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これこそ「宗教と政治」の最悪の事例…日本では合法の「中絶手術」がアメリカで違法になった根本原因

プレジデントオンライン / 2022年8月24日 9時15分

米ワシントンの連邦最高裁前で、中絶をめぐる最高裁判断に抗議する女性たち=2022年6月24日 - 写真=時事通信フォト

■最高裁判決の直後、保守系州で次々と禁止に

日本では安倍元首相の銃撃事件をきっかけに、政治と宗教の関係が大きくクローズアップされている。これはアメリカでも同様で、特に共和党出身の大統領ら政治家と、統一教会が深くつながっていることを前回お伝えした。

伝統的なキリスト教とアメリカ政治との関わりは深く、時に国論を二分する政治問題を引き起こす。それをはっきりと示しているのが、日本でも話題になった「中絶の違法化」である。

当然であるはずの権利が、なぜ今奪い取られることになったのか? その経緯を改めて検証すると、アメリカ政界と宗教団体がお互いの利益のために、強く結びついた結果だということが、はっきりと見えてくる。

6月24日、アメリカ最高裁は「合衆国憲法は、人工妊娠中絶する権利を認めていない」という判断を下した。その直後から、保守色が強い州で中絶が次々に禁止となった。全米で抗議行動が続き、ニューヨークでは1万人規模のデモも行われた。

人気ロックバンド「グリーンデイ」のビリー・ジョー・アームストロングは「もうアメリカ人でいたくない」と怒りをぶちまけ、レディー・ガガ、ビリー・アイリッシュ、オリビア・ロドリゴ、ハリー・スタイルズら、多くのセレブも抗議の声明を出した。

■「少数派の意見が通るなんて狂っている」

ニューヨークの若者に話を聞くと、中には怒りや焦燥感を口にし、涙ぐむ者も。

「ショックだわ。50年間あった権利が突然取り上げられた。女性に対してこんなことができる国に腹が立つ」。そう憤ったのは、24歳の大学院生マッケンジーだ。23歳のマデリーンも「自分の体なのに思い通りにできないなんて、とても信じられない」と、苛立ちを口にした。

世論調査では、アメリカ人の過半数が「中絶は合法であるべき」と考えている。特に18~29歳の、これから子供を産み育てる年齢の若者たちは、75%が中絶を支持しているというデータもある。

マデリーンは言う。

「アメリカのマジョリティは、安全な中絶を続けてほしいと考えている。なのに少数派の意見が通ってしまうなんて、狂っているとしか思えない」

人工妊娠中絶は、ただの医療措置ではない。「女性が自分の体と人生に関する選択を、自身で決めることができる」という権利の象徴でもある。それが失われたことで、女性の権利は50年前に後退し、男性より一段低い地位に貶められたという衝撃は大きい。

■「教義に反する」少数の宗派が多大な力を持っている

日本では母体保護法で認められている中絶が、なぜアメリカでは違法になってしまったのか? そもそもどうして「中絶」という行為の是非が争われているのだろうか。

その背後にあるのが、キリスト教保守勢力の存在だ。

アメリカ人口の65%を占めるキリスト教徒のうち、特にカトリック教徒とプロテスタント福音派が、中絶は教義に反するとしている。

デモプラカード
筆者撮影

その根拠は聖書の解釈にある。聖書の中には、母体の中に新たな命が宿った、つまり妊娠した瞬間から、「母親は子供と共にある」という言説が多く用いられている。彼らの解釈では、妊娠したその時から、胎児は創造主である神によって生を受けた人間であり、その命を絶つ中絶は殺人、神に背く行為ということになる。

とはいえ、現代の事情に合わせて考え方は変わってきており、カトリック教徒の約半数は中絶に反対していないとされる。一方、アメリカ南部で強い力を持つプロテスタント福音派は、その多くが中絶反対派だ。レイプや近親相姦の例外も認めないという、厳しい考え方も根強い。

カトリックはアメリカ人の20%、プロテスタント福音派も25%。いずれもマジョリティとは言いがたい。にもかかわらず、なぜ法律を変えるほどのパワーを持っているのだろうか。

その理由は、特にプロテスタント福音派が、保守共和党と強い関係を持ち続けているからだ。

彼らの蜜月が始まるきっかけも、やはり中絶だった。

■「中絶は政治に使える」と考えたニクソン元大統領

アメリカで中絶はおよそ50年前に合法化されたが、直後にはキリスト教徒による激しい反対運動が始まった。それを見て、「これは使える」と考えたのが保守の政治家たちだった。

宗教を味方につければ、非常にありがたい票田を得られるというのは、どの国でも同じだろう。そこで当時の大統領候補のリチャード・ニクソン氏と共和党が「中絶反対」を叫び始めたのだ。

その見返りに、プロテスタント福音派は共和党候補に票を注ぐようになる。それ以来保守政治家は、常に中絶反対の立場をとるようになったのだ。

中絶反対を訴えるために共和党が使ったスローガン、それが「Family Value(家族の大切さ)」だ。中絶はドラッグと同じように、家庭崩壊を招くとまで主張して民衆を煽(あお)った。

家族の大切さと言えば聞こえはいいが、この場合のファミリーは、伝統的な父・母・子供という核家族で、ひとり親家庭や、LGBTQは含まれていない。旧来の差別的な価値観だ。

性的・人種的マイノリティが次々に人権を獲得していった時代は、同時にそれらに反感を持つ者も少なくなかった。社会の激変を恐れる保守的なアメリカ人に、「伝統的な家族」の文脈は深く刺さった。

以来、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュと続く共和党政権も、このフレーズを使い続けてきた。

■トランプ氏の当選を支えたのも福音派だった

政治と宗教がお互いのメリットのために助け合っただけではない。福音派は共和党そのものも変えていった。

もともと共和党の保守主義は、主に経済政策に反映されていた。「小さい政府」を目指す、つまり社会保障などの支出は抑え、企業への課税や規制なども最小限にして、自由な経済活動を進めるというポリシーだった。はっきり言えば、それ以外のことはどうでもよかったのである。

ところが、福音派と関係を深めたことで変わり始める。文化的思想でも保守の立場をとるようになったのだ。

同性婚など、旧来の家族の価値観に反するあらゆる権利に反対し、今や福音派とほぼ同じポリシーを共有するに至ったのである。

教会の座席
写真=iStock.com/DanHenson1
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DanHenson1

同時に福音派は、宗教右派と呼ばれる政治的なグループとしても力を増していく。最大の恩恵を受けたのは、2016年大統領選に出馬し、当選したドナルド・トランプ氏だ。

「Make America Great Again(アメリカを再び素晴らしい国に)」というスローガンは、「かつての保守的なアメリカに戻ろう」というメッセージの、耳障りのいい言い換えだ。

それでもトランプ氏が大々的に中絶禁止を公約した時、多くのアメリカ人は「そんな事ができるわけがない」と相手にしなかった。しかし、その言葉を信じた福音派の実に8割がトランプ氏に投票し、当選を果たすことになる。

■「中絶禁止」は、もともと最高裁まで争う計画だった

トランプ氏は当選すると、3人の保守派判事をかなり強引なやり方で最高裁に送り込む。結果保守派判事6人に対しリベラル派は3人で、圧倒的な保守系多数となった。

つまり、より保守的な法案が合憲と判断されやすくなったわけだ。

デモプラカード
筆者撮影

同時に共和党は州法に目をつける。中絶を大幅に制限する法律を、保守色が強い州で次々に制定。これは最初から「違憲」で訴えられるのが目的だった。訴えられれば上告し、最高裁の判断を仰げるからだ。

最終的に超保守化した最高裁に持ち込み、「中絶は憲法違反」という判断を取りつけた。目論みは見事に当たり、今日に至る。

保守系に塗り替えられた最高裁の判断は、トランプ氏が去ってから威力を発揮し始める。中絶以外にも、国の指針に関わる重要案件に対してかなり右寄りの判断を行っているのだ。

■銃規制を緩和し、脱炭素政策をやめ、宗教教育を進める…

・銃の携帯を免許制にしているニューヨーク州に対し、憲法違反との判断を下した。「銃を自由に持ち歩く権利を認めるべき」と指摘している。
・脱炭素政策を進めるバイデン政権に対し、「政府はエネルギー会社のCO2排出基準を強制できない」という判断を下した。
・宗教学校の学費に公的補助を認めないメーン州法について違憲だと判断。宗教教育に国民の税金を使うことが認められ、波紋を呼んでいる。

銃規制緩和、環境規制緩和、宗教教育の復活、すべて保守共和党の政策目標だ。

中でも多くの人が驚愕したのが、「公教育に宗教を持ち込むべきではない」という常識を覆したことだ。

アメリカでは信教の自由が保障されている。だからこそ、公立校で宗教色が強まれば、子供から選択の自由が奪われると危惧されているのだ。ちなみにこの「宗教」は仏教やイスラム教ではなく、キリスト教に限られる。

さらに別の不安も広がっている。

最高裁の保守派の1人でカトリック教徒のトーマス判事が、「中絶だけでなく、避妊と同性婚も合憲かどうか、改めて判断されるべき」と公言したのだ。

ここまで言えるのは、現在の最高裁なら違憲にできると踏んでいるからだろう。

つまり、これはただ中絶だけの問題ではない。今後同性婚や避妊など、他の権利も取り上げられてしまう恐れが、現実になりつつある。

■男性も「人権を失ったのは初めてだ」

デモプラカード
筆者撮影

今回の最高裁判断では、女性だけでなく男性もショックを隠せなかった。

31歳の市役所職員トーマスは「衝撃だよ。アメリカ人が人権を失うというのは、初めての事だから」と話す。中絶の違法化は、自由と権利を標榜してきたアメリカ人が「権利を失う」という、歴史始まって以来の異常事態と捉える見方が多い。

20世紀後半、アメリカではフェミニズム運動や公民権運動が起こった。女性やマイノリティが白人男性と同じ権利を得て、より平等な社会へと移行する時代の始まりだった。中絶の権利もその過程で獲得したものだ。21世紀になると、同性婚などLGBTQの権利も拡大される。

多くのアメリカ人はこうした権利獲得を祝い、あらゆる人が自由に幸せに生きられる社会こそが、アメリカのあるべき姿と信じてきた。ところがその一つが奪い去られただけでなく、他の権利まで危機に瀕している。まさに崖っぷちだ。

■なぜ今、キリスト教右派が暗躍しているのか

宗教の政治化が懸念される理由は他にもある。宗教ナショナリズムの台頭だ。

キリスト教右派の中で最も右寄りで過激な教団のいくつかは、これまで当局に目をつけられないよう、隠れて活動していた。ところがトランプ氏当選に力を得て、その牙を剥き出したのである。

トランプ氏が煽動したと疑われている、2021年1月6日の議会襲撃事件では、「神の名の下にアメリカを奪還せよ」というスローガンが目を引いた。また「ユダヤ人や移民の手からアメリカを取り戻せ」と、過激な運動を続ける白人至上主義者グループも、キリスト教義を錦の御旗にしている。

キリスト教右派のナショナリズムは、あからさまに人種を差別し、女性やLGBTQの権利を否定している。暴力的な行為にも及び、民主主義そのものをも脅かしている。

ワシントン・モールでの大統領就任式
写真=iStock.com/MarkHatfield
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MarkHatfield

その根底には、ますます多様化するアメリカ社会で、キリスト教徒とその多くを占める白人がこれまでの特権と地位を失うことへの恐れがある。移民や無宗教の増加に伴い、キリスト教徒の割合は、過去20年間で2割減っているのだ。

■日本でも同じ構図が生まれている

変化を嫌うキリスト教右派の反発が、トランプ元大統領の利害と一致し、最高裁を動かすまでになった今、アメリカが半世紀かけて積み上げてきた人々の権利は、ガラガラと崩れようとしている。

こうして見ていくと、アメリカの民主主義を危機に陥れているのは、古い価値観と既得権益にしがみつく、宗教と保守政治の癒着といわざるを得ない。

デモ集会
筆者撮影

そしてこのような動きは、今まさに日本でも起きているのではないだろうか。現在のアメリカと日本の政治にはかなりの共通点があるように思える。多くの国民のためにと掲げられた政策が、実は大きな影響力をもった過激派の主張を通すものになってはいないか。一人ひとりが自分の目で判断してほしい。

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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。

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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

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