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もうロシアに頭を下げるしかないのか…「脱原発」が限界に達しつつあるドイツ国民の右往左往

プレジデントオンライン / 2022年8月19日 8時15分

欧州理事会のエネルギー担当閣僚会議で、オランダ、チェコの両閣僚と話すドイツのロベルト・ハーベック経済・気候保護相(左)=2022年7月26日、ブリュッセル - 写真=EPA/時事通信フォト

■ドイツへのイライラと怒りが渦巻いている

7月26日、ブリュッセルで行われたEUの経済、およびエネルギー担当大臣のサミットの後、ジャーナリストに囲まれたドイツのハーベック経済・気候保護相(緑の党)はEUの連帯を強調し、「この精神、この団結、この決意!」とあたかも会議が大成功だったように述べたが、真実はまるで違う。

懸案であった「EUのガス緊急プラン」は、この日、確かに合意を見たが、EUの連帯のなせる業とは言いがたく、加盟国の真の心中は、身勝手なドイツに対するイライラや怒りが渦巻いていた。

実は、これには前哨戦がある。その6日前の20日、EUの欧州委員会の委員長、フォン・デア・ライエン氏が突然、EUの節ガス計画案を打ち出した。欧州委員会というのはEUの内閣のようなもので、委員長はいわばEUの首相。フォン・デア・ライエン氏はドイツ人女性で、2019年末に就任した。欧州委員会の委員は自国の利益ではなく、EU全体の利益のために動かなくてはならないという決まりがある。

ところが、フォン・デア・ライエン氏の提案はというと、この冬にはガスが逼迫(ひっぱく)する可能性が高いため、「EU各国が15%という削減目標に向かって努力する」。そして、「それがうまくいかない場合は、欧州委員会の指令で、削減を強制できるようにする」というもの。つまり、欧州委員会が各国のエネルギー政策に介入できる。しかも、欧州議会の頭越しで。

■一人勝ちしてきた国が“連帯”を求めるのか

ロシアがヨーロッパ向けのガスを絞っていることで、昨年より高騰していたガスの価格がさらに急騰、多くのEU国が困難に陥っていることは事実だ。中でもとりわけ困っているのが、EUの中枢で長らく思いのままに力を振るい、ロシア依存など存在しないと言い張り、安いロシアガスで独り勝ちしてきたドイツだ。ところが今、そのガスが高騰だけでなく、入ってこない。

つまり、節ガスは、現在の状況下では避けられないが、ただ、よりによってドイツ人であるフォン・デア・ライエン氏によって、高飛車にこの提案がもたらされたことは、即座に加盟国の激しい反発を招いた。ドイツがEUの連帯などという資格があるのか、というのが、多くの国々の本音だろう。

案の定スペインがすぐに、「事前に意見を求められてもいないことによって、自分たちが犠牲になるわけにはいかない」と同案を拒絶。結局、他に賛同する国もなく、この提案はあっという間に消滅した。そこで冒頭のように、6日後の26日、今度は権力志向の欧州委員会ではなく、EU各国のエネルギー担当相の集う閣僚理事会で再協議となり、一応の合意にこぎつけた。これが決裂したら、EUのメンツが立たないという理由も大きかっただろう。

■いよいよ逼迫すれば削減は義務になるが…

新たなプランは、各国が15%の節ガス(過去5年間の8月から3月までのガス消費量の平均値の15%減)を目標とすることは変わらないが、あくまでも自主ベース。しかも、欧州のガスのネットワークにつながっていないキプロス、マルタ、アイルランドなど島国は計画から除外されたし、また、化学肥料の生産など国民の食糧調達に直接関係するような産業も免除されるなど、例外措置がやたらと増えた。

なお、15%削減がうまくいかず、事態が本当に緊迫した場合、節ガス措置は強制に切り替えることができるが、そのハードルも非常に高くなった(閣僚理事会の15カ国の賛成が必要で、しかも、その人口がEU全体の65%以上であることが条件)。

ただ、もし本当にそういう緊急事態が訪れた場合、はたしてどの国が削減義務化に賛成するかはまったく予測できない。そのうち厳寒期となり、節ガスのせいで健康被害が出始めたり、不況が深刻になったりした場合、このガラス細工のような連帯がどれだけもつか? ひょっとすると、合意も連帯も口だけで終わる可能性もある。ハーベック氏が会議の後、「EUは分裂しない!」と大見栄を切ったのは、ドイツ国内に向けたガッツポーズだったかもしれない。

■なぜだれもドイツを助けたくないのか

EU諸国がドイツに冷たい理由は、長いリストができるほどある。現在、EUの会合がドイツの代表者にとって「カノッサの屈辱」だと言われるゆえんでもある(1077年、ローマの王であるハインリヒ4世が、ローマ教皇に破門の解除と赦しを乞うため、雪の中、カノッサ城の門の前で3日間も立ち続けたという話)。

まず、ポーランド。ポーランドは2014年、ロシアがクリミアを併合したことを受け、当時のドナルド・トゥスク首相が、EUはロシアエネルギーから独立しようと強く提唱した。彼によれば、EUは他の分野で進めているように、エネルギー分野でも共同プロジェクトを立ち上げ、エネルギーの調達先、および輸送路の開発、さらにはグリーン政策への転換も含めて、独自のルールで協力し、EUという市場を充実させていくべきだとした。

同年、トゥスク氏は欧州理事会(EU全首脳の会議)の議長となったため、このアイデアの実現に向けてさらに甚大な努力をした。これには、どのみちロシアの脅威をひしひしと感じていた東欧諸国はもちろん、南欧諸国も、また、当時の欧州委員会のユンカー委員長も皆、賛同した。

それにもかかわらず、このプロジェクトが頓挫したのは、メルケル首相の執拗(しつよう)な反対があったからだ。彼女は、「エネルギー政策は各国の課題」であり、しかも、「ロシアガスに懸念材料はない」とした。懸念どころか、ドイツにとってこれ以上おいしい商売はなかったのだ。

■メルケル政権が残した大きすぎる代償

さらにドイツの孤立を決定的にしたのがノルドストリーム2の建設だった。2011年に開通したノルドストリーム1で味をしめていたドイツとロシアは、2018年、ノルドストリーム2の建設に着手した。ただ、このパイプラインには、言うまでもなく最初から反対が多かった。いや、反対者しかいなかった。

NATOで西欧をロシアの脅威から守っているつもりの米国は、ドイツがロシアと結託していることに怒り、ウクライナは、自国を通っていた陸上パイプラインが永遠に御用済みになることを恐れた。他に大した収入のないウクライナは、膨大なガスのトランジット料で経済を支えていたが、メルケル氏は、ウクライナには補償を支払って黙らせれば良いと思っていたようだ。その後、ウクライナのゼレンスキー大統領がドイツに対して非常に敵対的だったのは、われわれの記憶に新しい。

ノルドストリーム2が運開すれば、既存のノルドストリーム1と合わせて、ドイツのロシアガスへの依存率は70%に跳ね上がるはずだった。当然、このままではEUの安全保障が担保できない。それに加え、トランプ大統領の強い反対で中断を余儀なくされた工事だったが、2020年に就任したバイデン大統領がメルケル前首相と会談した途端、なぜか工事は速やかに再開された。

要するにドイツは、すべての反対を無視し、あらゆる手段を使ってこのプロジェクトを推し進めた。メルケル首相以外の政治家も長らく超党派で、彼女の権力の下で経済の繁栄を謳歌し続けた。そして、今、その結果がこうだ。

ドイツ・ベルリン中心部にある有名なフリードリッヒ通り
写真=iStock.com/funky-data
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/funky-data

■「権力を振るうか、協力しないかのどちらかだ」

現在のガス事情はというと、スペインもポルトガルも独自路線で、随分前からロシアのガスにはもうほとんど依存していない。備蓄のガスタンクもすでに満杯だという。スペインの主要紙は、「いずれ歴史が審判を下すだろう。ドイツのシュレーダー元首相、とりわけメルケル前首相は責任を問われるはずだ」と書いている。彼らは、ドイツが自らの間違いに言及することなく、EUの連帯を求めてくることに苛立ちを隠さない。

フランスは外交の国であるからあからさまにドイツを非難することはないが、実は彼らの怒りも大きい。数年前、独シーメンス社が、アレバ社との原発合弁事業から一方的に撤退したという経緯もあれば、最近では、EUタクソノミー(EU独自の持続可能な経済活動の指標)に原発が含まれないよう、ドイツが激しい妨害工作をしていたこともある。「ドイツは自分たちが権力を振るうか、あるいは協力しないかのどちらかだ」と指摘するのはフランスの著名なジャーナリスト。

■ユーロ危機をめぐる南欧諸国の恨みは深い

ただ、南欧諸国がドイツを敬遠している一番の理由は、なんと言っても、2009年のユーロ危機の際のドイツの対応だろう。ユーロ危機がギリシャの放漫経営によって誘発されたことは確かだが、しかし、当時、救済グループの先頭に立ったドイツが、財政が破綻してしまった国々に対して、どれだけアコギなことをしたかを彼らは忘れていない。

今回、スペインの環境相は、「われわれスペイン人は、エネルギーに関しては分相応の暮らし方をしてきた」と発言していたが、これは、当時、ドイツのショイブレ財相が南欧諸国に対し、「分不相応の暮らし方をしてきた」と責め続けたことへの皮肉だ。

ユーロ危機の根本原因は、ユーロの持つ構造上の問題に帰するところも多い。しかし、当時、独メディアはそれを伝えることはなく、ドイツ国民の間では、勤勉なアリであった自分たちが、怠惰なキリギリスを助ける謂(いわ)れはないというような意見が大手を振っていた。一方、ギリシャは一時、過酷な緊縮財政のせいで、国内に「国境なき医師団」が入るほど経済が困窮したが、ショイブレ氏はそれでもなお、「彼らはまず宿題をすべきだ」と主張した。

そして、ドイツ国民は、自分たちが血税で、寛大にも南欧諸国を助けていると思い込んでいたのだ。ただ実際には、これら財政出動の多くは、結局、一連のユーロ危機の煽りで経営不振に陥った自国の金融機関の救済に充てられていた。そうするうちに、ドイツ経済はますます潤い、要するに、得をしたのは、この時もドイツだったのだ。

■この期に及んでも「脱原発」は予定通り進め…

なお、現在進行中の不協和音もある。ドイツがこの期に及んでも、脱原発の計画を固持していることが、EUの国々を激怒させている。今、ドイツでは最後の3基の原発が稼働しているが、これをハーベック経済・気候保護相は、予定通り今年の年末で止め、脱原発を完成させるつもりだ。

どうすれば、エネルギー危機の真っ最中に原発を止め、他の国に連帯という名の犠牲を強いるという発想が出てくるのか? フランスでは、ガス緊急プランの発動は、ドイツの原発3基の稼働延長を条件にすべきだという声が上がり始めているという。

それなのに、原発が話題になり始めた途端、緑の党では、ハーベック氏も、レムケ環境相も、「ドイツが抱えているのは電気の問題ではなく、熱(暖房など)の問題だ」と主張し始めた。詭弁(きべん)もここまでくると笑い話にしかならないが、要するに、緑の党が守りたいのは国民でも産業でもなく、「脱原発」だ。つまり、電気は足りていると言いたいのだろう。そして、緑の党が「脱原発」を貫徹するために、EU各国が連帯してガスを節約しろと言われているわけだ。

■原発議論がタブーだったドイツ国民もついに

さて、8月9日、いよいよEUのガス緊急プランがスタートした。言うまでもないが、EUの国々の皆がロシアに依存しているわけではない。なお、ポーランドは、今のところロシアのガスに依存はしているが、しかし、今回の有事を事前に察知し、ガスの備蓄タンクは満杯にしてあるという。

それにもかかわらず、これ以後、来年の3月末まで、すべてのEU加盟国が自主的にガスを15%節約することになる。目標は450億立方メートルの節ガス。

今、ドイツ国民の8割は原発の稼働延長に賛成している。それどころか7月30日、全金属産業連合の会長が、原発の新設を提唱している様子が第1テレビのニュースで紹介された。この11年間、原発についての議論は絶対的なタブーで、特に主要メディアが国民の間に思考停止を蔓延らせていたことを思えば、これはまさに衝撃の大転換だ。

原子力発電所
写真=iStock.com/Michael Nosek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Michael Nosek

ただ、この国民の原発容認は、私に言わせればそれほど当てにならないし、新設には時間もかかる。

一方、問題はすぐそこに迫っている今年の冬だ。電気代もガス代も、多くの人々が支払えないほど上がると予告されている。しかも、一歩間違うと、電気もガスも切れ、死者の出る悲惨な冬になりかねない。そして、それを防ぐためには、ドイツはいずれロシアに屈服し、制裁を緩め、再びガスの量をずるずると増やしてもらうという選択肢しかなくなるかもしれない。緑の党にとってはこれからが正念場だ。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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