「1コマでもサボれば懲戒処分」そんな防衛大学校でも授業中の"居眠り"がなくならない根本原因
プレジデントオンライン / 2022年8月24日 12時15分
※本稿は、國分良成『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
■「卒業研究」が学生の最後の登竜門だった
卒業研究、略して卒研は防大4学年全員の最後の登竜門であり、全員がそれぞれの学科などで最終の研究発表を行うことになる。
卒業が近づいてくると、4年生たちは夜遅くまで卒研に追われており、校内で彼らに会うと、私もいつも挨拶代わりに「ソツケン、大丈夫か」と聞くことにしていた。専門学科に加えて、防衛学などでもう一本別の卒業研究を作成することもできる。
卒研については、学科ごとに全員の中間発表会と最終の成果発表会があり、私もいろいろな教場に足を運んで聞いてみた。文系の卒研テーマは、国際情勢や世界の安保問題や軍事情勢などももちろん多いが、基本的に一般の大学と特に大きな違いはない。なので、文系の私でも理解できるものが比較的多くあり、時々質問などさせていただいた。
最近の文系の優秀論文題目を振り返ると、19世紀イラン史、スコットランドにおけるフットボール文化史、古代天狗の研究、移民研究、日米開戦史研究、NATOの負担共有問題、冷戦後の英国外交など、いろいろだ。
■今でも手元に残している論文がある
退任直前、第65期のO君が私に卒業論文のコピーを届けてくれた。今でも手元にある彼の論文は学部の水準をはるかに超え、質量ともに修士論文のレベルに十分に達している。大量の参考文献は米国の各種公文書など、英語の一次資料でびっしり、国会図書館にもしばしば通ったようだ。
テーマは、米軍人によるシビリアン・コントロール(文民統制)逸脱事案の原因を探る事例研究である。通説は、陸海空などの軍種間対立などで逸脱事案が発生することが多いので、軍に対する監督機能を強めることが必要だというものだ。
これに対してO君は、政府・行政サイドが軍の意見を過度に抑えようと監督機能を強めることで、軍が高い軍事的専門的職業意識を持つがゆえに逸脱発言をしてしまうのであり、むしろ相対的に抑えられがちな軍の役割を少し上げることのほうが得策ではないか、そして軍種間対立を契機とする逸脱は、ある軍種が別の軍種に比して相対的に権力が弱いときに起こりやすいのでは、と示唆する。私も大いに勉強になった。
■発表時間を“ぴたり”と守る幹部自衛官の卵たち
理工系になると学科の数も多く、卒業研究のテーマはバラエティに富んでいる。ただ、数式や化学方程式ばかりが並んでいるものも多く、文系の私にはちんぷんかんぷんなのだが、学校長が聞いているかどうか皆が横目でチラチラ私の反応を見ているので、一応わかったようなふりをしなければならない。
発表は一人あたり議論を入れて15分程度であり、一流の学者でもそんなにコンパクトに発表するのは難しそうだ。中身の出来具合にはバラつきがあるが、皆が時間をぴたりと守るのはさすがに幹部自衛官の卵だ。
一般の大学であれば、学年ごとや卒業にあたって履修単位が規定に満たなければ、留年するか、2年連続留年の場合は退学になったりもする。防大にも当然のことながら同様の規定がある。2年留年すると、退校処分となる。
■1コマでもサボれば懲戒処分が待っている
また、防大には履修単位上の留年に加えて、日常的な服務状況に問題がある際に行われる「服務留年」というのがある。これは防大が将来幹部自衛官になるための人格形成を重視しているからで、学生生活のなかで、繰り返し服務において厳しい懲戒処分を受けた場合などには留年する規定がある。
この点についてはより科学的な根拠が必要であるとの認識にもとづき、日常的に指導している多くの指導官が、普段から学生一人一人の日常活動をありとあらゆる角度から把握し、評価するシステムを作成している。指導官の「指導記録」も大隊指導官が定期的にチェックして、記入漏れなどがないか調べているようだ。もちろんこれは学生のプライバシーに関わる部分であり、私ですらほとんど見たことはない。
防大の懲戒処分は厳しい。勝手に1コマでも授業をさぼるようなことをすれば、懲戒処分が待っている。授業を休むには必ず「欠課届」を提出し、承認されなければならない。
防大の懲戒処分には、厳しい順に退校、停学、戒告、訓戒、注意とあるが、どの量定が下るかはケースバイケースである。戒告や訓戒を繰り返すと、より厳しい処罰が待っている。暴力行為、窃盗、詐欺行為、性犯罪などにはもちろん重い処罰が下されるが、無断外出(脱柵)、誹謗(ひぼう)中傷、小突き、罵声、ハラスメント等々、細かいところまで前例を蓄積させる形で規定が定められている。
■居眠りは世界の士官学校の共通課題
防大生は朝から晩までスケジュールがびっしりと詰まっていて忙しく、頭も使うが、体もかなり使う。ということで、実は疲れて教場で授業中に居眠りする学生もいる。これは世界の士官学校の共通の課題のようだ。
教場の先生たちも、寝かさないように授業の工夫をしてくれているが、皆が朝から動きっぱなしで疲れているのがわかるので、放任してしまうケースも多いという。
そこでこれをどうにか改善できないかと指導陣で議論を重ねたこともある。居眠り学生を見つけたときにはどうするか。周りの学生が気付いたら起こす。もしくは、眠くなったら自主的に起立して授業を受けるようにする、など。
防大では休み時間に椅子に座って机で眠ることは可だが、ベッドでの昼寝は許されてこなかった。短時間の昼寝を入れたらどうかとの案も検討されたが、結局は否決された。が、どうも2021年からは「パワーナップ」という号令で、ベッドでの昼寝も試行されているようで、効果を上げていると聞く。いろいろ試行錯誤することは非常に良いことだ。
■“北緯38度線”上級生不在の空間に安心し眠くなる
もう一つ、携帯・スマホだが、教場に持ち込むことを禁止してはいないが(一部の授業では電子辞書代わりに携帯を使用させることもある)、教務班の学生たちが自主的に教場の前で回収していることも多い。こんなことを一般大学で実践したらどういうことになるのだろうか、と思う。ただ、最近はオンライン授業も行われているので、授業に活用することもあるのだろう。
学生舎と教場の境目の道路を、学生たちは「北緯38度線」と呼ぶ。学生舎では絶えず上級生の厳しい目があり、気が抜けない。特に1学年のときはそうだ。ところが教場に行くと、そこに「敵」はもういない。となると、気が緩んで居眠りに、などとなるのも就寝率の高さの原因の一つらしい。
そういえば、1学年での留年だけは絶対に避けたい。もう一度1学年の「地獄」の生活を送りたくないということのようだ。ある学生の証言によると、防大生が「人権」を獲得するのは2学年のカッター競技会が終わってからだそうだ。
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元防衛大学校長
1953年生。81年慶應義塾大学大学院博士課程修了後、同大学法学部専任講師、85年助教授、92年教授、99年から2007年まで同大学東アジア研究所長(旧地域研究センター)、07年から11年まで法学部長。12年4月から21年3月まで防衛大学校長。法学博士、慶應義塾大学名誉教授。この間、ハーバード大、ミシガン大、復旦大、北京大、台湾大の客員研究員を歴任。専門は中国政治・外交、東アジア国際関係。元日本国際政治学会理事長、元アジア政経学会理事長。著書に『中国政治からみた日中関係』(2017年樫山純三賞)、『現代中国の政治と官僚制』(2004年度サントリー学芸賞)、『アジア時代の検証 中国の視点から』(1997年度アジア・太平洋賞特別賞)などがある。
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(元防衛大学校長 國分 良成)
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