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「野菜→肉・魚→総菜売り場」方式はもう古い…ネット全盛期にイトーヨーカドーが始めた"実店舗の売り方"

プレジデントオンライン / 2022年8月24日 12時15分

イトーヨーカドー 大森店 - 写真提供=セブン&アイ・ホールディングス

インターネットでの買い物が急激に普及する中、イトーヨーカドーが売り場再編を進めている。実店舗に足を運んでもらうにはどうすればいいのか。3月にイトーヨーカ堂の社長に就任した山本哲也さんに、立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が聞いた――。(前編/全2回)

※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「イトーヨーカドーの未来を左右する、新社長の店舗・組織変革の勝算。」(7月22日公開)を再編集したものです。

■イトーヨーカ堂の「商売の原点」

【田中】山本社長は従来から「商売の原点」という言葉をよく使われていますね。イトーヨーカ堂本社には創業者である伊藤雅俊氏の「お客さまは来てくださらないもの、お取引先は売ってくださらないもの、銀行は貸してくださらないもの」という言葉が飾られています。本当に謙虚な言葉だと思いますし、こういうスタンスで商売をやればいろいろなものが刷新されると思います。山本社長の商売の原点に対するこだわりを教えてください。

【山本】イトーヨーカ堂は2020年に創業100年を迎えることができました。創業者であり名誉会長の伊藤雅俊が大切にしていたのが謙虚さ、お客さまや取引先も含めあらゆるステークホルダーに対して嘘をつかないということです。そういった姿勢を持ち続けることがなによりも商売の原点であると。大切にしているのは「信頼と誠実」とよく言っていますが、その上でビジネスをどう組み立てていくか。ここ20~30年は業績が厳しいことから、戦術的なものを中心とした取り組みが多かったと反省しています。

今後4~5年は、もう一度原点である信頼と誠実、嘘をつかない商売、もっといえばお客さまからありがとうといってもらえるような商売に立ち戻っていきます。私たち自身が体制を変えていくことが必要であるという認識を持ちながら、その上で将来に向けてのビジネスをどう組み立てるのかを考えていきたいと思っています。

イトーヨーカ堂社長 山本哲也氏
写真=デジタルシフトタイムズ
イトーヨーカ堂社長 山本哲也氏 - 写真=デジタルシフトタイムズ

■99人の従業員ができても1人ができなければ「だめな会社」

【田中】私は名誉会長のご子息であり、セブン&アイ・ホールディングスの常務である伊藤順朗さんとも親しくさせていただいていますが、本当に誠実な方でいらっしゃいますし、山本社長もまさに信頼と誠実を体現されていらっしゃいます。それがイトーヨーカ堂全体の企業文化になっていると思いますが、その中でさらに信頼と誠実を強調されるのは、やはりまだどこか足りないということでしょうか? そして、どのように強化刷新していくのでしょうか?

【山本】日々お客さまからさまざまなクレームをいただくことがあります。その意識がなかったとしてもお客さまから「無視された」とか「ぞんざいな態度をとられた」とかそういった声が上がってくるということは、原点である信頼と誠実の文化がまだまだ浸透しきれていないということです。

私たちの商売は働いている人間が100人いたとして99人がきちんと仕事をやっていても、1人ができていなければお客さまから見ればその店舗、その会社はできていないと捉えられてしまう。全員ができるようになるためには、未来永劫(えいごう)やり続けないと維持できないと思っています。

立教大学ビジネススクールの田中道昭教授
写真=デジタルシフトタイムズ
立教大学ビジネススクールの田中道昭教授 - 写真=デジタルシフトタイムズ

■これまでの売り場構成は「売り手都合」だった

【田中】山本社長には、Amazon創業者のジェフ・ベゾスの話やDay1の精神についてよくお伝えしておりますが、今のお話を聞くと信頼と誠実が大事なのはもちろん、加えて一部に大企業病的な面も見られるということでしょうか?

【山本】はい。組織の壁が大きくなり、自分の担当範囲だけやればいいという考えも生まれていたと思います。その壁を取り払うために、おそらく私が入社以来全く変わっていないであろう店舗組織の大変革をやろうと思っています。この5年間で約80店舗を改装してきた中で、お客さまの買い方や店舗の使われ方が変わってきていると肌で感じています。そういったニーズに応える売り場やサービスに切り替えます。

店舗の都合で売り場を構成してしまうと、お客さまにとって必要な売り場はできません。そこで、食品部門にあった6つの部門を、3つに再編します。組織を変えることが目的ではなく、働いている人間の仕事の中身、優先順位を変えたいというのが一番の目的です。自分たちの範囲だけの仕事やいわれた仕事だけをやるのではなく、少しでも組織の壁を取り払いたいと思っています。

【田中】具体的にいうと生活シーン別の売り場づくりを進めるということですね。これに対するこだわりはどこにあるのでしょうか?

食品売り場のレイアウト
写真=iStock.com/mathisworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mathisworks

■「青果→肉・魚→総菜売り場」のスーパーはもはや不便

【山本】食品の例でいいますと、現在は肉売り場と魚売り場に分かれていますが、肉だけを買って帰られるお客さまはあまりいらっしゃらず、皆さん献立をイメージしながら買いものをされるわけです。スーパーマーケットを思い浮かべてもらえればわかるかと思いますが、果物野菜売り場から入って、肉と魚の売り場があり、一番奥に総菜売り場がある。一周まわってレジまで行ってもらうことで、少しでも多くの商品を買っていただこうという狙いです。

しかしそれでは、食材から献立を考えて買いたいという方も、総菜や簡便な商品で手軽に済ませたいという方も、同じルートで同じように買わなければいけません。それは売り手都合の発想です。

例えば、野菜コーナーで今日はいいキャベツがあるからそれで料理をしようと思い手に取り、その後魚売り場に行ったら美味しそうな魚があった。その時に魚メインの献立に変えようとすると、また野菜売り場まで行ってキャベツを戻す必要があります。このように不便な売り場づくりをすること自体がおかしいと考えています。

それならば、素材なら素材だけを1カ所にまとめ、目に見える範囲に野菜も魚も肉もあって、献立の提案もできる売り場をつくる。魚と肉と野菜を一つの括りにし、一人の責任者のもとで売り場のメニュー提案をやったほうがいいと考えています。

■「商品が良ければ売れる」ではネットには勝てない

【田中】私の専門性からの視点で解説しますと、カンパニーセントリック(会社中心主義)からカスタマーセントリック(顧客中心主義)に、さらにトランザクションジャーニーからカスタマージャーニーに移ってきたということですよね。従来は自分たちの都合、つまりカンパニーセントリックな売り場を作り、顧客に来てもらっていた。それがカスタマーセントリックに移り、顧客が買いたい売り場になっていくことは素晴らしいと思います。

【山本】カスタマーセントリックを本当に追求するとはどういうことか、アカデミー等を通して、田中先生から学ばせていただいたことも大きかったと思います。どうしても今までは「商品が良ければ売れる」という発想で売り場や店舗を考えていた。広告などお客さまに対するメッセージの伝え方も、私たちの仕事もすべて商品を売ることだけを目的としていました。それは商品中心の売り方です。

けれども、特にネットが普及してきてからは、そのやり方ではネットに勝てるわけもありません。私たちの存在意義はなにかといえば、お客さま中心に考えることです。お客さまを中心として私たちの店舗があるとすれば、別に買いものだけが来店動機である必要はありません。

どこかに遊びに行きたいなにかを食べたい、イベントを見たいと来店する先がイトーヨーカドーでいいのではないかと。買いもの以外の動機で店舗に来ていただき、結果としてお買いものをして帰っていただく。こういう発想への切り替えが重要だということを従業員に言い続けています。

■ネットの台頭でスーパーの優位性が一気になくなった

【田中】グループ全体の組織図には、最上位に顧客がいらっしゃることで有名ですが、店舗の配置、顧客の流れは必ずしもそうではなかったということですね。それをカスタマーセントリック、カスタマージャーニーに切り替えているということだと思いますが、今のお話は山本社長が標榜されている「より楽しいお買いもの」を実現するための取り組みなわけですね。

【山本】そうですね。スーパーマーケットとはアメリカから入ってきた形態です。それまで八百屋や魚屋など個人商店だった店舗を1カ所にまとめて買えるようにして、かつ少しでも手ごろな値段で買っていただくためにお客さま自身がレジまで商品を持っていくようにした。そのスタイルが支持されてきたわけですが、その形態は60~70年まったく変わっていません。ネットでは店舗に行かなくてもだいたいの商品を買うことができ、さらに家まで届けてくれる。これによりスーパーの優位性が一気になくなりました。一方でネットの弱点は買い物を通じて楽しいという体験ができないことです。

【田中】まさにウィンドウショッピングのようなことですよね。

【山本】おっしゃる通りです。買いものはしなくても、ここは良い商品が置いてあるよねとか、こんなものがあるんだという気づきもありますし、店員とも会話を楽しめます。こういった体験を含めて本質的な買いものの楽しさを私たちが提供できれば、それがお客さまとってなによりも価値になるのではないか。

店舗が商品を売ることだけを中心に考えていたら、楽しいという体験はできません。楽しい体験をした結果、買いものをするという形に変える。そうすると店舗自体のつくりもそうですが、私たちの仕事自体も変えないといけません。そこを変えていくことがすごく大切だと思っています。

■平日の買い物と週末の買い物の違い

【田中】小売およびスーパー業界全体から概観して話を進めていきたいと思いますが、この何十年かの業界の動きを総合スーパーの売り上げで見ると、やはり食品は引き続き堅調といいますか横ばいですが、非食品の売り上げは落ちています。

一方、専門店チェーンの売り上げは伸びているという構造があります。さらに業界を広げて考えると百貨店は業界規模も縮小しており、その替わりに伸びてきたのは巨大なショッピングセンターや専門店のチェーンです。そこから読み解くと、やはり人々はそれぞれのカテゴリーで専門性が高いものを求めているともいえます。

平日の買いものでは主に最寄品(もよりひん)(※1)が中心、いかに最寄品を便利にワンストップで買えるのかが重要です。対して土日、週末はファミリーが買い回り品(※2)を求め、時間消費する。イトーヨーカドーの強みとしては、平日の最寄品は総合スーパーの強みを活かしていますが、週末の買い回り品を求める家族の時間消費については強い店舗もあれば、そこに課題がある店舗もあると思います。週末の買い回り品を求める時間消費は「楽しい買いもの」と密接につながるかと思います。その辺はどうお考えですか?

※1最寄品:日常に使用する製品のうち、自宅や職場なども最寄りの店舗(コンビニやスーパーなど)で買う商品のこと。
※2買い回り品:ある商品を購入するために、いくつかの店舗を回って比較検討するような商品のこと。

【山本】私たちの店舗は立地も形状も規模も全部バラバラです。よくいえば幅広い展開ですが、なかなかフォーマットが統一されていません。ショッピングセンター業態のアリオはまさしく時間消費型の店舗として、週末を中心に多くのお客さまに足を運んでいただいています。週末の課題は、GMS(General Merchandise Storeの略、総合スーパーのこと)タイプの店舗にあると思っています。

これらの店舗にはテナントはありませんが、例えばもっと地域と連携してイベントを一緒にやるなど、新しい店舗としての機能、役割をつくることはできると思っています。今までは私たちができることは自分たちの売り場をなんとかすることであり、後はテナントさん頼みになっていました。その結果GMSタイプの店舗は週末が弱いと決めつけていましたが、GMSといっても他の小売店から見ると、ある程度規模はあるわけです。いかにお客さまが足を運びたくなるような来店動機をつくるか。そこにはまだチャンスが残っていると思います。

■売れていた商品だけを置き続けた結果顧客が高齢化した

【田中】数年前にライフスタイル部門、具体的には住居部門や衣料品部門を縮小した結果、中核である食料品部門の売り上げも下がってしまいました。そこでもう一度ライフスタイル部門に力を入れようと改革を行った結果、たまプラーザ店等では順調に上手くいっていますね。口でいうのは簡単ですが、実際に成功させるのは難易度が高いと思います。具体的に、どのような施策を行ったのかを教えてください。

【山本】私たちはもともと洋品店からスタートして衣料品が強いといわれていましたが、残念ながらその強みを2000年以降は活かせず、専門店に負けてしまっていました。その原因は内部課題にあったと思っています。これまで売れていた商品を踏襲し続けた結果、お客さまの年代が上がり、それ以外の世代の方は専門店に流れてしまった。気付いたらシニア層のお客さま向けばかりの品揃えになってしまったわけです。

一部の世代のお客さまだけがターゲットでは当然、店舗としては効率が悪くなります。さらに他の世代を取り込む新しいマーチャンダイジングもなかなか上手くいかなかった。ですから、いったん店舗面積を適正化して空いたスペースに私たちの店舗に来ていただけていないお客さまを呼べるテナントに入っていただき、館全体として客層を増やすべく改装を進めています。

■若年層、ファミリー層に刺さる売り方

ただ、これはあくまで止血処置です。F2層(35歳~49歳の女性)、M2層(35歳~49歳の男性)といわれるファミリー層に対してどういう品揃えをしたらいいのか、どんな売り方をしたらいいのかを含めてさまざまな試みをしています。7月6日に改装オープンした幕張店も、そういったことに挑戦しています。

一家5人でスーパーでお買い物
写真=iStock.com/tdub303
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tdub303

まずは今ある商品を編集し、見せ方を工夫して、SNSによる情報発信などと組み合わせることで、若年層のお客さまにどこまでご支持いただけるのかを探っていきます。合わせて商品の中身も変えていきます。これまではどうしても内部でやろうという意識が強かったのですが、外部のいろいろな方の知見をお借りしながら、場合によっては外部のアパレルと手を組んで新たなマーチャンダイジングをつくっていくことも検討しています。

■イトーヨーカドーの強みは「品揃えの幅」

【田中】成功事例になっているたまプラーザ店ですが、上手くいった秘訣はどのように分析していますか?

【山本】たまプラーザ店は過去に一度改装をしたことがあります。そのときは利益が出ている売り場だけを残した結果、客足が大きく落ちてメインの食品の売り上げも下がってしまいました。お客さまからは「私はこういう商品が欲しかったけど、なくなったのでもうイトーヨーカドーには行きません」といった厳しい声をいただきました。

もう一度私たちの存在意義を考えたとき、イトーヨーカドーの強みは一通り品揃えの幅があること、1カ所でいろいろな商品が買えることだと感じました。そこで、今まで切り捨てていたものをもう一度戻してみることにしました。ただし、改装で売り場面積を半分にしたので、従来の商品をそのまま戻すことはできません。

■半分の売り場面積でも商品の見せ方を工夫する

そこで、今までのような婦人服・紳士服という括りではなく、生活のシーンごと、例えば家でくつろぐシーンとか、調理するシーンに合わせて売り場を編集したのです。さらに品揃えの幅を持たせるために、什器を高くしたり壁面を活用することで、半分の売り場面積でもより充実して見せられるようにしました。それまでは壁面がテナントで、真ん中が私たちの売り場だったのですが、壁面も使うことで面ではなく空間で売り場を見せることに成功しました。

これにより、お客さまから「良い意味でイトーヨーカドーらしくない」というお声をいただき、再び足を運んでいただけるようになり、結果的に食品の売り上げも伸びて館全体をお客さまがまわるようになったんです。私たちの存在意義に改めて気づかされたと同時に、売り場を工夫することでまだまだお客さまに対してサービスを提供できることに気がつきました。

【田中】単に縮小したライフスタイル部門を元に戻すのではなくて、生活シーン別の売り場にして、店舗の使い方を工夫することで、以前よりも魅力的な売り場に強化されたということですね。

【山本】はい、今は売り場の編集、見せ方、販促方法を工夫して、お客さまに価値がある商品を認知していただけるよう務めています。ただ、これからはもう少し若年層の方にも来ていただけるような品揃えと商品自体の改革が必要だと思っています。

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山本 哲也(やまもと・てつや)
イトーヨーカ堂代表取締役社長
1969年生まれ。早稲田大学卒。出版社を経て、96年にイトーヨーカ堂入社。人事部マネジャー、経営企画部総括マネジャー、執行役員経営企画室長などを歴任し2022年3月より現職。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

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(イトーヨーカ堂代表取締役社長 山本 哲也、立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)

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