その余計な言葉が心の扉を閉ざしてしまう…部下から避けられがちな上司が使っている"声がけフレーズ"
プレジデントオンライン / 2022年8月24日 10時15分
※本稿は、小竹海広『言葉のアップデート術』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■コンプレックスを刺激する広告はネットから消されている
2020年8月、ヤフー・ジャパンはいわゆる「コンプレックス広告」の掲載禁止を発表しました。コンプレックス広告とは、「ムダ毛のせいで恋人に振られた」「飲むだけで痩せるサプリ」など、人のコンプレックスを刺激する広告のことです。
原文では「一部の身体的特徴をコンプレックスであるとして表現することは、差別意識を温存、助長するものであり、決して許されるべきものではない」としています。
ネット記事の横にあるバナー広告や、半強制的に流れる動画を目にして、気分を悪くした経験のある私たちにとって朗報でした。
一方で人を勇気づけ、受け手をエンパワーメントする広告が増えていることも事実です。
■「あなたは、自分が思うよりも、ずっと美しい。」
そもそもエンパワーメントとは、ブラジルの思想家パウロ・フレイレ氏が提唱したと言われ、「人間が潜在能力を発揮できるように公平な社会を実現しよう」という意味で使用されてきた歴史があります。
2013年にユニリーバが実施した「ダヴ リアルビューティー スケッチ」というキャンペーンが、カンヌの国際広告賞で高く評価されたことで、広告業界にエンパワーメント広告の萌芽が生まれました。そのキャンペーン映像では、FBIで似顔絵を書く捜査官が登場し、2枚のスケッチを描きます。
1枚目は、ある女性が自分の顔を口頭でFBI捜査官に伝えたスケッチ。2枚目は、同じ女性の顔を第三者が見た印象を口頭でFBI捜査官に伝えたスケッチ。
捜査官は、実際の顔を見ずに口頭の印象だけでスケッチを完成させます。その2枚のスケッチを比べると、2枚目のほうが明るく、幸せに満ちた表情をしていたのです。
この映像のラストは「気づいてください。あなたは、自分が思うよりも、ずっと美しい。」というコピーで締めくくられていました。
本稿ではこのような、人をエンパワーメントする言葉を探っていきます。
■部下は尻を叩かれるより、背中を押してほしい
AFTER「いい所まできているから、あと少しだけ一緒にがんばろう」
商品開発、サービス開発、映画制作、広告制作、デザイン、アート、仕事全般。
どんな領域でも、完璧主義を貫けるに越したことはありません。
しかし、チャレンジし続けていれば、7割程度の完成度でもアウトプットせざるを得ないタイミングが、必ずやってきます。
チャレンジングな制作とは、先行事例がなく、ゼロイチでアイデアを練り上げ、実現方法を考え、スケジュールを組み立て、必要なスタッフと協力し、関係者間で金額の調整をし、あらゆるリスクを想定し、時にはすべてを一からやり直し、「あぁ、もう締め切りだ」と焦りながら、なんとか世にアウトプットするものです。
そのようなギリギリの営みに対し、「中途半端なものは偽物だ」と言わんばかりに、「まだまだダメ」と腕組みをしながら批評するのはフェアではありません。
たとえ叱咤(しった)激励の意図があったとしても、言葉の受け手が「よっしゃ! 悔しいから負けないぞ!」と奮い立つばかりではないのです。普通に応援してくれたり、何らかのサポートをしてくれたりするほうが、一億倍ありがたいはずです。
![腕を組むビジネスマン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/3/1200wm/img_83d9c2071600fdcca5a1ac0550988c50355775.jpg)
■本人が分かっていることを指摘しても意味がない
BEFOREのように、「中途半端だね」と冷笑するのは簡単なことです。むしろ完璧なチャレンジなど、チャレンジではありません。少しでも理想と現実の穴を埋めようとする営みこそがチャレンジだからです。
そして、やり切らないと意味がないのは、本人がいちばん分かっているものです。
そのコンプレックスを刺激しても意味はありません。
このように見ていくと、「いい所まできている」と現状を肯定するほうがよっぽどエンパワーメントにつながります。7割の完成度だとしても、7割のところまで取り組んできたことを讃えましょう。「ここまでできたこと自体がすごい」といった前置きをしてもいいでしょう。それは、言葉の差し入れになります。
言葉の差し入れに加えて、可能なら「一緒にがんばろう」と共闘できれば最高です。
■ビジネスパーソンには2種類のタイプがある
AFTER「君は頭が良くセンスもあるし、まだ伸び代もあるから伝えたいんだけど」
仕事をしていると、2種類の人に出会います。
考えるよりも前に行動して、人をどんどん巻き込んでいくタイプ。
じっくり考えてから行動して、他の人の力を借りるのを躊躇するタイプ。
私はどちらかといえば後者のタイプで、人の力を借りることが苦手です。しかも、一度でも「これが正解だ!」と思い込むと、周りの意見が耳に入りづらくなります。
自分の考えで成功体験を積み重ねると、「いつも自分が正しい」とさらに思い込み、ますます暴走機関車ぶりを発揮します。
思い込みの力は、目標達成には欠かせませんが、思わぬ見落としから大失敗を招くことも少なくありません。
■「ワンクッションの褒め」が相手の心に効く
しかしBEFOREのように、「君は頭でっかちだから」と前置きされると、反発したくなるのが人間の性です。
せっかくのアドバイスは感謝すべきと分かっていても、「自分としては色々と考えた上でやっているのだから、横槍を入れないでほしい!」と反発してしまうのです。
また、「素直になろう」という言葉も、この手のタイプへの効果はいまひとつです。
「め、め、めんどくさい!」となった方も、グッとこらえてください。ここで反発するのは、「頭でっかち」と揶揄されてきたコンプレックスがあるからです。
私を含めてこの手のタイプには、AFTERのように「頭がいい」「センスある」「面白いアイデアだね」「応援しているよ」「いつもありがとう」などワンクッションを置くことが有効です。
おだてる必要はありませんが、きちんと普段の相手の行動を観察し、良い点と悪い点の両方をフィードバックすることが大切です。
そして、「伸び代があると思うので聞いてくれますか」とポジティブに前置きすれば、心の扉は十分に開かれます。
■「仕事が楽しくない」と思う人を刺激した企業広告
AFTER「今日は職場に着いただけで満点」
広告にとって、スルーされるのは致命的なことです。
どれだけ制作予算をかけて、有名なタレントを起用し、メディアに大量出稿しても、広告を見てほしいユーザーに無視されては大失敗です。
この令和の時代に、SNSでさしたる反応もなければ、広告の効き目を疑うのが広告制作者の自然な振る舞いだと思います。かといって、クリック数を求めコンプレックス広告を大量に制作する感覚に対して、私はATフィールド全開です。
その前提で、2021年の品川駅で「今日の仕事は、楽しみですか。」というキャッチコピーを使った企業広告について考えます。
そもそも、「仕事を楽しい」と思っている方なら何の反発もしないでしょうが、そうでない人にとっては刺激が強いキャッチコピーだったことは事実でしょう。
![JR品川駅近くを歩く通勤者](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/5/1200wm/img_952afd5d2a86d5fbd0d4d06c105bc055405313.jpg)
■「普通に生きているだけで十分価値がある」
ただ、広告全体を読み込めば、「楽しめる環境をつくり、楽しめる仕事を生み出す。」とあるように、単に挑発したいのではなく、新規事業を生み出すサポートをしたいという、前向きな想いが込められていることも分かります。
しかしBEFOREのように、「今日の仕事は楽しみですか」というキャッチコピーを電子看板で何枚も出せば、コンプレックスを刺激されていると感じる人もいます。
多くの議論が生まれたことで、このようなメッセージの取り扱いには、細心の注意が必要だと明らかになりました。
一方で、AFTERのように「今日は職場に着けただけで満点!」という呼びかけをしてみてはどうでしょう。このフレーズは、「肯定してくれる」+「ペンギン」をかけあわせた「コウペンちゃん」というキャラクターのセリフです。
ほかにも「ごはんたべたの? えらい‼」「挨拶してえらい!」「寝て起きたの? えらい!」など、コウペンちゃんは現代社会を生きる私たちをエンパワーメントしてくれます。
コウペンちゃんがすごいのは、「私たちは普通に生きているだけで十分価値がある」と気づかせてくれるところです。イラストも可愛いので、ぜひ検索してみてください。
■いま求められているのは、見るだけで元気になる広告
2004年11月、BBCが報じたところによれば、「臨戦態勢の戦闘機のパイロットや機動隊の隊員よりも、会社に通勤する人のほうが強いストレスを感じる」という調査結果もあります。
![小竹海広『言葉のアップデート術』(クロスメディア・パブリッシング)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/8/1200wm/img_b862cff65a8cb73e80ab61c208333705259432.jpg)
仕事を楽しめるに越したことはありませんが、公共交通機関というストレスを感じやすい環境で見る交通広告に求められているのは、コウペンちゃんのような心温まるメッセージではないでしょうか。
本稿では、人のコンプレックスを刺激して注意を引くのではなく、むしろコンプレックスを解放し、人を勇気づける言葉を紹介しました。
新型コロナウイルスや国際的な分断が進む現代社会で、多くの方の目に触れる広告の社会的な役割は大きくなってきています。見るだけで元気になれるようなエンパワーメント広告が増えれば、もう少し世の中が明るくなる。日々そう思いながら、広告制作の仕事をしたいと思っています。
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クリエイティブディレクター/コピーライター
1990年生まれ。東京大学工学系研究科建築学専攻を修了後、TBWA HAKUHODOなど外資系広告代理店を経て、現在は都内の広告代理店でクリエイティブディレクターを務める。過去に担当した仕事は、パリ・サン=ジェルマン・ジャパンツアー2022「全員、超人。」、ゼンショー×シンエヴァンゲリオン「外食5チェーン共同作戦」、TBSラヴィット「日本でいちばん明るい朝番組」、TikTok「#キャラ変チャレンジ」、岡崎体育÷JINRO「今宵よい酔い」、日本マクドナルド「いちばん長いポテトが、いちばん偉いわけではありません」などがある。日本キャラクター大賞2022プロモーション・ライセンシー賞、ガジェット通信2021年上半期 ネット流行語大賞ノミネート。YOUNG SPIKES ASIA 2020日本代表・本戦特別賞。YouTube Ads Leaderboard 2019上半期ベスト、釜山国際広告祭 NEW STARS 2018銅賞。CLIO2018銅賞など国内外・広告業界内外からの受賞多数。著書に『言葉のアップデート術』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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(クリエイティブディレクター/コピーライター 小竹 海広)
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