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至高の幸福感に包まれ、頭の中が冴えわたる…世界的精神科医が解説する「ランナーズ・ハイ」のすごい効果

プレジデントオンライン / 2022年8月25日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vgajic

身体を動かすと、とてつもない高揚感が得られることがある。スウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセンさんは「私は『ランナーズ・ハイ』」を二度、体験している。それは魔法としかいいようがなかった。モルヒネでもたらされる高揚感と酷似している」という――。

※本稿は、アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳『運動脳』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

■「ランナーズハイ」はモチベーションの回復に応用できる

運動は、私たちの精神に多くの影響をもたらすが、なかでもきわめて興味深い現象がある。身体を動かすと、とてつもない高揚感が得られるというのだ。そう、いわゆる「ランナーズハイ」である。

もしかしたら、あなたも体験したことがあるかもしれない。「ランナーズハイ」はうつ病の人が目指すようなものではないが、ここで紹介するだけの価値は充分にある。モチベーションの回復に応用できなくもないからだ。

ランナーズハイとはいったい何か、そして、何がランナーズハイをもたらすのか。これは、まさに胸おどる科学の神秘にほかならない。

■合法的に「違法レベル」になる

アヘンが痛みを消し去って陶酔感をもたらすことは、紀元前のころから知られている。ローマ帝国時代、このケシの実から採取した液体を乾燥させたものは薬品として使われ、大衆は麻薬としても愛用した。

19世紀初頭に、ドイツの科学者がアヘンの有効成分であるモルヒネを取り出すことに成功すると、それは医療現場で使われるようになり、主に負傷兵のための鎮痛剤として重宝された。その薬の効き目には目を見張るものがあった。

たとえば両腕と両足を失った負傷兵でも、わずか0.2~0.3グラム服用すれば、痛みはほぼ完全に消えたのである。

アルコールにも鎮痛効果があるが、これと同じ効果を得るためには数百倍の量が必要だった。そのため、わずかな量でも高い効果が見込めるモルヒネは、まさに夢の薬だったのである。

1970年代の初めに、脳細胞の表面にモルヒネと結合する受容体があることがわかると、なぜモルヒネの作用がそれほど強力なのかという疑問に答えが出た。だが、そこで新たな疑問が生まれた。

「いったいどうして人体にモルヒネを取り込む受容体があるのか?」

自然界は、人類をモルヒネ依存症にでもしようというのか。ありえない話だ。最も理にかなった答えは、脳が自家製のモルヒネを合成することができて、その未知なる物質を取り込むために受容体があるということだ。

世界中の科学者たちが、こぞって「脳の自家製モルヒネ」の正体を突き止めようとしたが、その努力はたちまち実を結ぶ。

1976年、豚の脳内で放出される未知の物質が発見されたのである。その物質は豚の脳そのものが合成していると考えられ、分子構造はモルヒネとよく似ていた。

■この上ない多幸感に包まれて苦痛が緩和される

同じ年、子牛の脳を調べていたアメリカの科学者が、やはり似たような物質を発見した。

豚と子牛から発見された未知の物質は互いに分子構造が似ていたため、どちらも「自家製のモルヒネ」だという結論が下された。

人間の身体にも存在するこの物質は、体内で合成されることから「体内性モルヒネ(エンドジーナス・モルフィン)」と名づけられ、名称は略されて「エンドルフィン」と呼ばれるようになる。

エンドルフィンには、モルヒネと同じように目覚ましい鎮痛作用がある。そしてモルヒネと同じように多幸感をもたらす。

だが、なぜ脳がみずからにそんな物質を与えるのか。なぜ体内には、そのようなメカニズムがあるのか。また、脳はどんなときにその物質を放出するのか。それは、人間が薬品や麻薬を使うことなく苦痛を消し、同時に多幸感を得ることが必要な環境と関係がある。

オフィスで同僚に拍手喝采
写真=iStock.com/Mikolette
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mikolette

アメリカ人の長距離ランナー、ジェイムズ・フィックスは、ベストセラーとなった著書『奇蹟のランニング』(クイックフォックス社、1978年)のなかで、その体験を語っている。

彼は長距離を走ったときに、何度かこの上ない多幸感に包まれて苦痛が緩和されたというのだ。フィックスは、それを「ランナーズハイ」と呼んだ。

だが、その「ランナーズハイ」を体験していたのは彼1人ではなかった。有酸素運動のスポーツのアスリートたちが、同じ体験をしたことを次々に明かしたのである。

■モルヒネでもたらされる高揚感と酷似

ジェイムズ・フィックスの著書は、1970年代のマラソンブームのさなかに出版された。「ランナーズハイ」という言葉はたちまち流行語となり、エンドルフィンという新たに発見された物質が、その効果をもたらす張本人だという話が広く知れわたった。

いまや「ランナーズハイ」という言葉を知らないランナーはまずいないが、実際にそれを体験した人はさほど多くない。その感覚は並外れたもので、いくらか爽快だという程度ではない。

運動が私たちの精神におよぼす様々な影響のなかで、「ランナーズハイ」は群を抜いて強烈な感覚なのである。

私自身は二度、体験している。それは魔法としかいいようがなかった。運動を終えたときに感じる爽やかな達成感とは完全に違う。

あらゆる苦痛が消え去り、この上ない幸福感に包まれ、頭のなかは冴えわたり、疾風のように速く、どこまでも永遠に走っていられるような気分になるのだ。その感覚はあまりにも鮮烈なので、一度経験したら忘れられない。

もし自分が感じているものがランナーズハイといえるのかどうか確信が持てなければ、それはおそらくランナーズハイではない。

ランナーズハイはモルヒネでもたらされる高揚感と酷似しているため、理論上はエンドルフィンがその要因だといえる。

■「エンドルフィンのみが要因」ではない

しかし、ランナーズハイをもたらす物質については、じつは今も議論が続いていて、エンドルフィン以外の物質が高揚感をもたらしていると考える科学者たちもいる。

この疑問に答えを出すべく、ドイツ・ミュンヘンの科学者のグループが、地元のランナーズクラブのメンバーに協力を要請して調査を行った。

そして、ランナーたちが走る前に、また全力で走った2時間後に、PETスキャン(陽電子放出断層撮影装置)と呼ばれる検査によってエンドルフィンのレベルが測定された。

結果は一目瞭然だった。ランナー全員のエンドルフィンのレベルが、走ったあとに増えていたのである。とくに増加が顕著だったのは前頭前皮質と辺縁系と呼ばれる部位だったが、その2カ所は感情を制御している領域だ。

また、ランナーたちがおのおのの高揚感を段階別に表したところ、その段階が高いランナーほど脳内のエンドルフィンのレベルも高かった。

この結果を見るかぎり、ランナーズハイをもたらすものが何かという問いには答えが出たようだが、「エンドルフィンのみが要因だ」という説にはいささか異論もある。

第一にエンドルフィンの分子は大きいため、血液脳関門を通れない。

第二に、モルヒネやエンドルフィンを遮断する物質を投与された長距離ランナーでも、ランナーズハイを感じることができたのである。

海辺でジョギングする女性
写真=iStock.com/m-imagephotography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/m-imagephotography

■なぜ「ウォーキングハイ」は起きないのか

ランナーズハイをもたらす物質として、ほかに考えられるものは「内因性カンナビノイド」だ。これもエンドルフィンのように体内で合成され、鎮痛作用もあるが、エンドルフィンよりも分子が小さいために脳に難なく到達できる。

また、脳にはエンドルフィンと結合する受容体とは別に、内因性カンナビノイドと結合するための受容体が備わっている。この受容体は中毒性の高い薬物とも結合する(マリファナの有効成分が結合するのは、この内因性カンナビノイドの受容体だ)。

内因性カンナビノイドがランナーズハイに関係しているという指摘は、フランスの研究チームの実験によって、にわかに信憑性を増した。彼らは遺伝子を操作して内因性カンナビノイドの受容体が欠けているマウスをつくったが、そのマウスの運動量に変化が見られたのだ。

通常のマウスなら、ケージ内の回し車を自分から進んでこぐ。だが、遺伝子を操作されたマウスは回し車に興味を示さず、通常のマウスの半分しか走らなかったのだ。

マウスがどれだけ走れば高揚感を覚えてランナーズハイになるのかを知ることはできないが、人間が走ったのちに内因性カンナビノイドがどのくらい増えたかを調べることは可能だ。

そしてこう報告されている。ただ歩くだけでは、内因性カンナビノイドは分泌されない。内因性カンナビノイドが分泌されるには、ランニングを1回につき少なくとも45分から1時間は続ける必要があるという

この条件は、まさにランナーズハイが起きる条件と同じである。そして当然ながら、ウォーキングではランナーズハイは体験できない。

科学者のなかには、ランナーズハイはエンドルフィンや内因性カンナビノイドではなく、ドーパミンやセロトニンが増えることで起きると考える人もいる。また、体温が上がることで高揚感がもたらされると考える科学者もいる。

最も可能性の高い説としては、ランナーズハイをもたらす要因は一つではなく複数あり、「エンドルフィンと内因性カンナビノイドの両方が関与している」というものだ。

ただし、生物学的な要因に関心があるのは、基本的には科学者だけである。ランナーやサイクリスト、テニスプレーヤー、そのほか様々なスポーツを行う人々にとっては、ランナーズハイの仕組みよりも、ランナーズハイという現象が実在するというだけで朗報なのではないだろうか。

■「空腹感」をゾーンに入る合図にする

走ると高揚感がもたらされるという現象も、私たちの祖先がサバンナで暮らしていた時代の名残だといわれている。

おそらく狩猟のときに長い距離を走らなければならなかったためだろう。今でもオーストラリアの先住民のアボリジニーや、アフリカのカラハリ砂漠で暮らしているサン族はそういった手段で食料を調達している。

数マイルの距離を走って獲物を追い込むときは、途中であきらめないことが肝心で、そこでエンドルフィンの恩恵を得ていたのだ。

たとえば、足首を捻挫したり筋肉を痛めたりすると、エンドルフィンがその痛みを消してくれた。また息が苦しくなっても、高揚感がもたらされることで楽に走ることができた。そして結果的に、獲物を仕留める確率が増えた。

今でも私たちが走るとランナーズハイになるのは、おそらくそこに理由がある。

ランナーズハイが長距離を走りつづけて獲物を仕留めるための、もともと身体に備わった仕組みであることを指し示す証拠は様々ある。

私たちの身体では、体脂肪が消費されると「レプチン」という、食欲を抑えるホルモンが減る。すると脳は、エネルギーが減ってきたので不足分を補わなくてはならないと考える。

人体は痩せ細らないように、つまり飢餓状態にならないようにできており、エネルギーが減ることはそれに反する事態だからだ。つまり生存本能が、常に身体にエネルギーをたっぷり蓄えておこうとしているのである。

上品な盛り付けのサラダを前に不満げな男性
写真=iStock.com/tommaso79
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tommaso79

そして、ランナーズハイが獲物を仕留めるための仕組みだという仮説が正しいのなら、私たちの身体はランナーズハイを通して、こう知らせてくれている。「エネルギーの備蓄はもうすぐ空になるぞ。だから、あきらめずに走りつづけろ。もっと食料を手に入れるんだ!」

そして、それを助けるために高揚感がもたらされるのである。

■ランナーズハイになる条件

研究では、少なくとも45分は走らないとランナーズハイは訪れず、また、頻繁に走れば走るほどランナーズハイになる可能性が高まることがわかっている。また、脳内でエンドルフィンが放出される量も、運動量が増えるほど増加するという。つまり、ランナーズハイになりやすくなる。

だから、あきらめないことだ。とはいえ、誰もがランナーズハイになるわけではない。絶対という保証はないのだ。

また、走っているうちに、まさにモルヒネを投与したときのように、苦痛に耐えられる限界値も上がることがわかっている。針で刺したりつねったりして痛みに対する耐性を調べた実験によれば、静止しているときよりも走っているときのほうが痛みを感じにくいことがわかった

これはエンドルフィンが高揚感をもたらすだけでなく、痛みを和らげる作用もあることを裏づけている。そして、その作用がきわめて強力であることは疑いようがない。

高速で走っているときのエンドルフィンの効果は、腕や脚を骨折したときに投与されるモルヒネの一般的な量、10ミリグラムに匹敵する。ランナーが疲労骨折(長期にわたり同じ部位に繰り返し力が加わったことで起きる骨折)に見舞われても走りつづけることができるのは、そのためだ。

走っているかぎり痛みを感じないが、止まったとたんにエンドルフィンの効果が薄れて痛みを感じるのである。

ランナーズハイは運動が脳に与える作用としては抜きんでて強烈ではあるが、たとえエンドルフィンがほとばしるような「目くるめく体験」はできないにしても、ごく普通に高揚感は得られる。

誰でも運動をすれば、ランナーズハイとまではいかなくとも、エンドルフィンや内因性カンナビノイドの恩恵にあずかれるのである。

■疲労感が抜けなければ週3回30分のランニングを

うつ病とまではいえなくても疲労感が抜けない、あるいは気がふさいで仕方がないといったことはないだろうか。それなら外に出て走ろう。ランニングなどの心拍数が増えるような運動を定期的に長く続ければ、すばらしい効果を実感できる。その際、次に挙げる条件を目安にしてほしい。

アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳『運動脳』(サンマーク出版)
アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子訳『運動脳』(サンマーク出版)

30〜40分のランニングを週に3回行うこと。運動の強度は、最大酸素摂取量が少なくとも70%になるようにしたい(息が少し切れるベースで「ややキツイ」と感じるくらい)。速度は「普通」が適しているが、息が上がる程度には負荷をかける必要がある。

ランニングの代わりにサイクリングなど、ほかの有酸素運動でも同じ効果がある。重要なのは運動の種類や場所ではなく、強度や時間だ。

その活動を、3週間以上は続けよう

初回の運動で気分が改善するのを多くの人が実感しているのは事実だが、運動の直後だけでなく、丸1日快調に過ごすためには、定期的に数週間続ける必要がある。モチベーションを上げたいなら、初めの1、2週だけで多くの結果を期待してはいけない。

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アンデシュ・ハンセン(あんでしゅ・はんせん)
精神科医
ストックホルム商科大学で経営学修士(MBA)を取得後、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学に入学。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。『運動脳』は人口1000万人のスウェーデンで67万部が売れ、『スマホ脳』はその後世界的ベストセラーに。

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(精神科医 アンデシュ・ハンセン)

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