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受信料という安定財源でやりたい放題…「NHKのネット本格参入」に新聞各社が頭を抱えるワケ

プレジデントオンライン / 2022年8月20日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oatawa

■「NHKのネット配信」で苦境に立つ新聞・民放

NHKのネット事業が「放送の補完」から「放送と並ぶ本来業務」に格上げされる方向で動き出した。

総務省の有識者会議が8月初めに公表した「放送」の将来像について取りまとめた報告書で、初めて制度面の検討を進める方針が示され、今秋から具体的な検討に入ることになった。自民党も相前後して、「本来業務」に向けた検討を始めるよう提言、歩調を合わせたのである。

これにより、NHKがかねて熱望していた「ネットの本来業務化」に向けた議論が本格化する運びとなった。

「公共放送」として放送界をリードしてきたNHKが、「放送メディア+ネットメディア」として法的に位置づけられ、名実ともに「公共メディア」に脱皮することになれば、メディア界の勢力図は大きく変わりかねない。

こうした動きに対し、民放界に大きな影響力をもつ新聞界は、あいも変わらず「NHK肥大化」「民業圧迫」と批判するばかり。NHKのネット事業をめぐる新聞界の主張は、20年以上もの間、いっこうに深化していない。自ら「デジタル時代の放送」の具体的な絵図を描いて「NHKのあるべき姿」を提言することだってできたはずなのに、行政まかせの姿勢に終始してきた。

「ネット」の浸透でメディア事情が激変して、新聞界は苦境に立たされている。ネット事業に注力しているNHKを前に、なすすべもなく佇んでいるようでは、かつての「メディアの盟主」はネット時代に本当に置き去りにされてしまう。

■国は「放送」と「ネット」の両立を視野に入れる

総務省の有識者会議「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」(座長=三友仁志・早大大学院教授)が2021年秋から進めてきた「放送」の将来像をめぐる議論は、「放送」が「ネット」とどのように関わっていくかが最大のテーマになった。

そんな視点に立ってとりまとめられた報告書が「デジタル時代における放送の将来像と制度の在り方」だ。

まず「放送」の現状について「動画配信サービスの伸長などにより『テレビ離れ』が進み、情報空間はインターネットを含めて放送以外にも広がっている。広告費の低下や人口減少の加速化により、放送は構造的な変化が迫られており、既存の枠組にとらわれない変革が求められる」と、「放送」を取り巻く環境が様変わりしていると分析した。

そのうえで、「放送の価値は、デジタル時代においてこそ期待される」と強調、「インターネットによる配信を含めた多様な伝送手段の確保」などにより、「放送」の社会的役割を維持・発展させていくことの重要性を指摘した。

そして、「ネット」の展開について、健全な民主主義の発展に貢献するよう「放送コンテンツの価値を同時配信などによりインターネット空間に浸透させていくべき」と断じ、「NHKと民放の二元体制を、インターネットを含めた情報空間全体で維持していくことが重要」との認識を示した。

そして、そのために、NHKのネット事業について「具体的かつ包括的に検討を進めた上で、制度的措置についても併せて検討していくべきである」と結んだ。

東京・渋谷にあるNHK放送センター
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

これは、「放送の補完業務」と位置づけてきたNHKのネット事業を、「放送と同格の本来業務」に引き上げるための放送法改正まで念頭に置いたものと捉えられる。つまり、NHKを、「放送」も「ネット」も展開する「公共メディア」として認知しようという方向性を明確に打ち出したといえる。

■「ネット受信料」発言で炎上した過去

自民党の情報通信戦略調査会(会長・佐藤勉元総務相)も4日の幹部会合で、NHKのネット事業について「本来業務とすべきかどうか」「本来業務とする場合には範囲をどのように設定するか」などを総務省が具体的に検討するよう求め、後押しすることになった。

強力な「援軍」である。

NHKは2017年夏に初めて、ネット事業について「将来的には本来業務と考えている」と公式に言及、「ネット受信料」の創設にも触れた。

その際は、民放界などの猛反発でいったん引っ込めたが、「ネット」の本格展開の野望は抱き続け、20年春に常時同時配信「NHKプラス」をスタート、今春からはテレビを持たない人向けに専用アプリなどを使ってサービスを提供する「社会実証」を始めるなど、「本来業務」の実現に向けて着々と布石を打ってきた。

「公共メディア」への進化を至上命題とするNHKの強固な意思が、ネット事業の拡大に慎重だった面々をようやく突き動かしたかのように見える。

■20年以上前から続く新聞界との緊張関係

NHKのネット事業の拡大に対し、強く反発してきたのは利害が交錯する民放界であり、その後ろ盾となってきた新聞界だ。ただ、民放界は許認可を受ける総務省の監督下にあるため、もっぱら新聞界がNHK問題を取り上げてきた。

有識者会議の報告書に対しても、新聞協会メディア開発委員会が意見書を提出、「NHKのインターネット業務が際限なく拡大されることを強く危惧する」とクギを刺し、「巨額な受信料を財源にネット事業をさらに拡大すれば、民間事業者の公正な競争を歪め、言論の多様性を失わせることになりかねない」と懸念を表明。総務省に「懸念に応える真摯(しんし)な対応を求める」と迫った。

実は、20年以上も前の02年春、NHKのネット進出にあたって総務省が示した「NHKのインターネット利用ガイドライン」に対し、新聞協会はこんな見解を表明した。

「受信料という公的な安定財源を確保されているNHKが、多数の民間企業がしのぎを削っている分野へ参入すれば、市場の混乱を招き、民業圧迫につながるので、反対する。メディアの多元性を失わせ、民主主義の根幹である言論の多様性を損ないかねないとの重大な危惧を抱かざるを得ない」

当時、新聞界は、草創期にあった「ネット」の潜在的脅威に気づき、NHKが「放送」の枠から飛び出して「放送の公民二元体制」を崩しかねないことを警戒したのである。

マスメディア媒体の変遷
写真=iStock.com/Bakal
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Bakal

筆者はかつて、NHK問題を検討する新聞協会の研究会の座長を務めた経験があるが、新聞協会の一員でもあるNHKと主要新聞各社との間に受信料やネット事業の在り方をめぐって微妙な緊張関係があったことが思い起こされる。

その時から、「ネット」への進出をもくろむNHKと、「放送」の枠内に押しとどめようとする新聞界の長い綱引きが始まった。

■新聞離れが進んでも、変わらない主張

ところが、20年余の間に、NHKがネット事業を拡大してきたのに対し、新聞界の主張はほとんど変わっていない。

NHKがネット事業に乗り出そうとした20年前の前述の見解と、いよいよ「本来業務」に位置づけられようとする局面で出した今回の意見書を比べてみれば、ほとんど同じ内容であることは一目瞭然だ。

当時の問題意識はそのまま現在につながっているものの、「十年一日」ならぬ「二十年一日」のごとく、同じようなお題目を並べて、NHK批判を繰り返してきたのである。

この間、メディア界は「ネット」の大波に巻き込まれて劇的に変化し、「新聞」は、メディアとしても、産業としても、著しく衰退してきた。

新聞通信調査会の調査によると、メディアとしてもっとも肝心なニュース接触率で、「新聞」は19年度に「ネット」に抜かれ、21年度は61%にとどまり73%の「ネット」の後塵を拝するようになった。

情報の信頼度も、21年度をみると、「新聞」が67.7点(20年度69.2点)で、69.0点のNHKにトップの座を譲った。

経営面でも、「新聞」の総発行部数は、00年に約5400万部を数えていたが、20年余の間に約3300万部にまで落ち込み、さらに加速度的に減少している。00年に約1兆2500億円あった新聞広告費も、20年には約3600億円に激減した。

「新聞」に接する機会が減れば、社会への影響力が落ちることは自明の理である。

■「テレビ離れ」に頭を抱えるNHKと民放

一方、放送界も、急加速する「テレビ離れ」に頭を抱えている。「ネット」の進展による影響であることは言うまでもない。

NHK放送文化研究所が5年に1度実施する「国民生活時間調査」の2020年版によれば、1日(平日)にテレビを見る人は79%で、15年の85%から大きく減り、8割を割り込んだ。とくに10歳代後半の落ち込みが大きく、47%と5割を切った。15年に比べ24ポイントも激減したのだ。20歳代も51%で、18ポイントも減った。

これに対し、「ネット」の利用は、それぞれ80%、73%を記録。若年層を中心に、「放送」から「ネット」への移行が顕著に表れた。

テレビに背を向け、スマホに夢中になる男児
写真=iStock.com/NI QIN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NI QIN

「テレビ離れ」は、受信料の減収につながりかねないNHKよりも、広告費に頼る民放界を直撃する。

民放界の広告費は、かつては2兆円を超えていたが、19年に「ネット」に抜かれ、20年には1兆7000億円を割った。視聴率が広告費のものさしになるだけに、視聴者が減れば収入減に直結してしまう。

18年春には、政府の規制改革推進会議が「放送」の改革について論議する中で「民放不要論」まで飛び出し、民放界を震撼(しんかん)させた。

「放送」の低落トレンドは、「新聞」ほどではないにせよ、今後も続くとみられる。

こうした傾向にいち早く危機感を覚え、20年余にわたって「デジタル時代の放送」を探ってきたのがNHKといえる。

■成功体験にとらわれ、青写真を描けなかった

イギリスのBBCのように海外をみれば、「放送」が「ネット」に本格的に進出する事態は避けられないだろう。

民放界の代弁者でもある新聞界は、20年余の間に「デジタル時代の放送」や「NHKのネット事業の在り方」の青写真を描くチャンスが何度もあったに違いない。

新たな情報空間で、新聞界がNHKや民放と共存し、「ネット」と折り合いをつけるためには、どのような形が望ましいのか、それを実現するためにどのような方策があるのか、そして、どのように筋道をつけたらいいのか……。自ら知恵を絞り、有識者を集めて意見を聞き、現実的な将来図を描いて、政府に実現を迫ることができたはずだ。だが、そうした動きは一度もなかった。

新聞界は、いまだに「ネット」との適切な付き合い方を見いだせず、もがいている。過去の成功体験にとらわれ、ズルズルと後ずさりするさまは、なんともふがいない。自らの生き残りに懸命で、NHKのネット事業の拡大に目配りする余裕はなかったようだ。

それだけに、総務省が次々に示すNHKのネット事業の拡大図に、同じような批判を繰り返し、同じような注文をつけるだけの受け身の対応にならざるを得なくなってしまったのが実情だろう。

そこに、新聞界の限界がかいまみえる。

■ネット時代に存在感を示せるのか

不作為のツケは、「公共メディア」の確立という大きな荒波となって打ち返してくることを覚悟しなければならない。

いったん固まった行政の方針を覆すことは容易ではないが、NHKが「公共メディア」に変貌する具体像の議論は、これから始まる。新聞界が設計図を示して議論をリードするタイミングとしては、決して遅すぎるわけではない。

放送界が本格的に「ネット」に乗り出そうとする歴史的な転換点を迎えている中、メディア界のリーダーを自認する新聞界は、存在意義を示す踏ん張りどころだろう。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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