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なぜ世界一の「日本の新幹線」が海外で売れないのか…日本人は「技術の売り方」を根本的に勘違いしている

プレジデントオンライン / 2022年8月30日 12時15分

山梨県の実験線を走行するリニア新幹線の実験車両=2014年9月22日、山梨県都留市 - 写真=時事通信フォト

日本は世界の鉄道建設で中国に敗れ続けている。元住友商事社員の小林邦宏さんは「日本はいまだに鉄道の価値を『速さ』だと思っている。すでに鉄道の価値は速さから『快適さ』に移りつつある。そこに勘違いがあるので、中国勢に負けてしまう」という――。

※本稿は、小林邦宏『鉄道ビジネスから世界を読む』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

■20年間で根本的に変わった「移動している時間」

世界中を旅していると、時間の感覚が妙に敏感になることがある。

ある国の駅から高速鉄道で別の国の駅に向かっていて、自分は「未来に向けて旅しているのだ」などと考えてしまうのだ。たしかに、到着時刻は出発時刻から見れば明らかな未来なのだが、普段は地球上の2点間の物理的距離を移動しているという認識しかない。日常の生活では到着時刻という数時間先を未来と考えることは少ないが、旅という特殊な環境(私にとっては日常かもしれない)が、今まで気づかなかったことに気づかせてくれることもあるようだ。

人間の1日の行動を「○○している時間」という視点で区切って考えてみると、たとえば「眠っている時間」に人間がやっていることは100年前とほとんど変わっていない。100年前に比べてベッドで寝る人が増えたとか、変化といってもその程度だろう。「働いている時間」は、ITの発達やテレワークの普及などで変化もあるが、それでも100年前にデスクワークしていた人は、現代でもデスクの前に座っているはずだ。

なんといっても、この20年間でもっとも大きく根本的に変わったのは「移動している時間」だろう。

簡単にいってしまえば、かつての移動時間というのは“死んだ時間”だった。出発して目的地に着くまでの数時間、基本的に通信も途絶状態だった。そのため、昔のサラリーマンは新幹線に乗り込むと「どうせ数時間は仕事ができない」と諦めて駅弁を開き、缶ビールを飲んでいた。しかし、現代のビジネスマンが新幹線に乗って、まず開くのはラップトップPC。もちろん、通信も可能だ。

■リニアをはじめとする高速鉄道は本当に必要なのか

こうなると、新幹線の速度が上がって目的地までの所要時間が1時間短縮されたところで、さほどうれしくもないだろう。むしろ、列車の速度よりも「快適な作業環境」こそが、利用者が鉄道に求めているものではないのか。たとえば、豪華なクルーズ船というのは、そもそも「速さ」よりも「快適さ」を重視した移動手段だが、現在では衛星回線を利用したインターネットも使用できるようになっている。今後はビジネス・エグゼクティブの移動手段としての需要が増えてもおかしくないはずだ。

世界各地の入札で中国に敗れ続けながらも、日本は新幹線を輸出するべくアプローチを続けている。2015年にはバンコク―チェンマイ間(約670km)の高速鉄道建設で日本はタイ政府と合意し、正式契約も締結された。しかし、高速鉄道は本当に「今求められるもの」なのだろうか? また、品川―名古屋間を40分で結ぶリニア中央新幹線は、本当に必要なのか?

■高速鉄道が成功を収める地理的条件

世界初の長距離高速鉄道として1964年に開業した東海道新幹線は営業面でも成功を収め、現在でもJR東海の圧倒的主力路線として活躍中である。しかし、この成功の背景には、ある「地理的な条件」が存在していたはずだ。

東京―新大阪間の路線距離は515km。この程度の距離で、しかも同じ本州に位置する日本の首都と当時の第2の都市を結んだことが、東海道新幹線の成功の理由だろう。そう考えれば、台北市・南港駅から高雄市・左営駅の345kmを約90分で結ぶ台湾高速鉄道も成功の条件を満たしている。実際に集客力も高いようだ。

一方で、バンコク―チェンマイ間を結ぶタイの高速鉄道は前述の通り、日本が開発援助のパートナーとなったが、契約はしたもののプロジェクトは本格始動していない。現地では、この高速鉄道の採算性を問題視する声もあるという。670kmという距離に問題があるのだろうか。

東海道・山陽新幹線で東京駅から670kmというと、岡山のあたり。高速鉄道の限界ギリギリかもしれない。行き先が広島なら、多くの人が飛行機を利用するだろう。また、ニュージーランドのように首都ウェリントンと第2の都市クライストチャーチが南北の島に分かれている国も、高速鉄道建設には向いていないはずだ。

■クルマ社会では「降りた後の移動手段」も重要

さらに、2022年3月には米国のバイデン大統領が雇用プランの一環として、テキサス州に日本の技術で高速鉄道を建設するプロジェクトを発表したが、これはどうだろう。ヒューストン―ダラス間、約380kmを90分で結ぶというから、距離は台湾高速鉄道と同程度。しかし、バイデン大統領は「公共交通の整備」も雇用プランに掲げているが、アメリカの社会を考えると「高速鉄道に乗るまで、降りた後の移動手段は?」と心配になってしまう。

テキサス州ヒューストンのドローン撮影によるスカイライン
写真=iStock.com/Kruck20
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kruck20

ちなみに、私は22年4月にダラスに滞在していたが、現地のビジネスマンと会話しても誰もこのプロジェクトを知らなかった。私がプロジェクトが現在進行中であることを伝えると、彼らは一様に

「そんなのカネの無駄遣いだ。プロジェクトを主導している政治家はアメリカのことがわかっているのか⁉ クルマ社会のテキサスで、駅に着いてからどうすればいいんだよ」と語っていた。

■カップ麺が1分で完成しても価値は3倍にはならない

では、着々と建設が進められてきたリニア中央新幹線は成功するのだろうか?

2027年に開業が予定されている品川―名古屋間は約285km。この距離が、最高時速505kmのリニアモーターカーによって約40分で結ばれるという。突発的に「1時間以内に東京から名古屋に行かなければいけない」という事態に遭遇した人には、唯一の移動手段となるだろう。しかし、そんな人がどれだけいるだろうか。それ以外の人々にとって、リニア新幹線の速さはどれだけの価値を持つのだろうか。

そもそも前述の通り移動手段の価値基準は「速さ」から「快適さ」へと重心が移りつつあるが、それ以前から「速さ」がもたらす価値には一定の限界があったはずだ。

たとえば、お湯を注いで3分で食べられるカップ麺は世界的ヒット商品となったが、調理時間を1分に短縮したところで売り上げが3倍にならないことは、すでに実証されている。また、調理時間が5分という商品も、市場で特に劣勢というわけではない。つまり、カップ麺の調理時間に求められる「速さ」は、3分前後で価値をもたらす限界に達するということだ。

カップ麺
写真=iStock.com/SUNGSU HAN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SUNGSU HAN

■リニアは速すぎて従来の鉄道と同じ通信手段を使えない

現代の移動手段では、ある意味で速さよりも重要になる「快適な作業環境」という要素はどうだろうか。前述したクルーズ船や、飛行機では衛星回線を使ったインターネット・サービスが利用できるが、鉄道で衛星回線を利用している例はまだ聞いたことがない。そして、リニア中央新幹線は従来の鉄道と同じ通信手段を使うには「速過ぎる」という問題を抱えている。

JR東海はホームページにリニア中央新幹線に関するFAQのコーナーを設けていて、

トンネルの中でも電波はありますか。(車内で携帯電話やPCのインターネットは繋がりますか。)(原文ママ、以下同)

という質問に対して次のように回答している。

営業線での携帯電話やインターネット接続サービスは、今後の世の中の技術の動向やお客さまのニーズを踏まえ、より良いサービスの形を今後検討していきます。

要するに、現時点では問題が存在し、それが解決できるかもわからない、ということだ。大丈夫か⁉

編集部註:JR東海は、プレジデントオンラインに対し「リニアの走行環境における通信について、現時点で実用化の見込みは立っている」と回答しています。

■日本人はテクノロジーを向ける先の把握が苦手

2005年から15年までフランスのブガッティ・オトモビルが生産していたスーパーカー「ヴェイロン」は、標準モデルでも最高時速407kmという驚愕(きょうがく)のスペックを誇った。時速200kmで飛ばしているクルマを、さらに200km以上速い速度でブチ抜けるというのだから尋常ではない。「東京から成田まで最高速度で巡航すればわずか10分。ただし、道路が直線ならば(笑)」といわれたほどだ。

しかし、限定生産300台の内、日本には15台が割り当てられていたが、実際の販売は3台にとどまった。日本での販売価格は1億6000万円以上だったが、この手の商品に価格はあまり関係ない。「最高速度の時速407kmを出すには、一度停まって、ウィングを出す必要がある」という“意味不明”のメカニズムがユーザーに敬遠された可能性はあるが、やはり「最高時速・407km」は必要の限界を超えた速さだったのだろう。

自動車の開発者が速いクルマを作りたくなるのは当然だ。それは、自動車に関わるすべての技術者の本能かもしれない。

しかし、ビジネスの焦点は、必ずしもそこにはないということだ。実際に、スーパーカーのマーケットは自動車産業全体の一部に過ぎない。軽自動車のマーケットも存在するし、大型トラックのマーケットも存在するのだ。軽自動車マーケットで儲けようというのなら「速さ」とは異なるセールス・ポイントが必要になるのは、いうまでもない。

つまり、テクノロジーを向ける先を正確に把握することが必要なのだが、私には、どうも日本人はここも苦手にしているように思えてならない。

■テレビの「リモート出演」もいつの間にかスタンダードになった

たとえば、テレビ放送や受信用モニターは驚くべき貪欲さで画質を向上させているが、この開発競争はどこまで意味があるのか。多くの人が「もう、いいでしょ⁉」と感じているはずだ。人間の眼には限界がある。一定のレベルを超えれば、どんなに画質を向上させてもヴェイロンの過剰なスピードと同じになってしまうのだ。

そして、コロナ禍は図らずも「テレビにこれ以上の画質は必要ない」ということを多くの人に体験的に認識させてしまった。ワイドショーの出演者の多くが、スタジオで密状態になることを避けてインターネット回線を利用してリモートで出演するようになったが、ほとんどの視聴者がその低画質によるストレスを感じないからスタンダード化している。

■温水洗浄便座が世界的ヒットになったワケ

私にも、日本の大手家電メーカーに勤める友人がいる。彼は、私に会うと自分が携わっている新商品の話をしてくれる。

「今度の商品には、こんな機能がついている。さらに、こんな機能も。そして、スマホを活用すれば、こんなことだって可能だ」

私は、聞きながら「その機能って、必要か?」と考えている。友人も、それらの新機能に大きな価値がないことはわかっているから、話しているうちに声のトーンも落ちてくる。一説によると、撃沈された戦艦大和も“無駄なテクノロジー”の塊だったそうだ。日本人には、誤った方向へテクノロジーを発展させていく性癖があるのかと思えてしまう。

近年、日本人の創意工夫が正しい方向に向かってヒット商品を作った例といえば、ウォシュレットなどの温水洗浄便座ぐらいのものかもしれない。この商品では日本のテクノロジーが正しい方向に向かったということだが、その理由も明確な気がする。

まず、この商品では開発に際してテクノロジーを向ける先が、間違えようもないほどハッキリしている。排便後の肛門周辺を洗浄するということだ。そして、従来はそこにトイレットペーパーが置いてあっただけ。目的を見誤ることなく、存分の創意工夫を働かせる余地があったから、日本の温水洗浄便座は中国などでもヒット商品となったのだ。

温水洗浄便座
写真=iStock.com/Thapakorn Rujipak
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thapakorn Rujipak

■どんな技術にも「価値の限界」がある

しかし、今後はわからない。「インターネットを利用して、帰宅時刻に合わせて便座を温めておける!」とか「毎朝、尿の状態を便器から直接、5G通信で医療検査機関に送って健康チェック!」なんていうアイデアが反映され、他の家電商品と同様に国際的競争力を失ってしまうかもしれない。

どんな技術にも「価値の限界」があるということでもある。1970年代の日本のテレビCMで頻繁に目にした家電製品といえば電気シェーバーだが、最近では通販番組でもほとんど見かけない。もちろん、世の中からシェーバーがなくなったわけではない。どういうことかといえば、もはやシェーバーにはテレビCMを放送してまでアピールするべき新技術は残されていないということだろう。

■中国との価格競争は「してはいけない競争」だった

日本の家電製品が世界市場で競争力を低下させていった背景には、もちろん中国をはじめとする新興工業国の製品との価格競争もあった。しかし、その競争は「してはいけない競争」ではなかったか。日本で非正規雇用の労働者が急増した背景には、間違いなく、この価格競争が存在している。

小林邦宏『鉄道ビジネスから世界を読む』(インターナショナル新書)
小林邦宏『鉄道ビジネスから世界を読む』(インターナショナル新書)

価格競争で日本が中国に敗れるというのは、アフリカにおける鉄道開発の受注争いと同じだ。そして、価格面の不利を補うために日本側が採用する戦略も同じで、「付加価値をつける」というものだ。この付加価値を考えようとして、日本人は往々にして誤り、テクノロジーを「はぁ?」と思うような方向へ発展させてしまうのだろう。

テクノロジーを正しい方向に向けることができれば、価格競争に巻き込まれることのない価値を持った商品を開発することができる。たとえば「デロンギ」などに代表されるイタリアの一部のコーヒーメーカーは、価格とは関係なしの価値を認められ、世界中のコーヒーファンに愛用されている。コーヒーメーカーに求められるテクノロジーも結局は「美味いコーヒーをいれる」という一点が核心で、高い技術力をそこに集約できれば、競争力のある商品を生むことができるのだ。

■本当に求められる技術を考える

日本では一般的に「汎用性のある技術」が高い評価を得る傾向にあったと思うが、現在の世界市場で生き残るために必要な技術は「唯一無二の価値を生む技術」なのだ。「白物家電」などといったカテゴライズで考えるのではなく冷蔵庫なら冷蔵庫で、洗濯機なら洗濯機で、本当に求められる技術はなにかを、もう一度、検討するべきではないかと思う。

よく冷える冷蔵庫、汚れがよく落ちる洗濯機……そういえば「吸引力の落ちない掃除機」はヒット商品になったではないか。それを開発する技術力が日本になかったとは思えない。やはり、テクノロジーを向ける先を正確にフォーカスできていなかった。

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小林 邦宏(こばやし・くにひろ)
元住友商事社員、YouTuber
1977年生まれ。旅するビジネスマン。2001年、東京大学卒業後、住友商事株式会社入社。情報産業部門に配属されるも、世界中を旅しながら仕事をするという夢を実現するため、28歳で自ら商社を起業し、花、水産物、プラスチックなどの卸売りを開始。「大手と同じことをやっていては生き残れない」という考えのもと、南米、アフリカ、東欧、中近東などに赴き、知られていないニッチな商材を見つけ、ビジネスを展開。著書に『なぜ僕は「ケニアのバラ」を輸入したのか?』(幻冬舎)。

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(元住友商事社員、YouTuber 小林 邦宏)

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