9割は本当に頭がいいわけではない…「東大卒」の価値がどんどん下がっている本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年8月26日 9時15分
■なぜ「東大卒」の価値は下がる一方なのか
学歴それ自体にはもう価値がない。日本最高峰とされる東大の価値も、下がる一方である。
その限界を一番わかっているのは、物知りを売りにした「東大王(※1)タレント」を指向するタイプの東大生ではないだろうか。
実は、昔から東大生の9割は本当に頭がいいわけではなく、せいぜいクイズ王になれるくらいの才能しかもち合わせていないのだ。そういう東大生を責めているわけでも、蔑むわけでもない。
たとえばゴルフやテニスでも、世界のトッププロとして活躍できるのは、ほんの一握りだ。それと同じだと考えれば、無理もないのである。
人の才能はそれぞれなのだから、自分の適性に合ったところに行けばいい。「東大王」向きの東大生は、「クイズ王タレント業」で食っていくという生き延び方もあるのだ。
そもそもの問題は、言うまでもなく、昭和から続く一律的な学校教育だ。「東大生の9割」も、一律的な受験システムのなかでがんばって勝ち上がったにすぎない。
その昭和の教育は、明治時代から地続きになっている。明治期の日本は、すでに確立していた西洋の学問や技術を直輸入して「みんなで」身につけることに邁進(まいしん)した。
「追いつけ追い越せ」の精神で欧米列強に肩を並べようとした。そういう国家的展望のもとでは、一律的な教育でよかったのだ。
■ボトムを上げる教育モデルは、先進国では機能しない
明治期の日本のスローガンである「富国強兵」は昭和初期まで続き、戦後は「強兵」が外れて「富国」だけになった。そして日本は目覚ましい復興、高度経済成長、バブル経済と、経済的栄華を極めていく。
だが、これは欧米、特に戦後は米国から、大量生産・大量販売のノウハウを輸入した結果だ。つまり、すでに西洋で確立していたものを輸入して身につけた明治期のマインドやシステムと、本質的には何も変わっていないのである。
確立された「正解」があり、それにどれだけ早くアジャスト(適合)するか。明治から昭和にかけての日本は、マクロで見れば、この一点のみで勝負していたといっていい。
こうしたマインドとシステムは公教育にも通底し、学校では「すでにある正解」に早くたどり着く力ばかりが鍛えられた。それも一律的に行なわれるため、授業は学力の低い子に合わせて進められることになる。
トップを伸ばすのではなく、ボトムを上げる。この教育モデルは、国民全体のレベルを引き上げる段階の発展途上国ならまだしも、先進国では機能しない。
だが、日本は先進国の仲間入りをしてもなお、このモデルを引きずってしまった。「自分で考えて自分なりの答えを導く力」は置き去りにされたまま、「どれだけ知識を詰め込むか」で勝負する受験戦争システムが、すべての教育機関を包摂する形ででき上がってしまったのだ。
■「知識がある=頭がいい」という固定観念から脱却せよ
イギリスの名門私立高校で教えている日本人教師が、イギリスでは「知識がある子=頭のよい子」とは見なさないのだと、コラムに書いていた。
知識の豊かさも評価はされるのだ。校内では定期的にクイズ大会が開催され、優勝者は表彰される。しかし他にも数百に及ぶ表彰対象があり、クイズ大会での優勝は、演劇や奉仕活動、軍事活動など多くの分野の1つにすぎない。
だから、「知識がある子=頭のよい子」という価値判断はないのだ、と。
また、イギリスのエリート層は概して知識量が少なく、たとえばアメリカ独立やフランス革命の年号など知らなくて当然といった風情だという。一方で、今の世界情勢に大きな影響を与えた第一次、第二次世界大戦についてはめっぽう詳しかったりするというのだ。
そして知識が少ないはずなのに、彼らと議論をしていると、ギリシャ神話の一節やカエサルの名言、シェークスピアの決め台詞などが、説得力のあるメタファー(暗喩)として絶妙のタイミングで飛び出してくる。
なるほどと思った。真の頭のよさとは、知識を使って考え、現在や未来に役立てることができる能力である。そのために使えない知識をむやみに溜め込んでも、「よく知ってるね」程度の話。エリートに必須の「頭のよさ」とは見なされないのである。
■本当の意味で頭がいい1割の東大卒
その点、日本では、知識のある「物知り」がとかくもてはやされる。先述のとおり、長らく知識詰め込み型の教育が行なわれてきたからだ。
一方で、本当の意味で頭がいい1割の東大卒もいる。受験勉強などがんばらずとも普通に東大に合格し、「だから何?」というタイプである。学歴をひけらかさないし、学歴で勝負することもない。
ショパンコンクール2021で第3次予選、セミファイナルまで進出した角野(すみの)隼斗(はやと)さんなんかは、このタイプだろう。
彼は開成高校時代からユーチューバーミュージシャン「かてぃん」として活躍し、リアルでも活発な音楽活動を展開する一方で、東大理系の花形である計数工学から情報理工の院へと進み、機械学習の音楽分野への応用研究で東大総長賞を取って修士課程を修了している。
昔からこのレベルの天才はいくらでもいたが、かつては世の中的にこのタイプはあまり受けがよくなく、昭和なカイシャ社会主義の時代には、その天才をフルに生かす場所に恵まれないことが多かった。
しかし時代は変わった。大学だって、単に受験学力が高い学生ではなく、そういう地頭のいい学生に来てほしいだろう。特にグローバル空間で知の最先端を競わなければならない立ち位置にいる東大などは、圧倒的にそう考える。
だから近年では東大も心得たもので、入試問題が自分の頭で考えなくては解けないものにどんどん進化している。
数学は公式丸暗記では通用しない設問が多いし、現代文や世界史、日本史にも、1つのテーマについて自分の見解を述べさせる論述問題がたくさん入るようになった。
■昭和型の学校教育の一刻も早い終焉を
加えて、数学オリンピック金メダル級の高校生にはペーパーテスト免除の推薦合格枠も設けられている。
少子化が加速するなか、受験戦争そのものはゆるくなってきている。少子化には別枠で社会的に取り組む必要があるが、教育に限っていえば、受験生が減ることで無用な過当競争がなくなっているのは、いい傾向といえる。
伝統的な学歴が無効化すると、否が応でも地頭勝負の競争が重要になる。そしてグローバルな先端的テクノロジー競争やグローバルなビジネス競争では、「卓越した才能×卓越した意志力×卓越した努力」が競い合う、非常に厳しい世界が展開されている。
日本の目下(もっか)の問題の1つは、そういう厳しいグローバルクラスで戦える才能も意志もある若者の学びの場が、やや貧困なことだ。逆に合格歴がホワイトカラーサラリーマン向きではなく、むしろ現場現業向きの人たちの学びの場も少ない。
学びの場が多様な適性を前提としていないのだ。そのために、子どもたちが自分の適性を探索しにくいことも大きな問題である。
受験戦争の緩和に伴って昭和型の学校教育が早く終焉(しゅうえん)し、こうした問題点が解消されていくことを願う。
新しい学校モデルが多様な才能の芽を育み、多様な才能の探索の場となることにより、地頭勝負の世界でグローバルに活躍できる人材はもちろん、本書で述べているエッセンシャルワーカーである人材も含めて、いろいろな才能がそれぞれに活躍の場を見出して光り輝く未来を期待するばかりだ。
■名門大学には、「学閥」という強固なギルドが存在
かつて高学歴のエリートたちは、社会に出てからも同じ大学出身同士で連携し、協力し合ってきた。名門大学には、「学閥」という強固なギルドが存在した。名門大学に行くのは、社会に出てからも役立つ人脈づくりのためという側面も強かった。
もっとも強固だったのは東大法学部ギルドだ。それが圧倒的に機能していたのは法曹界ではなく、行政である。役所が、いわば東大法学部卒ギルドの元締めのような存在だった。
そもそも明治以来のキャッチアップモデルにおいて、近代国家そのものをはじめとして、いろいろな制度をつくり運用する「官僚」を養成することが東大法学部のミッションだったので、ある意味、当然の結果である。
たとえば、ひと昔前まで、財務省のキャリア官僚といえば東大法学部卒と決まっていたものだ。その後東大経済学部が少し増えるが、日銀も似たり寄ったりである。
その下に政府系金融機関、興長銀(※2)、都市銀行と続き、これらの金融機関もこれまたMOF(モフ)担(※3)といわれる東大法学部卒ギルドが支配する構図だった。
しかし、今ではそうとは限らなくなっている。役所の没落とともに、東大法学部ギルドが完膚なきまでに崩壊したからだ。
これは、東大法学部卒の人々にとってなかなかに厳しい状況だ。
かつては東大法学部さえ卒業すれば、キャリア官僚というコースが見えた。「東大法学部卒」というラベルがあれば、実社会のなかの東大法学部ギルドにすんなりと入ることができたのだ。
なのに、今やそこにあるギルドはかなりイケていないか、ギルド自体が存在しなくなっているか、である。
それが崩壊した今、グローバルクラスの才能も野心もある人は、世界で勝負することを選ぶかもしれない。これまで県大会や国体で勝負して満足していたのが、いきなり世界選手権に出場することになったようなものだ。
日本というローカルを飛び越していきなりグローバルで勝負するという道は、「東大法学部卒財務省→キャリア官僚」というレールがあったころには見えなかった。
ギルドがもたらしてくれた安心と安定が失われた代わりに、人生の選択肢が多様になったのである。ギルドの崩壊には、そんな意味も含まれている。いいことではないか。
■求められるのは「合格歴」ではなく、真の学歴としての「高学歴」
ギルドを基盤として生きるというモデルは、日本だけでなく、かつては世界中にあった。たとえばアメリカの法曹界は、今でもかなりハーバード大学ロースクールのギルドだ。
アメリカのテレビドラマ『SUITS(スーツ)』(※4)を見たことがある人は、きっとピンとくるだろう。
しかし、そういうギルドは世界的に消滅しつつある。「○○出身者同士、なかよくやろう」という発想自体が、世界的に時代錯誤になったのである。
現にハーバード大学やスタンフォード大学の「MBAギルド」なんかは着々と崩壊している。私はスタンフォード大学でMBAを取ったが、いつの間にかギルド的なものは跡形もなくなっていた。
まあ、破壊的イノベーションの時代、起業の時代になると、ギルドという閉鎖的でスタティック(静的)な仕組みはもたなくなったのだと思う。
私の周囲を見渡しても、はなからギルド的なつながりなんてアテにしていない人のほうが、自由で楽しそうに生きている。
成毛さんが後で生々しく話してくれるが、学歴にはシグナルとしての意味がある。人間の能力は外からは簡単に見えないので、人を採用したり、仕事のパートナーを決めたりするとき、ベンチャーに出資するときに、学歴というシグナルがものを言うのは当然である。
だから学校に行くことが無意味だとは決して言わない。むしろ知識集約化の時代には、知力、本当の意味での頭のよさを鍛える上でも、それをシグナリングするという意味でも、学校という場所は大事になっている。
しかし、従来の日本の学歴のように、そこに入るための一律ペーパーテストの点数を取る能力をシグナリングしている「合格歴(ごうかくれき)」の意味は小さくなっていく。濁点の位置違いだが、今、求められているのは真の学習歴としての「高学歴(こうがくれき)」なのである。
■人生のおもしろみや充実度が、決定的に左右される人との付き合い方
大学のギルドが崩壊した以上、個人にとって一番大事になるのは、「どの大学に行ったか」「卒業してどの会社に入ったか」ではなく、「大学を出た後に誰と付き合うか」だ。
本当の意味で頭のいい人たち、おもしろい人たちと付き合えるか。優れた部分、熱くなっている分野が互いに異なり、高め合える人たちと絡める空間に身を置けるか。ここで人生のおもしろみや充実度が、決定的に左右されるといっていい。
大学などの属性ではなく、個性や敬意、興味によって結びついたコミュニティは、年齢を重ねるほど純度が高くなっていく。避けたい相手や疎ましい相手は最初から寄りつかなくなり、逆に、自分とどこか似たような好ましい若者たちが加わるようになってくる。
※1 東京大学の学生チームと芸能人チームが競うTBSのクイズ番組
※2 日本興業銀行と日本長期信用銀行。これに日本債券信用銀行を加えた3行は、秀才中の秀才が集まるトップ銀行といわれていた
※3 「対大蔵省(現財務省)折衝担当者」の俗称。エリートバンカーを象徴する部署だった
※4 マンハッタンの大手法律事務所を舞台にした弁護士ドラマ
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HONZ代表
1955年、北海道生まれ。中央大学商学部卒業。自動車部品メーカー、アスキーなどを経て、1986年、日本マイクロソフト入社。1991年、同社代表取締役社長就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社インスパイア設立。2010年、書評サイト「HONZ」を開設、代表を務める。
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経営共創基盤(IGPI)グループ会長
日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長。1960年生まれ。東京大学法学部卒、在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年から4年間、産業再生機構COOとして三井鉱山やカネボウなどの再生に取り組む。機構解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年12月より現職。2020年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長就任。パナソニック社外取締役。
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(HONZ代表 成毛 眞、経営共創基盤(IGPI)グループ会長 冨山 和彦)
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