「自分が中国人でいたくない」謎の中華系グループが江戸川で"カキ殻清掃"をする意外な理由
プレジデントオンライン / 2022年8月19日 11時15分
■江戸川の河口でカキ殻を回収する中国人たち
2022年7月19日、東京新聞にあるニュースが掲載された。まずは「市川・江戸川河口のカキ殻大量投棄 関東在住の中国人有志が回収に汗」と題された記事の冒頭部を引用しておこう。
同胞の社会問題に対して、在日中国人自身が自浄作用を発揮してボランティアをおこなった。実に「いい話」である。そこで私はこのニュースをなにげなくツイートした。すると、活動の当事者を名乗るアカウントから「それは違う」とわざわざメッセージが来た。しかも、以前に別の取材(とあるデモ現場)で連絡先を交換したことがある中国人からも、やはり同じようなメッセージが来た。
どういうことか。彼らの話を総合すると、新聞で報じられたような「中国人の良くないイメージを吹き払いたい」などとは断じて言っておらず、それが自分たちの意見だと思われては大変に困るというのである。
とはいえ、私に送ってきたメッセージはいずれもネイティブの中国語であり、中国大陸の簡体字が使われている。客観的に見れば、彼らは明らかに中国人(すくなくとも元中国人)だ。ちょっと面倒くさそうな話だとも感じたが、私は以前に市川に仕事場を置いていたことがあり、土地勘がある。次回の清掃活動をおこなうときに現地を見に行ってみることにした。
■台湾人じゃないですけど「外国人」です
8月7日朝8時前。集合場所である東西線妙典駅付近の江戸川河川敷に向かうと、青い旗を出している代表者たちが2人いた。いずれも日本語が非常に流暢な中華系の人たちで、年齢は30歳前後だろう。海に近いため、空気はうっすらと潮の匂いがした。
川辺では40人ほどの人たちが作業している。全体の半分くらいは、青い旗を出していた代表者たちと似た雰囲気を感じる20~30代の中華系の若い男女、あと10人くらいはもっと「大陸の中国人っぽい」年配の男女や、南アジア系など他の国の外国人、残る10人くらいは日本人で、地域の市民団体「妙典河川敷の環境を守る会」の関係者らのようだ。
「よお、あんたらどこの国の人だ? 台湾か?」
「あ……。台湾じゃないですけど。えーと、私たちは外国人です」
河川敷を通りがかった地元のおじさんに尋ねられ、「20~30代中華系」の若者たちが答えにならない返事をしている。ただ、おじさんが「台湾」だと勘違いしたのも理解はできた。彼らは仲間内では中国語を話しているのだが、全体的に雰囲気がソフトで、中国大陸出身の中国人にときに見られる自信ありげ(悪く言えば傍若無人)な雰囲気が、ほとんど感じられないのだ。
■「クソみたいな体制」を支持する中国人は「救いがたい」
「あ、どもども。ツイッターをフォローしてます」
そして、彼らは私と面識がないはずなのに、親近感を示してくる人がいた。どうやら、私がこれまでプレジデント・オンラインに寄稿した大翻訳運動やおっぱい肉まん作戦の記事を読んでいたためらしい。代表者の1人である29歳の男性は話す。
「今回の活動を呼びかけたのは、ツイッターやLINEの(中国共産党に批判的な)話題でつながっているグループです。でも、活動それ自体で政治的な主張をアピールしようとは思っていないです。参加者には知り合いに誘われて来た普通の人もいますし」
![地元のおじさんたち(日本人)も参加している。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/a/1200wm/img_aa2ae4517b0af1c703bc88fe1a20b7201229338.jpg)
どうやら活動の中心は、中国の現体制に反発するオタク系中国人ネットユーザーのグループのひとつらしい。もうすこし詳しく聞くと、中国のネット民のなかでも、私が以前の記事で書いた「浪人」(Chonglan)と近いマインドを持つ人々のようだ。
事実、他のメンバー2人に話しかけてみると、「清掃活動とは無関係な個人の意見」と断った上で、非常に流暢な日本語で話し出した。
「自分が中国人でいたくないんですよ。あんなひどい国の国民でいるくらいなら、無国籍の外国人でいたいです。大戦当時にナチス体制を嫌って海外にいた反ナチのドイツ人みたいな感じです」
「日本みたいな民主主義の国の人たちは『中国政府と中国人は別だから、中国人とは仲良く』とか言いますよね。僕らはそう思わないです。ああいうクソみたいな体制に反抗しないで、むしろ喜んで選んで支持している時点で、そもそも中国人自体が根本的に救いがたい連中だと」
■「日本に迷惑をかける中国人は許せない」
現代中国のオタクたちは、ゼロ年代後半ごろの中国の大規模位掲示板「百度貼吧」(bǎi dù tiē ba)の、一部のコミュニティでみられたユーザー文化のノリを継承している。すなわち、往年の2ちゃんねるやその類似・関連サイトの影響をうけた、悪ふざけや不謹慎ネタを好むネットカルチャーだ。アメリカでアノニマスやQアノンの母体になった4chや8kunとも、広い意味では根を同じくしている。
ただし近年の中国の場合、いわゆるメジャーなカルチャーが習近平政権の礼賛と愛国主義の宣伝で真っ赤に染まっていることから、ネット民の一部はそれに反発する形で、激しい反中国共産党・反習近平(「反共反習」)や反中国人(「支黒」)の色彩を帯びることになった。
現在、中国国内外における30歳前後の若い中国人は、基本的に自国の体制を支持しているか、すくなくとも好意的中立という立場の人が多い。ただ、反体制系のネットカルチャーと日本のアニメなどの二次元文化の親和性が高いためか、在日中国人の場合は若者の1割くらいは中国政府に批判的な人がいる(極端な立場である「支黒」はもうすこし少ないが)。事実、江戸川のグループの代表者の1人も話す。
「僕らはもともと、在日中国人のマナー問題や反日的な言動を調べていた有志のグループです。日本が好きでこの国に来ていますから、日本に迷惑をかける中国人は許せないと思って。有名私立大学の留学生入試の、カンニンググループの微博(LINEに似た中国のメッセンジャーアプリ)のグループに潜入したりしていました」
■逮捕者も出たカキ殻の不法投棄問題
彼らはやがて、江戸川で数十人以上の中国人が勝手にカキを採り、殻を周囲に大量に投棄して社会問題になっていることを知る(注.これ自体は5年ほど前から深刻な問題として報じられており、今年7月にはカキ殻約10キロを投棄した容疑で27~59歳の中国籍の女が逮捕されている)。
![河川敷付近にはカキ殻の投棄を禁じる注意書きが多数。日本語のものもあるが、中国語の看板が特に目立つ。社会問題なのは間違いない。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/2/1200wm/img_32860fff44e8829486caefc8181e1a34736650.jpg)
そこで、仲間うちで呼びかけてカキ殻回収と清掃活動をおこなうことにした。ノリとしては、「やらない善よりやる偽善」のミームで知られる往年の2ちゃんねらーの湘南ゴミ拾いオフ(2002年)などと近い行動だろう。代表者は言う。
「本当は(活動についての)報道いらないです。好きで勝手にやってるだけなので」
とはいえ、中心メンバーは日本で就職や起業をしていて、日本語も流暢な30歳前後のいい大人だ。活動にあたっては地元の市民団体にしっかり話を通し、在日中国人叩くような抗議の主張は薄め、清掃それ自体は政治色のないボランティアという形にした。
■中国大使館員が来たら「中指を立てます」
私が見に行った8月の清掃で3回目だという。前出の通り、知人に誘われて来ただけで政治的な考えは持たない(体制への意見はない)年配の在日中国人や、他にブラジルやベトナムなど各国の外国人も多く参加しており、さらに日本人もいるので、客観的に見ればただの「よい活動」である。
![8月7日、NHK(左2人)が取材に来ていたが、活動の代表者の男性らがハンドルネームだけを名乗り、顔出し撮影もNGだったことで、日本人母子の参加者に向かう。放送でもこの母子のコメントが使われた。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/b/1200wm/img_7b1f6ba04ce1d2ce5ae4c581a23199591295668.jpg)
だが、ここまで目立っていて大手メディアも取材に来ているなら、そう遠くない将来に中国大使館から『協力』を申し出られ、中華民族の優秀な美徳を体現する在日華人同胞としてプロパガンダに使われるのではないだろうか。清掃の終了後、中心メンバーの2人に、活動の場に大使館員が来たらどうするかを尋ねたところ、以下のように即答された。
「めちゃくちゃ罵倒します」
「中指を立てます」
本来の動機と主催者の心情はさわやかではないはずだが、結果的にはさわやかな活動がおこなわれている江戸川のカキ殻清掃作戦。今後も月に1回程度のペースで続けていくとのことである。
■中国のことを「支那」と呼ぶ中国人たち
今回の彼らのような「支黒」系のネットユーザーは、ネタ半分本気半分という形ながら、“中国人をヘイトする中国人”という特殊なポジションの人々である。近年の中国のネット空間では、反中国的な言説に必ず噛みつき過激な反米・反日的言説を振りまく「小粉紅」(xiǎo fěn hóng)と呼ばれる中国版のネット右翼が主流のネット民意を形成しており、「支黒」はこれに対する戯画的なカウンターという立場だ。
なお、中国の反体制的かつ不謹慎系のネットユーザーは、中華人民共和国のことを故意に「支那」、中国人民を「支那人」、中国共産党を「支共」(=支那共産党)などというネットスラングで呼ぶ。
言うまでもなく、「支那」は第二次大戦までの日本側からの中国の呼称で、現代中国では最大の罵倒語だとみなされている。だが、それゆえにゼロ年代から香港や台湾の反中国系ネット文化のなかでしばしば使われ、やがて大陸の中国人にも伝播した。「支黒」という単語も、「支那」を「抹黒」(mǒ hēi;泥を塗る)するといった意味のスラングだ。
彼らの一部が、中国国内のネット上の愛国的・反民主主義的な言説を日本語や英語に翻訳して晒す「大翻訳運動」という行為を現在も行っているのだが、この運動にも「支黒」のカルチャーが強く反映されている。
![2019年10月1日、抗議デモが暴徒化した時期の香港島の中国建設銀行店舗。香港デモの過激派は不謹慎系のネットカルチャーとの親和性が強く、中国資本の商店破壊や写真のような落書きをしばしばおこなった。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/c/1200wm/img_dcc30436b85d0b6b477f7c07d81c804a790908.jpg)
「支黒」の場合は、民族的には同じ相手を「支那」呼ばわりしているので、厳密にはヘイトスピーチと呼べるか微妙なのだが、日本語で彼らの意見を読むとぎょっとするのも確かだ。いっぽう、リアルの本人たちはお行儀よく清掃活動をおこなっていたりもする。なんとも、現時点では評価の難しい人たちではある。
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ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員
1982年生まれ、滋賀県出身。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第5回城山三郎賞と第50回大宅壮一ノンフィクション賞、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)が第5回及川眠子賞をそれぞれ受賞。他の著作に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)、『八九六四 完全版』(角川新書)、『みんなのユニバーサル文章術』(星海社新書)など。
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(ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員 安田 峰俊)
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