足りないのは1泊10万円の宿泊施設…日本の観光復活で狙うべきは「プチ富裕層」といえる理由
プレジデントオンライン / 2022年8月25日 9時15分
■日本人富裕層向けの観光施設をつくれ
【成毛眞】日本のすべての産業について再生の詳細を語り尽くすのは無理なので、最近思うところがある観光業について、1つの切り口を示してみよう。
私が仕事場を置いている熱海では、現時点(2021年10月)で着工中のホテル・旅館が17軒もある。
「コロナ禍でインバウンド需要が消滅しているなかで、なぜ?」と思うかもしれない。だが、地元で聞くところによると、熱海の大半の観光業者は、実はもともとインバウンドをアテにしていないのだそうだ。
そういえば確かに、コロナ禍の前から、街を歩いていても、ほとんど外国人観光客を見かけたことがない。
パンデミックの収束に伴ってインバウンドが以前の水準に戻るかどうかは、熱海にはあまり関係ないのである。それよりも、「インバウンドなしの観光復興」がやってくることを見越して、着工ラッシュになっているというわけだろう。
そこで鍵となるのは、日本人富裕層向けの観光業だと思う。
欧米には、ユースホステル並みの低価格の宿泊施設もあれば、3泊4日で120万円といった、とんでもない価格の部屋を設けている超高級ホテルもある。懐具合や目的によって使い分けられるようになっているのだ。
ところが、日本では後者の類(たぐい)の高級施設が圧倒的に不足しているのである。
■新たな発想、着眼点でサービスを生み出すこともイノベーション
私は年に1度、妻と一緒に東北地方を旅行している。東日本大震災後に、少しでも復興支援になればと思って始めた恒例の旅行だ。
目的地は特に定めず、車を適当に走らせながら、うまそうな飲食店があれば入ってみる、よさそうな工芸品店があれば立ち寄ってみる、そんな自由気ままな旅行である。
宿泊は、その地で一番高い旅館と決めている。それが、最高でも1泊1人5万円くらいなのだ。安くはないが高級でもない中途半端な設定だと思う。
1泊40万円だったら、というのはさすがに酔狂だろうが、1泊10万円くらいだったら迷わず泊まるのに……と、旅行するたびに思う。
しかも、これが北海道に行くと大抵せいぜい2万円なのだ。東北のほうがまだマシというのが日本の現状である。
高級施設がないわけではない。瀬戸内をめぐるクルーズ客船「ガンツウ」は、コロナ禍以前、7泊ほどの旅程で一人約28万円から200万円だった。つまり1泊あたり約7万円から30万円だが、2年先くらいまで予約が埋まっていたという。
日本は海に囲まれているのだから、ガンツウのような業態が日本中にあれば、観光業の風景はずいぶん変わるに違いない。
日本には、とんでもないレベルの金持ちはそれほどいないが、そこそこの金持ちなら相当数いる。1泊10万円ほどで、5万円レベルよりも格段に部屋よし、お湯よし、サービスよしの旅館があったら、ぜひ泊まってみたいと思う層だ。
この層にもっと狙いを定めるようにするだけで、インバウンド頼みではない観光地復興は、割と簡単に叶うだろう。
イノベーションとは、今まで世界に存在しなかった技術などを開発することだけを指すのではない。このように新たな発想、着眼点でサービスを生み出すことだって、イノベーションの1つなのだ。
■インバウンドの本当の経済効果はどれほどか
【冨山和彦】成毛さんが指摘した観光業再生の切り口に、少しばかり補足をしてみたい。
インバウンドについては、日本全体でも、もともと経済効果はそれほど大きくなかったと思う。私がバス会社を経営している東北地方だって、以前からインバウンドの「イ」の字もない。
インバウンドが多い地域にしても、実際に落とされるカネは大したことはない。中国人観光客が大型ツアーで大挙してやってきて、ガイドの案内で中国人が経営する土産物店で爆買い、というのがパターン化しているからだ。
つまり、日本で消費行動をしていても、本当の意味で日本のGDPにはなっていなかったのである。
単価の安い外国人旅行者がいくらたくさんやってきても、サービスを提供する側の付加価値生産性は低いままなので、観光産業は低賃金長時間労働産業になってしまう。
少子高齢化で生産労働人口比率が下がり、構造的な人手不足になっている。そんな労働者を増やす意味はない。
コロナ禍でインバウンドが一休みになっている今こそ、このモデルを転換する大きなチャンスである。
■「そこそこ手をかけている割に実入りは少ない」
そこで観光業(ホテル業)には、2つ選択肢がある。
1つは宿泊客が自炊する低価格のレジデンス型。なるべく人手をかけずに施設利用分のお金を払ってもらう。
もう1つは、至れり尽くせりのサービスと施設で多額のお金を払ってもらう。要は成毛さんが言われたような富裕層向けの高級ホテルだ。東京、京都、三重で展開している高級ホテルグループ、アマンリゾーツがいい例である。
今の日本で問題なのは、この中間のホテル・旅館が多いことだ。星にして2つから3つくらい。そのために、「そこそこ手をかけている割に実入りは少ない」というジレンマに陥っている。
低価格なら、すでにビジネスホテルが「いい食事も温泉もいらない、ただ泊まれればいい」という観光客の受け皿になっている。だが、このモデルはどうしても低賃金労働力依存型になり、これ以上増えることに大きな意味はない。
むしろ中価格帯ゾーンについては、ちゃんとしたレジデンス、長期滞在タイプの素敵な施設をもっと増やすべきだ。北欧などきわめて人件費の高い国の田舎には、素晴らしい施設でリーズナブルな価格のレジデンスがある。
働いている人の数が少ない分、中途半端なホテルよりも安かったりする。人件費をかけず立地と設備で勝負するモデルだ。これはこれで労働生産性が高いモデルだ。
■日本の魅力的な観光コンテンツにも目を向ける
また、高価格帯ゾーンのフルサービスのホテルで、食事付き1人1泊最低でも10万円くらいの価格設定で勝負するところが増えると、自然と筋のいいインバウンドしか来なくなる。
世界という単位で考えると、この程度の金額を払える金持ちならたくさんいるから、日本の観光産業としては相当のインパクトをもちうるし、こうした顧客たちが日本の観光地のブランド価値を上げてくれる。
せっかくなら行儀のいい外国人に来てもらったほうが、提供する側としても安心だ。
そもそもアジアのなか、いや世界のなかで、自然面、文化面で日本ほど素晴らしいコンテンツをもっている観光国は他にない。単に観るだけでなく、スポーツやアウトドア系の体験型、アクティビティ型コンテンツもたくさんある。
だから安売りまでしてたくさんのお客さんに来てもらう必要はない。雇用数的には、旅行業、観光業は今や自動車産業と並ぶこの国の基幹産業である。
これが高付加価値生産性、高賃金の産業に転換できれば、そのインパクトは限りなく大きい。
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HONZ代表
1955年、北海道生まれ。中央大学商学部卒業。自動車部品メーカー、アスキーなどを経て、1986年、日本マイクロソフト入社。1991年、同社代表取締役社長就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社インスパイア設立。2010年、書評サイト「HONZ」を開設、代表を務める。
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経営共創基盤(IGPI)グループ会長
日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長。1960年生まれ。東京大学法学部卒、在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年から4年間、産業再生機構COOとして三井鉱山やカネボウなどの再生に取り組む。機構解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年12月より現職。2020年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長就任。パナソニック社外取締役。
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(HONZ代表 成毛 眞、経営共創基盤(IGPI)グループ会長 冨山 和彦)
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