離婚、不倫、元サヤは当たり前…「ペンギンはオスとメスのつがいで子育てをする」の本当の意味
プレジデントオンライン / 2022年8月20日 9時15分
※本稿は、ロイド・スペンサー・デイヴィス『ペンギンもつらいよ ペンギン神話解体新書』(青土社)の一部を再編集したものです。
■ペンギンは恋愛に関しては図抜けて現実主義
ペンギンは一雌一雄制の動物です。一羽のオスと一羽のメスがつがいとなり、力を合わせて子育てをする、という意味です。一雌一雄制と聞くと、結婚と似たようなものに感じられ、結婚というと人間と同じように思えますが、このような見方はペンギンにまつわる最大の誤解のひとつを招く要因となっています。雑誌の特集でも、生きもののドキュメンタリー番組でも、ペンギンについて取り上げたものをご覧いただくと、おそらくどれもこう言っているでしょう。「ペンギンのつがいは生涯、連れ添います」と。
本当のところ、破局だの、浮気だのといった修羅場は、ペンギンたちの間でも珍しくないのに、その現実から目を背け、人間の世界で理想とされるロマンチックな結婚観をペンギンに押しつけているかのようです。恋愛に関して言うと、ペンギンは実は、世界一と言ってもいいくらいの現実主義者です。もしペンギンに讃歌なるものが存在したならば、彼らはきっと「愛への讃歌」を選ぶことでしょう。
■繁殖期が来るたびにつがい相手を確保すべく争う種もいる
外見上はオスとメスの区別がつかないペンギンですが、厳密には、わずかながら性的二型性(有性生物における生殖器以外の性別による相違のこと。体の大きさや色彩上の違いなどがある)を呈しており、体格とくちばしの大きさは、メスに比べオスのほうがやや大きめです。
留鳥(渡り(回遊)をせず、一年中同じ場所または地域で生活する鳥のこと。渡りをする種の中にも、個体によってはその場に留まるものもいる)として暮らすペンギンであれば、つがいはつがいのまま、一年じゅう一緒に過ごしますが、渡りをするペンギンの場合、繁殖期が来るたびに毎年、つがい相手を確保するためにオスが争うことになります。こうした種では性的二型性もより明白に表れています。
不思議なことに、巣の場所をめぐって最も激しい争いを繰り広げる種は魚を餌とするものばかりで、獲物の魚をしっかりくわえておくためにくちばしの先端がかぎ状になっています。このかぎは武器としても有効であり、敵のオスの顔に切りつけたり、ペンギン研究者の腕に一瞬にして切り傷をつけたりできるものであると、多くの研究者が身をもって学んできました。
■メスはオスをどうやって見分けているのか
場所を確保したら、オスが次に取りかかるのは、せっせと巣を作り上げ、メスを求めてアピールすることです。新聞に恋人募集広告を載せるわけではありませんが、それに近いことをします。巣の上か近くで、オスが求愛のディスプレイをする、というのが一般的です。腕(翼)をばたつかせたり、鳴き声を張り上げたり、パブで騒ぎたてる酔っ払いのごとく振る舞うのです。この行動は社会的伝染を招くことが多く、コロニー内のオスたちの間で腕をばたつかせながら大声で歌うのが大流行となります。
オスのこうした行動は、どのオスもそっくり同じに見える中、メスがどのようにしてつがい相手を見定めるのか、手がかりを与えてくれます。オスの鳴き声は一羽一羽で異なり、まるで指紋のように個体を識別できるだけでなく、メスにとっては、そのオスにまつわる重要な情報源となるのです。
■異性としての魅力の第一条件は、まるまる太っていること
メスの観点から見ると、成功する見込みの高いオスを選ぶことが肝要です。ペンギンで言うところの成功とは多くの場合、巣で卵を温め続けるのに必須である絶食期間を耐え忍ぶことができる、ということを意味します。つまりペンギンの場合、メスが異性としての魅力を感じる相手は、まるまる太ったオスなのです。
ペンギンのメスは、太い声で鳴くオスを好みます。身体の大きなオスは胸腔も大きいですから、結果的に声が太くなります。そして体格が大きければ、燃料タンクも大きいわけで、大きなオスを選ぶことで、巣に座り続けるパワーを少なからず確保できるはず、と考えるのは当然と言えるでしょう。
つまり、メスにとって本当に必要なのは、大きく、かつ太ったオスです。オスがどのくらい太っているか、その鳴き声からメスが判断することは、少なくとも理論上は可能です。鳴き声は、鳴管と呼ばれる、人間の喉頭に相当する鳥類特有の器官を用いて発せられます。鳴管は上胸部にあり、上胸部と言えば脂肪を多く蓄積できる部位でもあります。鳴管を取り巻く脂肪の量が多ければ多いほど、鳴き声の聞こえ方も大きく変化し、高周波音が吸収され、鳴き声は単調に聞こえます。
■メスが選り好みを繰り返した結果オスが大柄になった
ペンギンのメスは、太く、単調な鳴き声を聞き分けることによって、理想のオスを見つけることができるのかもしれません。このようなシステムの利点は、ペンギンのオスは、パブで騒ぎたてる酔っ払いと違い、うそをついたり、ずるをしたりできない、ということです。鳴き声のありさまは真実の姿によって決まりますから、オスがどれだけ多くの資源を持ち合わせているか、あるいは身体各部位がどれだけ大きいか、ほらを吹くことはできません。
![ペンギンにキス](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/9/1200wm/img_992a11537b4b32143505da802893d18c813358.jpg)
このような選り好みが繰り返された結果、オスはメスよりも大柄になりました。体格の性差は、オスが絶食しなければならない期間が最も長く、選り好みをすることでメスが最も恩恵を受ける種類のペンギンで、最も顕著に表れています。オスとメスは外見上は同じに見えますが、体格とくちばしの大きさに微妙な差があるということは、ペンギンといえど、性淘汰の影響と無縁ではない、という事実を私たちに気づかせてくれます。
■オスにとって最大の問題は「メスの数の不足」
これは一見したところ、オスのペンギンはSNAG(新世代の繊細な男性)の原型のように映るのではないでしょうか。妻のために尽くし、片親相当分よりも多いくらいの家事をこなし(ペンギンの多くの種では、抱卵の大半をオス親が分担します)、子供を危険から守る、といった具合です。
でも実のところ、彼らはSNAGの仮面をかぶったオオカミにすぎません。白黒のエプロンを脱がせてしまえば、そこにあるのは、ベイトソンが研究したショウジョウバエが示したのと同じ、原始的な衝動のみです。一雌一雄制とは、ハンドブレーキ程度の役割をしているだけで、ペンギンとして、地球上に存在するできるだけ多くのメスと交尾したいという欲求を、失わせるというよりは遅延させるくらいのものにすぎません。
オスのペンギンには、他の動物でもたいていそうですが、違いがわかる、ということがほぼありません。彼らの考えつく繁殖戦略と言えば、巣を構える場所を確保し、自身の求愛コールが届く範囲にいるメスであれば誰でもいいから交尾する、というやり方です。オスにとって大問題であるのは、どうにもメスの数が不足してしまい、求愛コールに応えてくれる相手を見つけられないオスが大勢いる、という点です。
■繁殖経験回数に比例して外敵に襲われるリスクは高まる
これには、理由が二つあります。第一に、卵の段階ではオスとメスの数に差はないのですが、メスはオスに比べて短命なのです。繁殖を開始する年齢もメスのほうが早く、そうなると、子を持つ親であれば誰もがご承知でしょうが、その分、寿命が縮まるのは必至です。ヒナを危険から守るために身を粉にする必要があるだけでなく、ヒナに与える餌を採りに定期的に海へ出向かなければならず、外敵に襲われるリスクが高まるためです。
南極地域で繁殖するペンギンは、ヒョウアザラシに食べられることがよくあり、海氷のふちで海へ入る、あるいは海から出るときには特に狙われやすくなります。この危険な境界線を、繁殖期のペンギンは、繁殖していないペンギンに比べ1シーズン中に最大40回も多く、行き来することになりますから、ヒョウアザラシのおやつになる確率もずっと高くなります。
メスの数がいつも不足してしまうもうひとつの理由は、ほぼすべてのオスが、メスよりも先にコロニーに現れる、ということです。町で行われる唯一の試合で少しでも勝率を上げようと思ったら、先に来ていなければ話になりません。
■“手当り次第”より“前年を踏襲”のほうが確率が上がる
メスのほうはというと、みんな一斉に到着するわけではなく、到着したときにフリーでいるオスなら誰からでも求愛される可能性があります。これが、生物学者の言うところの「実効性比」であり、その集団における実際の性比と区別されています。実効性比とは、交尾の時点でメス一羽当たりに実質的に何羽のオスが交尾相手となり得るか、という比率を表すものです。
イカした女の子に向かって口笛を鳴らすのと同じことを、オスは動くものすべてに対して続けるわけですが、カップル成立のための最善策は、前年と同じパートナーとの再会を目指すことです。そのために、オスは前年に巣を構えたのと同じ場所に戻り、そこを待ち合わせ場所として使います。これが、オスが自分の巣の場所に執着する理由です。アデリーペンギンなど、前年とぴったり同じ場所で巣作りするオスが、多いときには99%も見られます。
でも、待ち合わせするには、タンゴを踊るときと同じで、二羽が協力する必要があります。では、メスにとってはどうなのでしょう? なぜ、メスのほうも前年と同じ場所に戻って来るのでしょうか?
![キングペンギンコロニー](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/3/1200wm/img_a348b0067124d7c4c245adacbcfe1a61909844.jpg)
■種によっては離婚率が50%に達するペンギンもいる
メスが新しいパートナーを探す際、よいオスであるかどうか判断するのに、オスがどのような場所を確保しているか、あるいは求愛コールの具合などをチェックできますが、これは科学的に万全なアプローチではありません。もっとずっと確実な方法は、昨年はこのオスと組んで成功したと、すでにわかっているのなら、同じオスとつがいになることです。
前年に子育てに成功したメスは、まさにその手を使います。前と同じオスに寄り添う姿は、前年に繁殖に失敗したメスとは対照的です。メスも前と同じ場所に戻って来れば、鳴き声に基づき前と同じオスを見つけ出し、再会することができます。再会したつがいは、まるで首に腕を回し愛撫するように、お互いにしきりに声をかけ合い、首を上下に振り合います。
しかし、前年にヒナを無事に育てることができなかったつがいでは、あわれなオスはメスに離婚を言い渡される可能性が高いのです。生涯連れ添う話はどこへやら。種によっては、離婚率が50%に達するペンギンもいます。人間の場合とそう変わらない確率です。
エンペラーペンギンなど、巣を持つということをしないので、特定の待ち合わせ場所がないわけですが、そうなると離婚率も非常に高く、子育てに成功したつがいですら離婚してしまう例が後を絶ちません。
■“元カノ”が現れてメス同士で大喧嘩になるパターンもある
ペンギンの夫婦関係が長続きするかどうかに影響するもうひとつの要素は、繁殖に費やすことができる期間の長さです。この点は、高緯度で(すなわち南極点に近づくほど)、子育ての季節である夏が短い地域に暮らすペンギンでは特に重要です。過去の実績がどれだけよいオスであったとしても、メスはいつまでもオスを待ち続けるわけにはいきません。
そこでメスは、そばにいるオスと結ばれることを選択します。アデリーペンギンのメスは、繁殖期の開始時にコロニーに到着すると、数分とはいかないまでも、数時間以内には交尾を成立させてしまいます。到着時に前年と同じオスが見当たらなければ、近くに居合わせたオスのどれかと交尾してしまうのです。そうすれば、実績はあるがのろのろしている前年のオスが、もしも遅れてやって来たら、メスは新しい彼を捨てて、元のさやに納まってしまえばよいのです。
このような性的実用主義は、それ自体が問題のタネとなることがあります。もしも新しい彼の前年のパートナーであるメスが遅れてコロニーに現れ、彼を横取りされてしまったことを知れば、そのメスは新しい関係に異議を申し立てる可能性が高く、フリッパーで猛烈な連打を浴びせてライバルのメスを追い出してしまい、全工程を一からやり直しにしてしまいます。ペンギンのコロニーで繰り広げられる求愛行動は、椅子取りゲームそっくりとしか言いようがありません。
■“ご近所不倫”すら存在するペンギンのコロニー
結論を言うと、ペンギンのコロニーではスワッピングが盛んに行われることが珍しくありません。ペンギンにとっての一雌一雄制とは、一羽の相手と生涯連れ添うという意味ではなく、ある時点においては一羽の相手とのみつがいを形成する、ということなのです。
![ロイド・スペンサー・デイヴィス『ペンギンもつらいよ ペンギン神話解体新書』(青土社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/a/1200wm/img_fa449105ee0deb7cec93338540b17f24143467.jpg)
ただ、この表現も厳密に言うと正確ではありません。ペンギンの交尾行動を詳細に調査すると、正式なつがい相手を確保していながら近所のオスとささっと浮気するのを悪く思わないメスが数羽はいて、中にはメスのほうから関係を迫ったと言われても仕方ない事例もあります。
悪ふざけにも見えるこうした行動には、潜在的な欠点があります。オスのペンギンが抱卵と育雛のためにつぎ込む労力は膨大なものです。もしもメスの生殖器内に複数のオスの精子が漂っていたとしたら、オスとしては、さんざん苦労して実は他人の子を育てていた、などというエネルギーの浪費を、確実に避ける方法などあるでしょうか? ダーウィンには頭の痛い話でしょう。
そこでオスは、そのような無駄骨を折る可能性を最小限に抑える行動に出ます。正式な夫婦関係に加え不倫も繰り返して、2週間かそこら過ごすと、メスは一腹(ペンギンの場合、メスが一度に産む卵の数のこと。キングペンギン属は1個、それ以外の種はふつう2個である)で2個の卵を、通常3日ほど間隔を空けて産みます(ただし、キングペンギンとエンペラーペンギンでは卵は1個だけです)。「愛への讃歌」の歌でクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングが言い忘れたことは、後になって、その愛の結晶という大きな課題に取り組まなければならなくなる、ということです。
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40年以上にわたりペンギンを研究し、現在はニュージーランド・オタゴ大学で教鞭をとる。著書に『南極探検とペンギン』(青土社)ほか。
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(生物学者 ロイド・スペンサー・デイヴィス)
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