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山奥に美女を閉じ込め、男装で毎日歌わせ踊らせる…「宝塚歌劇団」に突然ハマった書評家の言い分

プレジデントオンライン / 2022年8月27日 12時15分

東京スカイツリーで宝塚歌劇との限定タイアップ企画「宝塚歌劇 in TOKYO SKYTREE」が始まり、宙組トップスターの真風涼帆さんが出席してオープニングイベントが行われた=2018年3月1日、東京都墨田区 - 写真=時事通信フォト

宝塚歌劇団の魅力はどこにあるのか。書評家の三宅香帆さんは「こんな関西の山奥に美女たちを閉じ込め、男装させて毎日歌わせ踊らせる……。その異様さを忘れさせてしまうほど、エンターテインメントとしての宝塚の魅力はすさまじい」という――。

■コロナ禍の煽りをもっとも受けた舞台演劇だが…

関西移住することになった。

決まった時、一番最初に思ったのは「ムラ近くなるじゃん!」だった。

ムラ。それは、兵庫県の宝塚市にある「宝塚大劇場」周辺の愛称である。ちなみにそう呼ぶのは宝塚歌劇団のファンだけ。

私はいわゆるヅカオタである。しかも宝塚歌劇団にハマったのは、コロナ禍になってからだった。

コロナ禍になって宝塚にハマった。そういうと驚かれることもある。あらゆるエンタメの中で、コロナ禍の煽りをもっとも受けているのが舞台演劇だ。

今もなおコロナの影響で公演中止を余儀なくされ、さまざまな制限がなされている。従来のファンが楽しんでいた、宝塚独特のファン文化こと「お茶会」も「出待ち」もない。ときには誰とも感想を喋らずにマスクをしてひっそりと観劇するだけの日もある。それでも、やっぱり、宝塚の魅力は舞台上で変わらず光り続けている。

■取り憑かれたようにテレビを見漁った

宝塚だけは、ハマるとやばそう。昔の私には、そんなイメージがあった。

日比谷にずらりと並ぶファンの列。「宝塚」と聞いたときの印象はそれだった。ファンクラブの序列があるだとか、使う金額が桁違いだとか、そんな「沼が深そう」な話ばかり聞こえてきて、宝塚だけはハマると怖そうだというイメージが、実はあった。絶対に誰かのファンクラブに入らないと楽しめないコンテンツなのでは? とも思っていた。

そんな私がなぜ宝塚を見に行く機会に恵まれたかといえば、とある演目を友人が絶賛していたからだ。そのタイトルは宝塚歌劇団宙組公演『アナスタシア』。私が一度見てみたいなあと興味を持っていたら、なんとその友人がチケットを融通してくれたのだ。

実際に見たら、びっくりした。自分の好みど真ん中の世界が、そこにあった。歌も衣装も脚本も舞台装置もなにからなにまで夢のようで、こんな世界がこの世にあったのかと思った。なにより宙組トップスターの真風(まかぜ)涼帆(すずほ)さんがかっこよすぎて、「誰この人……」と放心状態で帰り道を歩いたことを覚えている。

家に帰った私は、取り憑かれたように、楽天TVを見漁った。

もしかすると、宝塚歌劇団といえば、劇場のイメージが強いかもしれない。しかし現在は、配信サービスにも力を入れている。たとえば、月額1650円で過去作品を見られる「タカラヅカ・オン・デマンド プレミアムプラン」の配信サブスクサービスにも力を入れているのだ。また特定の作品映像をみたいときは、550円で1週間レンタルできる。どちらも楽天TVのサービスだ。

私はたまっていた楽天ポイントで、真風涼帆さんの出演していた宙組公演を見漁った。ちょうど在宅勤務だったから、昼休みや自炊の時間といった、配信を見られる環境が整っていた。

自分の昔好きだった漫画『天は赤い河のほとり』、あるいは映画で見たことのあった『オーシャンズ11』、そして『アナスタシア』と同じロシアを舞台にしたオリジナル作品『神々の土地』を見た。全部全部面白くて、華やかで、なにより真風さんはいつだってかっこよかった。

■365日宝塚を流し続ける番組がある

私に『アナスタシア』のチケットを取り次いでくれた友人は「宝塚沼に入るスピード速すぎない⁉」と驚きつつ、宝塚は5組あって、そしてそれぞれトップ男役とトップ娘役という存在があって……とLINEで教えてくれた。

楽天で毎度配信を買うよりも、CS放送でまるまる1チャンネル、朝7時から深夜2時まで宝塚の過去作品や裏話トークを流している「スカイステージ」チャンネルに入ったら、録画もできるし半永久的にみられるしお得では⁉ と気づくのに時間はかからなかった。そして私は宝塚ファンとなった。

毎日が「仕事・睡眠・宝塚」のサイクルで完結した。過去作品を見始めると止まらなくて、仕事と睡眠時間以外はすべて見続けた。なんせ1公演3時間浴び続けるのを1日に数回繰り返すのだ。これまでみていたNetflixやhuluのドラマが目に入らなくなってしまった。宝塚の魔力、怖い。

宝塚といえば劇場でハマるものというイメージがあったけれど、私の場合は、SNSでタカラジェンヌについて友達と話したり、配信サービスやCS放送で楽しんだりすることでハマったのだった。宝塚は、誰かのファンクラブに入らなくてもまんまとハマる「沼」だったのだ。

■フィクション×エンターテインメント=宝塚

いきなり宝塚以外の話になるけれど、私は、日本の今流行っているエンターテインメントのほとんどは、「フィクション」か「アイドル」のどちらかに分類され得る、と思っている。

たとえば、漫画や映画やドラマは、虚構の物語を楽しむ「フィクション」。対して、野球や音楽あるいはYouTubeやTikTokや恋愛リアリティーショーは、実在のキャラクターのパフォーマンスを楽しむ「アイドル」に分類できる。同じエンタメ好きでも、フィクションとアイドル、どちらをより好きなのかは、時代や性格によって異なる。

しかし宝塚歌劇団は、「フィクション」と「アイドル」の掛け合わせで楽しむエンタメなのだ。つまり、どちらが好きな人でも楽しめる。だからこそファンをたくさん獲得できるのだろう。

たとえば、「フィクション」として宝塚を楽しもうとする人にとって、その演目の多さそして幅広さは魅力のひとつである。宝塚では、1年間で最低でも新しい演目が9つは見られる。しかもどんなに人気の演目でも、基本は東西の劇場それぞれたった1カ月しか上演されない。「人気だからロングラン」はまず、ない。

■「あの作品を見るまでは死ねない」

たとえば劇団四季では人気の演目が1年以上ロングランすることを考えると、宝塚の演目の回転の速さがちょっと異常であることが分かるのではないだろうか。

これに全国ツアーや小さい劇場での公演も追加で行われる。劇場まで行けなくとも、千秋楽公演はたいてい生配信を家で見られる。宝塚をいったん好きになると、「暇がない!」と嘆くことになる人も大量に存在するわけである。私もそのひとりで、気がつけば宙組の長崎公演のために地方遠征したり、ある雪組公演にドはまりして同じ舞台を複数回見たりしていた。宝塚にハマって圧倒的にアクティブになり、休日に外へ出かけるようになった。

ちなみに次に上演される作品のタイトルは、半年以上前から発表される。私は宝塚を好きになって、半年以上先に楽しみな演劇があるというのは、なんだかいいものだな、と思うようになった。「あの作品を見るまでは死ねない!」と思えるのは楽しい。

宝塚劇場
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

■常に新しくて面白い作品が演じられる

さらに宝塚歌劇団の特徴のひとつは、新しい作品を常に作り出していること。

作品は、基本的に座付き演出家が脚本を書き、自ら演出する。そのため、役者へのあて書きを施した宝塚オリジナル作品が存在する。

最近だと、音楽家のリストたちを描いた『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』、前作から10年以上たってシリーズ3作目が描かれた『めぐり会いは再び next generation―真夜中の依頼人(ミッドナイト・ガールフレンド)―』があった。

あるいは海外ミュージカルを上演することもある。『エリザベート』『ガイズ&ドールズ』などは宝塚でも再演されることの多い人気演目となっている。

さらには漫画原作(たとえば『るろうに剣心』『CITY HUNTER』『はいからさんが通る』)まで、フィクションエンターテインメントとしての幅は限りなく広い。どれも華やかで美しい舞台セットや衣装で「宝塚らしさ」を持ち続けながら、人気演目をつねに生み出そうとしている。

ある時、昔から宝塚を好きな私の友人が、「本当に最近は駄作が少なくなった」としみじみ言っていた。フィクションとしての面白さも追究し続けていることが、今もなお劇団が人気である理由のひとつではないだろうか。

■「推し」が見られるのは今しかない

そんなわけで「フィクション」としても完成度の高い宝塚は、「アイドル」の応援を楽しむことのできるエンタメでもある。どちらかというと世間で知られている宝塚は、こちらかもしれない。

近年の大人数女性アイドルグループといえば、競争や卒業によって各個人の物語を生み出し、ファンに思い入れをもって応援してもらう仕組みが定着している。が、これをもっと早くからやっていたのが、宝塚だった。

「トップ」になったら、その期間の作品は、ずっと彼女が主役。5組あるなかで、誰が次のトップになるのか。誰がいつ卒業してしまうのか。組替えというシステムもあるなかで、ファンはハラハラしながら人事を待つ。そのうちに誰かに思い入れをもって応援するようになってしまう。

さらに誰かを好きになると、先ほど紹介したCS放送でタカラジェンヌの素顔が見える番組が常に放送され、さらに毎月2誌の専門誌(『歌劇』、『宝塚グラフ』)は発行され、ブロマイド写真も常に豊富に売っている状況だ。普通のアイドルグループなどと大きく異なる点がここではないだろうか。つまり外部のテレビ番組や雑誌の待遇に左右されず、自前でタカラジェンヌたちの発信を行う場を持っているのである。

当然だが、どんなに愛されている男役スターだって、宝塚を退団したら「男役」を舞台ですることはあまりない。あるいは娘役であっても、ダンスを踊りまくりウィンクを飛ばしまくる姿を見られるのは、今しかない。

期間限定のアイドル姿に、常に豊富な情報供給。かくして「アイドル」生産も宝塚歌劇団は上手なのだった。ハマるしかない。

■こんなエンタメは世界のどこにもない

宝塚は、フィクションとアイドルどちらも楽しめるエンタメであり、さらに劇場に行くと必ず、豪華で華やかな夢の世界を見せてくれる。ああ、ここ以外にこの満足感を提供してくれるエンタメってないよ……。そう思い、私はまた観劇や配信のチケットを買ってしまう。

「こんな関西の山奥に美女たちを閉じ込め、男装させて毎日歌わせ踊らせる……正気か?」

そんなふうに我に返ることもある。

しかしこんな文化、世界中のどこを探したって、ほかにはない。見ると、やっぱり圧倒的に元気になる。

だから私は、明日も宝塚の劇場に通ってしまう。

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三宅 香帆(みやけ・かほ)
書評家・文筆家
1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。著書に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)、『副作用あります⁉ 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)などがある。

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(書評家・文筆家 三宅 香帆)

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