「四半世紀も賃金横ばいの一般社員の犠牲で成り立つ」報酬1億円超の役員、過去最多663人
プレジデントオンライン / 2022年8月17日 11時15分
■最高は43億3500万円…報酬1億円超の役員は663人
円安・株高の影響を受けて企業の役員報酬は上昇している。東京商工リサーチの2022年度3月期決算の「役員報酬1億円以上開示企業」調査によると、開示企業287社、1億円以上の報酬をもらっている役員は663人だった。
報酬開示が義務づけられたのは2010年3月期決算以降だが、社数・人数ともに右肩上がりで増加を続け、今回は過去最高を更新した。
報酬額10億円以上は、Zホールディングスの慎ジュンホ取締役の43億3500万円をトップに8人で前年から3人増えた。1億円以上2億円未満は474人で全体の71.4%を占めた。663人のうち、前年に続いて開示された人は437人であるが、そのうち報酬が増加した人は303人で、約7割を占めた。
役員報酬を押し上げたのはもちろん業績が好転した結果だ。役員の報酬は主に固定報酬、業績連動報酬、役員退職慰労金の3つで構成される。
その内訳は有価証券報告書に記載されているが、かつての役員報酬は固定報酬と退職慰労金だけであったが、外国人株主などの投資家から、がんばってもがんばらなくても同じ報酬というのはおかしいという声が高まり、今ではほとんどの企業が退職慰労金を廃止している。
さらに近年では業績連動型報酬のウエートを高める企業も増えるなど、それなりに改革も進んでいる。今回の役員報酬の総額は1453億2800万円で、前年比32.9%増と大幅に増加した。そのうち固定報酬の割合が39.9%と約4割。残りの6割を業績連動報酬が占める。業績連動報酬は業績や株価が反映され、結果的に今回の役員報酬を引き上げている。
業績や株価の向上は企業努力の結果とはいえ、アベノミクス下の日銀の異次元緩和による株高と“円安バブル”と言われるほど円安効果が輸出企業を中心に企業収益を押し上げたことも周知の事実である。
1億円以上の役員報酬を支払った287社のうち製造業が156社と54.3%を占め、1億円超の663人のうち製造業の役員が367人(55.3%)を占めていることでもわかる。つまり、円安バブルが役員の報酬をアップさせた格好だ。
たとえば非上場化を含めた経営再建策で混乱している東芝は1億円以上の役員が前年の1人から一挙に13人に増えた。人数では日立製作所の18人に次ぐ2位である。
同社の有価証券報告書によると、2021年3月期決算の「執行役」13人の報酬総額は7億7000万円。1人平均約5920万円で、固定報酬がほぼ全部を占める。ところが今年の3月期決算によると、執行役20人の報酬総額は25億9600万円。3月に社長を退任した綱川智氏の5億2300万円を筆頭に13人が1億円超であり、執行役の平均報酬は約1億2900万円。実に前年比2倍超に跳ね上がっている。
■東芝の執行役員の報酬が前年比2倍超になった理由
なぜそうなるのか。執行役の報酬は基本報酬(固定)+株式報酬+業績連動報酬で構成される。基本報酬は役職別の固定給であるが、業績連動報酬は「短期インセンティブ報酬」と「中長期インセンティブ報酬」の2つで構成される。そして短期インセンティブは、事業年度の営業利益と営業キャッシュフローが反映される。中長期インセンティブは「3年間相対TSR(株主総利回り)」が反映される仕組みとなっている。
株主総利回り(TSR)とは、株式投資によって得られた収益(配当とキャピタルゲイン)を投資額(株価)で割った比率。つまり株主がとどれだけ儲けたかを示す指標であり、それが役員の報酬額を決める基準になっている。
株主価値向上の目的で欧米企業が導入し、日本でも取り入れている企業は多い。東芝の株は投資ファンドが買い取ってくれるとの思惑もあって、株価は最近値上がり傾向にあるが、まさに株主が儲かれば役員も儲かるというウィンウィンの指標だ。
もちろん会社の業績や株価が向上することは結構なことであるが、問題は役員と同様に社員にも還元されているのかという点だ。
ところが、今年の春闘の東芝のベースアップは3000円。役員の平均報酬額の2倍超アップに比べてはるかに見劣りする。さらに役員と社員の給与格差も拡大した。社員の平均年収は約892万円。経営トップの報酬と社員の報酬の倍率は、2021年の前CEOとの格差は16倍だったが、今年3月に退任した綱川社長との格差は59倍に拡大した。
それでも欧米企業に比べると倍率は小さいとの声もあるが、一般的に内部昇進で社長になるケースが多い日本企業ではトップとの格差が20倍を超えると、社員の不満が生じると言われる。東芝の社員がこの格差をどう見ているのか気になるところだ。
この格差は東芝だけの問題ではない。
役員報酬の総額は前年比32.9%増になったと述べたが、経団連が集計した今年の春闘の大企業の社員の賃上げ率は2.27%だった。製造業の平均でも2.28%にすぎない。夏のボーナスも8.77%アップにとどまる。全体の賃上げ率も労働組合の中央組織の連合の最終集計結果によると2.07%(6004円)だった。3年ぶりに2%台になったものの、円安による輸入価格の高騰やエネルギー価格上昇により、物価が上がり続けている。
6月の消費者物価指数が前年同月比2.2%上昇し、10カ月連続の上昇となり、賃上げ率を上回る(総務省)。物価等を加味した5月の所定内給与の実質賃金は前年同期比マイナス1.5%、6月もマイナス1.0%に落ち込み、今年の2月以降マイナスが続いており、上がる気配がない。
■30年近くも賃金がほぼ横ばい状態の一般社員
賃金が上がらない状況は今に始まった話ではない。OECDの一人あたり実質賃金の伸び率の国際比較によると、1991年を100とする日本のフルタイム雇用者の実質賃金指数は2019年も105にとどまる。30年近くも、ほぼ横ばい状態といっていい。一方、イギリス148、アメリカ141、ドイツ・フランス134と着実に上昇している。
賃金が上がらない理由には諸説あるが、1つは企業がため込んでいる内部留保(利益剰余金)を人材投資(人件費)に出し渋っているとの説だ。実際に大企業(資本金10億円以上)の利益剰余金は、2000年度は88兆円だったが、20年度は154兆1000億円増の242兆1000億円に膨れ上がっている。
また企業の現預金は、2020年度は2000年度の48兆8000億円から90兆4000億円と85.1%増なのに対し、人件費は2000年度51兆8000億円から2020年度は51兆6000億円とマイナス0.4ポイントになっている。また株主への配当金は2000年度3兆5000億円から2020年度は20兆2000億円。実に483.4%増と大きく伸びている(財務省「法人企業統計調査」を基に新しい資本主義実現会議が作成)。
株主の配当金が株主総利回り(TSR)という指標によって役員の報酬を引き上げていることは前述したが、株高と業績向上の恩恵を受けているのは明らかに株主と役員だ。
役員と社員の報酬格差は欧米企業に比べて低いとの声もある。しかし今では、欧米では株主重視路線の転換を叫ぶ声や、社員とCEOの報酬格差の拡大に批判も巻き起こっている。
ましてや日本の労働者の実質賃金がマイナス状態を維持し続けているのは、どう考えてもおかしいだろう。役員報酬の高騰は、多くの社員の犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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