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冨山和彦「日本経済を蝕む"昭和的グダグダ"が何度となく繰り返されてしまう根本原因」

プレジデントオンライン / 2022年8月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gremlin

東京商工リサーチによると、コロナ禍でも日本企業の倒産件数は最低水準で推移しているという。背景には政府の支援策がある。そのように延命した企業はこれからどうなるのか。経営共創基盤グループ会長の冨山和彦さんは「経済危機でも倒産が少ない日本は逆に危ない」という。成毛眞さんとの共著『2025年日本経済再生戦略』(SBクリエイティブ)より一部をお届けする――。(第1回)

■今の日本では「個人の力」の前に「個人の学ぶ力」を求められる

一人ひとりの日本人が「個人の力」を身につけ、生かしていこうとするとき、やはりそこでも壁として立ちはだかるのは、新陳代謝が進まず固定化した産業構造、社会構造だ。

これからの時代に求められる力は、新しい力である。しかし、古くて固定化した産業構造に身を置いても、あるいは、そこに向けて用意されている古い教育システムに身を置いても、それだけでは新しい力は身につかない。

長年にわたり、あれだけSTEM(ステム)(※1)が大事だと言われながら、相変わらずIT人材が足りない、AI技術者が育たないと嘆いている根本原因は、まさに人材教育、人材投資に関わる仕組みが古い構造に固定化されていることにある。

だから、ここでも自らの頭で考え、自らの頭で判断して、自分にフィットした「個人の力」を身につける道筋を探索しなくてはならない。「個人の力」の前に「個人の学ぶ力」を求められるのが、今の日本なのである。

GDPとは、要するに「付加価値の総計」である。付加価値をつくる能力がなければ、経済成長率も上がらないし、国民所得も増えない。日本のような成熟した先進国において、キャッチアップ型、コストと価格競争力勝負の大量生産工業への先行投資で付加価値が生まれる余地は小さい。しかも、付加価値創出はデジタル化とグローバル化による破壊的イノベーションに牽引される時代だ。

イノベーションの時代の付加価値の源泉は、一人ひとりの人間がもつ発想力、創造力、行動力である。そんな個がチームとなって相乗力が生まれ、新しい企業、さらには産業となってスケールする(※2)

時代の移り変わりによって付加価値を生み出す力を失った古い産業構造のなか、古い組織のルール、古いお作法のなかでは、新しい付加価値を創造する個が輝くのは難しい。サッカーの天才も野球チームにいる限り、才能を開花させられないのは当たり前の話だ。

そこで古い産業構造が固定化して居座りを決め込めば、新しい付加価値が芽吹き大きく成長するスペースは、なかなか生まれない。

政府がお題目としてベンチャー支援を唱えても、他方で古い産業、古い企業の存続をあの手この手で支援すると、効果は相殺され、結果は現状維持となってしまうのだ。そして日本経済の付加価値創出力は停滞を続ける。

■経済危機のたびにゾンビ型企業延命メカニズムが働く理由

ちなみに、2008年のリーマンショックのような経済危機が起こっても、打撃の規模の割に、日本で倒産する企業は世界に類を見ないほど少ない。直近のコロナ禍でも、現在の倒産件数は、日本史上で見ても最低水準で推移している。

倒産する企業が少ないと聞くと、いいことのように思えるかもしれない。しかし、これは政府が巨大な支出をして倒産を回避しているだけの話だ。

要は、この国は個人を直接救う公助能力があまりにも低いのである。制度も弱いし、デジタル化も進んでいないので、有事に迅速に手を差し伸べられない。

だから毎回、企業内共助システム、「二重の保護」構造に頼らざるを得ない。そこで必死に融資や助成金で企業を支えるしか、困窮した国民を支える方法がないのだ。

これしかないので局面的にはやむを得ないのだが、すでに触れたように、この仕組みは大きな副作用を伴う。

すなわち、突然襲ってくる危機的状況において、どこでピンチになっているかわからない困窮者の生活、人生を救うには、とりあえず規模の大小、競争力の強弱、生産性の高低に関係なく、すべての企業を支えるしかない。

すると企業の新陳代謝は妨げられ、しかもここで分不相応に大きな借金を抱えて生き延びた企業の多くが過剰債務企業、すなわちゾンビ企業になってしまう。そしてその後も政府の支援に頼るようになる。結果的に、産業構造の固定化がさらに進んでいくのである。

■政府が無差別にカネを配ってしまった事業の末路

欧米でもコロナ禍に際してかなり大きな政府支出で緊急経済対策を打っているが、失業率も倒産件数も相応に増えている。

もともと、どの国も平時から起業率も廃業率も日本より高いのである。コロナ明けを想定すると、長い目で見ると産業の新陳代謝がさらに進み、デジタル技術を駆使した新しい業態、新しい企業への世代交代が進むだろう。歴史的にも、経済危機の後はイノベーションが加速する場合が多い。

しかし、日本では、むしろ古い産業がゾンビ化したまま生き残り、産業構造の固定化が進んでしまう傾向がある。バブル崩壊の後も、リーマンショックの後もそうだった。

原因が何であれ、稼げない企業は淘汰(とうた)されるのがビジネスの理(ことわり)だ。そういう意味では、倒産企業が少ないことは、長期的な経済発展という観点からは決して歓迎すべきことではないのである。

実際、コロナ禍でも、まったく同じ構図になりつつある。2020年に73兆円、2021年には55兆円の巨大な経済対策予算が組まれ、一般的には、10万円の個人向け給付金やGo Toキャンペーンなどが注目された。しかし、実はいろいろな形で企業にも巨額の資金が流れているのだ。

空中にドル紙幣を投げるビジネスマン
写真=iStock.com/turk_stock_photographer
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/turk_stock_photographer

キャッシュ・イズ・キング。名目が補助金だろうが、給付金だろうが、融資だろうが、キャッシュが回っている限り、どんなに大赤字になっても企業は潰れない。だから、企業倒産件数は史上最低水準で推移しているのだ。

しかし、無差別にカネを配った結果、企業のなかにはその使い道がなく、預金額ばかりがどんどん積み上がってしまっているところも多い。

「このままでは潰れるかもしれない」という危機感がなければ、何かを変えよう、新しいことをやってみようという機運も高まりにくい。むしろ政府がいくらでも金を出してくれるのだから、危機が収まるまではじっとしていようと考えるのが人情だ。

■大企業は「戦略的グダグダ」ではなく「真正グダグダ」である

しかし、コロナ禍が去ってみると、企業間の格差、産業間の実力格差は広がっているだろう。そして、赤字補塡(ほてん)の借金を積み上げる一方で未来投資をためらっていた企業はゾンビ化していく可能性が高い。

ゾンビにいくら鮮血を注いでもゾンビとして生きながらえるだけであり、人間には戻らない。それと同じように、生産性の低い企業が、利益を上げる本来あるべき企業として蘇るのではなく、生産性が低いまま延命してしまうことになる。

私は20年前の金融危機に際し、産業再生機構(※3)を率いる立場になった時、現場のプロフェッショナル300名とともに公的資金10兆円を産業と金融の一体再生のために駆使したが、ゾンビ企業の延命にはカネを使わなかった。

そのことで多方面から矢のような非難を浴びたが、企業をゾンビ状態で延命させるべきではない。政府が救うべきはゾンビ企業ではなく、稼ぐ力が残っている事業であり、そこで働く人間なのだ。だから、むしろ経済危機に際して起きる企業の新陳代謝を止めるべきではない。

政府は企業の退出に伴う社会的コストの最小化、すなわちオーナー経営者の個人破産の回避や、労働者の転職や職業訓練、リカレント教育(※4)にこそ金を使うべきだと主張してきた。

要は社会全体として、過度な企業内共助の仕組みを脱却しよう、政府は企業、産業の新陳代謝を前提とした、公助共助連動型の包摂的なセーフティネットを整備すべきと主張してきたのである。

しかし、その後も企業内共助依存と「二重の保護」構造の転換は進まず、ひとたび経済危機が起こって企業が風前の灯になりかけると、毎回、政府が巨額のばらまきで救済する。

そんなズブズブの官民関係が続いているのだ。

バブル崩壊後の金融危機、ITバブルの崩壊、リーマンショック、東日本大震災、そしてコロナ禍と、この20年間、日本経済は何度も危機を経験してきた。

そこで淘汰による新陳代謝が起こるなり、徹底的な自己改革によって付加価値生産性が上がるなりしていれば、日本の産業はもっと活発でおもしろいものになっていたかもしれない。

しかし、それを結果的に妨げてきた「二重の保護」構造は政治的にきわめて強固で、これからもなかなか崩せないだろう。官にも民にもその仕組みに寄りかかっている人がたくさんいて、特に、少子高齢化で数はたくさんいる上の世代の選挙民自身に、この構造のまま自分たちは逃げ切れるのではないか、という動機づけが強烈に働いているのだから。

産業再生機構の当時から感じていたのは、政府であれ、大企業であれ、日本の古典的なエスタブリッシュメント組織の体質をひとことで言うなら「グダグダ」であるということだ。すべてが固定的で旧時代的。何かというと「ことなかれ」の保身に走る。悪しき「昭和」である。

のらりくらりと世間の雑音をかわしつつ、やるべきことをしたたかに着々とやる、といった「戦略的グダグダ」ではない。本質的なことを考えていないから有効策を講じられない、大きな効果が見込める政策を断行する勇気もないという、いわば「真正グダグダ」である。

仕事を心配するビジネスマン
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

■「有事はない」という建前が崩壊し続けた失われた30年

昭和的グダグダ感の根っこの1つには、敗戦後にできた日本国憲法の成立から引き継がれてきた「有事というものは存在しない」という建前路線があるように思う。

憲法はその前文と第9条において、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して戦争放棄を規定している。この憲法が成立した1946年当時は吉田茂内閣の時代だ。吉田は英国流のプラグマティストで自由主義者である。

彼はその後の東西冷戦の時代において、むしろこの憲法を盾に、米国の核の傘の下で軽武装経済重視の国家再建を進めることになる。

いわば、美しい建前を利用して、国家再建という現実政策をプラグマティックに推し進めたのである。

実際、第二次世界大戦が終結してからの20世紀後半、世界はおおむね平和だった。1950年に始まる朝鮮戦争や、1960年代半ばから泥沼化していくベトナム戦争などの局地戦争はあるものの、世界的な戦争は起こっていない。少なくとも日本が当事者として大きな戦争に直接巻き込まれる事態は起きなかった。

そして戦後の日本は、明治時代の「富国強兵」路線マイナス強兵の加工貿易立国による富国路線によって、敗戦による荒廃からみごとに立ち直っていった。

そして長きにわたる平和と経済的繁栄によって、最初はあくまでも建前だった「有事はない」が、40年、50年と経つうちに実体的な前提になっていったのである。

目をつぶれば何も見えないのと同じで、この国のあらゆる仕組みが「有事はない」前提でつくられるようになっていく。

しかし、それほど長期間にわたり平時が続くことのほうが、本来は異常なのだ。現に20世紀末期から21世紀にかけて、元号が昭和から平成に変わると、バブル経済が崩壊し、1995年の阪神淡路、2011年の東日本という2つの大震災が起こり、原発事故も起き、コロナ禍というパンデミックが起こった。

米中対立の動向など国際情勢もきな臭くなる一方だ。南海トラフ地震や富士山噴火と、巨大規模の災害が高い確率で起こる可能性も指摘されている。

■日本の潜在的危機は深まっていく

このように「有事がない」なんてことはありえない。万が一、諸国民が公正で信義に溢れる人たちばかりでも激甚な天災は起きるし、新しいウイルスは人間の言うことを聞いてはくれない。

成毛眞、冨山和彦『2025年日本経済再生戦略』(SBクリエイティブ)
成毛眞、冨山和彦『2025年日本経済再生戦略』(SBクリエイティブ)

日本も「例外的に有事がなかった時代」が終わり、「いつでも有事が起こりうるという通常の状態」に戻ったのである。

そんなさなかに、この国は、政府もメディアも、ある意味、多くの日本国民さえも、未だに「有事がないという建前は現実でもある」という世界観から脱却できていない。

そんな縁起でもないこと、あってはならないことは起きない、だからそれを前提にした制度や仕組みもあってはならない、という現実歪曲(わいきょく)空間に閉じこもったままだ。

その結果、有事に直面するたびに有効策を講じられず、大きな効果が見込める施策を断行する勇気もないため、「グダグダ」なパターンを繰り返す。

高度成長期以降の「昭和元禄」天下泰平の時代がもたらした「昭和的グダグダ感」が続く限り、この国の潜在的危機が深まっていく。

(注釈)
※1 科学・技術・工学・数学の理数系人材育成を総称する言葉。経済成長に必要不可欠な教育政策
※2 規模や程度を拡大もしくは縮小したりすること
※3 2003年から4年間だけ存在した時限的な官民共同組織。不良債権処理、企業再建に力を振るった
※4 社会人が必要に応じて学校で再教育を受け、仕事と教育を繰り返す循環・反復型の生涯教育体制

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成毛 眞(なるけ・まこと)
HONZ代表
1955年、北海道生まれ。中央大学商学部卒業。自動車部品メーカー、アスキーなどを経て、1986年、日本マイクロソフト入社。1991年、同社代表取締役社長就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社インスパイア設立。2010年、書評サイト「HONZ」を開設、代表を務める。

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冨山 和彦(とやま・かずひこ)
経営共創基盤(IGPI)グループ会長
日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長。1960年生まれ。東京大学法学部卒、在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年から4年間、産業再生機構COOとして三井鉱山やカネボウなどの再生に取り組む。機構解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年12月より現職。2020年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長就任。パナソニック社外取締役。

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(HONZ代表 成毛 眞、経営共創基盤(IGPI)グループ会長 冨山 和彦)

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