一流経営トップがどんなに忙しくても毎朝欠かさず「25分間の坐禅を2回」行う理由
プレジデントオンライン / 2022年8月26日 10時15分
■他人の幸せは自分の幸せと感じるように
禅の指導者でもある私は、毎朝6時に起床した後、25分間の坐禅を2回行います。25分は線香1本が燃え尽きる時間で、これを「一炷(いっちゅう)」と言い、坐禅1回の目安としています。日中に時間があれば、仕事の合間でもオフィス内で座ります。そして、自宅で就寝する前にも座っています。ちなみに「座る」というのは坐禅をするという意味です。
私が禅と出会ったのは父親を通してです。うちは曾祖父が福島県で製糸会社を起こした名家でしたが、祖父の代に昭和恐慌で倒産。父は一族の没落を立て直そうと満州に渡り満州鉱山で出世を果たします。しかし、敗戦で無一文となって帰国。頑張っても世の中の不条理に翻弄される。そんな中で、父は揺るぎない何かを「禅」に求めました。
父は旧制一高時代の同級生で臨済宗の禅僧となった中川宋淵(そうえん)師の紹介で、安谷白雲(はくうん)師という曹洞宗の禅僧と巡り合い修行に励みます。ある日、父は突然夜中に「見性(けんしょう)」という体験をします。悟りに達したのです。それから父は坐禅会を開くようになり、小学校高学年だった私も参加するようになります。
最初は渋々やっていましたが、中学3年生のときに岩崎八重子さんの『八重櫻』という遺稿集に出会い、意識を大きく変えます。その中に「眼なくして見、耳なくして聞く、かく言うたとてもあともなし。ペンも紙も言葉もなし、何もなし」という八重子さんが見性した世界の一節がありました。八重子さんは旭硝子(現・AGC)を創業した岩崎俊弥氏の長女で、体が弱く鎌倉で病気の療養をしながら禅の修行に励み、大きな見性を体験します。しかし、その10日後に25歳で逝去してしまいます。
「八重子さんと同じような見性に達したい」と思い、それから私は禅に真剣に取り組みました。そして、実際に私が見性を体験するのは、それから6年半後の大学4年の卒業間際のことです。言葉では説明しづらいのですが、あえて言うなら、自分と物質も含めて他の存在との境目が消滅する体験でした。
禅の本質は、道元禅師が『正法眼蔵』でいう「仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするるなり」に尽きます。「自己を忘ずる」のが禅の本質なのです。自分を忘れれば、その分だけ自分と他人の間の垣根が低くなっていきます。
自と他の垣根が低くなると、他人の幸せは自分の幸せ、他人の痛みは自分の痛みとなり、周囲の社会や環境に対する配慮も自ずと醸成されていきます。「この垣根は実はもともとなかった」という気づきが見性、つまり悟りと言われるものです。お釈迦さんが言った「天上天下唯我独尊」は、まさにこの垣根のない「一つの世界」のことです。
■合併でつくった「一つの世界」
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)時代に取り組んだ大きな仕事の1つに、東京銀行との合併があり、私は三菱側の責任者として東奔西走しました。そこでは利害関係が複雑に絡み合い、様々な議論を積み重ねました。その間も坐禅を組んで瞑想していましたが、どちらが上か下かではなく、対等にして「一つの世界」をつくろうとの思いが、たえず私の中にはありました。
ロンドンで証券会社の社長をやったときに、デリバティブ事業部を立ち上げたのも強烈な印象として残っています。日本ではまだ立ち上がっていない事業でした。フランス人の数学者、イギリス人のインベストメントバンカーなど、いろんな国の専門家を集めて取り組んだのですが、一人一人が持っている特徴や考え方は当然違います。彼らの多様な考えを対立ではなく、共同作業をしながら1つの価値へ昇華させる必要がありました。その際役に立ったのが、まさに見性によって「一つの世界」を体験したことでした。
私は、間違いなく禅によって仕事の面で大いに助けられました。その中で、経営の本質が知識や技術でなく、最終的には人間にあることも強く実感しました。もちろん、会社の存続には利益が必要です。利益を原資にして、画期的な製品やサービスを開発し、社会に貢献しながら、「一つの世界」の一員としての役割を果たしていくのです。
はじめから見性のような高い境地に達することは難しいものの、瞑想を続けることで「一つの世界」に少しずつ近づくことができます。重要なのは継続すること。その過程で、ビジネスパーソンとして必要な資質が自然に醸成されていくのです。
■禅で得るアイデアや閃き
ところで、海外で人気のある「マインドフルネス」は、禅の宗教的要素を取り払い、日常生活に役に立つ部分を強調しているのが大きな特徴です。特に欧米で広まった背景には、精神の安定、癒やし、心身不調の改善、集中力の向上など実利的な側面が評価されたことがあるようです。
そうしたマインドフルネスが、疲れた心を健康な状態に戻すことを主眼に置くのに対して、私が提唱する「マインドフィットネス」は、集中力アップやストレス軽減に加えて、精神をさらに強くして、リーダーを育てるという目的があります。
ビジネスリーダーにとって一番大切な資質は、自分のメリットより先に全体のメリットを考えられることです。マインドフィットネスは、他者の幸福を願う心を育成し、創造性やイノベーションを起こす力を醸成することを目指しています。マインドフィットネスは「リーダーのためのマインドフルネス」と言えるのです。
マインドフィットネスを継続すると、まず「定力(じょうりき)」が備わります。定力とは、周囲の環境の変化に対して「動揺しない心」を表現した禅の言葉です。次に「レジリエンス」で、困難や危機に陥ってもへこたれず、すぐに立ち直ることができる力です。さらに、他人と自分の垣根が低くなることで、周りからいろんな情報がスムーズに入ってくることです。そうすると、自分が従来持っているものと“化学反応”を起こし、新しいアイデアや考えが閃いてきます。
瞑想では「無念無想」を目指す必要はありません。脳が活動していれば、誰だっていろんな考えが浮かんできます。父と私の師匠でもある安谷白雲師は、「浮かんできた考えは、振り払う必要もないし、考えが浮かぶのを悪いと思う必要もない。雑念はただ横に置いておけばいい」と教えてくれました。
実際に瞑想していると、新しいアイデアが浮かんできます。私は坐禅をするときに、横に手帳を置いて、良い閃きやアイデアが浮かんだら、さっと書き留めます。「坐禅を途中でやめてもいいのか」と疑問に思うかもしれませんが、パッと書いて、また戻ればいいのです。
禅もマインドフィットネスも、宗教ではありません。自分の心を醸成し、一つの世界を目指す鍛錬です。あらゆる人にとって必要だと思います。ただし、そんなに長く座れといってもいきなりは難しいと思います。まずは朝5分、寝る前に5分でもいいので、ぜひ継続して座ってみてください。
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イトーキ会長
1940年、福島県生まれ。64年、慶應義塾大学卒業後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。69年、ハーバード大学経営学部大学院修了(MBA取得)。同行常務取締役、東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)専務取締役などを経て、2005年よりイトーキ取締役。07年、現職に就任。著書に『マインドフィットネス入門』がある。
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(イトーキ会長 山田 匡通 構成=篠原克周 撮影=加々美義人)
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