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「集中力を高めたいのなら、歩くより走れ」世界的精神科医が解説する"驚きの脳のメカニズム"

プレジデントオンライン / 2022年8月24日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tempura

注意力や集中力を高めるにはどうすればいいか。スウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセンさんは「私たち全員がADHDの特質を持っていて、全人類の脳は身体を動かすことで集中力が高まるようになっている。特に午前中30分の運動が効果的だ」という――。

※本稿は、アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳『運動脳』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

■身体を動かすと集中力が高まる理由

身体を動かすと集中力が高まる。その答えは、過去を振り返れば見つかる。それは私たちの祖先がサバンナで暮らしていたことに関係している。

私たちは気分をリフレッシュさせるため、健康のため、また体重の増加を抑えるために走る。だが祖先には、そんなことはどうでもよかった。彼らが走ったのは食料を手に入れるため、そして危険を避けるためだ。いずれにせよ、注意を怠ることは命取りだ。

背後にライオンが忍び寄ってきたとき、またレイヨウを仕留めようと構えているときに、ミスは絶対に許されない。そういった環境で生存するためには、精神を集中することが武器となる。

生存の可能性は、脳が集中力を高めることによって増える。私たちの脳は、祖先がサバンナで暮らしていた時代からさほど進化していないため、現代でも、とくに運動しているときに同じメカニズムが働く。

身体に負荷を与えると、脳はそれが生死を分けるほど重要な行動だと解釈するのである。そして結果的に集中力が高められるのだ。

■「あきらめるとき」と「粘るとき」

私たちは、注意力が極端に欠如していることやADHDの症状を好ましくない特性と考えがちだ。確かに、こういった特性は医師の診断が下る前に問題視されることが多いので、それも無理からぬ話だ。

しかし、衝動や多動という特性は、強みにもなる。

結果が出るのをじっと待っているのが苦手な人たちが多くのことを成し遂げられるのは、じっくり腰を据えて結果を待つ忍耐力を持たないためでもある。成功したビジネスリーダーや起業家の多くに、ADHDの特性が見られるのは決して偶然ではない。

ケニア北部の砂漠で生活しているアリアール族は、ADHDが決して好ましくない特性ではないことを教えてくれる好例だ。この部族は今でも、何千年も前と同じように水や食料を求めて家畜とともに移動する生活を続けている。

しかし数十年前に、この部族は2つの集団に分かれた。一つは1カ所に定住して農業を営むようになり、もう一つはそれまで同様、遊牧民として狩猟採集生活を続けた。

科学者たちは、このアリアール族から血液を採取し、遺伝子を分析した。何より興味を引いたのは、脳における「ドーパミンの働きに不可欠な遺伝子の存在」だった。

この「DRD4」という遺伝子は全人類が保持し、集中力の機能に欠かせないものだ。DRD4にはいくつかの多様体(バリエーションがあるということ)があり、その一つがADHDの人に共通して見られる。

もとよりADHDを引き起こす唯一の遺伝子というものはなく、またDRD4自体がADHDを引き起こすわけでもない。とはいえ、DRD4はADHDと最も関連性の高い遺伝子の一つとされている。

科学者が調べたところ、このアリアール族のなかに、DRD4のうちでADHDと関連性の高い多様体を保持する人たちがいることが明らかになった(ADHDは単一の遺伝子によって起きるわけではないが、ここからはそれをおおざっぱに「ADHD遺伝的多様体」と呼ぶことにする)。それ以外の人たちは、ADHDとは関連性のないDRD4の多様体を保持していた。

これは予期されていたことだ。だが科学者を驚かせたのは、「ADHD遺伝的多様体」を保持する遊牧民のほうが、関連性のない遺伝子を保持している遊牧民より栄養状態がよかったことである。

いいかえれば、狩猟採集生活を営む遊牧民のなかで「ADHD遺伝的多様体」を持っている人のほうが、ない人よりも食料を多く調達できるということだ。

だが、農耕生活を営むアリアール族の集団では、その状況が逆転していた。「ADHD遺伝的多様体」を保持する農民は、それを持たない農民と比べると栄養状態が劣っていたのだ。

となれば、「ADHD遺伝的多様体」は狩猟民族にとっては有利に働くが、農耕民族にとっては不利になると考えられる。

同じ遺伝子が、ある環境で暮らす人にとっては強みとなり、別の環境で暮らす人では弱点になるのである。

この調査から導き出せる一つの結論は、私たちがADHDの症状だと考える特性、つまり衝動性や多動性は、迅速な決断が必要な活動的な環境で暮らす狩猟民族にとっては有利になるということだ。

いっぽう農耕民族は、すばやく行動する必要はない。彼らの環境では、長期的な目標に向かって精神を集中し、忍耐強く作業に取り組むことのほうが重要であり、そこではADHDの特性が障害となってしまうのだ。

■現代にそぐわない「探検家の遺伝子」

ADHDの遺伝子が、アリアール族のハンターにとって強みになるという結果は、興味深い可能性を示唆している。

それは狩猟生活を送っていた私たちの祖先にとっても、この遺伝子を保持していることが有利に働いたのではないかということだが、おそらく事実であろう。

歩きまわり、狩りをし、食べ物がなくなれば別の場所に移動するといった生活のなかでは、じっとしていられずに思いつきで行動することが、「行動力があって迅速に判断を下す」ことと同じ意味なのかもしれない。ADHDの特性を持つ人にとって、このような環境は最適といえるだろう。

人類の歴史のほとんどで、私たちはそういった環境で暮らしていた。となれば、私たちがADHDと呼ぶ特性は、歴史的に見れば恩恵である。

もし衝動性と多動性がトラブルを引き起こすばかりで何の益もなければ、これほど多くの現代人がこの問題を抱えていることの説明がつかない。本当に不要な特性であれば、進化の過程ですでに淘汰されていたはずだ。

おもしろいことに、ADHDの遺伝子はハンターのみに有利になるわけではない。この遺伝子は、遊牧民にも共通するものだといい、新しい環境を求めて旅に出るという欲求にもつながっていると考えられている。いわば「探検家の遺伝子」である。

草原の草むらに隠れ、双眼鏡で何かを探している少年
写真=iStock.com/Maartje van Caspel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Maartje van Caspel

人類は東アフリカを発祥の地とし、10万年かけて地球上に徐々に広がっていった。新たな環境を求めて未知の世界を探し出そうとするのは私たち人類の根本的な特性であり、生存に欠かせない行動でもあった。この潜在的な探求の精神こそが、今私たちがADHDと呼ぶ人々のなかにあるものなのだ。

一つの遺伝子が環境によって有利にも不利にもなるのは、アリアール族にかぎらない。私たちの社会においても同じことがいえる。ある種の社会的状況や職場ではトラブルとなりがちな特性も、別の場所では好ましい特性になることがある。

厄介なのは、ADHDの特性を役立てられる場が現代社会ではあまりないことだ。危険を冒したり、思いつきで行動したりといったことは、現代社会ではなかなか受け入れられない。

それは避けるべき行動であり、子どもにはそんなことはするなと言い聞かせなくてはならないのが現状なのである。

いいかえれば、たとえADHDの特性がサバンナのハンターにとっては強みであっても、現代社会では問題視されるということだ。

私たちは食料を手に入れるために狩りはしない。スーパーマーケットで買う。未知の環境を探そうとする遺伝子を持っていても、そんな環境などたくさんあるものでもない。

新たな住み処となる、まだ誰にも知られていない豊沃な谷を探そうとしても、そんな場所はもう残っていない。

それどころか、じっと座っていられないと非難さえされてしまう。子どもたちは学校で、小さな音に気を取られて黒板に集中できないと叱られてしまうのだ。

現代は、ADHDの人にとっては受難の時代である。昔なら有益とされたものが、現代の都会の生活ではトラブルの種となり、結局は無理やり薬で抑えるよりほかないのだから。

■誰もが「ADHD」の特質を持っている

とはいえ、進化の見地では、ADHDを単に厄介な問題だと考えるのは浅はかである。それに、薬のほかにもADHDの問題の解決策はある。生活習慣を変えて、原始のころの暮らしに近づけることも一つの方法だ。

私たちはもうサバンナには戻れないが、外に出て走ったり、ジムに通ったりすることはできる。私たちの身体はもともと環境に適応したつくりになっているが、その環境があまりにも急激に変化したため、そのぶん認知能力にしわ寄せが来て集中力が奪われているのである。

それが、ADHD、ひいては集中力に悩む人々にとって運動が有益な理由だと考えられる。肉体に負荷がかかる行為は太古の昔に人類がごく自然に行っていたことであり、それが生命を維持していたのだから。

全人類の脳は身体を動かすためにできているが、ADHDの人々の脳はとりわけ動くことに適している。運動やトレーニングによってADHDの人々の集中力が改善されるなら、ときどき物事に集中できなくなる私たちにとっても有益なはずである。

つまるところ、私たち全員がADHDの特質を多少なりとも持っていることを忘れてはならない。

本稿で述べたように、集中力が損なわれる理由は一つではない。側坐核、つまり報酬中枢の働きは人によって違うため、それも一つの要因になりうる。

脳内の雑音の大きさも人それぞれで、前頭葉がその音を鎮めて神経を研ぎ澄ませる働きも、強い人と弱い人がいる。

いいかえれば、集中力が衰える理由は様々ある。だが、その理由が何であれ、集中力は身体を動かすことで改善される。

結論を言おう。身体を動かせば脳の機能が変わり、脳本来のメカニズムが活性化することであなたの集中力が高まるのである。

■もっとも厳しい「2日間」を乗り切る

今や情報はデジタル方式が主流となり、人類の歴史が始まってから2003年までの分量に相当する情報が、わずか2日で生み出されている

そして私たちは、パソコンやスマートフォンから続々と送り出される情報の波に押されて喘いでいる。だが、その膨大な量の情報を扱うべき肝心の私たちの脳は、何千年が過ぎようと、ほとんど進化していない。

このような環境にあれば、一つのことに集中できないのも当然であり、情報の波にのまれないためには何かしらの対策が必要だ。

ノートパソコンに入力する手元
写真=iStock.com/dusanpetkovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dusanpetkovic

そういった問題を解決する手段は、病名をはっきりさせることや、薬を処方してもらうことだけではない。生活習慣を見直すこと、そして集中力を取り戻すためには、何を変えればいいのかについて考えるべきであろう。

科学の研究は、本当に効果のある「精神を集中するためのギア」はサプリメントでも、脳トレ用のアプリでもなく、身体を動かすことだという事実を明らかにした。本書で後述するように、脳トレには効果がないことは確認済みなのだから。

たとえ私たちの社会が、もとより身体が適応していた時代からどんどん遠ざかってしまったとしても、よく動きさえすれば、今でも身体は昔と同じように反応する。それを踏まえて、運動やそれが集中力に与える影響について考えるべきである。

本稿を読んだら、ぜひ身をもって実感してほしい。もっと身体を動かせば、物事に集中できるようになる。あなたがADHDであってもそうでなくても、また子どもでも大人でも。

■集中力を脳に戻すプラン

歩くよりは走ろう。身体に負荷がかかればかかるほど、脳はドーパミンやノルアドレナリン(集中物質)をたっぷりと放出する。理想的な心拍数の目安は、最大心拍数(220から年齢を引いた数字)の70~75%だ。

たとえば、あなたが40代であれば、1分あたり130〜140回を目標にするとよい。50代ならば、少なくとも1分あたり125回には上げたい。

アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳『運動脳』(サンマーク出版)
アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳『運動脳』(サンマーク出版)

運動は朝にしよう。集中力を高めたければ、日中の早い時間、少なくとも午前中に行えば、その後もしばらくは効果が続く。運動してから数時間経つと、効果は徐々に薄れていく。一般的に集中力が必要なのは昼間であって、夜ではない。

可能であれば30分続けてみよう。少なくとも20分は続けたいが、30分のほうが充分な効果が期待できる。

そして、運動を習慣にしよう。集中力が(ストレスや全般的な健康状態でも)改善される効果が定着するまでには、しばらくかかる。だから途中であきらめないでほしい。成果を手にするためには、「集中力」を発揮して忍耐強く続けなくてはならない。

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アンデシュ・ハンセン(あんでしゅ・はんせん)
精神科医
ストックホルム商科大学で経営学修士(MBA)を取得後、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学に入学。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。『運動脳』は人口1000万人のスウェーデンで67万部が売れ、『スマホ脳』はその後世界的ベストセラーに。

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(精神科医 アンデシュ・ハンセン)

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