発エンジンという手段も立派な選択肢になる。
技術昇華の言葉通り、積み重ねてこそ技術は効率が高められる。内燃機関の車両が誕生して136年が経過した。また、進化の過程では新たな枝や幹となる別の技術も誕生する。量産型のハイブリッドカーが誕生して25年が経過した。
■ホンダは2040年に四輪のEVとFCVの販売比率100%へ
2021年4月、ホンダの代表取締役社長に就任した三部敏宏氏は、「2050年に全ての企業活動におけるCO2排出量を実質ゼロにすることを宣言。2040年には四輪のEV(電気自動車)とFCV(燃料電池車)の販売比率を全世界で100%にすることを目指す」とスピーチした。注目すべきはEVとFCVに限定したことだ。
いわゆる電動化車両にはEVやFCVのほか、全世界に普及しているHV(ハイブリッド車)やPHEV(プラグインハイブリッド車)が含まれるが、現時点(2022年7月末)でホンダが示す方針にはHVやPHEVは含まれない。
![燃費数値](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/7/1200wm/img_5778983c00e0c3943d91617a30a3faca373350.jpg)
2040年まで18年と残された時間は少ない。三部社長が語ったホンダの方針を改めて確認すると、「先進国全体でのEV、FCVの販売比率を2030年に40%、2035年に80%、そして2040年には、グローバルで100%」とする3段階での導入プランが示されている。よくよくスピーチ内容を確認すれば、「~100%にすることを目指す」わけで、この先18年間の世界情勢から内燃機関の延命が正となれば、すぐさまそのプランにHVを加えるなど臨機応変なかじ取りができる準備は整っている、とも解釈できるが、これは筆者の深読みだろうか。
ホンダは、1999年に市販化した自社初のハイブリッド専用モデルである初代「インサイト」から、23年間コツコツとハイブリッド技術を昇華させてきた。シビックe:HEVはそのひとつの究極形であることを今回の試乗を通じて実感した。
2022年、50周年の迎えたシビックは、1.5Lターボ、今回のe:HEVに加えて、ホンダ生粋のスポーツグレード「タイプR」の3本柱で歴史に名を残すだろう。
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交通コメンテーター
1972年1月東京生まれ。専門分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつために「WRカー」や「F1」、二輪界のF1と言われる「MotoGPマシン」でのサーキット走行をこなしつつ、四&二輪の草レースにも精力的に参戦中。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も積極的に行い、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。著書には『2020年、人工知能は車を運転するのか』(インプレス刊)などがある。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)理事、2020-2021日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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(交通コメンテーター 西村 直人)
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