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TikTokも米国上場は絶望的…ジワジワと米国市場から締め出されている中国企業の末路

プレジデントオンライン / 2022年8月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Adam Yee

7月29日、米証券取引委員会(SEC)は、米国に上場している中国EC大手のアリババを「上場廃止警告リスト」に追加した。ジャーナリストの高口康太さんは「アリババ以外の大手中国企業も上場廃止警告リストに入った。米国上場が秒読みといわれたTikTokも難しいだろう。この状況が続けば中国経済に深刻な影響を与えるはずだ」という――。

■中国経済に深刻な影響を及ぼす「米国市場への上場問題」

中国は一貫して“時間は自分たちの味方”と見なしてきた。経済成長や技術開発のペースは米国を上回っている。時が過ぎれば過ぎるだけ、中国にとって有利な国際環境が得られるというわけだ。この時間を稼ぐため、米国との決定的な対立を避けてきた。

しかし、ついに米国も中国台頭を脅威と感じ、対立は緊張の度合いを増している。その角突き合いは軍事、外交にとどまらず、技術やサプライチェーンといった経済分野にまで拡大している。そうした対立局面の一つが「米国市場における中国株上場」だ。今や多くのグローバル企業、イノベーション企業を輩出している中国だが、その成長は米株式市場に支えられてきた。今、そのドアが閉じられる可能性が高まっている。

もし、米株式市場から中国企業が排除されたならば……、その影響は既存の上場企業にとどまらず、“未来”の中国イノベーション企業の芽を摘み取ることに直結する。

■「上場廃止警告リスト」に追加されたアリババ

米証券取引委員会(SEC)は7月29日、米ナスダック市場に上場している中国EC(電子商取引)最大手アリババグループを上場廃止警告リストに追加した。発表を受け、アリババ株は一時、10%以上も値を下げるなど、マーケットは大きな衝撃を受けている。

問題はアリババだけではない。SECは今年3月から上場廃止警告リストの更新作業を始めているが、7月29日発表時点で159社がリストに掲載されている。検索大手バイドゥ、ソーシャルメディアのウェイボー、ECのJDドットコムとピンドゥオドゥオ、動画配信サイトのビリビリ、EV(電気自動車)の理想汽車など、中国を代表する企業がリストに名を連ねている。

この上場廃止警告リストは2020年末に成立した外国企業説明責任法(HFCAA)に基づく措置だ。米国に上場している中国企業の決算報告書を監査している監査法人は、米国公開会社会計監視委員会(PCAOB)による資料の確認や立ち入り検査を受け入れる義務があったが、中国政府は検査を拒否するよう指示してきた。

中国の監査法人は立場が弱く、他国と比べても企業に丸め込まれて粉飾決算を見逃す不正に走りがち。以前から指摘されていた話だが、米国に上場した中国企業の粉飾決算が明るみに出て、投資家に多大な損害をもたらした事件は少なくない。2020年には「中国版スタバ」と呼ばれた喫茶店チェーンのラッキンコーヒーが、22億元(約440億円)もの架空売上を計上していたことが発覚。新規株式公開(IPO)からわずか13カ月で上場廃止になるという事件もあった。

中国株の上場は米金融業界にとっては大きなビジネスだけにお目こぼしされ続けてきたが、米中対立が深まるなか、ついに米政府も重い腰を上げ、HFCAAの成立にいたった。

■このままではすべての上場企業が上場廃止になる可能性も

中国政府がPCAOBによる検査を拒否している以上、このまま事態が進展すれば、SECが対象としている273社の中国企業はすべて上場廃止となる可能性がある。

もしそうなれば、中国経済、中国企業にはどのような影響が出るのだろうか?

体力のある大企業が今、リスク回避策として取り組んでいるのが香港での同時上場だ。上場廃止警告リストに掲載された企業では、アリババ、バイドゥ、JDドットコム、ウェイボー、ビリビリ、理想汽車などがすでに香港市場に上場するなど、ブームの様相を呈している。

香港背景の高層ビルに株式市場
写真=iStock.com/MJ_Prototype
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MJ_Prototype

さらにEVメーカーのNIO(蔚來汽車)にいたっては、米国、香港に続いてシンガポールにまで上場、3つの市場で上場する初の中国企業となった。

■香港やシンガポールへの上場はどの程度の価値があるか不透明

グローバルに移動する投資マネーは香港、シンガポールの株にも同じように投資することができる。米国で上場廃止になったとしても大きな支障はないとも考えられる。ただし、これはあくまで理論上の話である。

現実にはアリババを始め、米国と香港の双方に上場している中国企業も、株式売買の大半は米市場で行われている。世界一の金融市場で上場することで投資家の注目を引きつけられるという側面もあり、果たして香港だけの上場になっても同じ価値を保ち続けられるかは、実際に蓋を開けてみなければわからない。

「試金石となるのはティックトックを擁するバイトダンスの上場だろう」と、ある中国ベンチャーキャピタル(VC)関係者は指摘する。トランプ前米大統領から「ティックトック禁止令」が出された経緯もあり(後に撤回された)、バイトダンスの米国上場は困難とみられる。そのため香港市場への上場が有力視されているが、果たして香港市場単体での上場に世界的なサービスとなったティックトックにふさわしい値がつくのか、中国VC業界は注目しているという。

バイトダンス自身も不安があるのか、秒読みと言われたIPOはいまだに実行されていない。

■上場廃止に加え、約1600億円の制裁金が科された企業も

より大きな問題に直面するのは香港に鞍替えできない企業だ。香港市場の上場に必要な条件は米国よりも厳しい。中国経済誌『財新』によると、香港での同時上場の条件を満たしている中国企業は59社しかないという。

香港市場のハードルの高さが課題になった企業として、中国配車アプリ大手ディディがあげられる。同社は2021年に米ニューヨーク証券取引所に上場した。株式市場での米中対立が深まっている時期であり香港でのIPOも検討されたが、それには応じられない理由があった。というのも中国の配車アプリ規制はいまだグレーゾーンの部分が大きい。

そのためディディは中国の一部地域での配車アプリ営業許可を取得できていなかったが、香港に上場する場合には許可未取得の地域での売上は計上することができないという規則があった。その分、株価は安く評価されてしまう。そこでリスクを承知で米国での上場に踏み切ったわけだが、中国政府は想像を超えた怒りを示し、米市場での上場廃止と80億元(約1600億円)の制裁金という手痛い処罰を下されることとなった。

■中国のイノベーションを支えてきた米国市場

ディディと同様、IPOというゴールを目指す無数の中国ベンチャー企業にとって、米市場が閉ざされるダメージは大きい。

金融市場のデザイン
写真=iStock.com/zbruch
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zbruch

近年、中国経済の成長は世界の注目を集めてきたが、それはGDPの成長だけが理由ではない。新たなアイデア、技術を実現するベンチャーが次々と誕生し、飛躍していくダイナミズムが評価された側面も大きい。ほんの10年前ならば、「図体はでかいが、私的財産が守られない社会主義国では本当のイノベーションなど生まれるはずはない」と見られていたのが、最近では「中国=イノベーション大国」という図式はむしろ常識となった。

この中国イノベーションを支えてきたのは、米国市場から生み出されるマネーであった。過去40年間にわたる米中の蜜月が中国台頭の原動力であったわけだが、それは企業の成長という点でも共通している。

■外資の導入を可能にしてきた「VIEスキーム」という“裏技”

もともと社会主義国として外資の導入には厳しい制限をかけてきた中国だが、“裏技”を使ってまでも外資受け入れを続けてきた。その裏技とは契約支配型ストラクチャーと呼ばれるVIE(変動持ち分事業体)スキームである。

複雑な手法だが、ごくごく単純化して説明すると、上場している法人と実際に企業活動を行っている法人との間には資本関係はなく、契約関係によって支配している。

アリババを例にあげると、上場しているアリババグループ・ホールディングス(登記地はケイマン諸島)と、実際に中国で事業を行っている浙江淘宝ネットワーク、浙江Tモールネットワーク、アリババクラウド・コンピューティングなどの企業との間に資本関係はない。

資本的にはまったく無関係の別会社であるが、「議決権はアリババグループ・ホールディングスに委託する」「技術コンサルティングの対価として利益を支払う」といった契約を交わすことにより、あたかも同じ企業であるかのように振る舞っている。ただ、よくよく考えてみると、私たちがアリババ株だと思って買っているものはほとんど従業員もいないようなケイマン諸島の会社であり、あの立派な本社や無数の従業員を擁する中国の大企業とは別の会社なのだ。

アリババ本社
写真=iStock.com/maybefalse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maybefalse

なんとも不思議な話だが、この七面倒臭い仕組みをつくることで、「外国人株主が多くを占める海外上場の中国企業」が中国国内で外資参入を禁止されている事業を行うことがお目こぼしされてきた。中国政府は関連規定を整備するなど、このVIEスキームを“今は”容認する姿勢を保っているが、未来永劫その態度が変わらないかは不明である。

■中国企業の判断が変われば厳しい処罰を受ける可能性がある

アリババの財務報告書には、もし中国政府が判断を翻し、アリババが外資規制に違反して中国国内でのインターネット事業を行っていると判断した場合、「事業停止を含めた、厳しい処罰を受ける可能性がある」とのリスク提示も行われている。

このVIEスキームを初めて活用したのは、2000年のシナドットコム(新浪網)の米ナスダック市場上場だった。以来20年あまり、この不透明でリスキーな“裏技”が続いてきたのは、ひとえに中国政府が米市場のマネーが中国企業の発展、ひいては中国経済の発展にとって大きなメリットだと判断したからであり、また米国側も自国の金融業の発展にプラスだと判断したからであった。

いつかVIEスキームが違法とみなされるのではないか。そうした不安は常に存在してきたわけだが、予想外にこの裏技ではなく、会計監査という別の切り口から米国市場から中国企業株が排除されるリスクが高まっている。

■「いかなる制限も容認できない」と明言した米当局

この危機を回避しようとの動きもある。米PCAOBと中国証券監督管理委員会がカウンターパートとなり、合意案作成に向けての交渉が続けられているもようだ。

経済政策における習近平総書記のブレーンとして知られる劉鶴副首相を筆頭に、中国政府や実務派官僚からは「米中両国はコミュニケーションを続けており、ポジティブな進展が得られている。中国政府は今後も企業の海外上場を支持する」とのメッセージが繰り返し発信されている。

一方、PCAOBのエリカ・ウィリアムズ委員長は8月1日、ロイター通信の取材に答え、交渉が続いていることは認めつつも、「いかなる制限も容認できない」と妥協はないと言明している。

米国の強硬姿勢を前に、中国当局の間では会計監査資料を開示できない一部の重要企業は上場廃止を受け入れ、その他の民間企業は米国側の要求を受け入れるしかないとの見方も広がっているという。

■犠牲になるのは未来の中国イノベーション企業

中国人寿保険、中国アルミ(チャルコ)、中国石油化工(シノペック)、中国石油天然ガス(ペトロチャイナ)、中国石化上海石油加工(シノペック・シャンハイ・ペトロケミカル)は8月12日、中国大型国有企業5社が米国市場の上場廃止を自主的に申請した。事務コストの軽減などを理由としているが、機密性の高い情報を持つ大型国有企業については米国の要求を満たせないと判断したためであり、その他民間企業の上場維持にとっては一歩前進したとも見られている。

ただし、これで交渉が合意にいたるかまでは不透明だ。そもそも中国共産党の意見も一枚岩ではない。米市場のマネーを失うことにあっても一切の譲歩は認めないとの対米強硬派の主張が優位を占める可能性も否定できない。

実際、中国共産党の強硬姿勢が中国の経済的利益を損ねた事例もある。想起されるのが新疆綿生産に関する強制労働疑惑が広がり、使用中止する国際ブランドが相次いだ。ついには米国がウイグル強制労働防止法を制定するにいたった。

この発端となったのは国際NGO「ベター・コットン・イニシアティブ」のレポートだが、中国当局が外国人スタッフによる現地調査を認めなかったことで問題が拡大した。かつての奴隷労働の時代とは異なり、機械化が進んだこともあって国際社会で騒がれたような強制労働は実際にはなかった可能性もあると言われているが、中国当局が意地になって開示を拒んだことが問題をこじれさせたとも言える。

米市場の上場廃止問題もまた同じ結末に陥るリスクは否定できない。その時、犠牲になるのは米市場のマネーを断たれた、未来の中国イノベーション企業であろう。

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。

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(ジャーナリスト/千葉大学客員准教授 高口 康太)

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